##12 悪霊憑き、恐怖を乗り越える

 「オレは、ソルカ・セン。ここに、戦いに来た」


 ハーピィが右脚を踏み鳴らすと、蒼炎が石床から漏れ出る。


 「それで、貴様はどっちに味方する気だ」

 横目で、麗梅恭リメイゴンがソルカを睨む。

 まさかフォボスを狩るために、白金プラチナ級相当の二人で相手するわけではあるまい。

 であれば、狙いは麗梅恭リメイゴンであろうか。


 「格が劣るとはいえ、二対一は少々卑怯ではないか? 戦士の誇りに傷がつくぞ」

 煽る。

 どうにかタイマンに持ち込めば、彼には十分すぎるほどの勝機があった。


 「なんか勘違いしてねェか? オレが戦いに来たのはフォボスとだ。それに――」

 一瞬、聖堂の周囲が虚無の闇に包まれる。

 闇はいつの間にか空中へ飛んでいた術者に向かって収束し、捏ねられ、まとわりつく。

 

 「ふん、もう一人増えるのか」

 麗梅恭リメイゴンは静観する。

 無形の魔術。詠唱のない、原初の魔術。

 膨大な魔力は、意のままに形となる。

 即席に作られた四肢を“装着”し、地に降りる。


 つい先程まで、ルゥだった存在。

 それは、かつての名を取り戻し、こう名乗った。

 

 「ルノフェンくんのとーじょー! なんてね」

 底抜けに明るい声で、かつての黒の神子当人が再臨したことを、この世に告げる。

 世界は大いなる力の復活に驚き、そして歓迎した。


 「確か、《ミアズマ・ランス》だったかな!」

 虚空に瘴気の槍を複数本召喚し、麗梅恭リメイゴンに向けて飛ばす。

 「舐めるな!」

 しかし彼もさる者。槍が届いた順に薙刀で撃ち落とし、お返しとばかりに、魔法で浮かせた弓から火矢で応戦する。


 「《プロジェクタイル・プロテクション》!」

 火矢は逸れ、聖堂のガラスを貫いた後、地に落ちる。

 

 「案外やる気じゃねえか、麗梅恭リメイゴン

 次なる攻撃を仕掛けようとした彼らの間に、ソルカが挟まる。

 「フン」

 不服げに、睨む。

 「こうなっちゃあ、神子を捕らえて力を吸う計画はおしまいだろ。だから、オレは別の提案をしにきた」

 フォボスへの射線を切るように、動く。

 かばうように、ゆっくりと。


 「話せ」

 麗梅恭リメイゴンは、武器を構えたまま、聞く。

 「オレは昔、ルノフェンこいつと戦って、負けた。しかもタイマンでだ」

 顎で指し、示す。

 そのまま、麗梅恭リメイゴンに向けて歩く。

 足元まで寄り、翼で顎髭を撫でる。

 「なら、てめェが一対一サシで戦って勝てば、神にも及ぶという武勇の証明になるんじゃねェのか? なあ?」


 挑発するように。

 功名心をくすぐるように。

 

 的確に煽り、相手の退路を狭めてゆく。


 「……わしが勝てば、貴様には証人になってもらうぞ」

 乗った。

 ルノフェンに向け、集中し直す。

 彼は、楽な成功よりも苦難の道を望む武人であった。


 「分かってらァ」

 ソルカは闘技用のブローチを皆に投げ渡し、ダメージでこのアイテムが砕けたら脱落だと説明する。

 今から行うのは、果たし合いではなく試合というわけだ。


 そして、フォボスに向き直る。

 片足を上げ、獅子のような構えを取る。

 「お前の相手はオレだ。オレが、お前を阻む最後の壁になってやる」

 

 フォボスは、一瞬だけひるみかけ……持ち直す。

 恐怖フォボスと名付けられた彼は今、己自身を乗り越える。


 「よろしく、おねがいします」

 一礼し、装備をロングソードと小盾に変更。

 

 「邪魔するなよ、小童」

 「それはこっちのセリフだ」

 敵は互いに睨み合い、同時に逆方向にステップし、相手と向き合う。


 ツクツクボウシが、鳴き止んだ。


 「行くぞ! 《香散見草カザミグサ》!」

 麗梅恭リメイゴンが中腰に構え薙刀で突くと、花火めいたスパークとともに火球が生成され、ルノフェンへ向かう。

 麗家に伝わる武技の基本にして、真髄の一つだ。


 ルノフェンは上体を反らし、避けようとするが。

 「《バーニング・ブランチ》!」

 火球が通り過ぎる間際。ジャストタイミングで追加の術が発動し、無数の燃え盛る枝が生まれ、彼に襲いかかる。

 

 否、それだけではない。

 飽和した一撃は、フォボスすらも追尾し、焼きに掛かる!


