第16話 星を護る者(アルフブッゴ)

 実像骨を解いた俺はマキタのそばに駆け寄ってその体を抱きしめた。体表は冷たく、魂の摩耗が激しい。胸には直径20センチほどの大穴が開いていて、人間ならば即死の重傷だ。俺の回復能力では自分の傷はすぐ治せても他人の傷はそう簡単に治せない。これでは……間に合わない。


「くそ……! 何で他人は治すのが遅えんだよ!」


  ぎゅっ、ぎゅっと止血するように強くマキタを抱きしめる。その度にマキタは顔を緩ませる。自分の危機なんだからもっと気を張ってほしいところなんだけどな……!


「退きなさい、ジン。私が治してあげる」


 エルゼが服の裾を引っ張って催促する。言われたように退くとエルゼはマキタの胸に手を当てて呪文を唱えた。


「──偉大なる緑の惑星よ。我は其方の写し身たる自然の御霊。今ここに霊長の名を原点とする古の秘術を使用するその権限を与え賜え。全統括原点神話内に存在する一柱の権能を今ここに。贄は我の血肉を捧げよう。骨は骨へ、血液は血液へ、肢は肢へ、接合すべし」


  不思議な色の光がエルゼの体から溢れ出る。そしてその光はマキタの胸の空洞を塞ぐように収束し、みるみるうちにその穴を元あるべき肉体の姿に戻していく。


「こら、ジン。女の裸をそうまじまじと見ないの。このスケベ」


「あぁ!? 見てねえよ!! この貧乳!!」


「私は子供なんだから貧乳に決まってるでしょ!! この巨乳好き!!」


「うるせえ! 年齢不詳のロリババアめ! 確かに俺は巨乳好きだけどな!!」


 ……あ、言っちまった。


「先輩……巨乳の方が好きなんすか……?」


  手ブラをしながらマキタが泣きそうな顔で訊いてくる。……マキタの胸は……デカくはないけど……うん、いいくらいだ。


「……気にすんな。お前はお前の大きさを貫けばそれでいい」


 俺は着ていたフード付きのジャンバーをマキタにかけると共に慰めの言葉をかけた。


「……頑張って大きくなります……」


 俺はマキタを泣かせてしまった。その裁きとしてエルゼは俺の足を思いっきり蹴った。めちゃくちゃ痛かった。



「……とりあえず……誰なんすか? その子」


「え? あー、こいつはだな……」


  そうか。マキタにはエルゼのことをまだ話してなかった。というか俺もマキタも互いがエンプティになったと知ったのはつい先程だ。今までどんなことがあったのかを話し合えてない。


「……エルゼ様は偉大なるこの惑星だ」


 どう説明しようかと考えていると、低い小さな声が聞こえた。エルゼの後ろで跪いていた神父がふらっと立ち上がり、ゆっくりと近づいてくる。


「何だテメエ……まだやるってのか!?」


 俺は拳を構え、臨戦態勢をとる。しかし神父からは先程までの狂気的な殺気を感じられない。武器も何も持ってはいない。その透き通るような青色の瞳は目上の相手に見せる敬意でいっぱいになっていた。


「神なのは分かっていたけど、地球そのものぉ? こんなチビで生意気なガキがか?」


 信じられない俺はエルゼの頭をコンコンと叩いた。エルゼはムッとした膨れ顔になったが、神父の顔は壮絶な怒り顔になり──


「我が神に無礼を働くなアァァァッ!! この小汚いワッパがアァァァッッ!!」


 俺の胸ぐらを掴んで怒鳴りつけた。軽々と俺の体は神父の馬鹿力によって持ち上げられ、気道が閉まる。


「ぐぅ……っ!? なん、なんだよ……! お前は……っ!!」


 必死に捥がくが俺もかなりのダメージを負っていて力が入らない。ていうか神父のくせに何でこんなに血の気が荒いんだよ……ッ!!


「やめろ!! 旦那!!」


 俺は掴まれていた胸ぐらを乱暴に離され、勢いよく床に落とされた。腰をさすりながら顔を上げるとそこには神父の肩を掴み、怒りの表情を見せる痩せぎすの男がいた。男と神父は互いに睨み合いを繰り広げている。


「……主人マスター。その手を離しなさアぁい。あの童はァ、我が神を侮辱しィィ、その小汚い手で我が神に触れたのでぇェス。粛清せねばなりませェえン」

 

「アンタは口を開けば粛清ばかりだな。そこの青年を追っていた理由を忘れたんすか? そこにいるエンプティのも、彼も殺し回っていたのはKU3_GI金の発掘者だ。向こうについていないなら仲間に勧誘するって話だったでしょ」


