オドくんの温泉旅行:破【温かな泉に身を浸しながら】
(今パートの舞台と人物まとめ)
辺境サヴィニアック:大陸東部の国家、ソルモンテーユ皇国の領地。南東の軍事国家シュヴェルトハーゲンに隣接している区域。穀物がよく育つ気候。温泉も湧く。
オド:主人公。異世界転移者。男の娘。膨大な魔力を持つ
レシュ:オドの護衛。ラミア。オドに恋慕
アルム:オドの友人。人間。男の娘。同性愛者
クレオネス:オドの従者。下半身が象のケンタウロス。巨躯。堅物
セレスティナ:大公家の子女。今は辺境伯夫人。実業家向き
【赤の神子】ナナ・サオトメ:異世界転移者。シュヴェルトハーゲンの王子に裏切られ、傷心
【赤の従徒】リコ・キヌカワ:異世界転移者。ハード系エンジニア。曰く、“おもしれー女”
◆◆
(あらすじ:オド一行が受けた依頼、それはドラゴン退治。国境付近に陣取る大物を、国家に縛られない存在が征伐する。でもその前に温泉に入ろうよ! せっかく湧くんだしさ!)
畳、掘りごたつ。机に置かれた、甘い柑橘。
辺境サヴィニアック。行楽地化は頓挫したが、その過程で他国からの技術を取り入れ作られた建物が、いくらかは継承されている。
紫宸龍宮の職人がデザインしたというその旅館は、一部の異世界人にとってはノスタルジーを感じさせるものであった。
「ふー。クレオネスと一緒に入れる温泉宿、早めに見つかってよかった」
仲間の荷物整理を眺めながら、オドは深く息を吐く。
彼自身の荷物は、《エクステンド・ストレージ》の掛かったポシェットに集約されているので、特にやることがない。武器類も無いため、他の皆に呼ばれたら手伝うくらいだ。
「己のことは気にするなと言っただろうに」
クレオネスはそう言いつつも、嬉しそうだ。尻尾を見れば分かる。
「こいつが仲間を見捨てたりすると思う? むしろ最後まで自分を犠牲にしそうじゃない?」
アルムはコンパクトに纏めた荷物を指差し確認し、不足がないかどうか確かめている。
なお、レシュは。
「えへへへ、オドと温泉……オドと温泉だ……」
などと浮足立っており、荷物整理どころではなさそうだったので、アルムが仕切った。
「そこの色ボケはともかく、今のうちに寝る場所決めない? この部屋、クレオネス入りの四人だと流石に狭いから、もしかしたらもうひと部屋借りたほうが良いかも」
確かにな、とクレオネスも同意。
「分けるとしたら二人ずつなのかなあ」
オドがそう提案すると、レシュが「アタシ、オドの隣が良いなあ」とすり寄ってくる。
「だよね、レシュはそう言うと思ってた。僕は別にいいけど。クレオネスは?」
呆れるアルム。実際のところ、彼も大概な快楽主義者ではある。
「レシュがちゃんと護衛をやってくれるのなら、何も言わん」
是認。部屋割りが決まったので手続きを行う。
ただし、夕飯は一緒に食べよう、となった。
さて。
所々の雑務が終わったところで。
ようやく、温泉に入る時間が来た。
「こん……よく……?」
これは、オドの台詞だ。
更衣室の前、彼の視線の先には、木の看板。
“本施設は、混浴となっております。予めご了承下さい。”とのことである。
「……よく見てなかったのか?」
「うん」
頭を抱えるクレオネス。オドは、男の娘とはいえ、既に思春期である。多感な彼の成長に気づかなかった自身を頭の中で叱責しながら、次の行動を問う。
「いや、行くよ。勇気を出さなきゃ。レシュの前でも堂々としてやるんだ」
実際、宿を選ぶ上でレシュに誘導されていた、という面はある。
なお、アルムは当然気づいた上で混浴宿に入るオドを眺めており、彼も彼で曲者だった。
意を決し、更衣室に。ロッカーに着ていた服を押し込み、バスタオルを装備。
「うう、貧相だって言われないかな」
胸まで隠し、ぎゅっと握る。
確かに彼はスレンダーな方ではあるが、最近の旅を通して筋肉自体は育っているようだ。
「普通に健康的で良いと思うよ? 元の世界だとモテるんじゃない?」
アルムのバスタオルは腰のあたりで結ばれている。彼は職業上、遺跡のトラップに衣服を持っていかれることが多いため、肌を見せるのには慣れていた。