 「《サラマンダー・スキン》!」

 フォボスは慌てず、炎への耐性を高める。

 炎の枝を小盾で弾き、弾幕を掻い潜るように迫るソルカの蹴り上げをステップでかわす!

 

 ソルカは素早く脚を戻し、押し出すようにサイドキック!

 「ぐうっ!」

 モロに食らう。

 ブローチの効果でダメージはないが、痛みとノックバックは直に伝わる!

 

 ソルカは翼打ちで追撃しようとして、やめる。

 「《サンダーボルト》!」

 ルノフェンの妨害だ。雷球を下がって避け、横目で麗梅恭リメイゴンが隙をとがめる様子を確認する。

 

 「フォボスアイツは――」

 雷球を避けた後、フォボスの方を見る。


 居ない!


 (先程までは見えていた。となると透明化もしくは転移。足音はしない。手段はどうあれ地面にはいない! なら!)


 透明化のアンクレットを起動したフォボスは、壁を蹴って飛んでいた!

 「やああっ!」

 そのままソルカに兜割りを仕掛ける!

 全体重の掛かった一撃を辛うじてブーツで相殺し、降り際の拳撃を翼で受け、ガードの開いた腹部にサマーソルトキックがクリーンヒットする!


 吹き飛ばされるソルカ。


 だが!


 「一撃が軽いぞ!」

 闘志を刺激された彼は、《テレポーテーション》でフォボスの背後に回り、流れるように蹴りつける!


 (背後か!)

 かつてルノフェンを襲った八回の連続技、嵐剣ハ・セアラー

 幾分かは手加減されているが、寸分も衰えない大技が、フォボスに向かう!


 最初の一撃は直撃。続く上空からの二発目は盾で受ける。胸を狙った三発目は上体をそらし回避。

 足元を掬う水面蹴りは飛び、空中からの叩きおろしは回避できずに貰う。バウンドし、頭部を狙った六発目を辛うじて盾で受け流し、体勢を立て直そうとした頃に飛んで来た七発目を腹に直撃させ、くの字に吹き飛んだ彼の背中に、最終段を狙う!


 (思い出せ)

 世界が、水飴のように重い。

 吹き飛んだ先では、ソルカが必殺の一撃を構え、待機している。


 (思い出せ……!)

 吹き飛びながら、フォボスは想起する。


 光臨祭の、少し後。

 フォボスとピリは、依頼の報告のため、冒険者ギルドに足を運んでいた。


 酒場の方で、歓声が起こる。

 見ると、練習用の槍を持った男が二人。


 片方はアイアン級。もう片方はシルバー級。

 なんとアイアン級のほうが、シルバー級を打ち負かしたらしい。


 歓声の中、彼女は確かにこう言った。


 「熟練の戦士でも、付け入る隙はある」

 

 どんなとき?


 「相手を格下だと思っているとき。戦闘どころではない状況に陥ったとき。それと」


 それと?


 「――『確実に止めを刺せる』と思ってしまったときね」


 世界は、再び動き出す。


 《ディフレクト》。


 狙いすまし、嵐剣ハ・セアラーの最終段に、ピッタリと合わせる。

 詠唱はしない。なぜなら、これはカウンターの起点だからだ。


 フォボスは極度集中状態にあった。

 

