第15話 アルマとクロガネさん
森の奥深くに小さな洞窟があった。
入り口は人が一人、這ってなんとか入ることができるくらい小さく、遠目からはそれが洞窟の入り口であることすらわからない。
その洞窟を小一時間ほど進んだ先に少し開けた場所がある。そこには氷漬けにされた人間の姿があった。
額に傷のあるがっしりとした体型の男。クロガネだった。
自然の冷凍庫とでも言うべきか、この場所はとても寒い。日の光が当たることのない、地中深いところであり、生き物一つ存在しなかった。あたりはしんとして、空気すらも固まっているかのような静けさだった。氷は、まるで魔法で作られたかのようにきれいにすき通り、角張っていた。
そんな中、氷の中でクロガネは目を覚ました。しかし、体が動かない。
――ここは一体……。
クロガネは身動きが取れない中、ふと何が起きたのか記憶を辿ってみた。
――ああ、そうだった。
彼は自分の体が氷漬けになってなっていることを思い出したのだった。
「ふっ」と軽く息を吐き力を入れると、巨大な氷は内側からいとも簡単に崩れ去った。ガラガラという音が洞窟中に響くが、それに反応する生き物たちはやはりいない。再び静寂が訪れると、クロガネは肩を軽く回し、首を数回左右に曲げる。両手を握ったり、大きく広げてみたり。
――うん、体はどこもおかしくない。
それどころか、身体中に力が漲っているのを感じていた。これまで冷やされていた体が、一気に熱を帯びる。クロガネは一歩一歩自分の体の確認をするように、ゆっくりと歩き出した。
洞窟の外に出ると、爽やかな風が吹いた。木々が空を覆い尽くすほど生い茂っていてあたりは薄暗いが、葉と葉の間から光が真っ直ぐに降りてくる。
クロガネはここがどこなのかはっきりわかっているようだった。そして、彼は洞窟を振り返ることもせず、真っ直ぐに歩き出した。道などなく、地面全体を苔や草が覆い尽くしている。人はもちろん動物の足跡すら見当たらない。相当長い間、生き物が近寄っていない場所であることがわかった。クロガネはしばらく歩くと、ある太い木の目の前で立ち止まった。
――ここだ。アルマと最後に話をした場所。あの日のことは、昨日のことのようにはっきりと覚えている。
クロガネは目を閉じて、あの夜のことを思い出した。
☆★☆ 遠い昔を思い出すように……クロガネの回想 ☆★☆
「――あなたの体に私の力を移すのです」
「わかった、今すぐにでも!」
「しかし……そうすると……」
「助かる方法はそれしかないんだろう? 他に選択肢はない!」
そう言って、クロガネは抱えていた女性を強く自分の体の方へ引き寄せ、抱きしめた。
「……ありがとう、クロガネ」
女性の目にはうっすらと涙が溜まっていた。しかし、彼女は
「でもね、よく聞いて。あなたに私の力を移すことがどういうことなのかを」
と、最後の力を振り絞って話し始めた。
失われた力を取り戻すために千年もの間、竜は力を移した者の体の中で眠りにつくこと。
その間、力を移されたものは老いることも死ぬことも、子孫を残すこともできないこと。
力を移されたものは、竜が目覚めた後……数日で死んでしまうこと。
「それでも……私の力を移すというのですか?」
「ああ、それであなたが助かるのなら」
クロガネはブレなかった。本来なら黒い竜との戦いで、全身の骨が砕けて死んでいたはずだったのだ。それを、目の前の女性が自分の命を削ってまで助けてくれた。次は自分が助ける番だ、そう思っていた。
「千年よ? 千年の間生き続けなければいけないのです」
「その間、あなたのことを考えて生きよう。それと黒い竜も討たねばならん」
「……」
「そうだ……あなたの名前を教えてくれないか? これから体の中にいるあなたのことを、何と呼べばいいかわからない」
「……アルマよ。私の名前は、アルマ」
☆★☆ 回想終わり ☆★☆
――アルマ。
クロガネは上着を脱いだ。
――やはり、あの夜の出来事は夢ではなかったのだ。
彼の心臓付近には金色に輝く宝石が埋め込まれていて、周りの皮膚と完全に癒着していた。そこに手を置くとほんのり暖かく、力が溢れてくるような気がしてくるのだった。
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