オドくんの温泉旅行:急【徒手にて龍を狩るもの】

 (あらすじ:ドラゴンを、狩ろう!)


 「敵襲だーッ!」

 「はぁ!?」


 それは、リコの作成した装備を身につけ、いざドラゴン討伐へ行こうと意気込んだ矢先に。

 「国境方面から中級の魔物が大量に出たぞーッ! 戦えるものは居ないかーッ!?」

 衛視が《クリアー・ヴォイス》によって拡大した声で、宿場街全体に危機を知らせる。


 「我が主よ、救援に行くぞ!」

 「分かった。《アクセラレイト》!」

 クレオネスの目の色が変わる。アルム、レシュも即座に反応し、搭乗。


 「えっ?」

 唐突な状況に、戸惑いを隠せないナナ。


 「お姉さんたちは正規軍を呼びに行って! 移動手段、あるんでしょ!」

 アルムが赤の神子に向けて叫ぶ。

 「任せろ! ほら、ナナ! 乗って!」

 彼女の傍らには、大型バイクのオートマトン。

 ナナの肩を叩いて正気づかせ、慣れた様子で乗り込む。


 「ツィークル! サヴィニアックの軍詰め所、分かる!?」

 「《ロケーション》。発見しました」

 リコが勝手にツィークルと名付けたバイクには、幾らかの呪文が仕込まれている。


 「ヘルメット、着けたよ」

 ナナも乗り込んだようだ。

 「よし! じゃあ、さっきのクレオネスって人に対して《ピン》立てといて。後で合流する!」

 「ジョブに加えました。自動走行を開始します」

 「ナナ、掴まって!」

 

 駆動音。マフラーから高温の蒸気を吹き、急加速。


 それぞれのパーティが、互いから見て豆粒のように小さくなっていく。

 

 「あちらはあちらで大丈夫だろう。オド、レシュ。戦えるか?」

 クレオネスは全速力で宿場街の門に向かいながら、己の背に乗った二人を気遣う。

 「大丈夫。やれると思う」

 「このストレスは魔物にぶつけるべきよね!」

 とりあえずは復活したらしい。

 

 アルムが、クレオネスの肩から覗くようにして前方を確認する。

 「このスピードだと三十秒もあれば着くよ。自然系の魔物が大半。物理、火、鉱石の攻撃が来るかも。生命も過剰回復に注意して。バフお願い」

 物理と火については、事前にリコの装備で対策が済んでいる。

 「分かった。《マス・ダメージ・カット》、《マス・バーチャル・タフネス》!」

 「《クラブ・スキン》!」

 「《ヒート・マッスル》、《ファナティシズム》!」

 各々呪文を掛け、戦闘準備を整える。


 衛視が、全速力で走りくる黒の神子一行を視認する。

 「あなた方は!?」

 「戦力! 正規軍が来るまで場を繋ぐよ! 軍が来たらわたしたちはそのまま進軍してドラゴンを倒す!」

 オドの言葉で、味方であると共有。


 「わかりました! 微力ながらお力添えいたします!」

 弓を装備し、《ステイシス・アロー》の術を矢筒全体に掛ける。時間稼ぎを手伝ってくれそうだ。


 「揺れるぞ!」

 宿場街の、小さい門に激突する寸前でクレオネスがジャンプ。

 上りゆく太陽を背景に、門を飛び越え。

 ジェットコースターのような浮遊感を得たのち、着地。

 

