第6話 思惑
──パンテオンとの戦いから数日後──
「ねえ、知ってる? 那古の廃ビルで大量の死体が見つかったって。噂の猟奇殺人って言われてるけど、流石に一人の犯行にしちゃ無理があるよね?」
「ああ、ネットで噂になってるやつだよね? それになんか周辺で未確認飛行物体が目撃されたとか。フライングヒューマノイド? って昔流行ったやつかな?」
パンテオンの犯行の証拠は世間一般に広まっていた。あれだけ大規模なエンプティ生産を行えば無理もない。
警察の調査によると死体の数は27にのぼり、大半は体の臓器を抜き取られ、空っぽの状態になっており、死体の一体に関しては体が風船のように破裂していた。現場に足を踏み入れた警察官はその凄惨な状況に耐えきれずに気を失うものや吐く者もいたという。
「──というのがあちらさんの報告書に書かれてましたぜ、旦那」
「そうですかァ。やはりパンテオンが動き出しているみたいですねエ」
ビルの高みから街を見物する二人組がいた。行き交う人を観察するように眺めながら二人は話を続ける。
「でもね、旦那。僕が気になるのはネットで噂になってる『未確認飛行物体』のほうなんすわ。現場の廃ビルから出てきたとかいう話もあるみたいで。もしそれが本当ならこいつら僕らと同じエンプティかもしれねえすよ」
「私とキミを同類にするのはヤメテくださーイ。その首が飛ぶのをキミは見たいですカアー?」
「おっとと、こりゃいけねえや。旦那にとっちゃ人生一の汚点だもんなあ。化け物退治の専門家である
「えエ。それもそうですがアー、何よりも忌々しいのはア、異星の神を由来とするその血が私の体に混じってしまったということでエエス。私が信仰する神はァ、偉大なるこの星の原生神『E・L・Z』の三文字のみ。かのお方の従順な僕たるこの私がァ、不潔な外宇宙の神の血を認めるはずないでえしょうがァ……」
「そんな神さまホントにいるんすかね……」
「います。絶対にいまあァスゥゥ……。何故ならあのお方はァ、腐敗した神を信仰する異教徒どもに囲まれていた愚かなる私ニィ……進むべき道を教えてくださったのですかァラ……」
男は初老ではあるだろうが、その肉体は若々しさを保っており、老いを感じさせない。彼は中心に穴が空いた古い十字架をかざし、思い出すかのように空を見た。欧米の顔つきにつけたその目はまるで空のような青色で、透き通るような目ではあるが、その中に確固たる狂信の色を織り交ぜている。
「ま、とりあえずこいつらの足取りを追ってみますか。もしルル・アメルだってんなら殺しちゃいましょ。んでどこにも属してなけりゃ入れちゃいましょう」
片方の痩せぎすの東洋人は拳を鳴らし、ニヤリと笑った。彼の野心を込めた眼差しが街を望む。
「人類派、『
◆◆◆
──時同じく、ある地方都市の地下にて──
「……おい、聞いたか? パンテオンの一人がやられたらしい。ルル・アメルの生産の最中だったそうだ」
「……やったのは
「いいや、所属なしのルル・アメルが一人でやったらしい」
「は? パンテオンを一人でだと!? そんなことができるのはあの
「まあ待て、確証はない。パンテオンの生産場からは二人が出てきたという話もある。それの一人がルル・アメルで、もう一人は正体不明の何かかもしれない。なんでも王様たちが騒いでるって話だからな」
「……一体俺たちはどうなるってんだ……もしそれが人類派だっていうんなら底辺の俺たちにできることなんて……」
「まあ王様たちの指示を待とうぜ。俺たちは王様の足、
彼らはピッケルを振りながらため息をつく。その姿は労働者そのもの。しかしそれは人をやめた今でも一番の安寧を得られる手段であった。
毎日地下で金を掘り、それをコンテナに詰め、そして献上する。献上する相手は決まっている。それは自分達の生みの親である。
◆◆◆
──ある惑星の神殿内──
“金の採掘は順調なようだな。
目が眩みそうなほどに眩い王の部屋。その金色の玉座に座る大男。神の証である角の生えた冠を被り、彼は大きなため息をついた。
彼はそのため息ですら嵐と同等の風力を持ち、彼の前に跪いていた従者を消しとばしてしまうほどの力を有している。
“父さん。どうやらそいつにとどめを刺したのはあの星の支配者らしいぜ。死ぬ間際にそいつから伝信が入ったからな”
彼の玉座の右横に立つ長身の青年。色白の肌を持ち、その頭には玉座に座る大男の冠についた角が生えている。
“! あの忌々しい小娘か……! 何度も何度も我々の計画を邪魔しおって!!”
彼が怒るとこのフロア一帯に竜巻が生み出され吹き荒れる。見事な内装は破壊され、崩れる可能性さえもあるのではないかというほど柱は欠損した。
"ニンマー”
“はい”
長身の青年が玉座の左横に立つ女性に合図する。青年と同じ角を生やした彼女は目を閉じた。すると崩壊した部屋に落ちた内装の欠片が浮き上がり、部屋を復元していく。
“父さん、怒らないでくれよ。部屋を直すのは父さんじゃなくてニンフルサグなんだからさ”
“……そうだな。すまん、ニンフルサグ”
“いえ、私に与えられた仕事の一つですから”
女性は淡々とした波長で意味を送る。表情は一切変わることなく、機械のようだ。
“……エンキはどうしている?”
“ずーっと水の中で眠ってるよ。父さんと1万年前に喧嘩してからだ”
“やつのみがあの小娘への対抗手段であるというのに……ウトゥはすでに殺された。我々『運命を定める七人』の一角が落ちたというにも関わらず惰性を尽くしているとは……!”
また怒りかけた彼に念押しするよう青年は手を大男の前に出した。
“まあ落ち着いてくれよ。すでに例の星にイナンナを向かわせた。あいつはエンキの紋章を奪えるほど強えからな。もしかするとあの小娘相手にも食い下がるかもしれねえぜ?”
不敵に青年は笑った。彼にはこれから起きることが上手くいくという確信があった。
“お前の指示ならば少なくとも大損することはなかろう、ナンナよ"
大男は威圧的な視線を青年に向けた。青年は怯むことなくにやにやと笑っている。
“ああ、期待しておいてくれよ。父さん──いや、偉大なる我らが王、エンリルよ”
様々な思惑が交差する。そしてその災いは全てあの男に降りかかることに……。
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