第8話 あの子をよろしく
『都内で発生する連続殺人事件の被害者数を抑制し、犯人逮捕のための足場を整えるため、本日、東京都知事は緊急事態宣言を発令しました。この宣言には、夜間の営業時間短縮や、人の移動の制限が盛り込まれています。やむを得ず夜間に外出する場合には、都庁が開発した
最寄り駅で地下鉄の電車を待つ間、宗介はニュース動画を閲覧していた。
彼は思考する。目的を考えている。裏の裏。世の中に発信される情報には、必ず意図が存在している。人を導き、人を誤らせる。それが情報の本義である。そして、タチの悪い情報ほど、決まって善の皮をかぶっているのだ。
ブゥゥゥゥ ブゥゥゥゥ
画面がとっさに切り替わる。そこには、先ほど別れたばかりの人物の名前が表示されていた。忘れ物でもしたのだろうか?
「もしもし、陽世ちゃん? どうしたの?」
『た、助けてっ!! 助けてください宗介さん! わ、わたし、わたしっ』
ただならぬ声に、しかし宗介は変わらぬ声で言った。
「落ち着いて。陽世ちゃん。今から急いでそっちに行くから。それで大丈夫?」
宗介は走り出していた。
『は、はい、お、おね、お願いします……っ』
「何があったの?」
『きゅ、急に扉がガンガンって叩かれて……開けろって言われてるみたいで……怖い……怖いよぉ……』
「今も鳴ってるの?」
『い……今は、鳴ってません。電話をかける前に二回あって……今は……なにも』
「分かった。クローゼットの中とか、隠れられそうなところに隠れておいて。あと四分ぐらいで着くと思うから」
『分かりました……あ、あのっ、切らないで、切らないでくださいっ』
「安心して。そのつもりだよ」
『ご、ごめんなさい。ありがとう、ございます……』
きっかり四分後。陽世の部屋についた宗介は、全力疾走のあととは思えない、なんでもない顔で、部屋の前のインターホンを押した。ドアを見る。特に損傷は見られない。出るかどうかは分からないが、後で指紋を取っておこうと宗介は考えた。
「陽世ちゃん? 着いたけど」
『ま、待ってください! 今ちょっと部屋が散らかっててっ……見られちゃいけないものもあるんです! きゃぁああっ!』
「……」
受話器の向こうから盛大な物音が聞こえてくる。年頃の少女の見られてはいけないものとは何なのか……。宗介は想像をやめ、先に指紋を取ってしまうことにした。
「お待たせしました……」
五分後、ようやく部屋に迎え入れられた宗介は、事の顛末を陽世から聞かされた。
「いったい、誰、だったんでしょうか……」
「……」
「もしかして、本当に、噂の殺人鬼……? あっ……もしかして、わたしたちが事件現場を回っているのを見ていて、それで襲ってきた……?」
「それはないよ」
「え?」
明確な否定に、陽世は救われた。
「本当に例の殺人鬼だとしたら、目立ち過ぎだよ。あいつは一度も警察に尻尾を見せず、二十件以上の犯罪を犯している。明らかに質が違うでしょう?」
「それは……たしかに、そう、ですね」
「陽世ちゃんが誰かから恨まれるような子じゃないっていうのは知ってるし、騒音を出して隣人の機嫌を損ねた訳でもない。案外、陽世ちゃんのことが好きな男の人なのかもね」
「そ、そんな! そんなの、困ります……」
本当にストーカーだとしたら、そのストーカーをストーカーすることになるだろう。案件としては、よくある話だ。
「あの、宗介さん。ご迷惑でなければ、今日……とは言わず、明日も、泊まっていってもらえませんか? あの、ベッドはお姉ちゃんのがありますし。着替えも……そうだ、お姉ちゃんのシャツはサイズが大きいですし、使ってください」
「それ、後で吊るされたりしない?」
「え?」
「いやまあ、泊まっていくのはいいけどね」
彼女を安心させるためにも、しばらくは一緒にいた方がいいだろう。まあ一つ屋根の下というのは懐かしいものだ。昔はお兄ちゃんと呼ばれて、兄妹のようなものだったか。しかし、ストーカー、ね……。宗介は考え込んだ。
「あっ!」
「どうしたの?」
「ごはん作りますね。食べたいもの、ありますか?」
急に生き生きしだした陽世に、宗介は面食らった。なんだかんだ言って、姉妹だなと思う瞬間がふとある。何か、よく分からないスイッチがあるのだ。
エプロン姿の陽世が、キッチンでてきぱきと働いている。手持ち無沙汰になった宗介は、テレビの電源を点けた。六時のニュースだ。地下鉄で電車を待っていたときに見たニュースと、同じ内容の文言が繰り返されている。
「ロザリオ……」
気になったのか、陽世は包丁の手を止めて、画面を注視していた。
「どう思う?」
「そう、ですね。……いい、と思います。これで犯人が見つけやすくなるなら……。それに、誰かに襲われそうになったら、その情報が飛ぶってことですよね。今日みたいなことがあったときにも……。だったら、犯人は手を出しにくくなると思います。もしかしたら、他の犯罪の低下にもつながるかも」
「そう」
それは、一般人の考えだ。
しばし、宗介は目を閉じて、何事かを考えていた。
「陽世ちゃん」
「はい?」
鍋に火をかけながら、陽世は返事をした。
「少し話したいことがあるんだけど。今日はいろいろあったから、また明日にしようか」
「? はい。分かりました」
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