 「よっと」

 アルムとレシュは地上に降りる。オドはクレオネスの背に乗ったままだ。


 「さて、第一陣」

 一行は前方の魔物の群れを見据える。

 群れ自体は、大量のリビングアイヴィーとキノコウルフ。それぞれ五十体程度。このあたりは、民兵でも装備があれば簡単に駆除できる程度のものだ。


 だが、群れの先頭の魔物は格が違う。

 何か、硬くて丸く、大きなものが跳ねながら接近している。

 相当な質量があるのか、定期的に「ドスン」という音とともに着地し、地表を揺らしている。


 「バウンシングロックかな?」

 アルムの推測だが、ほぼこれで間違いない。

 この魔物は、要は意志持ち跳ねる岩塊である。

 生まれたときは小さい石ころだったそれは、徐々に周辺の土や岩、鉱石を食い散らかし、成長してゆく。

 対象は、目算で直径三メートル。

 これだけ大きければ、宿場街の門など一瞬でスクラップだ。


 「分かった。バウンシングロックの勢いはわたしが止める。クレオネスは追撃して。残りは火に弱いから、アルムとレシュでまとめて駆除」

 「りょーかい!」


 戦術、構築完了。

 バウンシングロックは群れから少し突出している。

 そこに、隙があった。

 クレオネスを認識した岩の魔物は、ひときわ高く跳ね、即座の圧殺を試みる。


 死の砲弾を目にする彼は、ただ己の得物を構え、スプリント選手のように力を溜める。

 大盾と、大槌。並のヒトならば両手でも構えられないそれを、悠々と片手に持つ。


 彼は、己の身に加わるである衝撃を予想していない。

 当然だ。激突の直前、オドの呪文が割り込む。

 「《アイアス・シールド:バッシュ》!」

 光の盾が召喚され、バウンシングロックに向けて押し出される。


 ゴォオン! という重い音とともに、魔物の企みは失敗に終わった。

 弾かれたバウンシングロックには大きなヒビが入る。

 致命ではない。この程度であれば、この宿場街を無視し、どこか別のところで岩を食らえばもとに戻る。


 だが、バウンシングロックは怒りに燃えている。

 ドラゴンに巣を荒らされたこと、いつも通り進路にあるものを押しつぶそうとして、邪魔されたこと。

 「――!」

 バウンシングロックは再度の突撃を試みる。

 今度は放物線ではなく、直線的に。

 ドッ、と土を蹴り、飛び込む。


 「《アイアス・シールド》!」

 結果として、その突撃は阻まれる。

 二回ほど無様にバウンドし、ヒビが増えた体に叩き込まれたのは、クレオネスが右手に持った大槌による、上段からの一撃。


 「――!?」

 バフによる打撃力増加もさることながら、素で鍛え上げられた筋力も相まって、バウンシングロックは粉砕。その生命を散らすこととなる。

 「グッジョブ!」

 オドのねぎらいを受け、残身するクレオネスは嬉しそうだ。


 一方、レシュとアルム。

 「イスカーツェル崩壊直後の、大昔の魔術師ってさ、複数属性の魔法を同時に唱えて、あたかも一つの魔法ですってのを平気でやってたみたいなんだよね」

 アルムは風の魔力を溜め、レシュの行動を伺う。


 「何よ。今からアタシたちがやること、誰かの二番煎じだって言いたいの?」

 レシュの方は火の魔力。生成した石槍に術を込め、タイミングを見計らっている。


 「逆だよ。誰かがやってるから、安心して戦術に取り入れられるって意味」

 「そ」

 バウンシングロックが破壊されたことを確認し、砂塵の奥を見通す。


 「ん、今だ!」

 蛇の全身をフルに使い、力を込め。

 「せー、のっ!」

 敵陣の中心に向け、燃える石槍を投擲。


 「!?」

 槍は先頭のリビングアイヴィーを貫通するが、後続は避けてゆく。

 キノコウルフの一体が、ニィ、と病んだ笑みを浮かべる。キノコが複数生えた狼の姿をしたこの魔物、本体はキノコの方だ。


 だが、知能はそれほど高くない。動く植物であるところのリビングアイヴィーは尚更だ。


 「起動! 《デトネーション》!」

 「合わせるよ、《ウィンド・バースト》!」

 KABOOM!

 槍がレシュの宣言によって爆発する。それと同時に発動したアルムの術式によって、燃え上がる爆風は戦場全体へと広がる。

 キノコをしなびさせ、ツタを枯れさせるその炎は、魔物の第一波を余すことなく焼き尽くすことに成功する。


 「さしずめ、《ファイア・ストーム》ってところかな?」

 得意げなアルム。

 「言ってる場合か! 次来るよ!」

 

 第二波。


 「うっ、すごい緑色」

 オドの視界に見えているもの。それは、まるで原始時代に迷い込んだかのような光景。巨大なわらび、ぜんまい、ふきの群れ。


 「山菜もどきだ」

 アルムが簡単に解説する。成長過程で過剰な生命属性の魔力を吸収した植物は、巨大化し、更には動き出すことがある。

 実際、一般に売られている野菜にも、ある程度の魔力が供給されている。ただし、動き出さない程度の量に抑えられてもいる。

 なぜなら、“もどき”化した野菜は、総じて大味となるためだ。動くので、飼料としてもひと手間かかり、使いづらい。

 山菜もどきは、更にたちが悪い。一般に大量の苦味成分を含むために、時間のかかる下処理が必要で、なおかつよく似た有毒植物の“もどき”も存在するので、モノによっては食用に適さず、肥料に変える他無いためである。


