##8 放浪者、居住権を希求する

 (あらすじ:船旅の道中、クラーケンプリンセスの襲撃にあうものの、一行は無事に旅の目的地である紫宸龍宮に到着する。ハーピィの英雄に別れを告げ、入国手続に入る)


 紫宸龍宮ししんりゅうぐう乙港城市いがんちぇんし

 大陸の北東に浮かぶ島国の、最も大きな玄関。

 ソルモンテーユから最短距離で向かう場合、この港を経由して入国することになる。

 岬によって風浪を防げるその地形は、天然の良港だ。


 港自体の様子はどうだろう。


 まず、船から見えるのは赤紫色に塗られた鳥居が立ち並んだ光景だ。

 ここが闇陰神ツェルイェソドの領域であることを示すように、一部の鳥居には三日月に乗る黒竜が彫られている。

 もう少し船着き場から遠くに目をやると、各種食材やお土産の露店が見える。

 鬼人族オルクスや獣人などが盛んに呼び込みを行い、活気にあふれている。


 船から降りれば、今度は独特な調味料の香りが鼻をくすぐるだろう。

 豆を発酵させた液体、旨味が強いペースト、辛い木の実。

 読者にとっては醤油や豆板醤、あるいは山椒といった表現のほうが伝わりやすいかもしれない。

 とにかくそのどれもが、大陸住まいの人間にとって目新しい。

 

 さて、ここで一行の様子へ視点を戻そう。

 現状この国最大の権力者である、うらら家の領域へ向かう門の前で、問答を繰り広げている。

 入国手続きに、手間取っているようだ。


 「なん、だと……?」


 肩を落とすピリ。

 不安げに見上げる、その他三人。


 「ですので、麗家が管理する領域に足を踏み入れたいのであれば、国籍か永住権、もしくは居住権が必要です」

 鬼人族オルクスの女性が、事務的に言い放つ。


 紫宸龍宮を代表する貴族たち、十二月家。

 国の女王たる巫后を輩出できるのは、そのうちの一つだけ。

 曰く。権力闘争に打ち勝ち、今代の巫后を輩出した麗家は、自らの領域のセキュリティを高めるため、このような施策を取っている、とのことである。


 一行を呼んでいるのは麗家の御方とのことで、ピリがその旨を説明したところ、上記の文言を食らったというわけだ。


 「なんとかなんない? ダメ?」

 クロヴがチラチラと魔導具を見せつける。

 賄賂だ。


 「ダメです。それに、麗梅恭リメイゴン様は居住権でもお会いになりませんよ。永住権を取得していただかないと」

 ぐぬぬ、と頭を抱えるピリ。


 そこに、フォボスが割って入る。

 「居住権と永住権って、とるのにどのくらいかかるの?」

 この質問で、彼女は初めてフォボスに注意を向ける。

 「君は……フォボスくんね。今、フォボスくんはカッパー級冒険者だったよね」

 「うん!」


 彼女は、書類棚から一つの冊子を取り出す。

 フォボスは龍宮語を読めないので、メアが仲介する。

 「カッパー級なら、相応の依頼を二つクリアしたら半年はこの国で暮らせるの。これが居住権。永住権の方は、頑張ったら居住権の更新を待たずに得られると思う。今の実績ならシルバー級に上がるのと同時くらいかな」

