最終話「これで、全部終わりだ」

 ルノフェンとオドは死んでしまったのか?

 

 元の世界に帰ることなく、白日の地で朽ちるのか?


 まさか。


 あの二人はそう簡単には死なない。


 攻撃が当たる寸前、ルノフェンは《シャドウ・ダイブ》を唱えた。

 オドの首根っこを掴み、強引に連れ込んだ先は、イスカ・スフィアの死角。生成した足場の下、影の中。


 「流石に今のは危なかったね」

 声を潜め、ルノフェン。


 「もう、あそこまで引き付けなくてよかったんじゃない?」

 オドは不満を漏らすが、信頼している。

 彼らは、互いに助け合う。


 「ちょっといいかな」

 ルノフェンの口を借りて、アヴィルティファレトが割り込む。


 「お、どしたの?」

 この言葉はルノフェン本人のものだ。

 「今しがた、神罰の許可が全ての神の合意により降りた。対象は、あのデカブツ」

 「へえ、ボクはどうすればいい?」

 時間がない。このまま放っておけば、ソルカが無謀な突撃を試みるか、あるいは影に潜った二人が見つかるだろう。

 「ルノフェン、オド。よく聞いて。これからね――」


 ◆◆


 視点を、地表に戻す。


 ソルカとグレーヴァめがけて突き出されたイスカ・スフィアの大剣は、二人の少年により、寸前で止められる。


 片方は、ルノフェン。

 透き通る水色の髪は、黄色いハイライトを帯びている。

 体の表面には儀式的なタトゥーのような輝きが継続的に流れており、周囲を新鮮な風が舞い踊る。

 瓢風神アヴィルティファレトの力に満たされた彼は、もう片方の少年に目を向ける。


 オドは、ルノフェンと目を合わせる。

 彼の持つ栗色の髪は暗くなり、巫女服は良質の錆により、喪服を思わせる黒一色に変化。

 白い肌は光を受け、硬いヴェイルを纏っているかのように金属質の輝きを返す。

 力を分けたのは、鉱石神ミクレビナーだ。彼女は今、復讐に燃えている。


 二人は、言葉を交わさず、正面の敵に向き直る。


 体中を満たす力に、短くニヤリと笑い。

 強化ダマスカスで出来た大剣を縦に引き裂き、歩む。

 

 ルノフェンは体の周りを舞う風を凝縮し、掴んで投げる。

 SWISH! 大剣を持っていたアームが根本から切れ、落ちた。


 「な、なんだこれは!? データと違うぞ!?」

 イスカ・スフィアは半狂乱になりながら、レーザー砲を表に出す。

 「当たれ!」

 射撃。射線には、オド。


 人の身であれば容易く蒸発するはずの一撃に対し、彼は左手を向けるのみ。

 「不躾なことこの上なし」

 オドの体を使い言葉を発したのは、ミクレビナー神。

 

 ZAP!


 レーザーはオドに命中した途端、百八十度反転し、攻撃者へ向けて襲いかかる。

 鏡だ。

 今のオドの体は鏡のように、自在に光を跳ね返す。

 反射されたレーザーは砲門を過たず貫き、機能不全に追い込んだ。


 「イスカ・スフィア。ヒトだった頃の名前は忘れちゃったかな? とにかく、君に対して神罰が下されることが決まった」

 アヴィルティファレトは、淡々と宣告を下す。


 「光栄に思うといい。かのムコナダァトと同じ処分だよ」


 イスカ・スフィアは体中から蜂型オートマトンを生成しながら、無慈悲な執行者どもを見つめる。

 無駄なことだと分かってはいても、彼は抗わずにはいられない!


 「もっとも」

 全て生成し終えたのを見計らい、ルノフェンが指を鳴らす。


 「ムコナダァトの方は耐えたけどな!」

 現れたのは、竜巻。

 風による破壊の具現とも言えるそれは、浮遊していたオートマトンと床や天井に叩きつけ、粉々に砕く。


 神話的光景を目の当たりにし、非現実感を覚えていたグレーヴァ。

 「グレーヴァ! 援護するぞ!」

 ソルカの言葉に、ハッと我に返る。

 