 話を戻そう。


 「でも、山菜もどきなら、さっきやったみたいに燃やせば良いんじゃない?」

 レシュが提案するが。


 「待って。奥から何か来てる」

 猛ダッシュで敵陣後方から走ってくる魔物。

 種別は同じく植物系。


 ただし、その姿は他とは一線を画している。

 有り体に言えば、その肉体はヒトのソレだった。

 筋骨隆々のボディ。白銀に輝くバルク。

 そして、マンドラゴラの頭部。

 申し訳程度に藁のブーメランパンツを履いたそれは、山菜もどきを片っ端から掴んでは食べ、戦場を枯らす勢いで刈り取っている。


 「何あれ?」

 さしものアルムも困惑を隠せない。あれはシュヴィルニャ地方の書物には記されぬ、唯一個体ユニークモンスター


 「マンドラゴラマン、生きていたのか!」

 弓を構えた衛視が、憎悪の声を漏らす。

 曰く、二年前に突如発生したその魔物は、神出鬼没。夜間に農地を荒らし、翌朝には痕跡を残さず消えてしまう。

 彼を突き動かすのは飢餓である。もどきと化し、自我を得て、それでも代謝が非効率な体を動かすには、カロリーが必要だったのだ。


 「このっ! くそっ!」

 衛視が闇雲に追尾矢を放つが、マンドラゴラマンにはその軌跡が見えている。単発では当たるまい。

 「どうする? アレ、放っておいたら雑魚は片付けてくれそうだけど」

 とアルム。

 「うーん、山菜もどきならあんまり害はないし、わたしはマンドラゴラマン狙いでいいと思う」

 「りょーかい。釣り出しはアタシに任せて」


 作戦会議終了。

 「《ストーキング・ファイア》!」

 初手で動くのはレシュ。誘導性のある四つの火球を呼び出し、マンドラゴラマンに投げつける。

 「ぬうッ!?」

 彼は危機を本能的に察知。連続側転でいなすも、何発か被弾。香ばしい匂いを漂わせ、攻撃者に突撃を開始する。


 (……速い!)

 だばだばと全力疾走でレシュに迫る怪物は、全体重を乗せたジャンプキックで先制攻撃を繰り出す。

 「させるかッ!」

 ゴォン! カバーに入ったクレオネスの大盾に、重い一撃。ノックバックし、体勢を立て直す。

 反動で後方に跳躍回転するマンドラゴラマン。五メートルほど離れた地面に三点着地し、顔を上げて一行を見据える。


 「やるな」


 冬のつむじ風が言葉をかき消し、張り詰めた空気を醸し出す。


 「来ないのならこちらから行くぞ!」

 クレオネスの愚直な突撃に合わせ、背中のオドが《スプレッド・レーザー》で回避を制限する。

 「《コロネル》!」

 選んだのは、薙ぎ払い。


 マンドラゴラマンは跳躍し、オドの牽制打を貰いながら、クレオネスの顔面に回し蹴りを見舞う。

 「ぐうッ!」

 持ちこたえる。その後の滞空連打を、大盾でどうにか凌ぐ。

 「《バッシュ》!」

 盾殴りを仕掛け、押し出そうとするも、柔軟なマンドラゴラマンの体は盾にまとわりつき、反撃を許さない。


 小回りの利くモンスターは、彼の苦手とするところだ。

 マンドラゴラマンは、とにかく素早い。が、攻撃の威力は、彼にとっては生ぬるい。お互いに有効打を入れられない状況だ。


 膠着状態に陥ろうとしていた矢先。


 「がはッ!?」

 マンドラゴラマンの背中から、短剣が突き出す。新鮮なジュースが、地に滴る。


 「隙あり。ってね?」

 短剣の主は、アルム。

 レシュの投槍を移動手段とし、クレオネスと挟み撃ちする形で隙を突き、バックスタブを決めたというわけだ。


 「ほぎゃああーッ!?」

 「ぎゃーっ!?」

 苦痛に叫びだすマンドラゴラ。魔力を帯びた叫びは、一行の聴覚を破壊する。

 「《マス・ヒール・デフネス》! 《マス・ヒール》!」

 咄嗟にオドが発動した回復呪文により音は取り戻されたが、怯んだ隙にマンドラゴラマンは逃げの一手。


 「くっ、速すぎる! レシュ、術を!」

 「《ストーキング・ファイア》!」

 レシュの追撃を背中に受けながら、来た道を逆に走り去る。


 「逃したか!」

 悔しそうなクレオネス。

 既に彼我の距離は遠く離れている。ここからでは、ほとんどの魔法は通るまい。


 だが、マンドラゴラマンの行く道の先に、阻む者あり。


 「ふが?」

 

 硬い真紅の鱗、研ぎ澄まされた爪。

 今しがた獣を喰らい、血に濡れた牙。宝石のように煌めく目。

 人語を理解する知能。そして、強大なる翼。


 マンドラゴラマンは思い出す。

 俺は、このドラゴンから逃げてきたのだ。


 「ぎゃっ」

 ドラゴンは、事もなげにマンドラゴラマンの胴体を噛み、持ち上げる。

 恐怖にこわばる体で、逃げられようはずもなし。


 そのまま首の力で宙に放り投げると。


 「うむ」

 自由落下する彼を、丸呑みにしてしまった。


 「余は、菜食主義ではないのじゃがな」

 彼は何の感慨もなく呟き、喧騒の主へ向けて飛び立つ。


 すなわち、宿場街のオドへと!