 「滞在期限の二週間のうちに依頼二つ、か。結構大変だが、俺様たちならやれるな。冒険者クラスの昇格、めんどくさくてサボってるし」

 クロヴが補足。

 ピリに目をやると、やむを得ないが、やろうという表情だ。


 「じゃ、まずは入るのが簡単な地域で、居住権の取得に向けてがんばってくださいね。応援してるよ、フォボスくん!」

 「がんばる!」

 露骨に色目を使われていた気もするが、気にしないことにした。


 ◆◆


 冒険者ギルド、乙港城市支部。


 この国には、十二月家の領域ごとに冒険者支部が用意されている。


 他の国とは違い、それぞれの家は時期による興衰はあれど、その力は概ね拮抗していると言っていい。


 つまり。


 十二の各領域全てで、他の国の首都に近い難易度の依頼が張り出されるというわけだ。


 依頼の一例を挙げておこう。

 「ヒュプノハンドを首魁とする、フローティングハンドの巣の殲滅」

 「暴走スチールゴーレムの鎮圧」

 「ならずもの街道を通る商隊の護衛」

 などなど。


 これらは、他の国においてはシルバー級程度の難易度として処理される。

 しかし、紫宸龍宮においては、カッパー級だ。

 彼らは、丁度一ランクほど高い難易度の依頼を受ける羽目になるのだ。


 それゆえ、紫宸龍宮へ集う冒険者は、基本的に猛者だらけだと言っていい。

 この国で上位の等級に認定されれば、かなりの箔がつくというわけだ。


 「うーん」

 クロヴが、フォボスとメアの方をチラチラと見ながら依頼書を眺める。


 ピリと彼女のタグは、錆びついて青くなった銅だ。

 実力不相応に低級に留まり続けるのは、あまり望ましいこととは言えない。

 人によっては、青銅ブロンズ級だと揶揄する者も居よう。


 だが、逆に言えば、彼女ら二人の実質的な実力はカッパー以上ということでもある。

 クロヴが心配しているのは、自分基準で依頼を受けてフォボスたちが着いてこられるか、という点だった。


 「あの! これでも上級魔法までならトリガーワードだけで発動できますんで!」

 メアが話を前に進めようと宣言する。

 彼女がルゥによる洗礼を受けたのは、カッパー級となった直後のこと。

 なのでメアの実力に関しても、言うことはない。


 問題は、フォボス。


 「まあ、なんかあってもボクが文字通りいてるからさ。これ、逆にフォボスくんの特訓イベントみたいなもんじゃない?」

 ルゥは軽々しく言ってのける。


 当のフォボスも、やる気のようだ。

 「いつまでもメアの前で漏らしたくはないもん」とは、何度か言っていた。

 今回の挑戦で、勇気を養いたいようであった。


 「じゃあ、アーシが持ってる戦闘技術を、実戦でいくつか教えてあげる。今ある依頼の中だと、暴走スチールゴーレムの鎮圧がちょうど良さそう」

 皆に確認を取ると、依頼書をボードから剥がす。

 「ま、スチールゴーレム単体なら相性的にはよゆーだろ。装甲をブチ抜くための火力は、俺様が用意できるからな」

 クロヴは任せとけ、と胸を張る。

 

 「徒歩なら片道六時間、か。明日の早朝に出発して、移動中はボクが《マス・レビテイト》を掛けて休憩を減らせば、日帰りで戻ってこれるね」

 ルゥの提案に、一行は同意。


 「そうだね、そろそろ夜になるし、今日は宿に行って早めに寝ちゃおっか!」


 そういうわけで、そういうことになった。

 

 翌日、正午。

 乙家と霜家の領域境界線。


 住民の避難は粗方済んでいる。

 一面の水田が広がるこの地域だが、全くヒトが居ないわけでもない。


 今回の事態で、もっとも迷惑なのは音だった。


 聞こえるのは、機械種族ディータがマナを吸い上げ、燃やし、吐き出すエンジン音。


 「暴走ゴーレムって聞いてさあ」

 クロヴは、諦めの境地で「それ」を眺めている。


 「てっきり二本の足で立って、近寄るヒトに危害をなすやつだ、って思うじゃん?」


 “それ”は巨大なバイク型機械種族ディータと物理的に一体化した、鋼鉄のゴーレムだ。

 平地を走ればウィリー。

 丘を飛び越えればトリック。

 とにかく、気の済むまま走り回っている。


 「走ってるね。同じコースを、延々と」

 メアは指摘する。

 バイクの走行跡は複雑な軌跡を描いているが、いくつかの箇所には、タイヤ跡の通らない安全地帯があるようだ。

 

 「ゴーレムとバイクに自我はないのね。オートマトンなら、気兼ねなく潰せる。今回、フォボスくんに教えるにあたって、都合がいい」

 ピリは安全地帯から一歩踏み出し、タイヤ跡の上に立つ。

 彼女の装備は、モーニングスターとタワーシールド。

 素手でも強いが、本気で戦うときは重装備だ。


 「まず、最初に教えるのは《ディフレクト》。魔術じゃないけど、マナを使う技術ね」

 彼女は盾に魔力を集中させ、斜に構える。

 

