第12話 同胞殺し③

 LEDの明るさはその惨状を鮮明に照らし出す。


 娯楽に溢れたリラクゼーション室は充満する血の匂いによって到底安らぎを得られる場所では無くなっている。


 柔らかそうなソファで永遠の眠りにつく者や、酒の入ったジョッキに顔を突っ込み、溺れ死んだ者もいる。各々の夢の果てにあったものは残酷にも死のみであった。


 押し入った殺人者。否、人を殺してはいない。しかしながらその黒き鎧を纏った者はその二対の戦棍を振るい、この施設に血みどろの惨状をもたらした。


「アンタ、何でエンプティを殺すんだ」


 彼の言葉は伝わらない。音が届こうと理解できない。何故なら今のそれには理性が備えられていないからだ。


“A……AArrrrrAAAA!!”


 テレパシーで伝わる叫び。音階はなく、それが苦しみの叫びであろうともジンには鎧の中身が彼なのか彼女なのかは分からない。しかしこれだけは分かる。──こいつとの戦いは避けられない。


 鎧は飛翔する。獣の如き敏捷さで部屋を駆け回り、乱反射する光のような複雑さで獲物の首を狙う──!!


 狙われた獲物はこの場に生きるただ一人。ジンは動じることなくその複雑怪奇な動きを目と感覚で見極める。


 ──次はどこに跳ねる? やつの纏う戦意のボルテージが高まったぞ。モーニングスターを握る籠手に力が入った。なら、この一撃を回避する方法は──


「フンッ!」


 ジンは目の前のソファを空中へと蹴り上げる。死体を乗せたまま空中へと浮遊したソファは空間を狭め、敵の反射を妨害する。鎧の一部がソファにぶつかる。その音を聞き取ったジンは高められた破壊の一振りが襲うことをいち早く感知し、飛び跳ねるように後方へと回避した。


 それは正しく明けの明星の衝突だった。守りごと粉砕する凶悪無比なスパイク付きの鉄球は真っ直ぐに振り落とされ、回避したジンの空を貫き、床へと叩きつけられる。


 床はその役目を終える。モーニングスターは自身の形に床を破壊するだけでは事足りず、このフロア全体に乱雑な亀裂を入れ、重量に耐えきれなくなった床は崩落した。ジンも鎧もそのまま暗闇へと落ちてゆく。


「……ッ。避けたのにこのザマか……!」


 ジンはモーニングスターの直撃を回避した。しかし床に直撃した際にモーニングスターのスパイクがまるで銃弾のように弾け飛び、ジンの体には蜂の巣のような風穴がいくつも空けられてしまった。だがジンはこの程度では挫けない。痛みなら何度も何度も味わってきた。


 落下中に痛みを耐えながらジンは分析する。まず、今のままでは鎧に傷をつけることはできない。ホロウである今の自分ではあの鎧を殴りつけるだけで逆に魂に傷を入れられてしまうだろう。


 なら──引き出さなければ勝負にならない。あの日に出した黒い籠手を。あの鎧を着たやつの顔を拝むための破壊力を。


 落下している深さが何メートルであるのかは分からない。しかし人であった頃の本能によってこの落下が危険であると感知している。そしてその状況下に置かれた人の時はゆっくりと流れる。視覚の時間的な精度を上げ、いかにして危険を回避するかを最大限に判断する。これをタキサイキア現象というらしい。


 そしてその引き伸ばされた1秒の間でジンは敵を打ち倒すための武器を手に入れようと試みた。


 ──虚像の逆転は実像。裏返し。一体どうすれば引っ張り出せる? あの時俺は何を思った?


 ──許せなかったことがあったはずだ。気に食わなかったことがあったはずだ。今の俺なら迷いなく、俺を貫けるはずだ。


 ──トリガーは俺の中にあるものを爆発させること。引き出せ──引き出せ──ッ!! 今の俺は、俺は何を抱えて戦ってきたんだッ!!