「ほら、行くぞ」
クレオネスは元から全裸である。彼の全身には、身体強化の術が施されたタトゥーが彫られている。下半身が象ということもあり、下手に衣服を着用すると走行に差し支えるということもあるが、そもそもが筋肉の塊のような存在なので、特に恥じらってはいないのだ。
「くーっ、どうにでもなれ!」
意を決し、温泉へと続く大戸に手をかける。大きめの種族でも通れるドアを、どうにか押し開く。
一歩踏み出した彼らを迎え入れたのは、湯気と熱。
外の寒さとは打って変わって、この空間は暖かな蒸気に満たされている。
「転ぶなよ、我が主」
水に濡れた熱鉱石の床は、油断すると滑ってしまいそうだ。走れば転ぶに違いない。
浴槽の中のお湯は透明で、先客は二人。どちらも、浴槽に身を沈めている。
一方は、明るい茶色の髪と目をした、出るところは出ているお姉さん。オドに気づくと手を振り、にこやかにウィンクする。
「あ、どうも」
オドは辛うじて愛想笑いを浮かべ、いそいそと洗い場に向かう。
彼の声を聴くまで浴槽のフチに体を預けていた黒髪黒目の女性。
相方がオド一行に反応した途端、「うっそ!? ここ混浴!? マジ!?」と絶叫し、持っていたタオルを急いで装着した。
「だからナナは『バスタオル巻いといて』って言ったのに。ね、なすびちゃん?」
指摘した方の名前は、ナナ・サオトメ。
何を隠そう、赤の神子本人である。
「というかアンタも早速対他人モードじゃない。こんな辺境の宿に何人も来るとか想定できるわけないじゃん……裸見られたでしょ絶対……」
縮こまり、口に空気を含んでぶくぶくと泡を立てる彼女は、リコ・キヌカワ。下の名前を異世界の文字で表記すると茄子と間違われやすいので、この世界でも茄子絡みの偽名をよく名乗っている。
彼女に関しては、ナナと一緒に召喚された、赤の従徒である。ここに至るまでに壮大な冒険があったのだが、ここでは詳しい説明はやめておこう。
そうしている間にも、女性用更衣室からまた一人入ってくる。今度はラミア。オドを探し、目に入れた途端するすると寄っていくあたり、彼らは一つのパーティなのだろうと、赤の神子一行は理解する。
「それにしても、この世界って種族めっちゃ多いよね」
「うん」
人間、
オドに下半身を洗われるクレオネスを見て、ぼんやりとしたやり取りを行う。
「なすびちゃんの恋人だって竜人のクオーターなんでしょ? 顔もいいし。落とすテク、教えるよ?」
「んな恋人って感じじゃないし。私なんかのものにしていい男じゃないでしょ、アドラムは」
アドラム・メッゲンドルファー。なんやかんやあって、クーデターの後に国家元帥の座を押し付けられた男である。このセリフを本人が聞けば、傷つくに違いない。
「そう? ナナはお似合いだと思うけどな」
「こいつ……」
クーデター絡みのゴタゴタで、端的に言えばナナは傷心である。シュヴェルトハーゲンの王子から、それはもう手酷い裏切りにあったのだ。
(揉んでやろうかてめー)という声を出す代わりに、表情で威嚇する。あくまでこれはナナの傷心旅行だ。
神殿から引っ張り出したのはリコだけど。
オド一行が体を洗い終え、浴槽にやってくる。
「……ん?」
先程は気づかなかったが、彼の顔には見覚えがある。ナナも同様の違和感を得ているようだ。
レシュが一足先に浴槽に入り、二人に問いかける。
「どしたの? オドはもしかしてこーゆーのが好み?」
先客の顔を見た瞬間、話に割って入ったのはアルムだ。
「というか、お姉さんたち赤の神子だよね? 三ヶ月前の異変で大陸東側で活躍してたじゃん。ほら、オドも挨拶して」
彼に背中を押され、オドは慌ただしくお辞儀。
「え? あっ、あのときの! ありがとうございました! オドと言います!」
黒の神子ね、とレシュから補足が入る。お互いの顔は稀に新聞に載るので、何となく分かるのだ。
一方の赤の神子一行は。
「うーわ最悪。バレてる」
「これ大丈夫? ナナ、シュヴェルトハーゲンに戻れなくなったりしない?」
