第11話 事実は小説より奇なり

「そ、宗介さん?」

「陽世ちゃん。よかった。探したんだよ」

 

 陽世は慌てて、宗介から身体を離した。


「ご、ごめんなさいっ! わたし、てっきりストーカーだと……っ」


 すんでで止めてよかった。とは思ったものの、不思議と崩しの手応えがまったくなかった。ああ、兄弟子にはまだまだ敵わないのだと、陽世は悔しく思うと同時に、兄弟子の強さに一層尊敬の念を抱くのであった。


「こっちの方に走っていくのが、ちらっと見えて。何かあったの?」


 陽世は簡単に経緯を説明して、再び謝った。


「ご、ごめんなさい、心配おかけして」

「ううん、何事もなくてよかった。天気も悪くなってきたから、もう帰ろう」


 その後は、特に何事もなかった。

 陽世の部屋に戻ってきた二人は、一緒にソファに腰を下ろした。


「あ、わたし、お茶淹れましょうか。宗介さん、コーヒーでいいですか?」

「あ、うん。ありがとう」


 陽世がキッチンの方へ行く。と、宗介のスマートフォンが震えた。メッセージだ。文面をしばし確認したあと、宗介は腰を上げて、キッチンの方へ呼びかけた。


「陽世ちゃん? ちょっと野暮用で、事務所に行かなくちゃいけないみたい」

「え、そうなんですか?」


 二人分の湯を準備していた陽世は、残念に思った。


「すぐに戻ってくるけど……万が一のことも考えて、扉はキーチェーンも掛けておいた方がいいかも。まあ、陽世ちゃんの腕なら、そんなに心配はいらないかもだけどね」

「ぁぅ……」

 

 先ほど技を掛けたことを持ち出されて、陽世は赤面した。


「じゃあ、行ってくるね」

「は、はい、気をつけて」


 宗介は出ていった。湯が湧いた音がする。

 陽世は緑茶を淹れて、いつものソファに座った。


「……」


 不可解だ。

 なぜ、宗介はベル=ラウズの話を持ち出したのか。

 なぜ、宗介は聞き込みのときに一つ質問を付け足すよう提案したのか。

 なぜ、

 宗介は嘘をついている。昼食時、わたしがストーカーについて手掛かりがないかと尋ねたとき、彼は言葉を濁した。宗介は知っているのだ。昨夜、この部屋の前にやって来た、何者かのことを。


 不可解だ。

 なぜ、連続殺人犯はいつまで経っても捕まらないのか。

 なぜ、連続殺人犯は血を完全に抜き取り、完全な犯罪を成立させてしまえるのか。

 そして、なぜ――。


 ダンッ!! ダンダンッ!!


「――っ」


 びくりと身体が震えた。昨夜と同じ音だった。


 ダンダンッ!! ガチャ! ガチャガチャガチャッ!!


「……」


 ソファから腰を上げた。

 宗介はさっき、部屋を出ていった。そうして、はやって来た。

 これは――、なのだろうか?

 

 ダンッ!! ダンダンダンッ!! ダンッ!!


 目前の扉が壮絶な音を立てている。


「……っ」


 不可解を解決するための答え。わたしは、もうその答えにたどり着いていた。しかし、その答えは、到底受け入れがたく――そして、あまりにも馬鹿馬鹿しく、突拍子もないもので、きっとわたしの周りの友達も、必ず反論するものなのだろうと思う。けれど、これこそが答えなのだ。わたしが自分で考えて、これ以外にないと思う、そういう解なのだ。ああ、これ以上もったいぶっても仕方がない。その答えとは――





 、ということだ。





 カチッ。ガチャ――


「お姉ちゃん、何やってるの」

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