 「オド! 獲物があっちからやってきたよ!?」

 アルムの視力は、ゆったりと羽ばたく、三階建てビルほどもありそうな大きさのドラゴンを認識する。

 山菜もどきの群れは宿場街の壁に張り付き、恐怖に怯えている。

 「なるほど、だから魔物がこっちに逃げてきてたのか」

 オドは納得し、指示を出す。

 「あいつを、狩るよ!」

 

 鬨の声とともに、大型レイドボス戦が始まった。


 「《シーカー・アロー》!」

 まずは衛視が射掛ける。敵の速度を奪う魔法が込められた追尾矢は、強く羽ばたいて風圧で威力を殺し、無力化する。デバフはレジスト。


 「味な真似をする。まずは貴様から始末してやろうぞ!」

 息を吸い、咳をするようにブレス。豪速の火球が衛視に向かう。

 「《アイアス・シールド》!」

 オドがとっさにカバー。敵はその隙を突き、上空から爪撃を繰り出す。

 「舌噛むなよ!」

 クレオネスが横ステップで回避を試みるも、完璧な空中制御により、離脱の隙を与えない。


 ガッ、ガガッ。

 強大な竜の爪がクレオネスの大盾に触れる度、盾の方に傷をつけていく。

 「援護するよ!」

 側面から、レシュの投槍。呪符によって強化されたそれを、宙返りで華麗に回避する。クレオネスは尾撃で盾ごと弾かれ、数歩後ずさる。

 「おまけッ!」

 アルムはレシュに合わせ、使い捨てナイフの投擲で牽制する。


 それで、間合いは取れた。


 BLAMN!

 後方から銃声。

 重金属弾がドラゴンの脚に命中し、苦悶の声を上げる。

 銃声が聞こえてきた方を見ると、大型バイクを操縦するリコの後ろで、赤いレザージャケットを着たナナが、ライフルを構えていた。


 「ナイス、ナナ!」

 激励しながらも、マニュアル操縦でドラゴンとの距離を一定に保つ。

 ここでバイクを壊されれば、二人の命はない。その事実が、リコのテンションを上げていた。

 「生きた心地がしないよ~」

 ナナは再度ライフルのスコープを覗く。本来はリコの武装の一つだが、今は貸し出しているようだ。


 「《リペア》! 《ヒール》!」

 オドは隙を見て、すかさずクレオネスを回復。

 「あれが異世界技術で作られた銃か! 心強いな!」

 盾を構えたまま、クレオネスは様子を見る。

 今の一撃で、彼はサポート役に徹することを決めた。攻撃は赤の神子に任せることにしたようだ。

 

 彼女らの到着に伴い、門の向こうからサヴィニアック辺境の正規軍が押し寄せてくる。

 「ふむ、多勢に無勢、といったところかの」

 ドラゴンは思案する。ここで神子と戦っても、旨味がない。


 「あっ、こら! 逃げるな!」

 翼を広げ、撤退。向かう先は、隣国。

 ナナの二射目が翼に穴を開け、バランスを崩すも、すぐに持ち直す。


 「追うよ! 残りの魔物は軍がなんとかしてくれるって!」

 リコが主導する。ドラゴンの位置は、《ピン》によってナビゲートされている。

 「分かった! みんな、乗り込んで!」

 オドの号令とともに、レシュとアルムもクレオネスに搭乗。すぐさま、猛ダッシュでバイクと並走する。

 

 チェイスだ。


 国境へと続く、丘陵地。

 見晴らしは良いが、それゆえにお互いの牽制打がモロに通る構図だ。


 ゴウ! 上空から、振り向きざまの火球が赤の神子を狙う。

 「あっははは! このくらいでリコさんを落とせると思うなよ!」

 横目で見ると、完全にハイと化したリコが、急加速で致命の灼熱を潜り抜け、同乗者のナナの肝を冷やしていた。

 「ヤバくなったら言ってねー!?」

 オドは念のため声をかけるが、聞こえていないようだ。


 一方、鞍から伸びたロープにしがみつきながら、アルムがオドに語りかける。

 「オド、悪い知らせがある。あいつは老熟エルダーじゃない。古老エンシェント級のドラゴンだ」


 神子視点だといまいち恐ろしさが伝わらないが、一般的な冒険者であれば、最初の火球を貰えば灰すらも残らない。それどころか、相対した時点で威圧によって動くことすらままならない。そういう相手である。


 「りょーかい。見たところ、あのドラゴンは巣の方向に行ってるみたいだし、このまま追撃で良さそうな気はするけど」

 オドは冷静だ。現状の戦力を考慮し、行けると踏んでいる。

 合間に《アイアス・シールド》で火球を弾く。クレオネスは、避ける素振りすら見せない。


 「んーと。アタシは、どっちかというと誘い込まれてるって気がするかな。砂漠でそういう狩り、やったことある。まあ、撤退する選択肢はないけどさ」

 レシュは、思うところがあるようだ。

 「分かった。何があっても良いように、補助増やしとくね。《マス・レジストアップ》! 《インシュランス》!」

 

 小川を飛び越え、台地を駆け抜け。

 目の前には国境を示す森林。ドラゴンは高度を落とし、悠々と自然の遮蔽に紛れ込む。

 「《ピン》は効いてる! 着いてきて!」

 まだまだ余裕がありそうな赤の神子に先導され、大胆に進む。

 虫の巣を踏み壊し、横切る獣を追い払い、先へ。

 