 「強すぎる攻撃を、側面へ受け流すってことかな。じゃあ、近くに居ると危ないよね」

 マナの流れを見て、メアたちは少し離れた別の安全地帯に向かう。


 「まずは見てて。お手本は三回」

 正面に、鋼鉄の塊を視認する。

 爆音のメタルミュージックを垂れ流しながら、ピリを轢き潰さんと迫ってくる。


 フォボスは目をカッと開き、ピリにバイクが激突する瞬間を待つ。


 「《ディフレクト》!」

 盾を構えた彼女に、バイクがぶつかる。

 ガン! と、一瞬だけ強い音が鳴った。

 ピリが側方に弾かれるとともに、バイクの軌道も同程度反対側に逸れる。


 彼女はほとんどダメージを受けず、バイクも追突前と同じコースに戻り、爆走を再開した。


 「概ね成功って感じだが、完璧に流せたわけじゃねえな。さてはナマってんな?」

 クロヴが煽る。彼女は、死地でのピリを何度か目の当たりにしている。


 「だから三回。アーシも本気の装備は久々だから、勘を取り戻したい」

 「そうかよ。頼りにしてるぜ」

 

 問答の時間は短い。すぐに二回目がやってくる。


 「《ディフレクト》!」

 二回目の衝突では、ピリは弾かれず、少しよろける。

 バイク側の軌道は、最初と比べてタイヤ二つ分ほど遠くにズレた。


 「バイクが衝突する瞬間、ピリさんの盾に注いだ魔力がちょっとだけ光った。結構コントロール難しいはずなんだけどな」

 メアの解説を受け、フォボスは自らの肉体で感覚を再現しようとする。

 

 「三回目が来るねえ」

 ルゥの言葉に、またピリの方に注目。


 「《ディフレクト》!」

 三度目は、完璧に決まった。

 ピリはその場から一切動かず、衝撃をそらすことに成功する。

 バイクはより遠くに弾かれ、一瞬だけバランスも崩したようだ。

 

 「良いね。で、フォボスは今からこれをやるわけだが」

 クロヴは、フォボスの方を見る。

 彼は軽装だ。クローを装備し、盾のたぐいは持っていない。魔法のシャツがあるとはいえ、いささか防御力に不安がある。


 「《アーマー》。あと、そうだな」

 防御力上昇の魔法を唱えるとともに、一つの小盾を取り出す。

 見たところ、魔力は感じられない。

 腕に引っ掛けて使うタイプの、単なる錫の小盾だ。


 「俺様としてはこれを使うのは遺憾だ。俺様は鍛冶師じゃない。魔導具クラフターだからな。だが、役に立つならなんでも使う主義だ」

 盾を渡す。

 「ありがとう!」

 装備。軌跡の上に躍り出て、バイクを待つ。


 バイクは、のんきに走り続ける。

 ゴーレムを乗せ、己に掛けられた呪文にそのまま従い、走る。

 だから、目の前に居た屈強なドライアドが、獣人の子供にすり替わっても、全く同じ行動を取る。


 「《ディフレクト》!」

 一回目の試行は、失敗。

 フォボスは跳ね飛ばされ、錐揉み回転し、地面に突き刺さる。


 「《グレーター・――」

 咄嗟に回復魔法をかけようとするメアを、ピリが制止する。

 「大丈夫。多分、ダメージを減らすこと自体には成功してる」

 言葉の通り、フォボスはすぐさまネックスプリングで起き上がり、元の位置に戻った。


 「《ディフレクト》!」

 二回目も、フォボスは派手に跳ね飛ばされる。


 「《ヒー――」

 「ストップ。毎回掛けるのは効率が悪いし、何より」

 見ろ、とクロヴが指差す。

 フォボスの落下地点は、前回と比べて、より近くに移動している。

 「上達、してるんだ」

 衝撃を殺す技術は、より効率的になってゆく。


 三回目、四回目。

 フォボスは何度も跳ね飛ばされ、その度に剛性を増してゆく。

 

