第10話 邂逅

 休日の朝十時。厚い灰色の空は、見る者を塞いだ気分にさせる。区役所の前には、長蛇の列ができていた。寒そうに首をすくめながら、列が動くのをじっと待っている。そんな彼らを尻目に、宗介と陽世は歩いていった。


「タダより高いものはない、か……」


 この国の未来は、どこに向かうのだろうか。宗介はぽつりと呟いた。

 やがて二人は人通りの多い路地の、邪魔にならない場所に陣取った。そこで道行く人を呼び止めては、桐子の写真を見せて、彼女を知らないかと尋ね回った。そして、もう一つ質問をするようにした。陽世はもともと引っ込み思案な性格だが、頑張って見知らぬ人に声をかけている。そうして二時間が経とうとしていた。


「陽世ちゃん、疲れたでしょ? そろそろ休憩にしない?」

「え……あ、もうこんな時間。ちょっと喉渇いちゃいました」


 手近なカフェに滑り込んだ二人は、テーブル席に案内された。暖房がほどよく効いた店内。座れる場所。注文を終えて、二人はようやく人心地ついた。背もたれに身体を預けながら、宗介は問うた。


「どう? 何か収穫はあった?」

「いえ……」


 道行く人々の質問に対する答えは、すべてNOであった。情報量エントロピーはゼロだ。それは収穫がゼロであると言えるだろう。


「ただ……もう少しだけ、続けたいと思います」

「そう」


 注文した品が来るまで、陽世は何事かを考え込んでいた。

 店内に流れるラジオは、新たな犠牲者が見つかったことを報道していた。数字は増えていく。何かしなければならないという風潮ができあがる。ロザリオをげた二人組の客が来店する。常識とは、いとも簡単に改変されるものなのだ。その有り様を見て、宗介は孤独な気分になった。


「そうだ、宗介さん」

「どうしたの?」

「昨日の犯人……ストーカー? でしょうか。その手がかりって、何か、見つかりましたか?」

「ん…。いや、特には」

「ご注文お待たせしましたぁ。パンケーキとカフェラテのお客様~」


 食事を終えた二人は、場所を変えて、午前中と同じように聞き込みを行った。途中まで何の問題もなかったが、宗介は年老いた男性から熱心に宗教の勧誘をされてしまい、今、ようやく解放されたところであった。なんでも、十字架こそが世界を救う希望らしい。

 ふと空を見上げれば、雲行きがあやしい。スマートフォンを見れば、時刻は一時半。そろそろ潮時か、と宗介は思った。


「陽世ちゃん、そろそろ――陽世ちゃん?」


 向こうで聞き込みをしていたはずの相棒の姿が、どこにもない。


 ――――


「すみませんっ。……あの、この写真の人、見たことありませんか? そうですか……。あの、それから、最近の連続殺人事件のことで、あっ……」


 急ぎの用なのか、呼び止めた通行人は、話の途中で去っていった。でも、もういいのかも知れない。が起こっているのだ。そのことだけは、十分に分かった。


「……?」


 見られている。


「……」


 道の向こう。赤いコート。フードを目深にかぶっている。その女が、にたりと笑った。

 女は踵を返し、人混みに紛れていく。


「! 待って!」


 とっさに追いかけていた。あれはストーカーなのか? それとも連続殺人犯なのか? それとも……? なぜわたしを見て笑ったのか? すべて分かる。あの女を捕まえれば、すべて……っ。女の姿を隠すように、真っ白な雪が吹雪き始める。


「はっ……はっ……」


 気付けば薄暗い路地裏にいた。女の姿は見えない。降りしきる雪がコンクリートに触れるたび、溶けて消えていく。そこに雪があったことなど、分かりはしない。


「ふぅ――」


 緊張しているときは、まず、吐かねばならない。吐けば、吸うのはあとから勝手にやって来る。一歩。また一歩。左か? 右か? あるいは後ろ?


「――」


 足音がした。すぐ先の、細い路地の交差点。

 上半身を脱力させる。自分の体重は四十キロあるのだ。そのエネルギーを使えば、は可能となる。

 影が現れる。

 高山流体術・旋の技――。


 決着は、一瞬だった。

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