第11話 同胞殺し②
リュックサックは川に流した。中には血に塗れた服が入っているが、漂流したリュックサックなぞ誰がその中身を見るものか。
俺は川を見て思い出す。あの日のエルゼとのやり取りを。
あいつは怖い神さまだったけど、どこか人間らしくて、無邪気な子供みたいで面白いやつだった。好き嫌いが激しい俺がこうやって何度も思い返すほどには気に入っていたんだ。
嫌な別れ方をしてしまったが、それでも俺は戦い続け、間接的にあいつの手伝いを続けているんだ。だからもっと知らなければ、
俺は川を離れ、男が吐いた聖マルティン教会を目指す。
走ってもいいが、俺の足の速さではすぐに世間一般へと存在を知られてしまう。エンプティが世間にバレるのはまずい。宇宙人側についているエンプティへの牽制はできるかもしれないが、それでは俺の身も危うくなる。
この体ならば恐らく核さえもその意味をなさないだろう。魂という物質ではないその何かは物理では捉えられないからだ。つまり、俺は人間の武器を恐れる必要はない。
恐れるのは他のエンプティや宇宙人に俺の存在が割れること。魂を捉えられるこいつらとの戦いは生きるか死ぬかの二択になる。
敵は出来る限り少なくだ。その同胞殺しとも出来れば敵対したくはないが……。
◆◆◆
聖マルティン教会は教会入り口の門にだけその名を残していた。しかし敷地内の木々は枯れ果て、かつては立派であったであろうその十字架も崩れ、無蔵座にその欠片が芝生へと散乱している。
こんな廃墟に寄りつく人間はいない。いたとしてもそれは人ならざるものだけだ。
「……行くか。全速力で」
人の目さえ気にしなくていいのならばこの力を存分に使ってやる。俺は爆発的な加速で走り出し、腐りかけの古びた木扉を突進で突き破る。
……! なるほど。先を越されていたか。
俺は奥の教壇前で止まる。教壇前には鮮やかな切り口で首を撥ねられていた男女二人組がいた。恐らくはエンプティだ。
教壇は吹き飛ばされ、外壁へとめり込んでいる。そしてその教壇があったであろう跡地には地下扉が開きっぱなしになっていた。この二人はここを守っていたのだろう。
「俺も加勢してやんよ、同胞殺しさんよぉ」
俺は地下扉の底がコンクリート造りになっていることを確認してからその暗闇へと飛び込んでいった。
「……やるねぇ。こりゃ悲惨だ」
地下扉の下はスロープになっていて、奥へと進んでいくとLEDライトで照らされた広間が。そしてその広間を埋め尽くす大量の死体。首を落とされたものもいれば腕やら脚やらを欠損して胸を貫かれたやつもいる。恐らく同胞殺しの獲物は切れ味鋭いモノ──ソリッドを使いこなしている確率もある。
「……一回殺すと気にならなくなるのな、死体なんざ」
俺は血が服につかないよう空中を歩いて奥へと進んでいく。密閉された空間に濃密な血の香り。昔の俺ならば気分を悪くしていただろうか。今となっては特に気にならない。何度も血は浴びてきた。
「……ぁっ!」
「……やめ……! ぐぁ……!」
広間の奥にある扉の向こうから壁に音を吸収された悲鳴が聞こえてくる。中で同胞殺しがここのエンプティを殺しているのだろう。
俺は扉を蹴り破る。そしてすぐに臨戦態勢をとり、部屋の中の状況を把握する。
中にいた10人余りのエンプティは皆死んでいる。立っているのはやつだけだ。
──黒い鎧を着込んだ細身の姿。鎧は刺々しく、その攻撃性の高さを表しているかのようだが、機動性を重視したのか装甲は薄めだ。
しかし予想外だったのはこいつの獲物。切れ味鋭い剣などを想像していたが、その正体は二対の
片方のメイスは俺でも知っている。これはモーニングスターという中世ヨーロッパでよく使われた殴打武器だ。明けの明星を意味するその武器は放線状に伸びた凶悪な棘を先端の球体につけ、敵兵の鎧ごと破壊する。
もう片方は中世の聖職者が所持したというメイス、一般にはこの形の方が戦棍としては認知されているか。先端が尖り刺突にも使えそうだが、その主な用途は打撃だろう。
これが本物のエンプティ……全身を纏う鎧とその二対の戦棍は恐らくソリッド。虚像ではなく実像。魂というレンズから透過され、「そこにあるもの」として生前のままの姿で認識される
「アンタ、何でエンプティを殺すんだ?」
そのエンプティは喋らない。ソリッドを纏うと話せなくなるのか、それとも答えたくないのか。いずれにせよ解答はなかった。
だが──俺の姿を見てその鎧を軽く震わせるのを俺は見た。
それは驚きか──それとも、血の猛りか。
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