承『始動』
2034年3月24日、東京都郊外の神社の神主が怪奇現象により負傷した。彼と共に暮らす少女はそれが自分のせいであると述べ、自身を隔離。特殊エネルギー研究所は速やかにこの少女を保護し、研究を進めるべし。
「……ここですか?」
「うん。この神社だよ」
東京郊外の山の中、小さいながらも立派な神社があった。秋には山々が紅葉に染まり、参拝客も多く、今の季節では少し暖かくなってきて過ごしやすい。
今日の朝に持ち込まれた、新たな能力者の一報。どうやら不可解な事象が立て続けに起こり、自分が原因だと言う少女がいるという。彼女は自らを倉庫に隔離。まともに水や食事も摂らずにいるらしい。
事件が起こったのが3月24日。今日が26日なので、実に2日間隔離されているようだ。
「この
「仕方ないですよ。その少女はどちらに?」
「こちらです」
神主は神社の裏手に渉と角美を連れていった。初老の神主は腕や足にガーゼが当てられており、怪我の様子が伺える。
木々の隙間に窮屈そうに建てられた倉庫はかなり古ぼけており、壁の板は痛み、屋根の瓦城は所々外れていた。
「……この中に?」
「ええ。名前は
渉は倉庫に歩いていった。チラリと角美に視線を送ると、角美は神主を下がらせる。それを確認すると、渉は倉庫のガタガタの扉をコンコンと叩いた。
「……誰?」
まだ幼さが残るが、しっかりと意志を感じる声だった。しかし弱々しく、かなり衰弱していることが容易に想像できる。
「俺の名前は九十九渉。君を保護しに来た」
「保護……?」
「そうだ」
「駄目だよ……近づかないで……」
「それは何故?」
「あなたも……あなたにも怪我をさせちゃうから……」
「ああ、それなら大丈夫だ」
「だ、大丈夫って……?」
「この5日間、ひたすら特訓していたからな。ちょっとやそっとじゃ怪我はしない。予想だが角美さんの方がよっぽど恐ろしい!」
「渉⁉︎」
「とにかく、着替えとかをしているわけではないんだな!」
「え……別にそういうわけじゃないけど……ま、待って‼︎」
渉はなんの迷いもなく扉を引いた。中に照明は無く、壁から僅かに入ってくる光のみが倉庫内を照らしている。奥の隅にうずくまっている少女が見えた。
しかしそれらの情報を渉の脳が処理することはなかった。扉を開けた直後に渉の視界に映ったのは赤地にところどころに白が混じった景色だった。
「わああ⁉︎」
渉は咄嗟に体を限界までのけぞった。渉の胸の上を何かが飛んでいき、地面に落ちる。
それは白くて細長く、少しテカついていた。地面に落ちたそれはウネウネと這いずっている。すなわち、蛇。
「な、なんだ⁉︎」
渉が体を起こしてそれを認識した直後。
「逃げて‼︎」
その声と共に、暗闇の倉庫から大量の蛇が飛び出てきた。それらは空中を飛翔し、一目散に渉に飛んでくる。
「わ! わあ‼︎」
咄嗟に後ろに下がりながら、渉は体を捻ったり屈んだりして次々と飛んでくる蛇を躱していく。
しかし蛇の勢いはまったく収まらず、渉はドンドンと後ろに下がっていった。そしてとうとう腕に蛇が噛みつき、その拍子に渉は後ろに倒れてしまった。そこに大量の蛇が向かっていく。
「わあああ‼︎」
「……ごめんなさい……ごめんなさい……」
倉庫の奥で、膝を抱えて少女は震えていた。いとも容易く人を傷つけ、なんの罰も受けない自らを嫌悪しながら。
あの蛇は毒を持っているわけでは無いが、噛む力がかなり強い。さすがに骨に傷をつけるほどではないが、突き刺さった牙は返しがついており簡単には抜けない。神主は自分が離れたこともありあまり酷い怪我にはならなかったが、あの数に襲われたらひとたまりもないだろう。
しかし。
「……はー、びっくりした!」
「……え?」
少女が倉庫の入り口を見ると、その声の主が立っていた。逆光で見づらいが、そのシルエットには3匹ほどの蛇がぶら下がっており、ガッシリと噛みついていた。そして驚くべきことに、5匹ほどの蛇はその男の周りに浮いていたのだ。