 周囲を見てみると、遺跡から投入されたと思しき多腕オートマトンが、次々と前線に向かっている。

 「《トリプルスラスト》!」

 残った魔力を振り絞り、雑兵を焼いて捨てる。

 ソルカの方も銃弾を斬り、関節部を突き、破壊する。


 「ソルカくん? 賭けをしない? こいつらを多く倒したほうが、何でも一つ言う事聞くの!」

 魔力を節約し、チェーンソーと槍の合間を掻い潜って刀を差し込み、動作を止める。

 「良いじゃねえか。負けねえからな!」

 

 彼らはアドレナリンに満たされ、一騎当千の働きを見せている。


 ルノフェンはその様子をチラと見て、再度イスカ・スフィアに風刃を投げつける。

 狙うは天井の接合部。狙いは正確であったが、ミニガンを持ったアームを犠牲にして切断を免れる。


 「オド、行ける?」

 返す言葉は、肯定の二文字。

 「《アース・コントロール》!」

 先程と同様、イスカ・スフィア本体に通じる道を作る。

 ただし、その道は地面が隆起した、三百六十度、隙のない道だ。

 

 「クソ、こんなはずじゃなかったんだ! まさか神が、これほどまでに恐ろしいものだったとは!」

 取り乱し、用意した武装は大砲。

 「喰らえ! 《エクスプロシブ・キャノン》!」

 壮大な発射音を伴い、放たれた砲弾は、榴弾。


 ルノフェンの目にはその軌跡が見えている。

 「《ウィンド》」

 呪文によって呼び出された風は優しく弾を抱え上げ、着地点をずらす。


 KABOOM!

 爆発は、ルノフェンを越え、ソルカたちをも越え、今まさに降り立つオートマトンの一群を襲った。

 「あっちが援護してくれるんなら、こっちだって応えなきゃね」

 「やるゥ!」

 ソルカたちの歓喜の声が、ルノフェンのテンションを上げていく。

 

 「そろそろ、ボクたちも攻めようか」

 ルノフェンの腕を覆うように、鋭い風が生成される。

 「そうだね。終わらせよう」

 オドの装備は、万色に輝くレイピアだ。


 一歩、二歩。


 緩慢すぎる歩みで、力をバネのように溜め。


 三歩! 二人は残像を残し、イスカ・スフィアに向けて走り出す!


 「ぬおっ!?」

 オドが撫でるように本体を切り裂くと、「ギャリィ!」という音を立て、火花とともにアダマンタイトの外装甲が削れる! 破砕跡に指を突っ込み、メリメリと剥ぎ取ってゆく!

 グレーヴァ最大の一撃を受けてもびくともしなかった装甲が、次々に攻略されている!

 

 「させるかッ!」

 イスカ・スフィア上部から大量のミサイル射出! その量は聖都戦の五倍!

 「ルノ!」

 発射音を聞いたオドは、ルノフェンに呼びかける!

 「分かった!」

 言葉とともに、彼は自由な風へとその身を変じ、オドへ向かうミサイルを全て受け持つ!


 「その攻撃、残念だけどもう攻略済みなんだよね!」

 カッ、カッ!

 何者にも捕えられない風は、かまいたちとなりミサイルの弾頭と推進部を瞬く間に切り離す!

 弾頭ごと誘導装置を失った推進部はあらぬ方向へと飛びたち、洞窟を照らす徒花となった!


 「んんッ!」

 再実体化したルノフェンは、風の力で弾頭を纏め、即席の爆弾を作る!


 「オド、どいて!」

 すでにヒト一人程度の大きさにまで装甲の傷を広げたオドは、言われるがまま脱出!

 指を回し、遠心力を付けて、爆弾を投げつける!

 

 KABOOM! KRATOOM!

 「グオオオッ!?」

 己の手でこしらえた高品質弾頭による爆発を受け、さしものイスカ・スフィアもよろめく! 効いている!


 「オド! 突入するよ!」

 ルノフェンの目は、イスカ・スフィアの外壁に大穴が空いたことを捉えている!

 「分かった!」

 オドも続く!


 「おい、おい! やめろ! 俺の中に入ってくるな!」

 怯える敵の声を無視しながら、データケーブルを両断し、配管を砕いて道を作る!

 目指すは中央、敵の心臓、コアユニットだ!

 

 「ARRRRRGH!」

 吠えるイスカ・スフィア!

 まだ己のマニピュレータでしか触ったことのない重要な基盤を傷つけられ、悲鳴を上げる!