若干青ざめている。実のところ、彼女たちは密入国者でこそないのだが、シュヴェルトハーゲンからソルモンテーユに入国するにあたり、やや強引な手段を使っている。
オドは浴槽に入り、赤の神子一行の隣に移動し。
「内緒にしたほうが、良いですか?」
と小声でナナに耳打ち。
「うん。赤の神子が居たことはナイショにして?」
唇に人差し指を当て。
もう片方の手で、オドの頬に手を当てる。
お互いの虹彩の模様すら見える距離まで顔を近づけて、ウィンク。
「――!!」
オドは赤くなり、とっさに距離を取って頷いた。
「子供には刺激が強かったかな? ごめんね?」
あくまでナナは平然と、元の体勢に戻る。レシュの方を見ると、蛇のように威嚇していた。
「よくシラフでそーゆーことできるよね、私には逆立ちしたって無理だわ」
「そう? 案外“やる必要があれば何でもやる”よね? なすびちゃん」
答えは、無表情での抗議の胸揉みだった。
オドパーティの残りも石造りの浴槽に入る。
クレオネスが座ると、フチから少しだけお湯が溢れ出した。
「まあ、自分で言うのもなんだけど、結果としてクーデターも起きちゃったわけだし、やる必要が出たらやるんだろうなあ、色仕掛け」
これは諦念というよりは、“そうしたほうが確実に目的を達成できるからやる”というリコのスタンスによるものである。彼女の思考パターンは実に明快であり、その割に小市民を自称している。
それゆえに『おもしれー女』と呼ばれたことは数しれない。
「それにしたって、こんな子供が世界を救ったとはねえ」
「ジロジロと見ないでくださいよお」
オドは恥じらう。レシュがその姿を見て頬を染めているが、今は放っておこう。
「言っておくが、我が主は己よりも強いぞ。特に魔力は類稀なるレベルだ。赤の神子よ、貴公らも戦闘はできる方なのではないか?」
探りを入れる。クレオネスについて、実は三欲はしっかりあるのだが、ケンタウロス以外には興味が無いので平然と会話できている。
「うーん、私は生身だと一般人。でも、鉱石と工具があったらなんとか武装は作れるかな。それ装備して戦う感じ」
素直に答える。リコは元の世界だとハードウェア系のエンジニアである。ディータを持ち込めるなら、ひたすら修理する戦法も取れる。
「ナナは戦うの無理。男が居たらバフを掛けられるんだけど、それが終わったらやることないなー」
ナナはソフトウェアの知識があるOLだ。その技術自体は対ディータでも通用する。それとは別に、転移の際に男を惑わせる体質がスキルとして転化し、男性限定のバフやデバフとして扱えるようになっていた。
「むう、そうか。神子も三者三様なのだな」
少しがっかりするクレオネス。
「戦いたかったの?」
アルムの問いに「うむ」と答えた。
「いやフツーに考えてクレオネスさんと戦ったら一瞬でミンチでしょ」
「そうか? オドは呪文一つで己の突進を弾いたが」
こともなげに語る。
うげえ、と半信半疑なリコをよそに、ナナが煽る。
「ほんとかなあ? じゃあ、ナナはオドくんの魔法見たいなー」
「ちょっとナナさー」
あくまでリコは面倒を避けるという方針のようだが、オドは彼女の制止を振り切り、立ち上がる。
「今日はもう魔力使わないし、良い?」
他の三人は肯定する。
今からやるのは宴会芸のようなものだ。一行は何回か目にしている。
「お? 見せてくれるの? いいよいいよー!」
ナナがさらに煽る。リコも、渋々といった顔でオドの方に目をやる。
「じゃあ、やるね」
宣言とともに、右の掌を上に向け、魔力を集め始める。
「ゲームの悪いボスがやるポーズだ」とリコ。
体内の魔力を循環させ、掌に集める。
「んん、ん――」
目を閉じ、集中する。体から溢れた魔力が光球となり辺りを舞うが、それすらも右手に集中していく。
「わあ、きれい。ナナこれ好きだな」
素直な感想だ。
「言っとくけど、これまだ詠唱中だから」
釘を差したのはレシュ。
実際、光球を出すだけならば、一般的な陽光属性の使い手にはできる。