「よいっしょっと!」
その男は左腕に噛み付いた蛇をむんずと掴んだ。するとその蛇が口を開いた。それはまるで凄まじい力でこじ開けられたかのようで、蛇はまた噛みつこうと頭を伸ばしている。
男は同じことをあと2回行い、浮かんでいた蛇もろとも後ろに放り投げた。
「ほら、大丈夫だ! 出ておいで!」
渉の能力は一言で言えば念動力である。自身の体内に蓄積された科学エネルギーを他の物体に接続。そのまま渉の精神でその物体を操ることができる。また、そのエネルギーを勢いよく物体にぶつけることで
先程渉は蛇を念動力で空中に止め、体に噛み付いた蛇の口を無理矢理こじ開けたのだ。
「……嘘……」
いつのまにか蛇の放出は止まっており、少女の体も震えてはいなかった。渉は腕やら足やら血をダラダラと垂らし、満面の笑みで入り口に立っている。
「さあ! こっちに!」
少女の目に光が宿った。この人なら自らを委ねてもいいかもしれない。そう淡い期待が胸に込み上げてくる。
少女は立ち上がり、包み込んでくるような光へと歩いていった。
「ふむ。荷、尾、美に海か。海、これからよろしく頼む!」
「う、うん。よろしく……」
海は疲れ果てたような笑みを浮かべた。丸一日以上、飲まず食わずだったのだ。自己嫌悪による精神的疲労もある。
しかし、それよりも優先するべき……いや、されるべきことがある。
「海!」
「おじいちゃん……」
神主と海はお互いに目に涙を浮かべ、抱き合った。やはり海は体にあまり力が入らないようで、弱々しい。
「海、髪が……」
「うん、いつのまにかね……」
先程の話によれば、海は黒い髪を肩まで垂らした少女のはずだ。しかし今の海の髪は薄い金髪に染まっている。
「いつのまにか?」
「あのエネルギーを取り込んだ人は、たまに体に変化が起きてしまう場合があるんだよ。アタシのこの」
角美は自分の背中まで伸びた髪を手で
「綺麗な金髪も、それによるものだ」
「そうだったんですか」
「狩斗さんみたいに白髪になったり、話によれば背が縮んだりした例もあるらしい。その原因も調査しないとね」
「はい!」
渉の元気な返事に笑みを作ると、角美は神主と海に歩み寄っていった。真剣な眼差しで神主を見据え、ハキハキとした声で話し始める。
「海は、私達が責任を持って保護します。海が持つ力は今後の日本……いえ、世界の根幹を支えるものになるでしょう。私達はこの力を研究し、世界をよりよいものとするために全力を注ぎます。その暁には、海を怪我ひとつなくこちらに送り届けることを誓います」
「……人様のお役に立てるのなら、何も言いますまい……海、これを」
そういうと、神主は1つの麦わら帽子を海に手渡した。海はそれを受け取ると頭に被り、笑顔を浮かべた。
「……元気でな」
「うん……バイバイ、おじいちゃん……!」
海は最後にもう一度神主と抱き合うと、渉と角美と共に、神社を後にした。もう4月まで1週間を切っている今、日差しは人々を暖かく包み、穏やかな気分へと誘っている。
新たな仲間を迎え入れ、気持ちを新たにした渉はやる気に満ち溢れていた。帰りの車へと向かう道すがら、渉は海に色々なことを話していた。
「……どうして渉に会った後は力が発動しなかったんだろう」
「ああ、それは意識が無かったからだよ」
「意識?」
「この力にまだ慣れていない時は、少し意識を向けただけで力を使ってしまう。自分の意思とは関係なく、体や脳が勝手に発動させてしまうんだ……きっと海はあの時、安心したんだと思うよ」
「え?」
「……簡単に人を傷つけてしまう自分を、受け入れてくれる人がいる……それだけでも心に余裕ができて、力の制御に繋がったんだと思う……前の俺もそうだったから」
渉が海を気にかけているのは、やはり境遇が似通っていることが大きいだろう。ある日突然自分の意思とは関係なく暴走する力を手に入れ、無意識に人を傷つけてしまう。海に数日前までの自分を重ね、渉は少しでも海の気持ちを楽にしてあげたいと思っていたのだ。