 神が、フォボスを見る。

 火炎を司る戦の神、エシュゲブラ。

 その彼が、フォボスの心を美しいと感じた。


 それゆえに、フォボスの血潮、筋肉、骨に至るまで、新しい力が流れ始めた。


 彼は、新しい力を無意識に使った。


 「――《エクスプロージョン》!」


 自身をも巻き込んだ、爆炎の奔流が巻き起こる。


 打ち合った装備を通じて、魔力はソルカの元へ。


 「なんだ――!」


 彼は、面食らう。

 戦闘の中、突如として力に目覚める例は、何度か見てきたことがある。


 しかし、とどめを刺す局面で、広範囲魔法をカウンターとして使うヤツには、まだ会ったことがなかった。


 爆炎が、聖堂を包み込む。


 「うおおっ!?」

 麗梅恭リメイゴンは戦闘を中断し、薙刀を床に突き刺して簡易の結界をはる。


 「《ブラスト・バリア》!」

 ルノフェンも風の障壁を貼り、爆風を軽減する。


 破壊そのものとも言える炎の衝撃波は、聖堂の全てのガラスを割り、椅子や机を吹き飛ばす。


 「フォーくん!?」

 「あれは」

 既に試験を終えていたメアとクロヴ、そしてピリも、近くで起こった爆発音に気づく。


 「ケラートさん」

 メアはアイコンタクトで、爆心地に向かうと告げる。


 「分かった。キミはもう合格してる。後は上手くやっておくよ」

 ケラートは見送り、ギルドの方へ。


 走る。

 三人は息が切れるほど疾く駆け、崩れかけた聖堂を目の当たりにする。


 「フォボス!」

 ピリが最初にたどり着く。

 

 フォボスは、立っている。

 鉄爪を構え、五メートルの距離に、同じように立つソルカを睨んでいる。


 彼は、ピリの声を受けても返答しない。


 「どういう状況だ……?」

 クロヴとメアも追いついてくる。


 ただ事ではない。

 互いに殺気を発し、一瞬でも隙を見せれば仕留める構えだ。 


 「フォーくん……?」

 近寄ろうとしたメアに対し、喝が飛ぶ。


 「下郎! 戦士同士の真剣勝負ぞ! 水を差すでないわ!」

 声の主は、麗梅恭リメイゴンだった。

 彼は薙刀を収め、決闘の行く末を見守っている。


 「……」

 ルノフェンも、同様に状況を注視している。

 この状況にあっては、彼すらも手を出そうとは思わない。


 フォボスと、ソルカ。

 彼らのブローチは、ギリギリのところで壊れていない。

 しかしそれも、後一発受ければ、粉々に砕けてしまうだろう。


 メアが、ごくりとつばを飲み込む。

 照りつける太陽が、刻一刻と体力を奪ってゆく。


 「戦士よ」

 ソルカが、フォボスに投げかける。


 「オレは、少々見誤っていたようだ。お前のことを片脚でいなせる雑魚だと思っていた」

 「……」

 問答を続ける。

 彼の目は、今や正しくフォボスを見ている。

 庇護の対象としてではなく、互いに刃を打ち合える戦士として。


 右足を大上段に高く構え、宣言する。

 「どうあろうと、この闘いは次の一撃で終わる」

 見下ろしながら、続ける。

 「オマエの旅路、葛藤、得たもの、失ったもの。その全てを、ただ一撃に込めてみろ」

 

 フォボスは右手を引き、魔力を集める。

 生命を、炎を。

 融けそうになるほど熱い力を、鉄爪に込める。


 聖堂に掲げられた月の紋章が、焼け落ちた。


 フォボスは走る。

 ソルカをめがけて、低い姿勢で走る。


 ソルカは待つ。

 フォボスがたどり着けばその足を振り下ろさんと、耐えて待つ。


 二者は、再び主観時間の鈍化を感じ取る。


 三メートル。二メートル。


 スローモーになった風景は音を失い、色すらも置き去りに、ただ二者の間合いだけが残る。


 一メートル。


 ソルカが、脚を振り下ろす。

 フォボスは、身を捩る。


 脚の向かう方向には、硬質なツノがあった。


 「ッ!」

 ソルカは咄嗟に後ろにステップし、ツノへの攻撃を避ける。

 あのまま攻撃していれば、錫の指輪に仕込まれた《バックラー》を起点に、《ディフレクト》が決まっていたことだろう。

 

 フォボスはもう一歩踏み込んで、引いたソルカに対して鉄爪で切り上げる。


 五十センチ、三十センチ。


 決死の一撃がソルカに迫る。


 彼と、目が合う。

 

