第10話 同胞殺し①
「汚れてもいい服、っと……汚れてもいい服、ねぇ……」
汚れるというのがどういう意味なのかを俺は単純な意味と最悪な意味の二通りで踏まえて考えていた。どちらにせよ着替えは持って行ったほうがいいだろう。
俺はリュックに着替えを詰め込んで家を出た。俺が住む那古から隣町の赤楽までは電車で行くか。原付で行くにはちと遠いしな。
「ふー、間に合った……って、げ、ほぼ満員じゃねえかよ……」
満員電車を好むやつなどいないだろう。しかし乗らなければ目的地に辿り着けないから人混みに揉まれながらも人は電車に乗り込むのだ。
「うお、揺れる……」
「おっト」
電車が揺れ、体が傾いてしまうと横にいる人にぶつかる。よくあることだろう。しかし普段電車に乗らない俺だ。暗黙のルールなんてもの分からないが謝っておくべきだろうか。
「あー、スミマセン」
「いエいエ、こちらこソー、スミマァセン」
……デカい外国人だな。満員電車に乗るなよこんな邪魔なやつが……ん?
「……オッサン、なんでその十字架の中心、穴空いてんの?」
その外国人は見てくれから察するに神父だろう。濃い紺色の祭服を着ている外国人であるためだ。
しかしクリスチャンがこんな身だしなみをするはずがない。なんせ主の象徴であるはずである十字架の中心に風穴が空いている。これは紛れもない神への冒涜だ。
「あア、これはァ我が神への忠誠をちカう象徴でェす。故にィ私は元の主の心臓に穴を開けェ、その教えを冒涜しているのでェスよ……」
……あー、あんまり関わらない方がいいタイプの聖職者だなぁこりゃ。その笑顔に狂気ってもんが混じってるわ。
「そ、そっすか。そりゃ、ご立派で……」
ちょうど逃げようと思ったタイミングで赤楽についた。そして流されるように電車から降りる。しかし去り際に耳についた彼の言葉──
「──貴方にもE・L・Zの加護があらんことオォ……」
……E・L・Z……エルゼ、だと?
神父にその意味を聞こうと振り返った時にはもう、電車は次の駅へと向かっていた。
◆◆◆
「……ここか」
駅から徒歩10分ほど。シンから伝えられた場所へとやって来た。見た目はボロボロの廃ビルで、俺は不快なデジャブを感じた。
儲け話の内容を聞いた次の日。シンはすでに仕事の斡旋してくれていた。必要なのは汚れてもいい服装だけなんだと。あとは手ぶらでアイツが伝えてくれた場所に向かうだけ。かなりざっくりとした説明だった。
「あー、怖えーな。こんなん絶対やべえヤツしか寄り付かねえだろ」
だがそのやべえヤツというのを俺は探している。そしてそいつらを狙う俺も同じだ。俺は周囲を警戒しながら廃ビルの中へと入った。
ビルの中はやはり閑散としているが、ところどころにここがオフィスであったという名残りがある。枯れた花の植木鉢とか、横に長くて坂で仕切られた事務机とか。
適当に開かれた扉の奥を見回しながら俺は廊下の奥を目指して歩いて行った。
「……地下か」
いかにも、といった感じになってきたな。地下にある秘密基地……胸躍る響きだが、その本質は最低なヤツらの吹き溜まりだ。まだ確定したわけじゃねえが……ロクなヤツがいるはずねえ。
俺は身構えつつ一歩一歩階段を降りて行く。降りる都度に音が反響するということはそこそこな深さがある証明だ。
しばらく降りていくと横に階段と繋がる道が現れた。灯りはこれまた趣のある蝋燭の灯で、照らされた道の先には鉄製の扉が見える。俺は迷うことなくこの道を進むと決断した。
扉の前に立ち、ノックする。鉄製の扉はゴンゴンという固く鈍い音で俺という来訪者の存在を伝えてくれた。
「あーい」
野太い声が扉の奥から聞こえる。乱暴な足音を響かせながら声の主は扉を開いた。
「? どうした兄ちゃん?」
見るからにガラの悪い男が応対してきた。男と扉の隙間から見える部屋の中にはあと三人ほどの男がいて麻雀をやっているようだ。
「あー、なんかここで金稼げるって聞いて来たんすけど」
「……中に入れ」
「ういーす」