問題は、この呪文が鉱石属性に分類されることだ。
視認できるほどの、凝縮された魔力。
それを、オドは言葉を以て、具象に落とし込む。
「《メイク:オブジェクト》」
詠唱が終わると眩い光は失せ、手の中には角砂糖ほどの大きさを持ったキューブが残される。
脱衣所から漏れる光を受け、玉虫色に照らし返すそれは、尋常のものではないと赤の神子は理解する。
マナタイト。
世界に散らばる魔力を集め、気が遠くなるほどに圧縮し、やがて金属に近い性質を得た、伝説の鉱物。
その小さいインゴットが、オドの手にあった。己の魔力で生成したのだ。
「……マ?」
リコは目を疑う。彼女は、その価値を既に知っている。
「なすびちゃん?」
目の色を変えたリコは、すいすいとオドの前に進み出る。
「えっと、触っていい?」
どうぞ、とオド。
「ありがと」
マナタイト・インゴットは、小さいながらも質量を感じさせるものだった。
浴槽に沈めるとわずかにマナが溶け出し、その場の全員の疲労を癒やしてゆく。
「うわー。話には聞いたことがあるけど、実物見るのは流石に初めてだわ」
「なすびちゃんが興奮してる。そんなにすごいの?」
ナナは少し引いているが。
「えっと、加工法は色々あるけど、分かりやすいところだと、これでノーマル品のナイフをコーティングしたらアダマンタイトがバターみたいに切れる。
物理的に切断できるというよりは魔法の出力だから永続的に使えるって感じじゃないけど、コーティングが生きてる間はどんなに下手な加工でもマスターピース級相当にはなる」
「リコさん?」
彼女の技術者としての側面である。
こうなると、暫く止まらない。オドは唖然としている。
「しかも、コーティングはもっともシンプルな方法。
応用的なのを一つ話すと、マナタイトは触媒にもなる。
魔力相転移って分かるかな。同じマナを吸収しても、術者によって出力が火炎だったり冷気だったりするやつ。
マナタイトをうまく使うと、ある素材、例えばアイスゴーレムの欠片とかでいいかな。
その魔力の特性を、冷気から鉱石にアレンジできるようになるんだよね。これで何が嬉しいかというと、同じ素材から術者に合わせた装備が作れて――」
「うん、ごめん。なすびちゃんがこうなると十分くらいそのままだから。暫く聞き流そう」
ナナは、流石に慣れている。
そういうわけで、一行は聞き流した。
なお、オドだけは真面目に聞いていた。
きっかり十分後。
「――ってこと! わかった?」
「わかりました! ご教授ありがとうございます!」
オドとリコはともかく、残りは話の輪から外れ、雑談をしている。
内容については、ここでは割愛しよう。
とにかく、話が一区切り付いて、赤の神子たちは上がるようだ。
「じゃあ、ナナたちはのぼせちゃうから、先に。くれぐれもこのことは、内密に、ね?」
「オドくん、筋が良いなあ。今度また、シュヴェルトハーゲンに来てよ。話は通しておくからさ」
浴槽から上がり、滴るお湯を拭きながら、彼女たちは脱衣所に戻ってゆく。
「はい! 貴重なお話ありがとうございました!」
一礼し、見送る。
彼女たちがドアをくぐり、若干の静寂。
その静寂は、脱衣所の慌ただしい喧騒にかき消される。
「……ん?」
アルムは訝しむ。彼はレシュに目配せし、様子を見るように促す。
「トラブってる?」
オドの問いには、肯定。
レシュが慎重に女性脱衣所ドアに近づき、聞き耳。男性には、この仕事はできない。
(こっちに来る)とレシュ。クレオネスが立ち上がり、徒手で警戒する。
程なくして、喧騒の主がドアを勢いよく開け放った。
現れたのは、光を放つような金髪碧眼にして、透き通るような白磁の肌を持った美女だ。
バスタオルなど彼女には不要。何故なら彼女の体に隠すような点などなし。センシティブなあれやこれは、湯気と謎の光がどうにかしてくれる。
「おーっほっほっほ! 強い魔力反応があると思ってきてみれば! 赤の神子に黒の神子がお揃いではありませんか! いくら腹黒とはいえレヴィもようやく戦力を回してくれることにしましたのね!」