 楽しそうに、笑っていた。

 そして、それはきっと、ぼくも同じだ。


 ぼくの攻撃が届く、その寸前。


 ソルカの姿が急に近づき、ぼくは額に衝撃を受ける。


 それでぼくの意識は飛び、試合は終わる。


 負けたよ。

 翼での、ラリアットだった。


 ◆◆


 「――。――くん!」


 まず知覚したのは、声だった。

 次に、やけに涼しいことに気がついた。


 フォボスは、寝かせられている。

 真っ白なベッド。清潔な匂いがした。


 目を開ける。

 冒険者ギルドの、医務室だ。

 

 声の主はフォボスが目覚めたことに気づくと、安心したような笑みを浮かべた。

 「フォボスくん、起きたぞ!」

 ソルカだった。


 「あ……」

 気まずい。

 

 直前まで本気で戦っていた相手に、心配される。

 フォボスは、この状況を恥ずかしく思った。


 「“起きたぞ”じゃないでしょ~」

 ソルカの背後から鬼人族オルクスの女性が現れ、彼の頭に手刀を入れる。


 「痛って! 仙月シェンユェ、来てたのか!」

 仙月シェンユェ。どこかで聞いた気がする。

 

 「夫がごめんなさいね~」

 彼女は両手を合わせ、謝る。

 昔は立派であっただろう、中程で折れた角が目の前に来る。

 フォボスは、彼女のお腹が膨らんでいることにも気づいた。

 

 「こっちこそ、聖堂とか壊しちゃってごめんなさい……」

 互いに謝る。

 それにしても、彼女は何者だろう?

 

 その答えは、みんなが教えてくれた。

 医務室の扉が、バンと開け放たれる。

 「あ! グレーヴァさん! おっひさー!」

 ルノフェンは腕を振り、モモやナシといったフルーツと濃厚なミルクの瓶を。

 他のメンバーも、ギルドの皆に持たされた思い思いの見舞い品を抱えて、やってきた。


 「お久しぶりね~。新しい体の調子はどう?」

 「うん、ばっちり! 機械種族ディータの体って聞いたときは驚いたけど、よく馴染むよ」

 彼の四肢は、もはや魔術による仮初めのものではなく、ちゃんと実体のあるものとなっている。

 ボディの出元はと言うと、シュヴィルニャ地方だ。

 麗家から依頼を受け、仙月シェンユェないしグレーヴァと呼ばれていた女性が、現地の探窟家に取り次いだ、とのことである。


 「染家のかしらね。話には聞いていたけど、噂通りフットワークが軽いのね」

 ピリは何枚かのスクロールを抱えている。

 恐らく、頭の痛くなるような外交文書に違いない。


 「麗家の有力者も来てるんだから、直接話せばいいじゃない~」

 仙月シェンユェの視線の先には、麗梅恭リメイゴン

 一行の背後。医務室の外で、バツが悪そうに腕を組んでいた。

 

 ピリと麗梅恭リメイゴンの二者は、無言で視線をかわす。

 方や、暗殺を指示した身。

 もう片方は、刺客を跳ね除けた身だ。


 だが、その視線が剣呑となることはなかった。


 「まずは、これを」

 麗梅恭リメイゴンは、先手を打って巻物を渡す。

 ピリにこの場で読むように促し、開かせる。


 一見して地図に見えるその巻物。注意深く読んでみると、いくつかの点が打たれていることに気づく。

 ピリは、その点の意味するところを察した。

 国際指名手配犯の、アジトだ。


 「『反転呪詛』は、わしの領域で預かっている。他の者は、わしが反奴隷制派に鞍替えしたことにも気づいていないはずだ」

 代償は、情報と自身の寝返りで払うということらしい。

 彼女の方も、スクロールを渡してしまう。

 今回は、少なくとも戦争は起こさないということで、即席に合意する。


 「分かった。それなら、ミトラ=ゲ=テーアアーシとしては言うことはないわ。次はもっと和やかな場で会いましょう」

 紳士的に、一礼。

 これで、非公式な会談は終わりだ。


 「恩に着る。あと、フォボスとやらにこれを渡してくれ」

 今度は、個人的な話。

 分厚い書物を、ピリに渡す。

 表紙には、『麗家戦闘教本:魔導の巻』と刺繍してある。

 「最新版かつ、一部のページについて所見を書き込んである。役に立つはずだ」


 そうして彼は、足早にスタスタとギルドから出て行ってしまった。


 「素直じゃない人」

 要するに、お詫びというわけだ。


 再度、医務室内に戻る。

 「あ! ピリさんが戻ってきた!」

 メアが気づき、辞典のように厚い本に目をやる。


 「これ、麗梅恭リメイゴンさんがフォボスくんにって。全部龍宮語だけど」

 ベッドの側に置く。

 今やフォボスのベッドの周りは、色とりどりであった。

 メアはパラパラと斜め読みし、単語自体は平易であることに気づく。

 「龍宮語の入門に良いかも。フォーくん、どこかで一緒に読もうよ」

 「うん!」

 メアから学ぶことは、まだまだたくさんあるのだ。

 

