第19話 APEX

 俺は背中に愛と平和を背負った。酷いデザインだが組織に所属したという証を身につけるのは少しワクワクした。


「正式に僕たちの仲間入りをした記念だ。大切に着てくれよ?」


 星を護る者アルフブッゴのジャンバーは思ったよりも良い生地で肌触りも良かった。これなら普段着として着ても……いや、やっぱりダメだな。


「似合ってるぜ、マキタ。愛と平和を語るにはお前くらいの身長が一番いいからな」


「それって褒め言葉なんすかね?」


 マキタは少し不満そうな雰囲気を出しながらジャンバーのチャックを閉める。褒め言葉に決まってるだろ。こんなこじんまりしたやつが変な服着てたら笑いで世界は平和に満ちるさ。


「さて、それじゃあこれからは作戦会議だ。その前に僕たちの概要を説明しておこうかな」


 グエンは自身の机から数枚の紙を取り出し、俺たちに渡した。どうやらパンフレットのようで、


“ラブアンドピース! ようこそ、アルフブッゴへ!”


 というタイトルが書かれている。ダサい。ダサすぎる。こいつ口では酷いデザインだとか言ってるけど、実は気に入ってるんだろ。


「僕たちはここ那古中央運輸会社をホームに活動している。運輸会社である理由は様々な地域に影響力を強められることだ。行く先々に取引をしたり、拠点を築くことにより情報を仕入れたり、敵への対策の幅を広められる。そうやってアプローチを仕掛け続けた結果、星を護る者アルフブッゴの勢力は関東地区全域にまで及んでいる。所属するエンプティは合計3000人ほど、支援企業は50にのぼる」


  思っていた以上に勢力を広げていたんだな。しかしこれだけ影響力を広めたらエンプティの存在もそれなりに知れ渡っているということになる。俺が考えていたエンプティが大衆に知れ渡るデメリットもすでに現れ出しているのかもしれない。


「しかしこれだけアプローチを仕掛けても敵勢力には苦戦を強いられている。敵はパンフレットに載っているやつらだね」


「……けーゆーさんのじーあい? なんだこりゃ」


  指を指されたところにはKU3_GIと書かれていた。何かの暗号なのだろうか?


「KU3_GIと書いてやつらは『金の採掘者』と名乗っている。その文字はシュメール語で『金』の意味を持つらしい。僕たちはやつらのことを『異星派』と呼んでいる。人類にたてつき、アヌンナキ共に肩入れする軟弱者たちさ」


 俺が踏み入れたビルにいたエンプティたちがこの異星派のやつらだってわけか。


「こいつらを相手取るのはまだいいんだけど、厄介なのはやっぱりアヌンナキだね。パンテオンクラスが出てくると一方的に嬲られてしまう。1ヶ月前に旦那を仲間に入れて初めてパンテオンを討伐できたってくらいだからね」


「やっぱり俺たちじゃパンテオンを相手取るのは厳しいか?」


「少なくとも僕には無理! みたいな『APEX』のエンプティならまだしも、特段ギフトのない一般のエンプティには勝ち目はないね」


 ……待て。聞きなれない単語が出たぞ。それにこいつ、たちと言った。つまり俺もだということだ。


「エイペックスってなんだよ?」


「あれ? 知らないの? 君自身のことだから知ってるとばかり」


「知らねえよ。こんな体になっておかしくなってことしか俺は自分のことを何も知らねえんだから」


 そんな間抜け顔で言われても知らないものは知らない。俺はグエンと同じ、というかみんなと同じエンプティじゃないのか?


「APEXっていうのは『運命を定める七人』の手によって直接生み出されたエンプティのことだ。彼らの特徴としては普通のエンプティと違い、実像骨化した際に装甲を纏うだけでなく、を生み出すことができる。そしてどんなAPEXも最低限の自己回復能力を持つ。マキタちゃんがアルベルトに撃たれても死ななかったのもその影響が大きいだろうね」


 武器──俺なら籠手と大盾、マキタの場合は二対の戦棍だろう。どんなエンプティも持つものだと思っていたが、エルゼは実像骨を「魂の外骨格」と言っていた。確かに骨格であるならば武器となるようなものは本来ないはずだ。


「じゃあ、イナンナに殺された私はイナンナのAPEXってことになるんすか?」


「そういうことだね。伝承にもある通り、イナンナは二対の戦棍を持っている。君はかなり濃い純度でイナンナの種を埋め込まれているみたいだ。何故なら噂に聞いた暴れっぷりと、実際に対面した際に感じる雰囲気が釣り合わない。豊穣の女神としての穏やかさと戦いの女神としての凶暴性が恐らく君の内側に閉じ込められているんだよ」


「……抑えきれなかったんす。胸の中で暴れるあの殺意を」


 マキタは悔しげに唇を噛み締める。暴走していたマキタは怒れる闘神のような荒々しさを放っていた。鎧は攻撃的な刺々しいフォルムだったが、細身の女性らしさを持っていた。それも女神の性質だったのか。


「どんな力にも欠点はある。完璧な力なんて存在しない。正しく全知全能の神たるエルゼ様でさえ、人間がいなくなればその力を行使できなくなる。大切なのはその欠点を抱えた上で、いかに自分の強みを長く引き出せるかだ」


 欠点……強み……俺なら一体何が当てはまるだろうか。


 俺の欠点は実像骨の小回りの効かなさか。あれだけの巨大である以上、狭い場所ではまずまともに実像骨を引き出すことはできないだろう。それにマキタの背後からの奇襲にも追いつけなかった。動きが鈍足であることには間違いない。


 逆に強みはその巨体を生かしたパワーと自己再生によるタフネスだ。右手の籠手で敵を粉砕し、左手の大盾で身を守る。自己完結しているという意味ではかなり強力な部類に入る実像骨のはず。


 でも……誰が俺のだってんだ? もしAPEXの持つ力や性質が「運命を定める七人」に由来するものなら、俺の実像骨にもその特徴が現れているはずだ。あの日の白い靄の正体はあの棒切れじゃなくてそいつだっていうのか?

  

「エルゼ……知ってんじゃねえのか? 俺が誰のAPEXなのか。なんで俺はお前の部屋で目を覚ました? 俺が死んだのは俺の部屋だ。お前が何かしらの関与をしない限り、俺はお前の部屋で目覚めることはないだろ」


 エルゼは無表情を貫いて口を開かない。眼は見開いて、俺の姿を俯瞰しているようだ。何かしら思うところがある場合、エルゼは毎度こうやって俺を見つめてくる。


「エルゼ……答えろよ。腹を括って話すんだろ。俺とお前はもう隠し事をするような仲じゃないはずだ」


 俺は強気に言い寄る。こうでもしなければこいつは反応すら示さないだろう。こいつが測っているのは人の覚悟だ。そこにこいつの本質がある。全てを司る神として、下等生物である人間の価値を見極めるその特権が。


 エルゼは笑った。その笑みは他の人間にとってどう見えただろう。俺には──背筋が凍りつくような狂愛に見えた。


「ええ。もう隠すことは何もないものね。でもこれはアンタだけにしか聞かせられない。私と一緒に来なさい。他のやつらは来ちゃダメよ? 来たら──殺すから」


 恐ろしい脅しを突きつけながら、エルゼは俺を部屋の外へと連れ出した。自分が何者か分からなかった俺は、この後、今の俺のままでここに帰ることは無かった。


      ──真実を知ったから──。


               ──第2章 完

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