 男は神父を退かし、俺たちの前に立った。顔つきは東南アジア人のもので、胡散臭い作り笑顔を見せた後、深々と頭を下げた。


「ウチのアルベルトがご迷惑をおかけしました。大丈夫? 殺されなかった?」


「……いや、俺もマキタも死ぬ寸前だったんですけど」


「おお! それは申し訳ない! なんせこの旦那はとにかくエンプティを殺したがる性でして、目を離した隙にこのザマですわ」


  ……頼むからしっかり管理してくれ……死んでからじゃ遅いんだよ……。


「……とにかくよ、アンタらは何なんだ? 何も分からないまま殺されかけたんだから、ちゃんと納得のいく弁明は出来るんだろうな?」


「納得してくれるかは分からないけど、こっちから手を出したんでね。出来る限り詳しく話すよ」


 男は常に不敵な笑みを浮かべている。正直言って不気味だ。この男も、見て分かる通り神父もただものではない。


「僕たちの名は『星を護る者アルフブッゴ』。と呼ばれる、地球を侵略するアヌンナキに対抗し、この愛しき地球を守るために戦う正義の味方だよ」


 男は俺に背中を向ける。そして自身のジャンバーを指差し、背中のロゴを見せつけた。


 そのロゴとは、でかでかと描かれた地球を、銃と剣を握った手が包み、「LOVE&PEACE」の文字が半円状に書かれたカルト宗教のロゴとしか思えない酷いデザインのものだった。


「……酷いデザインだな」


「僕もそう思うよ」


  思ってんのかい。ならさっさとデザイナーでも雇って変えてもらえよ。


「しかし正義の味方にしちゃ、えらく物騒な奴らだな、オタクら。……そりゃそうか。素性も分からねえ男女にいきなり発砲するくらいにゃ腐ってやがるもんな。残念だが今の説明じゃアンタらを信じることはできねえぞ」


「まあ正義の味方ってのは誇張しすぎたかな。正義にしちゃ姑息なことも冷酷なこともやるし。だけど僕たちの目的は一貫してこの地球を守ること。勝手に僕たちエンプティのような外れものを生み出して調子に乗ってる宇宙人共を打倒し、今までの人類の在り方を復興させる。そのために僕たちは戦っているのさ」


 男は教会の入り口へと体を向け、神父に耳打ちして進んでいく。神父は舌打ちをしてこちらを睨みつけながらも彼に従うようにその隣を歩き出した。


「一緒に来てくれ。僕たちのアジトへ案内するよ」


「……ちょっと待て。お前らの仲間になるなんてことは一言も言ってねえぞ」


「強制はしてないよ。別に一人で戦いたければ戦えばいいと思うし。でもね、ジン君。もう事態は君一人では収拾がつかないところまで来てしまってるんだよ。君は敵側にも既にマークされてるみたいだし、なによりアルベルトに完敗するようじゃ奴らには勝てない。所詮アルベルトが言う通り君はただの小汚い童なんだから」


「なん、だと……!」


  俺は苛立って強く床を踏み締めて男へ殴りかかろうとしたが、逆に俺は後ろに引っ張られて尻餅をつかされた。なぜかというとエルゼが俺を静止させるために服の裾を後ろへ引っ張ったからだ。


「いって……何すんだよエルゼ!!」


「黙ってあの男に従いなさい。カッとなるのはアンタのいいところでもあるけど、同時に弱みでもある。自身の弱さを看破されて、その苛立ちで湧き上がる怒りほど意味のないことはない。とりあえず話だけでも聞いてみたら? 気に食わなければ怒ればいい。状況を踏まえて怒れるのがアンタの強みでしょ」


 エルゼは真剣な眼差しで俺の顔を見つめる。……そうか。こいつは俺のことをちゃんと見てくれていたんだ。俺は……そんなこいつの気持ちを無碍にして、弱いくせに一人で戦うとか大口を叩いて、その結果、大切な人を失うところだった。


「……悪い。エルゼ。……らしくなかったな。今までの俺は」


「分かればいいのよ」


 笑顔でエルゼが答えてくれる。今までずっと怖くて人の心を理解できない神様だと思ってたけど、実はマキタに負けないくらい俺のことをしっかりと理解してくれている。こんな異常者の俺を理解してくれている。すごく安心できる。


「分かった。案内してくれ。話はちゃんとそこで聞く」


「オーケー。場所は那古だ。赤楽ここの隣町」


  俺とエルゼは隣り合わせになって歩き出す。そういえばこうやって歩くのも久しぶりだな。


「ほら、そこの小っちゃい娘も来なさい」


「少なくとも君よりは大きいと思うんすけどね!?」


「何で私と比べるのよ。一般的な女性の身長で見たらアンタも小柄な方じゃない。言っても私と10センチくらいしか変わらないし」


「うるさいっす! これでも気にしてるんすからね!?」


 互いの身長について激しい口論を繰り広げる両者。俺にとっちゃ話の内容はどうでもいいことだけど、こうやってまた賑やかなやつが戻ってきて、こんなくだらない会話を楽しめる生活が戻ったら、戦いを繰り広げる日々でさえも楽しくて充実した日々になるだろうなと心の中で思った。




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