第13話 魂の叫び
地上より約30メートル下。暗闇の地底には二体の人外がいた。
片方は二対の戦棍を持つ黒い軽装鎧の人型。そしてもう片方は見上げるほどの巨体を持ち、大盾と巨大な籠手を携えた歪な漆黒の異形。互いに元、ヒトであった者。しかしヒトの理性を保っているのは巨体の方だ。
“訊いても答えてくれないんだろうけどよ。アンタはエンプティを殺し続けて楽しいのか? 俺はまだ数えられる程しか殺してねえが、何も楽しくねえ。ただただ無感情が一直線に伸びるだけだ。アンタは何を思って殺してんだ?”
この声にはトーンがない。音がない。テレパシーは意味合いが相手に伝わるだけで姿が見えなければその発信者がどんな表情と心でその言葉を届けているのかが理解できない。
鎧からの返信はなし。理解できるのは理性の欠けた叫び声をあげているということだけだ。
“ GG……! Arrrrr!!”
鎧は地を蹴り、飛び跳ね、巨体と変貌したジンに二対の戦棍を振りかざし、殴りつける。
その攻撃は大盾によって受け止められる。30メートルも地下へ叩き落としたモーニングスターの一振りさえもこの大盾を突破するのはまるで木で鉄を砕こうとするかのような無理難題である。
“軽いんだよ。もっと力込めて殴りやがれ、こんなふうに”
大盾の影で軋む金属音が聞こえる。そして巨体が左に撥ねられ、大盾と入れ替わるように右腕の籠手が放たれる──!
“!!”
鎧は咄嗟に戦棍を突き出し、守りの構えをとる。だが鎧よりも遥かに巨大なその拳の前では守りなど意味を持たない。戦棍は折れ、鎧は弾丸のような速さで吹き飛ばされた。
地面を削りながら鎧は減速し、打ち捨てられた。そして震えながらゆっくりと立ち上がり、戦棍を再び生み出す。
ふらふらとした足取りはひどく不安定だ。しかしその魂に宿る激情は消えることはない。
“ GG……! GAAAAtttt!!”
音階のないそのテレパシーでさえも、その叫びに含まれた感情が伝わる。ジンはその叫びに宿る感情が何であるのかを読み取っていた。
空を縦横無尽に駆け回り、鎧はジンの背後を取る。ジンの弱点はその巨体による小回りの悪さだ。後ろを振り向くにしろ、そのために取る予備動作の出だしが遅すぎる。
難なく死角を取った鎧は最大限の力を込めて二対の戦棍を真上から叩きつける。戦棍はジンの胴体を叩き割り、そのままゴリゴリと内側を削り落としていく。
“I……AAAAaaaa……!”
テレパシーの意味合いが僅かに変わる。叫びであるが、それがどこか悲痛を感じるものへとニュアンスが揺らぐ。
しかし戦棍は止まらない。そのままジンの中を突き進み、ジンの胴体には大きく、複雑な亀裂が痛々しくつけられた。戦棍は胴体を突き抜け、地面を抉り取らほどの勢いで振り切られた。
“……”
ジンの目の光が消える。まるで電球の寿命が終わる瞬間のような儚さで赤い光はゆっくりと消えた。
“A……”
鎧は勝利した。しかし魂が抜け落ちたかのように膝から鎧は崩れ落ち、疼くまる。
“A……Aaaaaaaaa……!!”
泣き声のような叫びを上げて、鎧は震えた。涙を流すようにその実像が不安定に揺れ動く。理性はないはずなのに悲哀が漂うその姿。それは見てくれに似合わない弱々しい幼い少女のような慟哭だった。
“……馬鹿野郎。泣くんじゃねえ”
ゆっくりと鎧は頭を上げる。目の前には燻んだ灰色へと変色した巨体がいる。
「k……hooooo」
静かな駆動音を立てて、ゆっくりと、徐々にその目に火が灯る。再び、その魂に色がつく。蘇るかのように灰色は黒い色素を生み出し、全身へと回り出す。複雑に削られた背中の傷はじわじわと黒い粒子が集まっていき、修復される。
巨大な右腕を後ろに伸ばし、ピンセットのように鎧の頭部をジンは摘んだ。そして自分の前へと運び、ゆっくりとその摘む指に力を込めていく。
“お前の棒術。それは人を倒すためのものじゃなくて、人を守るためのものだ。それで人を殺した。もうお前は戻れねえとこまできてしまったんだよ”
そして頭部が割れる。魂の外骨格が折れ、中の姿が露わになる。
「……馬鹿野郎……そんなんじゃ俺の隣には立たねえぞ、マキタ」
二人の外骨格が霧となって消え去る。ジンは彼女を抱え、その閉じた目に滲んだ水滴を掬い取った。
涙に濡れたその幼い顔をジンは優しげな目で見つめる。だがどこか辛そうで、やるせない気持ちというようなものがその表情には宿っていた。
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