ぶっきらぼうな声で男は俺に部屋の中へと案内する。男の振り向きざまに香った強い煙草の匂いが鼻につき、少しむかついた。
「座れ」
男は麻雀台の奥にある机(男の物と思われる)へと案内し、俺はベンチに座らされて男と対面する。俺は一時期やっていたバイトの面接を思い出した。
「ここに来たってことはざっくりと仕事の内容を知ってるってことだな?」
男は煙草に火をつけて俺との面談を始める。換気扇もねえこんな地下で煙草なんか蒸すなよ……。
「ええー、まあ、なんか金を採掘するみたいな話は聞いてますけど」
「そうだ。ここの地下に金の採掘場がある。そこで金を採掘をするだけの簡単な仕事だ」
簡単……ねぇ。仕事の内容は簡単かも知れねえが、その裏で引いているものは複雑なんだろうな。
「ツルハシとか使うんすか? 生で見たことないから楽しみだなぁ」
「残念だがツルハシは使わない。そんなものを使うよりも効率的なやり方があるんだ」
「……どんなやり方なんすか?」
男は麻雀をしていた仲間たちに目配りをする。それを見た他の男たちは俺を取り囲むように机へと集まってきた。
「……なんすか?」
「今から来てほしい場所がある。話をするよりも見た方がよく分かるだろうからな」
男は圧をかけるように俺の顔を覗き込んだ。周りの男たちからの視線はまるでカタギを今から殺そうかというまさにヤクザのものだった。
……どんだけ警戒してんだよこいつら。ぱっと見ただの人間にしか見えねえ俺相手にそんな前後左右囲わなくたっていいだろうに。
俺は部屋にあった隠し階段を降りるよう男に指示された。暗いのでライトを照らしながら降りるが俺の前にリーダー格の男がつき、左右(狭い)に仲間の男2人が、後ろにもう1人が付くという厳重体制を取られていた。
「あの、狭いんですけど」
「デカくて悪かったな」
「あ、いや、そういうわけじゃないです」
右の男が睨みつけてきたので一応だが一歩引いた態度を見せておく。これだけ狭いところでは暴れることすらできない。今は大人しくしておくべきだろう。
「ここだ」
「暗くて見えねえんですけど」
階段を降り終えると真っ暗な空間が広がっている。一体ここはどこなんだろう──
──とでも思ってるってか? ばーか。
「なっ!?」
「見えてんだよ。お前らと同じようにな」
俺は前の男の拳を手で受け止めた。ライトなんざ無くともエンプティとなった今では自然の暗闇程度、昼間のように明るく見えている。ここは恐らくエンプティの生産場だ。あの白い棒切れと思われる球体がプロパンガスボンベほどの大きさのカプセルに内容されている。
「俺を気絶させたところで棒切れを使ってエンプティにしようってか? 舐めてんじゃねえぞテメエら……暗い場所に誘い込んで暗い場所でリンチなぞ、俺と同じ人外が人様のやり口を使うんじゃねえ」
「ごっ!?」
男の鳩尾を思いっきり殴る。それだけで男は崩れ落ちた。デカいくせに柔いヤツだ。
「おい、1発でこのザマか? これがヤクザの真似事なら謝ってこい。テメエは人外になってもヤクザ様にゃ及ばねえ。脆い魂の根性なしだよ」
続け様に左右の男を蹴り上げる。
「さて……あとはテメエだけだな。最後の一人だから入念にやってやろうか……?」
「お、お前……! 同じルル・アメルなのになぜ俺たちを……!?」
拳を鳴らしながら近づいていくと男は怯えながら後退りしていく。ルル・アメル? ああ、エルゼが言ってた
「何故かって? んなもんテメエらが舐めた態度でこの俺をリンチにしようとしたからだろうが……」
「まさかお前があの同胞殺しのルル・アメルか!?」
男はポケットからスマホを取り出し、誰かに電話をかけようとするが相手は出ない。当然だろ。だってここ圏外だし。
俺は男のスマホを蹴り飛ばし、男の懐へと潜り込む。そしてそのまま男の腕をとって見事な背負い投げを決めた。ゴンと鈍い音を響かせて男は地面に叩きつけられる。
「ぐっ……は!」
「……お前、口を滑らしたな。その同胞殺しとやらが狙いそうなテメエらのアジトはどこだ?」
