第14話 あのときの少女とクロガネさん
クロガネが目を覚ますと、そこは静かな森の中だった。辺りは真っ暗で、木々の隙間から星が輝いてみえた。……夜。時折吹く風にさらさらと生い茂った葉が音を立てる。
木々は一本も倒れていない。人や草木が焼けた匂いもしない。竜の気配も感じない。ついさっきまで黒い竜と戦っていたことははっきり覚えている。そして最後にしっぽで殴られて、身体中の骨が折れたことも。それなのに、これは一体どういうことだろうか。
死後の世界……にしては、どこか見慣れた景色のようにも感じる。クロガネはゆっくりと体を起こしてみた。体のどこも痛くなかった。やはりおかしい。
そんなことを考えていると、クロガネはここが自分の住んでいるイシの町の西にある森の中だということに気づいた。小さい頃から修行だと言って遊んでいた森だ。あの切り株、この小径、自分がつけた幹の傷痕。間違えるはずがない。
「どうして俺はここに……」
ふと横を見ると、自分の隣に誰かが倒れていることに気がついた。「大丈夫か、おい、しっかりしろ!」クロガネがその背中を軽くさすって……思わず彼は動くのをやめてしまった。
なんと、自分の横に倒れていたのは、先日、クロガネが酔っ払いながら「結婚してください!」と一目惚れした、あの金髪の女性だったのだから。
さらに彼は、彼女の背中を支えている自分の右手が妙に生暖かく、濡れていることに違和感をもった。恐る恐る右手を見てみると、金色の血がべったりとついていたのだ。
「あなたは……まさか」
ピクリ、と女性のまぶたが動き、ゆっくりと開けられた。長い睫毛に金色の瞳。相変わらず綺麗な顔立ちに、クロガネは魅入ってしまった。そして、先ほどの金の竜がこの女性と同一人物だということを直感的に理解した。
「クロガネ……」
女性はゆっくりと両手を伸ばし、クロガネの頬に当てた。そして、彼の頭の中に直接話しかけてきた。
「黒い竜はまだ生きています。あのままでは勝ち目がなかったので、この森まで
「やはりここは……そうだったのか。しかし俺は全身の骨が砕けて……」
「あなたを死なせるわけにはいかなかった……この森で小さい頃に助けてもらった恩返しをしていませんから……」
クロガネの頭の中に小さい頃の思い出が鮮明に浮かび上がった。
――山賊に襲われている少女を助けて、一緒に逃げた……二人とも矢を受けて倒れてしまい……そこで金の竜に出会ったんだ「小さき人間よ、我が娘を守ろうとしてくれたこと、感謝する」と言われて――
今自分の目の前にいるのは、あのときの少女か!
「赤い幼竜を助けようとしてくれたこと、感謝します。あなたはやはり昔と変わらず、優しい人間でした」
「しかし、あなたは……あなたは大丈夫なのか? この背中の血は黒い竜に翼を取られたときのものだろう?」
翼を強引に引きちぎられて無事なはずがない。それにさっきから右手に伝わる血の感触がますますひどくなってきているのを感じていた。
「……おそらく長くはもたないでしょう。でもこうして、最後にこの姿であなたと話をすることができてよかった。ずっと直接お礼が言いたくて……」
女性はクロガネのほおに手を当てたまま、にこりと微笑んだ。
「なにか、何か助かる方法はないのか? なんでもいい、俺にできることならなんでもする!」
いつの間にかクロガネの目には涙が溜まっていた。そしてそれがぽろぽろとこぼれ落ち、女性の頬を濡らす。
小さい頃に助けた少女は実は金の竜で、さらに一目惚れして告白した女性だったのだ。そんな彼女が恩返しといって黒い竜との戦いに割って入り、自分の命も顧みず助けてくれたのだ。
なんとかして助けてあげたい。クロガネの胸の中はその思いでいっぱいだった。
「一つだけ……あると言えばあるのですが……」
「なんだ? なんでもする! 言ってくれ、何が必要だ?」
女性は少しためらいがちに、それでもクロガネを真っ直ぐ見つめて言った。
「あなたの――」
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