 「あ!」

 フォボスが、何かを思い出したように声を上げる。

 「どした?」

 「まだシルバー級の試験の結果を聞いてなかった!」

 メア、クロヴ、ピリの顔を順番に見て。尻尾をパタパタと振り、答えを待つ。


 「受かったよ!」

 「なんとかなったってトコだぜ」

 「合格した」

 どうやら、皆合格したらしい。


 「当然、フォボスくんも合格だ。紫宸龍宮の永住権も発行する。オレとも戦えたんだ、文句なしだぜ」

 「えへへ、やった」

 翼で、フォボスの頭を撫でる。

 「ソルちゃん、『シルバー級の試験なのに本気になってごめん』ってちゃんと謝った~?」

 背後の仙月シェンユェが微笑んでいる。

 「ごめん」

 「ちゃんと目を見て」

 「ホント、ごめん」

 「もう」

 こちらも、一段落といったところか。


 「じゃ、後は仲間同士でゆっくりしてくれよ」

 ソルカは立ち上がり、仙月シェンユェを引き連れ、部屋を後にする。

 「またねー」

 一行は手を振り、見送った。


 静かな沈黙が、通り抜ける。


 「ところで、さ」

 クロヴにしては珍しく、言いづらそうに、フォボスとメアへ。それとルノフェンに向けて、投げかける。

 その様子を見て、フォボスが「どうしたの?」と、首を傾げる。


 「これから、フォボスくんたちはどうするつもりだ? ピリの任務は片付いちまったわけだし」

 ピリが、引き継ぐ。

 「フレヴァ・フィロ葉脈から連絡が来た。『色々片付いたら、一回本国に帰れ』だってさ」

 ベッドの縁に腰掛ける。

 「そうなの? ボクは当代の黒の神子というか、オドくんに会いに行こうかなって思ってるけど」

 ルノフェンは、記憶も戻ったようだ。


 とはいえ、その言葉の意味するところは、もっと重大で。


 今、オドは黄砂連合で活動している。

 ドラゴンの嫁探しがどうの、ということらしいが、とにかくミトラ=ゲ=テーアを通り過ぎてしまう。

 「え、え?」

 ピリと、ルノフェンを交互に見る。


 行く先が、分かれたのだ。


 「監視の任は解かれてるし、それなら『夜明けのケール』は解散?」

 まるでよくあることのように、ピリが言う。

 「ねえ、待ってよ。解散?」

 フォボスはあわあわと慌て、二人の手を掴む。


 二人は、頭に疑問を浮かべている。

 「冒険者パーティのメンバーって、結構流動的よ? 利害が対立したら分裂しがちだし。当然、一蓮托生なところもあるでしょうけど」

 「新聞見たけど、オドくんのところもそうだよね。冬季限定メンバーとかも居るし」

 「……そうなの?」

 事実であった。

 ピリやルノフェンがドライなのはそうだ。

 とはいえそれ以上に。パーティメンバーが信頼できるかどうか、同じ場所に向かえるかどうかという物差しが、冒険者の間で共有されていた。


 「あ、でも、私はフォボスくんと一緒にいるつもりだよ」

 メアが補足する。

 「ちょっとは喧嘩もするだろうけど、それも含めて恋仲だって思わない?」

 フォボスは一瞬驚いた表情をとる。

 そして、すぐに理解する。

 彼女は、フォボスがどういう道を進もうと、彼が選んだ道であればともにあってくれる、と。


 「そういうのは、二人きりのときにやろうよ」

 俯き、恥じらう。

 「なら、ソルモンテーユでまた冒険しない?」

 「何が『なら』なの」

 メアはちょっとだけ考え、口にする。

 「だって、ソルモンテーユまでは船旅だから、短い時間だけどお別れのパーティとか開けるでしょ?」

 「うん」


 答えになっていない気もするが、続きを聞いてみる。


 「それに、お姉ちゃんにもいつだって会いに行けるし」