 一行が国境真上に差し掛かった時、リコが我に返る。


 「……止まった?」

 どうやら、ドラゴンはシュヴェルトハーゲン領に入ったあたりで、移動を止めたらしい。

 「じゃあ、そこがドラゴンの“巣”じゃないかな?」

 フォローするナナ。残りのメンバーも、同感のようだ。


 「リコさん、方角と距離、貰えないかな? 多分、わたしたちは誘い込まれてる。クレオネスを盾に突っ込むほうが安全かもしれない」

 オドの提案には素直に従い、情報を渡す。


 「あ! じゃあ、ナナからも。今のうちにバフ炊いとくね! 《ラブ・オブ・シングル・チケット》!」

 対象者はオド、クレオネス、アルム。あらゆる能力が、一回り強化される。

 「……僕にもちゃんと効果あるんだ」

 アルムは意外そうにしていた。彼は同性愛者であった。


 「よし、じゃあ行こう!」

 バフが切れないうちに、進軍。


 前方から攻撃が飛んでこないかと、ヒリついた空気の中、クレオネスは速度を出す。

 オドは魔力を溜め、いつでも防御呪文を唱えられるように構えている。

 レシュは槍を生成し、投げられるように。

 アルムは目を凝らし、罠がないか確かめ。

 リコは拳銃に弾を込め。

 ナナはライフルのリロード。


 やがて、ドラゴンが居るはずの座標にたどり着く。


 その瞬間。


 オドの意識がブラックアウトした。


 ◆◆


 〈一騎当千の王冠〉。

 

 棘のある黄金の冠に、大きなルビーと、打ち合う刃の装飾が施されている形状。

 レジェンダリー等級に分類されるこの冠は、かつてはシュヴェルトハーゲンの王家、カリバーンの名を持つ一門によって所有されていた。


 このマジックアイテムの恐ろしさは、当代最強の者が装備し、無数の敵を相手するときにある。

 効果はシンプル。自身と対象一人を別空間に隔離し、どちらかが敗北を認めるか、死亡するまで脱出を許さない、というもの。

 別名、決闘者デュエリストの紅い血雫。要は、一対一を強制するマジックアイテム。

 かの一門は、この冠を用いて先代の王家たるエスカリボール家の血筋を一人残らず抹殺し、己の首魁を玉座に据えたとされている。


 ◆◆


 オドは、硬い地面の上で目を覚ます。

 森林ではない。

 直径二十メートル程度の岩塊の上に、オドが居る。そして、その外側にある煮えたぎる溶岩しか、この地には目立つものはない。


 否、もう一つ、大事なものがある。


 「目覚めたか、人の子よ」

 慈しむような言葉で、語りかけるもの。


 赤いドラゴンだ。王冠を被り、オドを見下ろす。


 「ッ!」

 オドは戦闘態勢を取るが、「話を聞け」と諌められる。


 「……みんなを、どこにやった」

 彼の心を満たすのは、絶望にあらず。

 静かに、澄んでいる。


 「どこにもやっておらぬよ。余が気にしておるのは、最初から汝だけじゃ」

 「……?」


 意味がわからない、といった調子のオドに、ドラゴンは顔を近づける。


 「余は、汝を后としたい。その猛々しい魔力。澄んだ意志。我がものとなるに相応しい」

 ニィ、と笑い、続ける。


 「汝はここで暮らし、我が子を産み、この地に王国を築く。求めるものは、全て与えよう」

 ドラゴンは、本気だ。真剣に、この提案をしている。

 

 「できない。わたしは男だ。何よりわたしには、帰る場所がある」

 きっぱりと、断る。

 魔力を溜め、来たる衝突に備える。

 

 「そうか」

 彼も、答えは半ば分かっていたのだろう。羽ばたき、宙に浮く。


 「ならば」

 岩塊の中央に陣取り、オドと相対。


 「ならば今ここで貴様を喰らい、余の血肉としてくれようぞ!」

 最終戦闘だ!


 ドラゴンは激昂の叫びとともに、大きく息を吸う!


 「《サラマンダー・スキン》!」

 オドは装備で高められた火炎耐性を更に強化!


 「焼き上がるがよいわ! 《エンハンス:ファイア》!」

 薙ぎ払うように火焔ブレスが迸る! 危ない!


 「《サンクチュアリ》!」

 オドが選択したのは結界! ブレスをどうにか受けるが!


 「甘い甘い! その程度の結界、余に破れぬと思うたか!」

 視界が晴れるやいなや、脚の瞬発力で飛びかかる! ライフルの傷が痛み、一瞬顔をしかめるが闘志で塗りつぶす!

 ガキィ! 無事な左足爪でオドの結界を破壊! そのまま尻尾の一撃で押し出しにかかる!


 「《アイアス・シールド》!」

 鐘を打つような音とともに生成盾に衝撃が走る! 一発でヒビが入り、再生成を余儀なくされる!

 右、左の爪撃! それぞれ新たに作った魔法盾で受ける!