「それ、俺はお前を助けてあげたんだぞって言ってるように聞こえるよ?」
「そ、そんなつもりじゃ!」
「あはは……!」
そんな談笑をしていた時、角美の携帯が鳴った。
「あれ、銅板さんからだ……もしもし?」
携帯から聞こえてきたのは、鬼気迫る様子の銅板の声だった。
「角美か⁉︎」
「そ、そうですけど……」
「今すぐ逃げるんだ‼︎」
「え?」
「国が能力者を排除する方針に切り替えたようだ‼︎ 今研究所は国の刺客に襲撃されている‼︎ 急いで東京から離れろ‼︎」
その時、電話越しに耳をつんざくような金属音が聞こえてきた。「チイッ‼︎」という銅板の舌打ちの後、重い何かがぶつかる音が響く。
「ど、銅板さん‼︎」
物がぶつかる音は未だ聞こえているが、銅板の声は全く聞こえない。
「角美さん⁉︎」
「一体何が……‼︎」
「おい」
3人が状況を把握する前に、声がかかった。見ると黒いスーツを着た男が立っている。3人が移動する際、車を運転してくれるドライバーだ。
男は懐から黒い物体を引っ張り出した。それは長い突起にグリップ、引き金がついた……銃。
「え……?」
「角美さん‼︎」
直後に鳴り響く銃声。渉の声は虚しく山々に響き渡る。射出された弾丸は真っ直ぐに飛翔し、角美の左の足首に命中した。
「が……ッ‼︎」
「その電話でも言っていただろう。国は貴様らを危険因子と判断した。大人しくついてこい」
渉と角美が出発してかなり時間が経っている。今頃は
銅板は研究結果の資料を作成するため、ノートパソコンを開いて文字を打っていた。すると扉からコンコンとノックの音が聞こえてきた。
「はい、どうぞ」
扉を開けて入ってきたのは、黒いスーツに身を包んだSELに協力する国の要人だった。その男はかけていたサングラスを取ると、銅板の机の前まで歩いてきた。
「おや、これはこれは。どうぞお掛けに」
「いえ、結構。今回は1つ命令を課しに来ただけですので」
「命令?」
「単刀直入に言えば……研究データを全て削除してください」
「……え?」
「その後は私達についてきてください。国の極秘の施設に連れて行き、収容します」
「な、何を……」
「命令には従ってもらいます」
男は懐から銃を取り出し、銅板に突きつけた。
「ッ‼︎」
それを認識した瞬間、銅板は能力を発動させた。銅板と男を結ぶ空間が、まるでゴム製の物を上下で摘んで引っ張ったように歪んだ。両者の距離は一瞬で縮まり、男は驚愕に目を見開いた。
同時に銅板は走り出し、瞬く間に男の横を通り過ぎて扉に向かう。男は一瞬後に反応し銃を向け直すが、直後に脳天と爪先から同時に凄まじい衝撃が走った。
「ゴアッ‼︎」
銅板は部屋を飛び出し、地下の研究室に走っていく。コンクリートの階段を駆け下り、金属製の扉を開け中に入る。その間に携帯を取り出し、角美にかける。
「角美か⁉︎」
「そ、そうですけど……」
「今すぐ逃げるんだ‼︎」
「え?」
「国が能力者を排除する方針に切り替えたようだ‼︎ 今研究所は国の刺客に襲撃されている‼︎ 急いで東京から離れろ‼︎」
その時、耳をつんざくような金属音が響いた。あの男が扉をこじ開けようとしているのだろう。
「チイッ!」
銅板は扉に駆け寄り、扉を殴る音が止んだタイミングで扉を勢いよく開け放った。目の前の男の胸の前の空間を握り、全力で後ろに腕を引く。すると男は引っ張られるようにして吹っ飛んでいった。
部屋の外に飛び出ると扉を閉め、グイッと手首を捻る。すると扉の鍵が壊れ、内からも外からも開けられなくなる。
しかし銅板は階段を一歩上がった時、携帯を手から取りこぼしてしまった。
「しまった! いや、拾ってる時間も無い‼︎」
銅板はそのまま階段を開け上がっていった。
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