第4話 おとぎの国からこんばんは

「La... La... La...」


 歌だ。歌が聞こえる。異国の歌だ。しかし、ここは果たして日本の首都の夜なのか。魔法のように人だけがごっそり消えた街中を、かすかな旋律が泳いでいく。


「La... La... La...」


 可愛らしい声だ。舞台はコンクリートの歩道。照明は白い電灯。声の主は、くるりくるりと回りながら、軽やかにステップを踏んでいく。編み上げブーツに、赤いダッフルコート。ブロンドの髪が、ゆるやかに弧をえがいた。まるで、童話に出てくる赤ずきんが現れたかのようだ。一つ残念なことを挙げるとするならば、フードを目深にかぶっていて、その顔立ちを拝むことができないことであろう。

 しかし、何故なにゆえ彼女はこんな夜中に街を歩いているのか。まさか、この街に凶悪な殺人鬼が潜んでいるということを、知らないのであろうか?


「ねぇねぇ、そこのキミ。ちょっとウチの店に寄ってかない?」


 吸血鬼が現れてからというもの、夜間に営業する店は、大打撃を受けていた。青年が熱心に客引きをするのも無理ない話ではあったのだ。いくら人々が魔法にかかって姿を隠しているといっても、夜中に出歩く者は、少なからずいたのだから。それは、夜の街を好む者。声をかければ、常より釣り上げることは容易であったのだ。


「La...」


 赤いコートの女が立ち止まる。糸が切れた人形を想起させた。そうして、何か、言葉を発したのだ。


「――ミツ、ケタ」


 おとぎ話の住人の言葉は、果たして青年にどう届いたのであろうか?


「――」


 数分が経った。赤いコートは去っていく。次なる獲物を求めて。夜の闇に溶けていく。

 これは今さらの話ではあるが――彼女は、赤ずきんではなく、狼であったのかも知れない。

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