 「如何な魔力の持ち主と言えど、このままでは魔力が尽きるぞ、オド! ほら、これはどうだ!」


 次なるドラゴンの手は、その場での羽ばたき! 風圧がオドを襲う! フィールドから押し出し、溶岩の海に沈めるつもりだ!

 「ははは! 身動きできまい! そのまま吹き飛ばされよ!」

 ひときわ強く風を送り、とうとうオドの体が浮く!


 「とどめだ!」

 ダメ押しの火球! 狙い過たず、オドへ向かう! 回避不能!

 「《アイアス・シールド》!」

 攻撃を受けた瞬間、オドは目を見開く!


 KADOOM! 爆発!


 風圧、火球の勢い、そして爆発の衝撃が、オドの体を遠くに投げ出す!


 「ふむ」

 ドラゴンは、オドが間違いなくフィールド外に飛んでいったことを確認し。

 (呆気ない。されど、余でもあの盾を貫通することは叶わなんだか)

 今しがた倒した相手のことを、心で称える。


 「さて、余の見立てが正しければ、そろそろあの者は溶岩に落ち、滅ぶはず」

 翼を伸ばし、ライフルによって作られた傷を眺める。

 「全く、シュヴェルトハーゲンと言い、人の子の進歩は侮れぬ。だが、最も強き者は落とした。狩りの……始まり……を……?」


 違和感。

 

 「……待てよ?」

 結界が、解除されていない。


 それが意味するのは、ただ一つ!


 「生きておるのか!? あやつは、まだ!」

 ドラゴンが事態を理解した、その一瞬の後!


 「ぐおおっ!?」

 彼の顔面に痛烈なパンチが入る! 吹き飛ばされ、二度バウンドした後辛うじて体勢を立て直す!


 「何故だ!? どうやって戻ってきた!?」

 「《リヴォーク・スタイル》。《インシュランス》。《ファイター・スタイル》」

 ドラゴンは訝しむ。彼の体から染み出していた魔力は、最後の呪文を唱えてから、全く感じられなくなっている。


 「おまえの戦い方は、さっきので覚えた。手の内は明かさない。今度はこっちから行く、よ!」


 目の前からオドが消える! 薙ぎ払いブレスで対応するも、彼は既に足元!

 「ワン、ツー!」

 ルノフェンから仕込まれた格闘術だ! 傷のある脚に拳撃!


 「ぬああっ! 脚はやめろ!」

 暴れ、四方八方に爪での攻撃を加える!

 ドラゴンからオドの姿は見えていない。オドは異常活性化した感覚で視線を捉え、死角から連打を加えているのだ!


 現状を打破するため、ドラゴンは推測する!

 (恐らく、今のオドの魔力は、余すところなく全て身体強化に向けられている! であれば《ファイター・スタイル》は剣技などと同じ、魔力を身体に乗せるための技術! つまり!)


 今のオドは魔法を使えない!


 「分かったぞオドよ! 汝の攻略法が!」

 格闘で仕留めることを諦め、フィールド外に飛翔!


 「いくら身体強化を積んだとは言え、わざわざこちらに飛び出す真似はすまい!」

 飛び出してくるなら避ければ決着、でなければ飢えるまで削り合うのみ!

 ゴウ! アウトレンジから火球を連打! フィールドが削れ、陸地が減ってゆく!


 「このまま我慢比べを……なっ!?」

 ドラゴンが見たものは、明らかにこの場に不釣り合いなもの。


 まるまるとした、真っ赤なイチゴが高速で迫ってくる!

 (うまそ……いや待て! 何かがおかしい!)

 その逡巡が、この勝負の命運を分ける!

 我に返り、ギリギリで回避しようとするドラゴン!


 だが!


 KABOOM! KRATOOM!

 おお、ご照覧あれ! オドが投げ放った、事前に回復魔法を多重掛けされたフルーツの爆弾が、次々と過負荷爆発し、結界の中を明るく照らす!


 「ぐわあああっ!?」

 さしものドラゴンもひとたまりもなし! 片方の翼を完全に砕かれる!


 「それならば、直々に我が牙で食らうしかないか!」

 ドラゴンは覚悟を決める。相手の残弾も分からぬ今、不利な削り合いには付き合えぬ!

 辛うじて機能するもう片方の翼で、最後の突撃を試みる!


 「……嘘じゃろう!?」

 ドラゴンは目を疑う。

 フルーツ爆弾に紛れて飛来した、そいつは!


 「来ちゃった」


 チャーミングに笑う、オド本人!

 突進の準備動作をとっていたドラゴンに、避けることは叶わない! 喉元を掴まれ、もはや制動が効かぬ!


 「へへ、まさか、これをわたしがやることになるなんて」

 「これとはなんだ!? 外は溶岩だぞ!? 狂っているのか!?」

 一度だけ突進の勢いで浮いた身体は、次第に落下に変じる!


 「えっと、何だっけ。『天使は、堕ちるときが一番きれい』だったっけ?」

 胸中を去来するのは、ルノフェンとソルカの試合。砂漠の中の大決闘!