初手顔バレである。
その女性は才色兼備、この場においても大輪の薔薇のような凄まじい存在感を放つ。
彼女の名は、セレスティナ・デュ・サンクトレナール。サヴィニアック辺境伯夫人である。
《ストレングス》の呪符で強化した腕力で、赤の神子一行を両手に抱え、引きずっている。
「いきなり腰をガシっと掴むのはレディとしてどうかと思うなー」
ナナの不平を無視し、首を掴まれた猫のようにだらりとした二人を、浴槽に放り込む。
「おっと」
クレオネスが彼女たちをキャッチし、慎重に浴槽に置く。溺れられたら大変だ。
「……。《レッサー・ヒール》」
オドは念のため、擦り傷のケアをしておく。
彼は目のやり場に困っている。なんせ全裸だ。逃げ場がない。
「辺境伯夫人。ご機嫌麗しゅう」
そういうことで、対応するのはアルム。その言葉で、一行は彼女が間接的な依頼者だと気づく。
「ふふ、まあよいでしょう。わたくしの肢体は思春期の子供には刺激が強すぎますからね。早速、要件と行きましょうか」
雑にかけ湯をし、ざぶんとダイブ。
「改めて依頼を致しますわ。黒の神子と赤の神子。ターゲットは、シュヴェルトハーゲンとの国境沿いに陣取る
「ナナも!?」
先程、『戦えない』と言った途端にこれである。
オドらが持つ手紙の情報については特にナナと共有していないが、セレスティナとしては誰がやるかは興味がないらしい。
「あら。でも、殿方相手のバフは機能するのでしょう? サヴィニアックには才人がほとんど居ませんからね。使えるものは何でも使いますの」
「うっ、しっかり調べられてる……」
こうなってくると、国境警備隊に対するお願いもバレているに違いない。
要は、逃げられなさそうということだ。
「報酬は、ドラゴンが溜め込んでいるであろう宝物の全て。いかがでしょう?」
黒の神子一行としては、答えは決まっている。
「僕たちは王女様の依頼を受けて、もともとやるつもりでここに来たから問題ない。でも、条件が良すぎる気がするけど、どういう魂胆?」
相手が直球で来るなら、こっちも同じように返す。
腹の探り合いというよりは、利害の調整だ。
「このサヴィニアック領にとって、多少の宝物よりも、あのドラゴンが居なくなった後に生まれる継続的な利益のほうが遥かに大きいですわ。
それに、あの宝物の殆どはシュヴェルトハーゲンから集めてきたものでしょう。下手に手を付けたくはありませんの」
セレスティナは横目でナナの方を見るが、割って入ったのはリコだ。
「まあ、ドラゴンの色が分かれば装備は即席で作れるから、私は前線に出れなくもないけど」
うげぇ、受ける気なんだ。とナナ。“リコは『やる』モードだ”と理解する。
「ナナ、戦いたくないなあ」
「言うてやるしかないでしょ。オドくんのマナタイトを使うのが前提だけど、私が超すごい装備作ってあげる。後ろでバフ炊くだけでいいから。ね?」
お願いしたつもりが、逆に説得される。
残念ながら、ナナの魅了は同性には通用しないのであった。
「では、これで決まりですわね。ドラゴンの色は赤。装備に使えそうな素材を提供するよう、鍛冶組合に《メッセージ》を飛ばしておきましょう」
「ん、分かった。じゃあ、私たちは今度こそ上がるから。オドくん、明日またこの宿で落ち合おう」
とんでもないことになっちゃったなあ、とぼやきながらも、赤の神子一行は退出していく。
「さて。わたくしは暫く、このわびしい温泉に浸かると致しますわ」
セレスティナは両手を広げ、ゆったりしている。
「うーん、オドが完全に真っ赤になってるし、これは僕たちも上がったほうが良さそうだ」
辛うじてオドはこく、こくと頷くばかりだ。
「そう? アタシはもう少し居るつもりだけど」
と、レシュ。
「なら、わたくしと二人でお話しませんこと? 彼らが居なくなれば、女同士色々話せることもありましょう」
「ふむ、ならば、己らは一足先に去ろう。よい湯であった」
そういうわけで、各自の方針が決まる。
オドたちが浴槽から上がり、背中を向けたことを確認し、セレスティナはレシュに耳打ちを始める――。
