第12話 答え合わせ
「いやー、やっと我が家に帰ってきたわー。やっぱり自分の家が一番ね」
「トウコ、部屋汚くスル。もう来ないデ」
わいのわいのと、姉と見知らぬ外国人がリビングのソファで騒いでいる。コーヒーを二つ、盆に乗せてやって来た陽世が、むすっとして言った。
「それで。どういうことなの、お姉ちゃん」
「どういうことって。もうあなたも気づいているでしょう? これは盛大なドッキリよ。あなたがテレビを見て、いつまでも吸血鬼こわーいっていうから、お姉ちゃん、頭に来て荒療治に出たってわけ」
「う……そんなこと言ったって、別に、お姉ちゃんが、ちゃんと口に出して言ってくれたらよかったじゃない。こんなことしなくたって」
「どうかしらね」
桐子は否定した。
「人は信じたいものを信じる。いくら他人がとやかく言っても、自分の考え、価値観を変えるというのは、そうそうできないものよ。世間が言っていることが正しい。メディアが言っていることが正しい。あなたは何の疑問もなく、子供の頃からそう思い込んでいた。その洗脳から抜け出すことは、簡単じゃないのよ」
「ん……」
桐子に連続殺人犯はいないと言われたら、果たしてそれをそのまま信じただろうか? どうせまた姉の世迷い言だと思い、信用しなかったのかも知れない。現に、テレビの中では事件が起こっていたのだから。しかし、それは空想の話であったのだ。
「警察の人も、グルってこと?」
「そうね。一部でしょうけど。特殊犯罪科の上層部辺りじゃない?」
これは、盛大なドッキリなのだ。しかし、誰もがドッキリであることを知らずにいる。そのことで得をしている者は、いったい誰なのだろうか……?
「えっと……この
「ああ、紹介が遅れたわね。わたしの友人で、アリシアよ。わたしがイギリスに留学していたときにね、友達になったのよ。十月の終わり頃かしらね。その頃から日本に滞在しているの」
「こんにちワ、ヒヨさん。真実を追う姿勢、素敵でしたヨ。さっき見てましタ」
「え……? あっ! あなたは、さっきのっ」
ハンガーに掛けられていたコートは、赤いダッフルコートであった。
「わたシ、この事件の真相、知ってましタ。
「あ……そうだったんですね……」
アリシアは、この歪な社会を、言葉の力で変えられると思っていたのかも知れない。しかし、それは簡単な話ではなかったのだ。
「ヒヨさん。BEL=ROUSEが何を表しているか、知っていますカ?」
「え? えっと、特に意味のないアルファベットの並びかな、と、そう思っていましたけど」
アリシアはテーブルの上の紙に『BEL ROUSE』と書いた。
「これを並び替えまス」
そこに現れた文字を、陽世は読み上げた。
「
「青い色の薔薇っていうのはね、自然界には存在しないのよ。だから、これは犯人が自分からわたしは存在しませんって言っちゃってる訳。笑えるわよね」
桐子が口を出した。
「そうなんだ。でも、青い薔薇って見たことあるような気がするけど」
「それは人工的に作られたものよ。そして、すべての事件もそう。同じく、人工的に作られたものだったという訳」
桐子は目を閉じてコーヒーに口をつけた。
ピポパン、ピポパン、ピポパン♪
インターホンが鳴った。陽世が出る。宗介が一階のエントランスに来ているようだった。
「陽世ちゃん。大丈夫?」
「はい、大丈夫です。今開けまーす」
通話の終了ボタンを押した。あまりに早い帰りだ。それは、そういうことなのだろう。彼は、すべてを分かっていた。それでいて、桐子の意を汲んで、わたしと一緒にいてくれたのだ。宗介は導いてくれたのだ。わたしが自分で答えにたどり着けるように、背中を押してくれたのだ。
「宗介?」
「うん、そう」
宗介は、聞き込みのときに、こう提案していた。『あなたは、連続殺人事件の犠牲者に知り合いはいますか?』――そのことを聞くように。
その結果、誰もいなかったのだ。誰一人として。
この街には、吸血鬼も、吸血鬼に襲われたものも、いなかった。なんてことはない、陳腐な結末だった。
しかし、これはハッピーエンドなのだろうか? 誰が止める間もなく、社会は進んでいく。吸血鬼対策は進んでいく。その先に何が待っているのか、わたしは、まだ分からない。
「それで、陽世?」
「? なぁに、お姉ちゃん」
「あなた、何か宗介と進展あったんでしょうね。せっかくお姉ちゃんが二人きりにしてあげたんだから、ねぇ?」
「な、なななななななっ――」
「知らないと思ってた? あなた丸分かりなのよねぇ。宗介も事件のことは鋭いのに、これに関してはニブいったらありゃしない……わ?」
ふと桐子は上を向いた。影が落ちていたからだ。
そのあと、何が起こったかは知らない。
口は災いのもと。そのこと、よくよく理解しなければならない――。
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