馬乗りになり、俺は男の首元に手刀を突きつけて脅す。男は命乞いをするような目で俺を見ながらガタガタと震えている。こりゃなかなか話してくれねえな。恐怖が思考を塗りつぶしてやがる。
「あー、なんだ。別に本拠地じゃ無くてもいい。別拠点とかあるんだろどうせ。言ってくれりゃ解放はしてやる。だけど……気をつけろ。俺の目は嘘を見抜くからな。嘘をついたらどうなるか……分かるな?」
逃げ道は作ってやった。だが帰り道は塞いだ。まあ嘘を見抜くってのは嘘だが、今のこいつは絶対に信じる。俺も経験してるが、恐怖が内側を埋め尽くした時に弱い人間は全てを鵜呑みにするからだ。これでこいつは逃げるしかない。
「……こ、ここから10キロくらい離れたところに、聖マルティン教会って場所がある、一応、そこが俺たちのアジト──」
「あっそ」
俺は立ち上がり、思いっきり踵を振り下ろして男の腹を踏みつけた。男は低い苦痛のうめき声をあげて、泡を吐きながら気絶した。
「言ったろ。解放は、って」
聖マルティン教会……確かプロテスタントの教会って聞いたことがあるが、もう今となっては使われてない場所のはずだ。
やはりこいつらはもう使われていない施設を拠点としている。そしてこういった廃ビルなどの広い敷地を持つ場所にエンプティの生産場を作って裏で怪死事件に手引きしているんだ。
「……まずはその同胞殺しとやらに会うべきか。こいつらがここで金を発掘してるってのも確定したし、ここがエンプティの生産場ってのも分かった。十分だろ。これ以上、下に潜ってこいつらの仲間を倒すのはリスクがある」
俺は棒切れのカプセルを一個一個殴り、破壊していく。破壊して棒切れの球体が外に出ても、こいつはあの羽を生やした形状にはならないみたいだ。これなら気兼ねなく壊せる。
「よし、全部ぶっ壊したな。あとは……こいつらをどうするか……」
今は気を失って伸びているが……目を覚ました後に仲間を呼ばれると厄介だ。俺の顔も割れているし。
「……殺すか」
こいつらは宇宙人に手を貸すエンプティ。
「……ッ。どうするんだよ、俺」
正体不明の葛藤が俺の頭の中を埋める。だが、そんな中でアイツの声がする。
── アンタの本質は自己中心よ。アンタは自分の行動に善と悪を勘定に入れたことがあるの──
……その通りだな。何かを殺すことが正しいはずはない。だが思い返すと俺はそれが悪いことかなんて考えて生きたことはなかった。
気持ち悪い。なんで俺が人間の敵を悪だと考えてるんだ? 人間であるだけで人間ってのは善なのか?
「……皮肉なもんだな。人じゃなくなって初めて人らしい感情を理解するなんてよ」
同じ姿をしたものを殺すこと。それに葛藤できるのが常人の証か。俺は思っていたよりも常人だったらしい。だってこんなにも胸が苦しい。
「でも……違うよな。俺。だって俺はもう、人じゃない。今ここにあるのは人じゃなくなった俺だけだ」
俺は手刀を振り下ろし、男の首を跳ねる。俺は拳を握り、男の胸を貫く。俺は踵を落とし、男の頭を潰す。俺は、男の首をもぎ取って……殺した。魂が滅びた代償か、男たちは人間であった名残である血をその身から噴き出した。
「……そうなんだ。これが、『
俺は俺だ。今更見えた人間性に従うようなやつじゃない。俺は俺でなければならない。善も、悪も、どうでもいい。
俺はただ、俺の信念に殉じるだけ。善人でも悪人でもない。全ては結果が善であるか悪であるかというだけのただの自己中野郎。気に入らなければ潰す。やりたいようにやる。それだけがジンという人間に与えられた存在意義。
「……これを見抜いていたのか、シン」
俺は体に浴びた血を体内へと吸収し、リュックサックに入れてあった着替えを取り出す。血に塗れた服を脱ぎ捨て、汚れ一つない服へと着替えた。その様は人としては汚れたはずなのに、俺としては綺麗になったことを比喩しているようだった。
「俺もアンタと同じになっちまったよ、同胞殺しさんよ」
何を持ってアンタは
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