◆◆
夜。
食事を終え、皆が寝静まった後。
「んふふ」
打ち合わせ通り、オドとレシュは同室となったわけで。
「大丈夫。セレスティナさんの言ったとおりなら、多分アタシにもやれる」
レシュは、布団の中で丸まっているオドを、真上から見下ろしている。
「男は押しに弱い。ということは、オドも多分、押せば落とせる」
緊張に高まる胸を抑え、あくまで冷静であるように心がける。
……まあ、これから夜這いしようというのに冷静も何もない、というのはあろうが。
「この布団の中にオドが居る。無防備に、ぐっすり」
オドが寝ているとき、意識は異世界の方にあるのかな? などと思いながら、布団の端に手をかける。
布団を持ち上げ、その中に己の体をねじ込む。
(気づく気配がない……)
そのままオドの巫女服をはだけさせ、己の鱗で肌に触れる。
「可愛い」
彼女の眼差しは、かつて集落の姉が、オドに向けたものと同じで。
「逃げられないようにしちゃおう」
蛇の下半身で、がっちりと。
狩りのように、入念に拘束する。
準備は、できた。
「ちゅっ」
まずは、キス。
私にとってはファーストキスだ。オドにとっては違うけれど。
「へへへ、ドキドキする」
華奢な体を抱きしめ、体温を味わう。
ずっとこうしていたい、とすら思える時が、過ぎてゆく。
「……んう?」
流石に目覚めたか。
自らの置かれた状況に気づいたオドの体が、こわばる。
「《チャーム》」
魅了の魔法は、流石にレジストされる。
この魔法は姉よりうまく使えると自負しているが、彼も抵抗がうまくなっている。運頼みだ、これは仕方がない。
「好き、大好き」
包み隠さず、己のすべてを打ち明ける。
「……」
オドは、何も言わない。
返答を待たず、愛撫を始める。
彼の耳元で、昔に教わった卑猥な言葉を投げかけながら、反応を見る。
オドの表情が歪む。
目尻に温かい液体が染み出し、嗚咽。
……あれ?
もしかして、この反応は――!
◆◆
夜が明け、翌朝。
レシュは、アルムが即席で作った“反省”の札を持たされ、クレオネスの前に座らされている。
「で、結局どーなったかってゆーと、ギャン泣きされて、後は皆の知っての通り」
結局のところ、夜這いは失敗である。
途中でオドの目が覚めるまでは、レシュも想定はしていた。
ただ、その後に声を上げ、号泣。
オドの危機を察知したアルムが即座にやってきて、状況を把握すると、彼は無言で仁王立ち。
有無を言わさず威圧する彼に、流石のレシュも行為を中断し、ごめんなさいと言う他なかった、という話だ。
「レシュ」
「はい」
クレオネスも呆れている。
「護衛が護衛対象を襲ってどうする」
「ぐっ」
正論である。
今回ばかりは、いくら唆されたからと言ってもレシュが悪い。
とはいえ、襲った上で明確に拒絶された彼女も、それはそれで傷つく話ではある。
「やっぱ、おっぱいとかあったほうが良いのかな。こう、もっとアタシが、セレスティナさんのようなお姉さんだったら違ったのかな」
目に涙が浮かぶ。彼女もそろそろ限界だ。
オドはクレオネスの背後で背中を丸め、申し訳無さそうにしている。
彼としては、泣き顔を見られるのは相当恥ずかしかったし、受け入れようとしなかった自分に対し、それはもうかなり葛藤している。
その感情もあって、レシュを許してやってほしいとは言ったが、パーティとしてけじめが必要ゆえにこういう儀式をしていることも、理解はしていた。
「まあ、オドが良いって言ってるし、このくらいにしない? あんまり朝食が遅れると赤の神子さん来ちゃうよ」
アルムが仲裁。この場でバランスを保てるのは、彼しか居ない。
「む、こうなれば致し方あるまい。己にとっては、我が主が無事でありさえすれば良い。広間に向かうぞ」
レシュは、オドと一緒にトボトボと着いていく。
この日の朝食が、ろくに二人の喉を通らなかったことは、ご想像のとおりである。
【続く】
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