転『クレシェンド』
「その電話でも言っていただろう。国は貴様らを危険因子と判断した。大人しくついてこい」
角美は地面に膝をついた。傷口からドクドクと血が止めどなく流れ、地面に血溜まりを作っていく。
角美を撃ったその男は銃口を今度は渉の方へと向けた。指は引き金にかけられておりいつでも撃てる状態。狙っているのは胸部。
「……何をするつもりだ」
「お前ら3人を極秘の施設に収容する。もう一度言うが、大人しくついてこい。あまり面倒ごとを増やすな」
「……断ったらどうする」
「貴様らの存在が隠蔽できればいい。殺す」
渉の首筋に汗が流れる。今無闇に抵抗すれば何かするより早く引き金が引かれ、銃弾が渉の胸部を撃ち抜くだろう。まだ衰弱している海もいる。ここは一旦指示に従った方が得策か。
渉がそんな思考を巡らせた時、横にいた海が前に進み出た。男の銃が海に向けられる。
「う、海⁉︎」
「……渉は角美さんを連れて逃げて」
「海は⁉︎」
「この人を止める」
「いやだめだ‼︎ 海はまだ回復してないし、何より1人を残して逃げるなんて俺にはできない‼︎」
「なら……」
海は右手を開き、上に掲げた。それに伴い、海と渉の間の地面に亀裂が走る。そしてコンクリートが割れ、そこから白い壁が迫り上がってきた。
横幅2メートルほどのそれはドンドン伸びていき、ろくろを巻いていく。渉や黒服の男が上を向くと、先細りした先端には赤く光る点が2つあり、尖った何かが覗いていた。
それは壁ではなく、巨大な蛇だった。
「え、ちょっ‼︎」
地面から這い出てきた蛇は海の後ろに体を下ろしていく。渉はそこから押し退けられ、ドンドン後ろに下がらされた。
「うっく……‼︎」
「角美さん‼︎」
渉は即刻膝をついている角美に向かって走った。そして腰を屈め、手を膝と背中に回して角美を抱き抱える。
「わ!」
「海‼︎」
「大丈夫。任せて」
「……クッソー‼︎」
渉はとても悔しそうな顔をして振り返った。角美をしっかり抱きかかえたまま、一目散に走っていった。
黒服は咄嗟に銃を渉の方へ向ける。しかしすぐさま巨大な白蛇がその間に飛んでいき、射線を塞いだ。
「ダメだよ」
「……フン、まあいい。お前を殺すのが先になるだけだ」
すると男は持っていた銃のマガジンを落とした。懐からもう一つマガジンを取り出し、銃に入れる。
すぐさま銃を海に向けるが、またもや白蛇がドスンと地面に横たわり、射線を切る。しかし、男は構わず引き金を引いた。
射出されたのは弾丸ではなく炎の塊だった。それは白蛇の体に直撃し、爆発した。傷口からドサドサと土が流れ出てくる。
「なんだ、ただの土くれか」
荷尾美海の能力は土から生物を作り出し、操る能力である。正確に言えば生物に似た何かであるのだが。ただし肉体全てが土でできているわけではなく、表面や眼球など一部は本物の肉体を形成する物質から成っている。
大蛇はその巨体を唸らせながら男に迫っていった。男は爆発する炎をいくつも打ち出すが、顔の部分部分を削るだけで破壊には至らない。
「チッ」
男は銃弾程度の炎では効果が無いと分かると、銃を懐にしまった。そして地面に転がっていた、直径20センチほどの石を拾い上げる。それを炎に変えて全力投球。
ゴォォと音を出しながら飛翔し、炎は白蛇の鼻先に命中。銃弾の時とは比べものにならない爆発が起き、白蛇の頭は木っ端微塵になった。
(……いない⁉︎)
男がすかさず銃を海の方へ向けるが、先ほどまでいた場所には海はいなかった。
直後、轟音と共に、男の足元の地面が崩れ去った。
「な⁉︎」
