第三章 人類派VS異星派
第20話 色のない魂
あれは眩い木漏れ日が差し込むような朝のことであったか。それとも段々と暗がりに落ちてゆく夕暮れのことであっただろうか。どちらにせよ、私という全てにおいて、そのお方との出会いはまさに運命を変えるものであった。
──蒙昧無知な教徒どもは、今となっては星の裁きを受けるべき異教徒である。
しかし──私も異教徒であったのだ。疑問に思おうと、逃れられない運命を私は背負って生まれ落ちた。ならば信じるしかない。私はプロテスタントに歯向かう愚か者どもを粛清し、この世に楯突く不浄なる怪異を滅殺するだけ。それが私の存在意義であり、不変なるクリストリームの運命であると。そう、受け入れて生きてきたのだ。
──神はいた。気がつけばそばにいたのだ。目覚めた大樹の下でそのお方は私の膝に頭を乗せて微睡んでいた。私はその瞬間、運命が変わったのを確信した。突然の出来事だったが驚きもせず、ただ涙を流したことを覚えている。
そしてそのお方は私に啓示を与えてくださった。
1つ、全ての人間を愛し、守りなさい。
2つ、怪異を滅ぼし尽くしなさい。
3つ、私の姿を忘れなさい。
私はその啓示を遵守した。
故に私は主を捨てた。全てはかのお方の願いのために、全ての人間を平等に愛することができるように。異教徒であろうとも、人間扱い出来るように。全ての人間を守るために。
故に私は怪異を滅ぼし続けた。全てはかのお方が生きるこの星を清浄し、麗しきその姿を保てるように。
故に──私はその御姿を忘れた。意図は分からずとも、全てはかのお方の啓示のままに──。
そうして生きて、早50年。50年も過ぎれば体は老いる。化け物退治のために様々な改造を施されたクリストリームの体質を持ってしても完全に老いを断つことはできぬ。
老いた私をあのお方はどんなお顔で見てくれるだろうか。
忘れているにも関わらず、魂が覚えているあの暖かい眼差しを向けてくださるだろうか。
時は来たのだ。あの時と同じように、突然に。私と同じように、死を間近に控えた
私は再びかのお方、エルゼ様と巡り合った。忘却したその御姿を見た瞬間、50年積み上げてきた苦難の道が全てどうでもよくなった。私はこの時のために生きてきたのだ。
しかし、その純白の姿に目を奪われ、見つめる内に私は見たくないものを見てしまったのだ。この時ばかりは私は自身の「真実を見抜く目」を呪った。
……穢れが、ある。微小だが確信的。その穢れのない御姿がより一層その黒面を際立たせてしまっている。それは本来なら生まれるはずのないものだ。何故ならばエルゼ様は完璧なる存在であるからだ。
何があったのだ? その穢れは僅かながらに人の色が混じっている。この星を由来とする全ての神の統合体たるエルゼ様が人の色を放つはずがない。これは異常である。
故に私は話しかけたい衝動を抑え、その行動を観察していた。それで分かったことが一つある。
──このジンという童に何か隠されている──。
神とは、全ての人間を平等に扱うもの。中には気に入った人間に取り入った神も存在するが、その多くはその行動を非難される。数多くの神性を宿すエルゼ様であればその行動の意味を理解しているはずだ。にも関わらず、エルゼ様はこの童に対し、目に見えて依存している。
一見、童はどこにでもいる平凡な若者に見える。だが何かおかしい。……魂の色が、無い。「見えない」という圧倒的な主張とも言い換えられるものか。魂の色がない人間など見るのは初めてだ。
魂とは生まれついた本質を表すもの。それはエルゼ様に出会った私のように運命を揺るがすほどの経験によって変化することもある。しかしこの童はエルゼ様と出会い、そんな経験を幾度か体験しているであろうに、色を生まない。
何かがある。何か致命的な欠陥がこの童を中心に生まれてしまっている。このままでは皆が恐れていることが止められなくなる。それほどまでの凶兆だ。
人類の滅亡。いかにエルゼ様のご意向とはいえ、これだけは止めなければならない。それは人を愛せとおっしゃられたエルゼ様のためである。
そう決意を固めた時、扉が勢いよく開かれた。
「グエン様! 敵襲ですッ!! 一階フロアの防衛網が突破されましたッ!!」
息を荒げながら職員の男が部屋に転がり込んできた。彼の魂が少し損傷している。
「相手はKUか? それともアヌンナキか?」
「て……敵は、確認できる範囲ではただ1人と思われます……!! アヌンナキ最高位の一柱、明星のイナンナですッ!!」
「「!!」」
驚きが伝染する。相手は単騎。しかしそれは並のエンプティでは束になっても敵わぬ
「私がァ出ましょオかァ?
久々に楽しめそうな相手が現れたことによる高揚感に体が疼く。今にも懐のM500と
「そ、それが、巨大な異形と貴族服の少女が対抗しているようで……」
「……ジン君とエルゼ様だな。外に出て会敵したか」
更なる気持ちの昂りが私を襲う。高揚感が振り切れる。私は抑えきれなくなり、M500の撃鉄を引きつつ、懐から抜き出し、黄金の床に向かって発砲した。
「ひえっ!? な、なんなんすか!?」
APEXの娘が悲鳴をあげたが気にも留めない。本能の赴くままに私は歓喜する。ついに降臨なされるのだ。この愛しき惑星そのものが。
「行くぞ貴様らァ……その目で真の神というものを確かめるがァァいィィ……!」
興奮のままに窓ガラスを突き破り、地上70メートルから一気に滑空。地に降りた神を崇めるために、
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