 「やめろ! 背筋が凍る! この高さで受け身が取れねば、余であっても死ぬ! 『余の負けでいい』! 手を離せ!」

 「あ」とドラゴン。

 己の言葉が、王冠の解除コードとなり!

 

 結界は、解除された!


 エヴリス=クロロ大森林辺縁部! シュヴェルトハーゲン国境!


 「みんな、上だ! 離れて!」

 最初に気づいたのはアルム! 何かが凄まじいスピードで一行の頭上に迫る!


 「オド!?」

 「ドラゴンも居るぞ!」

 一行は退避! 


 「ナナ! ライフル構えて!」

 「分かった!」

 赤の神子も銃口を向ける!


 「があああっ!?」

 盛大に軌道上の枝を折りながら、ドラゴンとオドが落ちてくる!


 SPLASH!

 二人は地面に激突し、あたりに泥を撒き散らす。


 「うえっ!」

 レシュが盛大に泥をかぶる。


 落ちてきたものは、暫く微動だにせず。

 「……?」

 アルムが警戒しながら近寄り、様子を見る。


 ドラゴンは、うわ言を漏らしていた。


 「ぜーっ、ぜーっ。もう無理じゃあ……。余に后など早かったのじゃ……」


 アルムは残りのメンバーに、“近寄っていいよ”のサインを送る。

 「どゆこと? オドは?」

 レシュが説明を求める。

 「ん、っしょ!」

 当のオドが、ドラゴンの喉元から這い出してくる。

 「えっと、なんというか、その」


 説明しづらいが、とにかく。


 「人から隠れて暮らしていたドラゴンが、嫁探しにシュヴェルトハーゲン側の都に降りていったら軍隊に追い出されて、ソルモンテーユ側に逃げていったら誰も寄ってこなくて。

 暫く経ってオドがやってきて、迎えに行ったら結果的に今朝みたいな襲撃になっちゃった、と」

 ドラゴン本人からも経緯を聞き、レシュがまとめる。

 「不憫」

 「なんだか、かわいそう」

 とは、赤の神子の感想である。


 「確かに探せば居るだろうけどさ、ドラゴン」

 とは言っても、彼に釣り合うような古老エンシェント級は、個体数としてはそれほど居ないはずである。


 「うううー。どうすれば良いのじゃあ。余は、余は悲しくて泣いてしまうぞ」

 なんなら、もう泣いている。

 クレオネスとアルムは顔を見合わせ、困惑している。

 ターゲットを無力化したとは言え、これではバツが悪すぎる。


 「ドラゴンさん」

 耐えかね、オドが声をかける。


 「うううー……」

 泣きながら、目線だけで反応。

 「その、后って、人間でもいいんですか?」


 「うむ。この際贅沢は言わぬ……」

 肯定。

 「それなら、お手伝いできるかもしれません。ドラゴンさんの姿は、ちょっと小さくなっちゃいますけど」


 「本当か? それで番になれるのか!?」

 食いつく。それはもう凄い勢いで。

 「生命属性に、《メタモルフォーゼ》って魔法があります。それで、竜人族の姿にできないかなって」

 「おお、おお!」

 興奮し、口から煙が漏れる。


 「良ければ、今から唱えようと思うんですけど。どうですか?」

 「是非頼む! お願いじゃ!」

 よく考えずに、承諾。


 「良いの? あれ」

 レシュは呆れている。彼は、間違いなくオドのパーティで引き取ることになるだろう。

 「クレオネスが良ければ良いんじゃない? 一番苦労するのはオド本人だろうけど」

 彼がパーティに入ってどういう面倒が起こるか、アルムは既に評価し終えたようだ。


 「《コンプリート・ヒール》。《メタモルフォーゼ》」

 「おおおっ!?」

 術をかけられ、巨大なドラゴンの姿が歪み、徐々に小さくなってゆく。

 「己は、主の判断に従うのみだ」


 「クレオネスはそう言うと思ってた」というアルムの小言を背に、赤の神子も話に交じる。

 「あれ? じゃあこの巣の中にあるドラゴンの宝って、持ち主不在になる?」

 リコの視線の先には、黄金、宝石、装飾品の山。

 彼の領域に踏み込んだ愚か者が、命の対価として勝手に差し出してきたものたちだ。


 「持てるだけ持っていっていいぞぉ。余は幸せじゃから……」

 ドラゴンは既に人間サイズとなり、微調整モードに入っている。生来の欲深さはどこへやら、オドの術を受け、満足げな声を漏らしている。


 「じゃあお言葉に甘えて。あ、これ良いかも」

 リコが掘り出したのは、龍鱗で作られた、ペアの指輪。片方を薬指にはめようとするが、アルムに止められる。

 「おっと、赤の神子さん。もしかしたら、長年放置されて呪いがかかっているかもしれない。念のため、鑑定してからにしたほうが良いよ」

 「そっか。ご忠告感謝しまーす」

 代わりにポケットに突っ込む。


 「ナナはどうしよっかなー」

 ナナは積極的には漁りに行かず、遠目に眺めている。