 「ウィンさんだね」

 「あと、いつでも泳げるし!」

 「シーエルフだもんね」

 「暑い時期ももう終わるから、水着とか久々に着たいし!」

 「全部メアの要望じゃん!」

 「そうだよ!」


 フォボスは、「はあ」と、短く息を吐く。


 「でも、それもいいかもね。ソルモンテーユまでは、みんな一緒だ」

 『夜明けのケール』のリーダーは、そう決定する。


 「そ。アーシはそれで問題なし」

 ピリが追認し。


 「決して長くはなかったけど、楽しかったぜ」

 クロヴが励まし。


 「私はずっと一緒だけどね!」

 メアが胸を張り。


 「でも、これからも機会があったら冒険しようね」

 ルノフェンが、希望を残す。


 皆の答えは、聞いた。


 「よし」

 フォボスは、ベッドから降り、指針を決める。

 「そうと決まったら、船の予約をしよう! ピリさん、次の便は何時?」

 「丁度三時間後。移動や手続きを考えると、あまり時間はない。急ぎましょう」

 

 「この見舞い品はどうする?」

 クロヴだ。

 「お別れパーティに使えると思う! 《ポケット・ディメンジョン》に詰め込むよ! ぼくも手伝う! 窓際の方からお願い!」

 「任せな!」


 紫宸龍宮を引き払う準備は、瞬く間に進む。

 ギルドの皆にお礼を言い、冒険者タグの装飾を銅から銀に変えてもらい。

 屋外に出ると同時に矢文で飛んできた永住権利書をしまい、《クール・ミスト》で暑さを払い。

 《フライ》で乙港城市イガンチェンシまで飛んで移動し、幾ばくかのシェルを渡して、乗船する。

 

 「ぜーっ、はーっ」

 船の入り口、なんとか出港に間に合った一行は膝に手を付き、肩で息をしていた。

 

 「げっほ、げっほ。クソ、なんで俺様よりメアのほうが余裕あンだよ」

 船室に向けて歩こうとして、壁に寄りかかりながらクロヴが愚痴る。


 「連続《フライ》ってすごく魔力使うんだねえ。お腹すいたあ」

 体力的には余裕の残るルノフェンが、船室の扉を開け、皆を招き入れる。


 「《ポケット・ディメンジョン》!」

 「食べ物だすよー!」

 広い室内の中、一行はありったけの食料、果物ジュース、それとお酒を展開する。


 「すごい量ね」

 テーブルを見下ろしてみれば、手の置き場もないほどだ。

 フォボスは、これほどまでに慕われていたというわけだ。

 「これ、高級品じゃない? 食べていい?」

 ルノフェンも、久々に食事を楽しめそうで期待している。

 「『いただきます』してから!」

 フォボスが制止し、皆をもう一度、見渡す。


 「早く食べよう!」

 メアが促し、フォボスが頷く。

 正直に言うと、彼の目からは、ちょっとだけ涙がこぼれている。

 けど、誰も指摘しない。

 フォボスの強がりを、今は認めよう。


 紫宸龍宮風に両手を合わせて、それぞれの神に祈る。


 食べ物への感謝を胸に刻み、言葉に出す。


 「いただきます!」


 他の四人も、続く。

 「「「「いただきます!」」」」

 

 別れの時間が、旅の終わりが、幕を開けた。


 ◆◆


 これで、今回の物語は終わり。


 本当に、色々あったよ。

 あの後、いざ別れるってなったら、フォボスくんが泣いちゃってさ。


 だからスケジュール的に余裕のあるボクが一日だけ一緒に居てあげて、それからちゃんとさよならしたんだ。


 さて。


 物語は終わっても、登場人物の人生は続くものなんだよね。


 実はこの前、久しぶりにフォボスくんと会ってさ。

 だいぶかっこよくなってた。ボクのストライクゾーンから外れるくらいにはね。


 確か、二つ名もついてたかな?


