第5話 バディ

 十二月十三日。金曜。昼頃。


 高山探偵事務所にて、宗介はコーヒーを片手にすすりながら、たまった新聞を読んでいた。


『吸血鬼、再び現る――』


 どの新聞も同じだ。第一面に、大きく事件のことを取り上げている。その内容はと言えば、どれも似たり寄ったりだ。被害者は二十代の青年で、都知事は外出を控えるよう呼びかけうんぬんかんぬん――。そこからは、何一つ得られるものがない。テレビの電源をければ、ひっきりなしにコメンテーターやら有識者やらが騒いでいるのだろう。宗介は、はぁっと溜息をついて、ばさりと新聞を手放した。


 コン、コン、コン


 控えめなノックが鳴った。

 はて、来客の予定はなかったはずだが……新規の依頼だろうか? 宗介は返事をしながら、腰を浮かした。扉の方へ向かうと、存外に向こうから扉が開いた。


「こんにちは……」


 一人やってきた少女は、まだ学生であった。紺のスクールコート。この寒い中、タイツも履かず制服のスカートを履いている。短く切りそろえられた栗色の髪の下には、愛らしい小顔がのぞいていた。その顔は、しかし年相応の元気がないようであった。


陽世ひよちゃん、いらっしゃい」

「どうもです、宗介さん。あの……お姉ちゃん、戻ってきて……ない、ですよね?」


 彼女は桐子の年の離れた妹であった。桐子とマンションで二人暮らしをしているという。その姉が失踪したとあって、心労が絶えないのであろう。少しでも手がかりがないかと思い、姉の職場までやって来たという次第であった。


「あいつは……そうだね。いったいどこに行ったのやら……」


 宗介は肩をすくめた。


「……宗介さん、あんまり心配してなさそう」


 その声に批難の色はなかった。ただそういう印象を持ったという感想だった。たしかに、陽世の言う通り、彼はあまり事態を深刻には捉えていないように見える。


「まあ……桐子の奇行なんて、いつものことでしょ? 何日も張り込みしてると思って差し入れに行ったら、いつの間にか海外旅行に行ってた、なんてこともあったじゃない? そういうのに一番振り回されてるのは、陽世ちゃんだと思うけど」

「それは……そうですけど」


 事実、陽世は姉の行動にいつも気を揉んでいた。心配性の妹と、気分屋の姉。妹の心が知れるというものだ。しかし、姉は自分とは違って天性のセンスがあり、どんな事態も切り抜けられる力があるということを、妹は心の中では分かっていた。


「でも、わたし……今回は、何だか違う気がするんです」

「違う?」

「その、上手くは言えないですけど……」


 宗介は、言葉の続きを待った。


。このままじゃ、お姉ちゃんが帰ってこない。なんとなく……そんな気がして」


 直感とは、探偵業では最も尊ばれるものだ。宗介に反論の言葉はなかった。しかし、次の一言は見逃せなかった。


「だから、わたし――っ、お姉ちゃんを、探そうと思ってます」

「……」


 陽世は、ぎゅっと両手を握った。その表情には、どこか危うさがある。彼女は分かっているのだろうか? この東京の街で、たった一人で人探しなど、無謀にもほどがあるということを。ましてや、そうだ。


「本気、なの? 桐子は、今、世間を騒がせている殺人鬼を追っていたのかも知れない。桐子を追うということは、その残虐で狡猾な犯人と出遭う可能性があるということだよ。そのことは、分かってるの?」

「ぅ……」

「それに、犯行の手口は、何一つ分かっちゃいない。人間ができるような芸当じゃないとも言われているんだ。荒唐無稽な話だけれど、本当の吸血鬼を相手にするっていうことも、可能性としてはゼロじゃないんだ。それでも……桐子のことを探せるの?」

「それは……」


 陽世はうつむいた。いくら高山たかやまに伝わる武術を身に付けているからと言って、ただの女子高生一人であることに変わりはないのだ。痴漢程度ならまだしも、自分が相手にしようと思っているものは、それよりもはるかに得体が知れず、不気味な存在だと感じる。到底太刀打ちできるもののようには思えなかった。宗介の言う通り、人知れず殺されてしまう可能性だってあるのだ。陽世は己の力の無さを痛感し、唇を噛み締めた。


「……」


 このとき――うなだれる陽世の姿を見て、宗介は思った。桐子は『あの子をよろしく』と言ったのだ。それは、単に陽世の身の回りの不都合を排除せよというお願いめいれいだと、彼は勝手に思っていた。しかし、違うのだ。。だから、彼はこう言ったのだ。


「手伝うよ」

「え?」

「一人じゃ大変でしょ? まあ、本当にあいつがいなくなったら困るしね。あんまり頼りないかもだけど、これでも探偵の端く――」

「あ、ありがとうございますっ! 宗介さんがいてくださったら百人力です! とっても心強いですっ!」

「あ……そう?」


 先ほどまでの暗い雰囲気は、いったい何処に行ったのか。いやしかし、これこそが彼女の本来の姿なのだ。


「あの、わたし、今日は午後は授業なくって。さっそく、今から事件を追っていこうと思ってます」

「分かった。こっちも急ぎの仕事はないからね。手伝うよ」

「ありがとうございますっ!」

「それじゃあ……これからしばらくの間、よろしく頼むね。相棒」

「ぁ……えへへ。こういうの、昔、お姉ちゃんと一緒に遊んだときみたいですね」

 

 二人の意識は、しばし高山家の過去に飛んだ。しかしまあ、どんな遊びにしたって、二人がかりでも彼女に勝つことはできなかったのだが。


「それで、宗介さん。お姉ちゃんがいなくなる日、何か、変わったことはありませんでしたか?」

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