 「んん? 何か欲しいならアタシが決めよっか?」

 レシュは答えを待たず、ごそごそと宝の山に手を付ける。


 「……あった! これはどう!?」

 見出したのは、藍方石の腕輪。

 「ほら、ナナさんって、なんだか大人しい感じするし。この青い宝石が似合いそうかなって。どうかな?」

 大人しい、か。声には出さず、ナナは苦笑する。

 でも。

 「うん、ありがと。今のナナにぴったりかな」

 「よかった!」


 和気あいあい。そんな最中。


 「のじゃー!?」

 オドの近くから、幼い叫び声が聞こえる。


 見ると、そこには、燃えるような淡い赤髪と、鱗肌の手足。そしてリサイズされた翼を持った、オドより一回りは小さい男の子。

 「いくらなんでもこの身体は小さすぎるぞ! オド!」

 先程のドラゴンが、抗議の声を上げていた。


 「あはは、ちょっと魔力込めすぎちゃったかな」

 愛想笑いで対応。

 「あと! 一つ言っておく! 余の名はドラゴンではない! ダハリトじゃ!」

 姓はないらしい。曰く、幼竜ドラゴネットの頃、当時の神子の一人に名付けられたとか。


 「へー、君、かわいいね。これ着てみない?」

 にじり寄るアルムの手元には、フリフリのアイドル衣装。どこから取り出したのだろう?


 「なっ!? それはおなごの服ではないか!」

 ダハリトはバックステップで身を引くが。


 「今更でしょ。男の娘こっちにおいでよ」

 確認しておくと、オドは巫女服。アルムはウェディングドレスである。


 「なんなのじゃ!? この時代の子供はみんなこうなのか!?」

 助けを求めるように赤の神子を見る。


 「いやー、お姉さん分かんないな。着ればいいんじゃない?」

 「人間と接するなら、服は着たほうが良いかなー?」

 シラを切られた。逃れられない。

 「くっ、かくなる上は仕方ない! アルムとやら、早く着せよ!」

 「はいはい」


 そういうわけで、着付けた!


 「はい、鏡」

 オドは手鏡を差し出す。


 ダハリトはぴょんぴょんと跳ね、変化した自分の姿を確認する。

 「くう、でもこうしてみると、案外きゅーとではないか? のう!」

 クレオネスに振る。

 「主ほどではない」

 無碍である。


 「なんだと!?」

 突っかかるダハリトを、レシュがなだめる。

 「でもさーあ? 竜人族の中でも翼持ちって貴重なんだよ? モテるよ、ダハリトくん」

 こっちはこっちで姉ムーブをし始める有様だ。


 「あー、話してるところ悪いんだけど、そろそろ騒ぎを聞きつけたシュヴェルトハーゲンの国境警備隊が、こっちにやってくる頃合いだ」

 時計を確認し、リコ。

 「そっか、じゃあ、ここでお別れかな?」

 赤の神子一行は、このままシュヴェルトハーゲン側に戻るようだ。


 「あの、ありがとうございました! 今回も!」

 オドは礼儀正しく頭を下げる。

 「良いって良いって。成り行きとはいえ、私たちも楽しめたし。アクセサリーも持って帰れるし」

 「うん。オドくんたちを見てると、元気をもらえる」

 二人はバイクに乗り込む。あくまでこっそり帰るつもりだ。


 「ふむ、では、己もまた走るとしよう」

 クレオネスが屈伸し、ダハリトを含む黒の神子一行を背に乗せる。


 「宝物、どうする?」

 オドが、念の為聞いておく。

 「あ! 一つだけ持っていきたいのじゃ!」


 落下地点までパタパタと飛翔した彼が、運んできたもの。

 それは、例の王冠だった。


 「お気に入りでの。こればっかりは置いて行けぬ」

 ツノに装着すると、ぴったりとフィットした。


 「似合ってるよー!」

 眼下でナナが手を振りながら、ゆっくりと遠ざかってゆく。

 「また会ったらよろしくねー!」

 リコはオドに応答する代わりに、右手を振って別れを惜しむ。


 「さて、行くか。我が主よ、目的地は?」

 国境から離れながら、クレオネスが問う。

 「うーん、依頼の報告はやらなきゃだから、サヴィニアックにもう一度寄ることになるかな。その後は」

 ダハリトの方を見る。

 彼は、「決めていいのか!?」と興奮気味に答え。

 三十秒もじっくりと考えた後、宣言する。


 「温泉とやらに入りたいのじゃ!」


 【終】


 【おまけ】


 温泉会話。

 「のう、オドよ。あの戦いの時、どうやってフィールドに戻ってきたのじゃ?」

 「落下ダメージを《インシュランス》で無効化して、装備に火炎耐性があるから《ファイター・スタイル》を入れて溶岩の上を走った。ほら、比重的に行けるかなって」

 「道理であのパンチにはスピードが乗ってたのじゃ……」


 【終】

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