 彼が、今なんて呼ばれてるかって言うと――


 ◆◆


 数年後。


 「――『燃え盛る悪魔ディアブロ・ブルラント』が来たぞ!」


 黄砂連合、枯れ果てた岩石砂漠にて。

 自動車型機械種族ディータに乗ったモヒカンの男が、窓から後ろを見て叫ぶ。

 

 荷台には村から略奪した食料や水、子供と女性が積載され、悲鳴を上げている。

 

 「もう気づかれたか! おいポンコツ! さっさと速度上げろ!」

 運転席には、コーンロウの男。

 アクセルを蹴りつけるように踏みつけ、エンジンを回す。


 最高速度百キロメートルにも至るそれは、後のことを考えないスピードで加速し、悪路を走り抜ける。


 コーンロウを急かしながら、モヒカン男は一分ほど後方を見ていたが、やがて、結論を出す。


 「へへっ、撒いたみてェだぜ、兄貴」


 地平線まで見渡しても、『悪魔』の姿はなかった。


 「フーッ、全く。驚かせやがって」

 背もたれにもたれかかり、車を停める。

 逃れられたのであれば、エンジンを休める必要がある。

 車から降り、積み荷を確認する。


 「問題ねえな。少し経ったら、また別の村に行くぞ」

 略奪に次ぐ略奪。

 彼らはここ数週間、そうして過ごしてきた。


 「にしても、なんか寒くねえか?」

 モヒカンが腕をすり合わせ、コーンロウに問う。

 「ん? ああ、そうだな……」

 辺りを見ると、砂が霜を生やし、氷のトゲを創り出している。


 異常だった。

 シュヴィルニャならともかく、ここは砂漠。

 太陽が照りつけるこの地において、氷は文字通り不自然なものだった。


 (襲撃!)

 コーンロウが弟に指示を出そうとした瞬間、頭部に向けて何者かが飛来する。

 避けられない。ステップしようとした足は凍り、地面に張り付いていたためだ。

 

 「ほげーっ!?」

 流星のような、見事な蹴り。

 首が百二十度回転し、コーンロウはそのまま気絶する。


 彼を蹴り飛ばした少年の頭には、立派なツノが生えていた。

 機械種族ディータの翼を装備し、空中からモヒカン男を見下ろしていた。


 モヒカンを挟んだ逆側には、白いローブの女エルフが居た。

 「『霜焼けの悪夢デイメア』だ!」

 積み荷の子供が叫ぶと、皆が奮い立った。


 「へえ、へえ、へえ!」

 モヒカンは、むしろ戦意を高揚させる。

 《ウォーム》で足の周りの氷を剥がし、炎の悪魔と向き合う。

 「なら俺一人でてめェらゴールド級二人をブチのめせば、暫く安泰ってわけだなァ!」

 唱える呪文は《ガスト・スタブ》。

 岩石だって壊せる呪文だ。


 「腹に風穴ブチ開けてやらァーッ!」

 荒れ狂う風を制御し、発射する直前に。


 そのタイミングで、悪魔の頭突きと、エルフの短杖殴打が炸裂する。

 モヒカンも雑に気絶し、集中を失った魔力は霧散した。

 

 「ふぅ」

 悪魔が嘆息する。

 声変わりが始まったくらいの、少年の声だ。

 彼が、今のフォボス。背がかなり伸びている。

 よく見ると、リスの尻尾はそのままだ。


 「フォーくん、おつかれ。追い込み上手かったよ!」

 メアの方は外見こそ変わっていないけど、装備が上質になった。

 中でも『霜焼けのワンド』は、彼女の異名にも紐付けられている。


 「それにしても、みんなオレのことを悪魔だ悪魔だって呼んでさあ。どうにかなんないのかな」

 フォボスはぼやく。

 結局のところツノが問題なわけだが、彼の一部だから、どうしようもない。


 「それ言うなら私だって悪夢だよ。悪夢デイメアとメアじゃ、つづりが違うじゃない」

 メアも、同調する。

 彼女に関しては、貰い事故だ。


 「とにかく、さっさと報告行こうぜ。久々にルノフェンさんが近くに来てるんだ。飯に誘おう」

 「いいね。丁度乗り物もあるし、賞金首を縛って行っちゃおう」

 気絶した二人を手早く積荷とし、車に乗り込む。

 焦げるような太陽の下、地平線の向こうに去ってゆく。


 フォボスたちは、この世界を力強く生きている。


 ヒトの身に過ぎない存在であろうと、彼らなりに生きていく。


 【それはもう業が深い異世界少年旅行 #2】

 

 【『悪霊憑き、恐怖を乗り越える』終わり】

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