 「もうちっとアイツのこと信用してやれ。少なくとも、メアと同じレベルに上がるためなら死ぬほど努力すると思うぜ」

 メアは赤面し、様子を見届ける。


 五回目にもなると、フォボスの挙動は明らかに変わる。

 弾かれはするものの、吹っ飛びはせずに尻餅をつくだけで済んでいる。


 「あの子、そもそも筋が良い。元々どんな子だったか知らないけど、体の動かし方をよくわかってる」

 地面についたモーニングスターを支えに、ピリは訓練の風景を眺める。


 次に変化が起こったのは、九回目。


 「《ディフレクト》!」

 ガン! と硬質な物どうしがぶつかる音とともに、フォボスはのけぞる。

 一方、バランスを崩したバイクはスリップし、転倒。

 そのまま起き上がれずに、エンジン音を響かせながらもがいている。


 「完璧じゃねーけど、とりあえずの成功までに二桁行かなかったな。おら、ガラクタ。まだてめーの役目は終わってねえんだ、起きろ」

 他の三人は倒れたバイクに向かい、力ずくで起こしてやる。

 再びバイクは走り出し、コースに戻った。


 安全地帯で、言葉による指導。

 「これで第一段階はおしまいね。次は、さっきのを無詠唱でやって。最終的には、《ディフレクト》をカウンター技にする」

 「カウンター技?」

 フォボスが聞き返す。

 「うん。《ディフレクト》が発動する瞬間、別の技でも術でも、有効そうなのを叩き込む。同時に二つ詠唱することはできないから、《ディフレクト》の方は無詠唱で行く」


 「見てて」とピリは再び、コース上に躍り出る。

 

 バイクは例によって、突撃を敢行する。

 加速し、無駄だとわかっていても突き進む。


 「《ヴァイン・テンタクル》!」

 激突したバイクは、《ディフレクト》にとって衝撃を殺されバランスを崩す。

 と同時に、ピリの大盾から生じたツル植物に絡め取られ、転倒。

 「ハアッ!」

 そしてモーニングスターで追撃を受け、打撃音とともに外装が大きく凹んだ。


 「普通の人だったら、今ので死んでる……」

 メアの感想は、まさにその通りだ。

 敵からしてみれば、タックルしたと思ったら逆に転ばされ、さらに脳天に重い一撃を受けた、というわけである。


 「弱点もある。意識外から奇襲されたときなんかは、そもそも《ディフレクト》が入らない。そこは気をつけて」

 フォボスの背を叩き、実践に向かわせる。


 「モノにするまでに、何回かかるだろうな? 手本があるとはいえ、シルバー級でも中々見ねえ技術だろ?」

 昼食代わりのベーコンを頬張りながら、クロヴが尋ねる。

 「五十回まででコツを掴んだら御の字。でも、これをマスターすれば他が劣ってても紫宸龍宮で戦える」

 甘くみずみずしいみかんを割りながら、ピリ。

 「強くなるための最短経路ってことかな」

 メアは、露店で購入したおにぎりを頬張り、奮闘を眺めている。

 「すっぱい」

 梅干し入りのようだった。


 《ディフレクト》自体は、すぐにフォボスの体に馴染んだようで。

 学習効率は良く、試行回数も不足なし。

 気が遠くなるほど多くの衝突を経て、彼は最終的に。


 「《ディケイ》!」

 もはや聞き慣れた金属音とともに、フォボスは小盾から腐朽の魔力を流し込む。

 練習の過程で幾度も侵食を受けたバイクの外装は酷く錆びつき、右ライトに至っては、今の一撃で跳ね跳んでしまう。

 フォボスは無事だ。体幹も一切ブレることなく、完璧にやってのけた。


 「やった!」

 彼は両手を上げ、皆に駆け寄る。


 訓練は、成功した。

 

 「おめでと。そろそろ、アーシの出番かな」

 食事をとうに終えたピリは立ち上がり、武器を構える。


 「うん。依頼目標を達成しなくちゃ、だね」

 戻ってきたフォボスを抱き寄せ、メアも短杖を準備。


 「わかってると思うがよ、ルゥは準備が終わったら手を出すなよ。今回の訓練は、オメーが居なくなった後の備えでもあるからな」

 今日のクロヴの装備は、手投げ弾だ。

 消耗品なだけあって、火力はイチオシである。


 「うん、ボクは今回戦力にならない。手はず通り行くね。ピリさん、動き止めて」

 ピリはコース前に立ち、先程行ったように《ディフレクト》カウンターでツタ拘束をしかける。

 「《クラック:チェンジオーナー》!」

 その隙を見て、ルゥがゴーレムの所有権を奪い、プログラムを書き換える。

 

 途端に、バイクの操縦が練度を増した。

 

 「くっ!」

 エンジンがひときわ激しい音を立て、凄まじい推力でピリの拘束を引きちぎる。

 距離を取り、素早くターンして向き直る。


 ルゥによるプログラムどおり、バイクは一行に敵意を向ける。


 「さあさあ、お立会いだ!」

 クロヴは、既に投擲準備を固めている。


 VROOM!

