第8話 エルゼと喧嘩

 ……なんで今マキタの夢を見るんだ。俺が死にかけだからか? これは走馬灯か? 


 なあ、マキタよ。お前は俺のことを強えって言ってくれてたけどよぉ……このザマだぜ? 気まぐれな神様に助けてもらわねえとすぐ死んじまうような雑魚だよ、俺は。


 ──見てください先輩! 警官のお父さんから習った棒術っす!──


 ──くっ……! 私の棒術を難なく受け切るとは……! 流石先輩っす! 一生お供するっすよ!──


 ──先輩……! もっと強くなりたいっす……! 私を助けてくれた先輩を今度は私が助けられるように……!──


 ……マキタ、その棒術は人を倒すためにあるものじゃなくて、自分を守るために使うものだ。そんなのを人に使うのは失礼ってもんだぜ。


 ……馬鹿野郎。なんで俺なんかについてくるんだ。俺はただ気に食わなかったからアイツらを殴っただけだ。綺麗な正義感なんて一切なかった。なんならへこへこと頭を下げて自分を貫かなかったお前も殴ろうかと思ってたんだぜ、本当は。


 ……大馬鹿野郎。一生なんて言うんじゃねえ。そんなこと言ったら、今の俺とお前じゃもう、この願いは叶わなくなっちまうだろうが。


「あなたの手であの人と同じにしてください!!」


  ……マキタ? 何を言っているんだ……?


「私を……あの人の隣に、立たせて……」


  おい……やめろ。何言ってるんだ。来るな……ここはお前が来るべき世界じゃ──


 ──グチャ。



「やめろおおお!!」


 ! …………そう……か。夢、だったな。そうだよ、夢じゃなけりゃならねえ。マキタが俺の隣に来るなんて、あいつは普通の人間だ。クズで人ですらない俺の隣に来るべき人間じゃないんだから……。


「……ッ。痛え……」


  ズキリと痛みが体を走る。エンプティになって痛覚は失ったはずなのに痛むということはやはり魂に傷が入ったのだろう。


「おはよう。悪い目覚めだったみたいね」


  うなされ、勢いよく飛び起きた俺の隣。俺が眠っていたベッドの横には椅子に座り、俯きながら自身の髪を弄るエルゼがいた。


「……ああ。最悪な目覚めだ。夢でよかったって思ってるよ」


  ここは……エルゼの洋館の部屋か。前の宇宙人襲来によって破壊された痕跡が目につく。まあ俺の知らん間にエルゼが直したのだろう。


「俺は……負けた。お前の助けがなけりゃあのまま魂を潰されて消えてただろう」


「でもアンタは死ななかった。アンタの勝ちよ」


「……慰めはいらねえよ」


  強者こいつからの慰めほど嫌なものはない。どれだけ気を使われてもそうされるほど俺が弱いという証明となる。


「なあ、エルゼ。俺のあの腕はなんだったんだ。あの馬鹿でかい鉄の籠手は」


 朦朧とする意識の中、俺は激しい怒りと共にあの力を引き出した。腕が変貌──いや、ような感覚だった。そして何よりあれはがあった。魂という実体のないはずの存在にも関わらず、あのパンテオンとかいうデカいやつに攻撃が通るほどの力を出せる。あれを使いこなせれば、俺は強くなれる。


「あれがアンタ達の武器。魂の外骨格。虚像である虚像膜ホロウ──今のアンタの状態ね。それをさせ、引っ張り出した実像が実像骨ソリッド。あの大きな黒い籠手がそれよ」


 エルゼは俺の目を見ることもなく説明した。なるほど。つまり普段の俺は虚像なのか。ならマキタ達の目に写っているのも納得できる。なんで物持ったり出来るのかは知らんがな。そしてその虚像の逆、実像があのデカい籠手なんだ。


「……あれさえ使いこなせれば俺はパンテオンにも勝てる。エルゼ、どうすれば俺は実像骨ソリッドを使いこなせる」


 負けたら死ぬ。死ぬのは痛いことだって俺はもう思い知っている。決められた終わりはなく、理不尽にもたらされる死のみが存在するのなら、俺は戦って生き延びるんだ。そのための力が欲しい。


「……使いこなす必要はないわ。だってアンタはもうアイツらと


「……は?」


 戦わなくていいって……なんで?


「悪かったわね。勝手に振り回してこんな死にそうな思いをさせて。これ以上は戦わなくていいわ。私に殺されないか怯えて仕方なく宇宙人と戦う必要はない。これからアンタは自由よ」


 相変わらず俯いたままこいつはそんなことをほざく。目を合わせる気は一切ない。少しの沈黙の後に生み出されたのは堪えきれない怒りだった。


「……テメエ……舐めてんのか? 俺が何のために死ぬかもしれない中で戦ってたのか考えたことがあったか? 俺はお前に殺されないために戦ってた。だけど仕方なくじゃあねえんだぞ。俺がそうやってお前のことを考えてたように、お前は俺のことを本当に考えて今まで一緒に宇宙人を狩ってたのか?」


「……考えてたわよ。だからこうやってアンタのことを思って──」

「目を見て話せよッッ!!!!」


 俺の怒号が部屋に響き渡り、エルゼの体が跳ねた。俺の呼吸は早くなり、怒りの火は勢いを増す。


「自分が強えからっていい気になるなよ……! 俺は弱くてもアイツらを許せねえから戦ってんだ! 嫌々なんかじゃねえ! テメエのその言葉は覚悟を持って戦ってるやつへの一番最低な侮辱だッ!!」


「何よ……黙って聞いてれば偉そうな口ばかり叩いて……! アンタは私に助けられたのよ!? 助けられなかったら死んでた!! 死んだら終わりなのがアンタらでしょ!? だったらその一度きりを大切にしなさいよ!!」


「大切だから戦うんだよ!! 命が惜しい!? 馬鹿言え! 一回死んで生まれ変わったこの命……それに意味を作るために戦うんだろうが!!」


 その言葉を聞いてエルゼは少し顔を歪ませた。それは理解できない苦しみを堪えているかのような顔だった。


「はぁ、はぁ……! 分かったか……! 俺はこれからも戦い続ける……! お前に助けてもらわずに、逆にお前を助けられるくらいになってやる!! だからそのために力を貸せ!」


「……嫌よ。これ以上アンタが傷つくのを見たくないわ」


 申し訳なさそうな顔をしながらエルゼはそっぽを向く。その仕草が俺にとって決裂の決定打だった。


「……? なんなんだよお前。お前らしくねえ。お前はもっと傲慢で、尊大で、好奇心旺盛で、周りの人間のことなんて考えねえやつだっただろうが」


 何でお前が俺の心配をする? というかお前が他人の心配を何でする? 。お前は自分らしさを一番揺るがしちゃダメな神様そんざいだろうが。


「もう知らねえ。テメエの助けなんざいらねえわ。俺は一人でアイツらを狩る。お前がくれた自由だからな。心配するなら自分の心配でもしてろ、ガキンチョ」


 ベッドから出て足を引き摺りながら進む。痛みは痩せ我慢で堪えなければならない。そして最後になるであろう別れのドアノブに俺は手をかける。


「……じゃあな。元気で」


 呆気なく開いた扉。部屋を出て扉を閉める間際に聞こえた消え入るような「馬鹿」の一言だけは、その弱々しさに反して非常に重いものだった。


 

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