男は突如として出現した穴に落下。いや、穴ではない。今この瞬間形を成した大蛇の口の中だ。穴の奥は一面土に囲まれた暗闇。もし落下した後口を閉じられたら窒息してしまうだろう。
「グッ‼︎」
男は足を思いっきり広げて土壁にくっつけた。壁が少し崩れながら男の落下が遅くなる。その時大蛇が口を閉じ、圧迫感に包まれる。
完全な暗闇の中、男は懐から拳銃のマガジンを取り出し、暗闇の中に落とした。直後にマガジン本体と中に入った十数発の弾丸一つ一つが爆発を起こし、男は真上に吹っ飛ばされる。
大蛇の口を破壊しながら男は外に放り出された。
「チッ……」
すぐさま辺りを見渡す。頭部が破壊された大蛇が倒れ土に変わっていっている。しかし海はどこにもいない。
「……逃げたか」
そのまま十数メートル落下し、地面にドスンと落ちる。辺りには土埃が舞っており、コンクリートはズタズタ。あまり遠くに逃げられたとも思えない。
男は銃をしまい、車に向かって一歩踏み出した……その時。地面から細く、白い腕が突き出してきた。その腕はガッシリと男の足を掴み、地面に引き摺り込んだ。
「な⁉︎ グッ‼︎」
再び地面が割れ、男は抵抗もできずに穴に引き摺り込まれる。穴には男の足を掴んだ海がいた。海の足には複数の蛇が捕まっており、男もろとも海を引き摺り込んだ。
「あああああ……‼︎」
「あー、クソッ」
ろくろを巻いた蛇の体に、ポツリと浮かんだ男の顔。体は蛇の体にくっついていて拘束されており、まったく身動きがとれないようになっている。また、海のさじ加減で圧迫することも、なんなら圧殺もできてしまう。
海は服についた汚れを払い、男を見やった。
「……どうしてこんなことをするの?」
「……金払いが良かったんだよ」
「いやそうじゃなくて」
「……国のことは知らん。俺だって逆らったら殺されてたんだ。どっちにしろ上に従うしか無かった」
「……そう」
その時、海の視界に黒い何かがチラリと映った。一瞬虫か何かかと思ったが、また海が見たそれはどうやら空から落ちてくる、人間ほどの大きさのもののようだ。
それは海と男がいる地点の近くにグングン迫ってくる。ようやく全体像を観測できるほどに近づくと、それは黒いスーツを着込んだ男性のようだった。
「……え⁉︎」
「あっちょ! おいてくな……」
海は咄嗟に後ろに走った。凄まじい音と衝撃を振り撒きながら、今しがた海がいた地点に落ちてきた男は着地。黒く艶のある髪を整えた、まだ若い男性だった。
「く……ッ‼︎」
海はすぐさま戦闘体勢に入った。自分の周りの地面から大量の蛇を作り出し、構える。
しかし。
「あ、ちょ、ちょっと待って! 僕は敵じゃない!」
「え……?」
「め、眼鏡……あった……フゥ」
唐突に出現したその男は、眼鏡を掛け直すと表情を和らげた。
「僕は倉野銅板。渉や角美の仲間だよ」
「わ、渉の?」
「うん……えっと、この人は?」
「その子に負けました」
「そ、そうか……えっと、海さん、だよね?」
「は、はい」
「……渉と角美はどこに?」
「ハア、ハア、ハア、ハア!」
「だ、大丈夫?」
「はい!」
「無理しないでよ⁉︎ アタシ重いから!」
「大丈夫です! これでも鍛えてるので!」
「いや重いを否定して⁉︎」
海と別れてから数分、渉は角美を抱えてひたすら走っていた。あの山は元々研究所に近く、少し時間はかかるが徒歩圏内だ。
するとその時、研究所の方向から何かが飛んできた。
「え?」
止まってよくよく目を凝らすと、それは黒いスーツを着込んだ男性だった。かけた眼鏡とあの顔には見覚えがある。倉野銅板だ。
銅板は空中を吹っ飛んでいき、先ほどまで2人がいた地点に落下していく。
「え⁉︎ 銅板さん⁉︎」