 バイクは一度空ぶかしすると。


 「来るよ!」

 フォボスめがけて、突っ込んできた!


 「《ディケ――」

 初手でカウンターを決めようとしたフォボスは、詠唱を取りやめる。

 なぜなら、当のバイクはフォボスの眼前でターンし、後輪による別角度からの攻撃を仕掛けてきたからだ。

 

 やむをえず、後ろにステップしてかわす。

 走り去り、逃れようとするバイクに対し、

 「アシッドボトル!」

 「《リタルダンド》!」

 クロヴが酸のボトルを投げ、メアが速度低下のデバフを入れる。

 ボトルは見事に機関部に命中する。デバフの方は、遅効性だ。


 バイクは姿を隠す。

 一行の周囲を回るように走り、陣形を乱す。


 「フォボスくん! 今度は後ろからだ! こっちに弾いて!」

 戦闘は、個人の技能だけで成り立つものではない。

 フォボスは、後方から奇襲を試みるバイクに対応し、後衛を挟むように立つ。


 次の攻撃は、ウィリーからの叩き潰し。

 「《ディフレクト》!」

 足を踏ん張り、降りてくるタイヤを横から殴って無理やりピリへ向けて弾く。

 カウンターは入れない。チームプレイを決めるため、成功率を上げる。


 「ンン、ン!」

 バイクを弾いた先で待ち構えていたピリは、盾を投げ捨て、両手でモーニングスターをバットめいて引いていた。

 

 「《スマイト》!」

 そして、バランスを崩したバイクゴーレムの頭部に向けて、振り抜く!


 CRAAASH! 頭部破砕!


 だが、バイクはまだ動く。ゴーレムとバイクのどちらが主かは分からぬが、とにかくまたもや走り去る!


 「《アイス・スパイク:ホールド》!」

 メアは次なる呪文を仕掛ける。

 魔術の発動とともに、土壌中の水分が冷却され、一行を守るようにまきびしのような罠を形成する!

 

 「上手いこと考えるじゃん。だけど、これはどうかな!」

 ルゥのプログラムは、メアの罠を想定している。

 ただ闇雲に突っ込むだけではタイヤがパンクし、動けなくなったところを袋叩きで終わるだろう。

 

 ならば、避ければ良い。


 「あいつ、罠を飛び越えるつもりだ!」

 フォボスが指差す。

 その方向には、小さな段差!


 バイクは遠くに離れ、段差めがけて突っ込んでくる! 前衛を飛び越え後衛轢殺待ったなしか!?


 「はン! むしろチャンスだ! メアちゃんが突撃ルートを狭めてくれたんだ、やりようはある!」

 クロヴは段差に差し掛かる直前にぶつかるよう、手投げ弾の一つを投擲!


 ジャンプ準備を終えていたバイクは避けられない!

 手投げ弾が爆発すると、ネバネバした黄色いゴムのような物体が楔とともに飛び散り、バイクを拘束!

 そして、《リタルダンド》の効果でのろのろと減速しながら、氷まきびしを避けることもできずに一行の目の前にその身を差し出す!


 「ここで決めて!」

 ピリの号令! まずフォボスが動く!


 「《エンチャント:ディケイ》!」

 爪に腐朽の魔力をまとわせ、ハンドルに一撃! 切断!


 「《ヒート・ウィップ》!」

 クロヴの追撃! 酸でサビて脆くなった機関部を薙ぎ払う!


 「《スローイング》!」

 ピリはモーニングスターを投げつけ、ゴーレムのコアにヒビを入れる!


 「メアさん! お願い!」

 フォボスの合図を受けたときには、メアの詠唱は終わっている!


 「行くよ! 《フローズン・ハンマー》!」

 上空に氷の鎚を呼び出し!


 「終われえええええっ!」


 魔力を注ぎ込み、叩き落とした!