        ──馬鹿──。


「……あ」


 その一言だけで十分だった。ジンにとって彼女との出会いは紛れもない運命だった。ジンはその運命に逃げろと言われても逃げなかった。それが彼の選んだ道。彼女の悲しげな声を押し退けてでも戦うことを決めた。


 ジンは思い出した。昔流行っていた特撮のヒーローを。シンと一緒にやっていたヒーローごっこを。そして、そのヒーローは戦う前にこう宣言する。

 

        「変身」


 その一言は世界で一番の変貌を与える力を持つ。暗闇よりも暗い黒が、ジンの体から溢れ出す。


 液体とも固体とも言い難く、気体にしては重いその物体はジンの体を溶かしながら徐々に増えていき、その身を包み込んだ。


 危機を感じ取った鎧は空中をまるでジェット機のような速さで飛行し、降り注ぐ瓦礫を砕きながら真っ直ぐにジンへと迫る。そして戦棍を振りかざし黒い靄と化した彼を殴るが──


「!?」


 戦棍が見えない何かで受け止められている。例えるならばそれは。不自然ではなく自然の力としてそれを鎧は認識した。「引き込む」のではなく「押し返す」その力は黒い靄から放たれており、靄が揺らぐほどに強まっていく。


“GGGooo……! Ooooo!!”


 しかし押し返す重力を上回る力を鎧は戦棍に込めていく。そして、力を溜めて沈めていた明けの明星が再び昇る。


 遠心力を最大限にまで活かしたオーバースローで鎧はもう一対の戦棍、モーニングスターを黒い靄へと叩きつける──!


 霧散するか、ジン。星の一撃を持ってして、その魂は砕けるか?


 いいや、砕けない。この男を打ち砕くことは誰にもできない。例え堕ちる星が相手であろうとも、彼はその星を跳ね除ける。


“!?”


  鎧は驚きを隠せない。自身の全力をもって振るった破壊の星は、もう一対の戦棍と共にによって軽々と受け止められていた。


 そして自身の鎧をものともしない強烈な一撃が全身を捉える。ガギッという鈍い金属音と共に鎧は地の底へと墜落した。


“G……GG……!”


  鎧はよろめきながら起き上がる。そして空から鉄塊が降り注ぐ。


 その鉄塊はまさに隕石そのものだった。その衝突によって大地は揺れ動き、大量の土埃を撒き散らす。


「Khooooo……」


 鉄が擦れるような駆動音が地底に反響する。土埃の中に見える赤い閃光。それは彼の「目」であり「魂」である。


 土埃が静かに落ち、空白となった視界の先で鎧が見たもの。それは漆黒の巨体を持った異形であった。


 ──歪。その言葉が彼を表すのにうってつけの言葉であろうか。


 頭部はなく、冠のような形をした胴体には赤い光を揺らめき散らす「目」が圧を放っている。


 胴体にも関わらず、その部位は支えを持つ。支えるのは脊髄と肋骨。人間の内臓を守るその骨は彼の体のバランスを保つ役目を果たしている。


 その支えの下には頑強な脚鎧グリーブが。地面に2メートルほどの足跡を残すその脚部はさながら巨大な岩石のようであった。


 そして何より目を引くのは左手に構えられた全身を覆うほどの大盾ラージシールドと、それに引けを取らないほどの大きさと威圧感を放つ右腕の籠手ガントレット。どちらも胴体の倍ほどの大きさを持ち、その歪さに拍車をかける。


 ズシ、ズシと音を立て、ゆっくりとその巨体は鎧の目の前に迫ってくる。それだけでこの世の如何な生物であろうとも恐怖を隠せなくなるだろう。大きさとは恐怖と威圧感を与える最も大きな要素の一つ。漆黒の巨体は全長5メートルはあろうかというほど巨大なものであった。


「khooooooAAAA!!」


“さあ、やろうぜ……!! 同じ実像骨ソリッド同士、水入らずでよぉ……!!”


 魂の震えは戦士が感じる闘争の高揚感に限りなく近いものであった。歪な巨体と変貌を遂げたジンは、その巨大な右腕に力を込める──。

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