「ま、待ってくださーい‼︎」
渉のそんな声が上空に届くわけもなく、銅板は2人に気づかずに進んでいく。もっとも、気づいたとしても停止する手段は無いのだが。
渉はすぐさま踵を返し、銅板の後を追った。今まで走ってきた道を戻らなければならないが仕方がない。そもそも銅板が無事だということも確認できたのも大きい。
すると。
「渉くん⁉︎」
「え? ……狩斗さん⁉︎」
振り向くと、車の窓から顔を出した狩斗がいた。狩斗は車を降りると、渉の元に走ってきた。
「どうしたんだ角美‼︎」
「そ、それが……」
渉は今しがたの出来事を説明した。
「……国が?」
「はい……渉、降ろして」
「も、もう大丈夫なんですか?」
「大丈夫。傷の治りも早くなってるみたい」
角美は渉に降ろされ、地面に立った。撃たれた左足に体重を乗せると顔をしかめる。
「……痛いけど痛いだけ。十分動ける」
「無理はしないでくださいよ」
「分かってるって」
「ひとまず貴方達は避難を。さ、車に」
「分かりました」
角美は足を引き摺りながら狩斗の車の元に精一杯駆けた。渉も角美に肩を貸すため、後を追った。
(……ん?)
しかし、運転手である狩斗は、その場に突っ立ったままだった。渉が不思議を思い振り返ると……狩斗はどこからか出てきた銃の銃口をこちらに向けていた。
渉がそれを認識した直後、引き金が引かれ、弾丸が放たれた。重い音が3発響き渡る。
「……は?」
「ガ……ッ‼︎」
さらに一瞬後、角美の声と共に、ドッと倒れた音が聞こえた。見れば地面にうつ伏せに倒れた角美の胸からドクドクと血が流れ、血溜まりを作っている。
「え……狩斗さん、何を……‼︎」
「……国は貴様らを危険因子と判断し、幽閉又は抹殺を決定した。これは国の意思だ。そして国の意思は私の意思。国が貴様らの殺害を望むなら、私はそれに従うまでだ」
これを聞いて、渉の脳内には今朝の狩斗の言葉が流れてきた。
「私はこの国が大好きでね。それが国のためとなるなら喜んで手を貸すよ。けど未だ国の決定に文句を言う奴もいてね……そんなこの国に害をなす
「だからって……こんな‼︎」
「話は終わりだ。死ね」
「……はあッ!!」
瞬間、渉は狩斗の方へ手を伸ばした。伸ばされた念動力は狩斗へ接続し、今まさに引き金を引こうとした狩斗の指を止めた。
「グッ……チッ」
「角美さん‼︎」
渉は地面に倒れた角美に駆け寄った。血溜まりはドンドン大きくなっていっている。呼吸もか細く、かなり苦しそうだ。
渉は撃たれたと思わしき場所に手を置いた。必死に動いている心臓の動きを感じながら力を発動。念動力で横隔膜と血液を無理矢理動かし、酸素を身体中に運ぶ。体外に出てしまった血液を体内に戻すのは危険なため、それらは動きを止め簡易的な止血を行う。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
「あーあ、可哀想に。そんな状態なら死んだ方が楽だろうに。そうだ、頭を撃てば即死したのか。失礼失礼」
人を虐げる目をしながら話す狩斗に振り向き、渉は立ち上がった。拳を握りしめ、狩斗を睨みつける。
……今までの自分の信念が、まるで嘘だったかのように、腹の底から出た本音。
「ぶっ倒してやる……‼︎」
「それはコッチの台詞だ。蛆虫」
狩斗はネクタイをガッと掴み、無造作に外した。それを後ろに放り投げ、シャツの第一ボタンも外す。
その時、辺りに風が吹き始め、雲に隠れていた日が解放された。
一瞬後、2人は同時に己の力を解放した。
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