 ◆◆


 SMAAAAAASH! 

 

 バイクごと大地を抉るその一撃は、放射状に広がる魔力をもって、ゴーレムの命を刈り取った。


 「……うん、オッケー。こっちからは、もうゴーレムに命令が出せない。依頼完了、だね」

 ルゥが宣言すると、フォボスとメアは地面にへたり込む。


 「やったぁ」

 ほとんど演習のようなものとはいえ、それでも自分たちの力で成し遂げたのだ。


 ぐぅ。


 息の上がっているフォボスから、空腹のシグナルが鳴る。


 気づけば太陽は真南から逸れ、訓練に掛かった時間の長さを伺わせる。


 「あー、そういやフォボスだけメシ食ってなかったっけな」

 クロヴはゴーレムの方へ駆け寄り、回収できる素材はないか目を光らせる。

 

 「ピリさんも、みかんだけじゃ足りないんじゃない?」

 指摘するメアも同様だ。

 戦闘にあたってベストなコンディションを維持するため、普段よりは抑えている。


 「うん。ちゃんと食べよう。クロヴ、回収は後にして」

 「今いいところなんだけど」

 「アーシが調理していいの?」

 「それは無理。俺様に任せな」


 会話を弾ませながら、一つ目の依頼が終わる。


 焼けたゴムの匂いから少しだけ離れ、簡素に食事をし。

 それから、壊れたバイクの中の、まだ使えそうな部品を引っ剥がして、クロヴが持ち帰って。


 それでとうとう帰路にいたる、というわけだ。


 ぐんぐんと伸びつつある竹林は夕焼けに照らされ、赤く輝く。

 《レビテイト》の効果で、ふわふわと浮きながら宿に向かう。


 「ありがと、ピリさん」

 フォボスはピリを見上げながら、はっきりと謝意を述べる。


 「ん」

 ピリの方は、やや満足げに、その言葉を受け入れた。


 ◆◆


 一行は無事に乙の領域へ戻り、一日休んでから二つ目の依頼へ挑んだ。


 さて、読者諸君は、もしかしたら覚えているかもしれないが。


 依頼書の中に、『ヒュプノハンドを首魁とするフローティングハンドの巣を殲滅せよ』、というものがあったはずだ。


 「どこの地域でもあるんだなあ、フローティングハンドの被害」

 かつての敗北がメアの脳裏によぎる。

 苦い経験だった。


 その話を、クロヴとピリに共有する。

 

 「エンチャントした《シールド》で押しつぶし、ねえ。悪くはねえよ。ただ――」


 クロヴは、グレネードを片手で弄りながら続ける。


 「洞窟が分岐してた場合が厄介なんだよな。壁を無尽蔵に増やせるわけでもないだろ?」

 ハンドたちの巣の入口に、グレネードを三つほど設置。


 「まあそれは、うん。ところで、それはなに?」

 メアが咎めると、クロヴは「殺鼠剤ガスグレネード」と答えた。


 「殺鼠剤……。ネズミ用のだよね。アンデッドに効くの?」

 今度はルゥが問う。答えは、「多分」だった。


 「原理的には効くはずなんだよな。魔力を漏出させて、生命維持を難しくする系の毒ガスだから、小型のアンデッドにもきっと効く」


 入口から離れ、メアに向けて合図を送る。


 「《シールド》でいいの?」

 確認を受け、「おう」と頷く。


 「《ロングタイム・マジック》《エクステンド・マジック》《リミテッド・マジック》《シールド》」

 三重に強化した光の防護盾は、洞窟の入口を塞ぐように設置される。


 「おっけ、そのままで。壁は動かさなくていいぞ」

 クロヴは何やら小型の装置を操作し。

 ガチャガチャといくつかボタンを押した後、また《ポケット・ディメンジョン》に投げ込んだ。


 「毎度思うけど、ドワーフってすごいわね。昨日寝る前に何か作ってたと思ったら、もう今日には完成してる」

 ピリは、念のためにと軽装で戦闘準備を整えている。

 武器は革のグローブ。ハンド相手であれば、これでいい。


 「うっし、起動したみたいだな」

 壁の向こうから、煙が吹き出すような音が聞こえてくる。

 その音に混じり、メアの《シールド》をドンドンと叩くような衝撃も響く。

 

 「ちょっとくさいかも」

 フォボスが鼻をつまむ。

 アンデッドが滅んで魔力に変わる甘い匂いと、わずかに漏れてくる殺鼠剤の刺激臭が漂い、生者にとってあまり良い空気ではなさそうだ。

 その上、獣人は嗅覚が敏感ということもあろう。


 「我慢しろ。それか、さっき覚えた《リフレッシュ》を使え。こうすりゃ待ってるだけで依頼が終わるんだ。楽ってサイコーだろ?」

 それもそうである。

 フォボスは迷わず《リフレッシュ》を唱え、気分を回復させた。

 

 「前のハンド駆除のときも思ったけど、これって冒険ってよりは害虫駆除だよねえ」

 ハンドが盾を叩く衝撃に顔をしかめながら、メアが漏らす。


 「ボクは楽してお金貰えるなら楽したいけどねー」

 「そこはアーシも同じ」


 警戒は怠らずに、雑談を続ける。


 五分くらいそうしていただろうか。


 やがて、ハンドが一つ一つ力尽き、消滅してゆく。

 盾を叩く音もピタリと止み、周囲からカエルや雛鳥の鳴く音が聞こえてくるようになる。


 「《センス:アンデッド》」

 ピリの索敵呪文も、洞窟内のアンデッドが全て無力化されたことを知らせてくれた。


 「《ヴェンティレーション》」

 次にルゥが換気の呪文を発動し、洞窟内に残ったガスを排出。

 フォボスを先頭に突入し、他に魔物が居ないか探る。


 結果としては、危ないものは何もなかった。


 依頼終了、即日帰還。

 宿に戻るときも、至って平和だった。


 強いて言うなら、かつてヒュプノハンドに連れ込まれ、既に骨だけとなっていた動物が下級のマジックアイテム素材として役立ちそうなので、それだけクロヴが回収したくらいだろうか。


 一行は乙港城市の冒険者ギルドで諸々の報告を済ませ、いくつかの書類を書く。

 

 これで、当面はよしというわけだ。


 麗の領域前に、再び戻る。


 「ふふ」

 かつてフォボスたちを跳ね除けた門番の女性は、破顔する。


 「とにかく、これで貴方がたは紫宸龍宮における居住権を手に入れたわけですね。おめでとうございます」

 パチパチと手をたたき、祝福。


 「ということは、我々麗の領域に――」

 言葉を続けようとした彼女を、ピリが制する。


 「いやあ、そうしたいのは山々だったんだけど」


 言いづらそうなピリを、ルゥが補う。

 

 「滞在権ギリギリまで宿取っちゃってるからもったいないし。何より、あっちがフォボスくんに会いたいって言ってきたのにこっちが努力しなきゃ会ってくれないのって、逆に麗梅恭リメイゴンさんのほうが無礼じゃない?」

 「それは……」

 

 ぐうの音も出ないようだ。


 「そういうわけで、ボクたちは暫くその門はくぐらない。勿論、麗梅恭リメイゴン氏が偉い人ってのは知ってる。だけど、そっちが言ってきた麗家のルールに従うんだったら、向こうから訪ねて来てほしいよね!」


 ルゥは言うだけ言って、フォボスの体を操って脱兎のように逃げ去ってしまう。


 それを追うメアと、門番に両手を合わせて平謝りするピリ。

 クロヴはやれやれと肩をすくめ、ピリに合わせた。


 ◆◆


 夜闇、麗家の大屋敷。その離れ。


 「なるほど」

 顎から長い髭をはやした武人は、かの門番から上がってきた報告を受け、拳を握る。


 「あれをこの国に呼び込むため、ミトラ=ゲ=テーア国にどれだけのシェルを払ったと思っている」

 

 ――舐められている。

 彼は、単にそう感じた。


 計画を進めるためには、かの神子にはもっと従順になってもらわねばならない。


 人差し指と中指を伸ばして揃え、報告書類をひと撫で。

 すると、書類は梅色に燃え、塵と化した。


 報告を上げた側近は失禁をこらえ、次の言葉を待つ。


 下された命令は、シンプルだ。


 「ミトラ=ゲ=テーアの使者を、殺せ」


 彼はそれだけ言い放ち、閨へと姿を消した。


 【続く】

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