 「止まれ! 止まってくれよォ!」

 彼はもはやモニタを通して見ることしか出来ない! せめてもの抵抗に流す高圧電流も、前を進むオドにとってはマッサージにしかならぬのだ!


 「あ……ああ……!」

 やがて、二人はコアユニットにたどり着く。

 強化ガラスのシリンダーに封じ込められたそれは、数多のケーブルと冷却装置に繋がれた、小さな基盤。

 橙と水色に交互に照らされるそれは、自衛の手段を持たず、二人の目の前にある。


 「お願いだ、助けてくれ。これ以上は何もしない。誓う」

 イスカ・スフィアは、とうとう命乞いを始める。

 心が折れた。

 神も神子も強大に過ぎた。勝ち目はない。


 「どうする?」

 ルノフェンはオドに聞く。

 アヴィルティファレト曰く、『黙らせろ』とのことらしい。


 「なら、わたしがやる」

 オドはレイピアを構え、躍るように閃かせ。


 「――あ」

 一瞬遅れてシリンダーは崩壊し、ケーブルを全て斬られた基盤は、ぽとんと落ちる。


 オドがそれを回収すると。


 クエストは完了し、二人は神の座へと召喚された。

 

 ◆◆


 イスカ・スフィアは命乞いの声を上げた後、沈黙している。

 しばらくすると、オートマトンたちは指示系統を失い、攻撃態勢のまま固まる。

 本体から分離された心もとない光源も、力を失い、薄れてゆく。


 「おーい!」

 ソルカを呼ぶ声だ。

 鳥目の彼は、呼び声を頼りに、どうにかグレーヴァのもとにたどり着く。


 「終わったのか?」

 彼の問いに対して、彼女は。

 「多分」

 そう言って、隣に立つソルカの頭に手を置く。


 「何体倒した?」

 今度はグレーヴァが問いかける。

 「オレは二十四体。そっちは?」

 「二十五」

 そっか、やっぱ強ェなとソルカ。


 「ここから、どうやって出る?」

 頭を撫でられながら、一番の心配事を共有する。

 自分一人なら、光源さえあれば飛べば出ていける。

 だが、既にここは薄暗く、仮にソルカが脱出できたとしても、荷物量の都合上、翼を持ち込むことが出来なかったグレーヴァはそうも行かない。


 「その前に、お願い」

 「なんだよ」

 割り込まれ、虚を突かれる。


 彼女は二、三回深呼吸し、勇気を出す。


 そして、どうにか言葉を絞り出す。


 「付き合って」


 二人の間を、沈黙が満たす。


 ソルカの表情は窺い知れない。驚愕か、それとも、困惑か。

 

 「あ、あのさ」

 「ひゃい!」


 噛んだ。

 

 その様子に彼は苦笑し、言葉を続ける。

 「別にいいけど、そういうのは全部終わってからのほうが良いぜ?」

 

 それもそうである。


 恥ずかしさに赤面する。

 これも、彼には見えていないのだろう。


 「話戻すけど。多分、オレが一旦上に行って、助けを呼んでくるのが早いかな」

 つよがりだ。

 ソルカの目には、ほとんど何も見えていない。

 だが、これ以外に方法はない気もしている。

 

 「アイツら、やっぱクエスト終わって、元の世界に帰っちゃったのかな」


 再びの、沈黙。

 寂しさが、二人の胸を満たす。

 

 「また、ひょこっとこの世界に来てくれないかなあ」


 グレーヴァが願望を語ると。


 「こんな風に?」

 「きゃああああ!?」

 

 オドの光魔法によって下からライトアップされたルノフェンの顔が、グレーヴァの目の前にあった。


 「お、オマエラ!? なんで!?」

 当惑するソルカの肩を、オドはむんずと掴む。


 「良いから話は後! みんな私の手を握って!」

 「わ、わかった!」

 言われたとおりに、オドの手を取ると。

 彼は、残った魔力を使い、詠唱。


 「《プレサイス・マジック》! 《マス・テレポーテーション》!」


 ◆◆


 こうして、四人の冒険は終わった。


 最初のクエストを達成した後、ぼくは確かに、ルノフェンとオドを神の座に呼び出した。


 重要なのはここから。願いについて聞こうとしたところ、ルノフェンがそれとなく、ソルカとグレーヴァの今の状況をぼくに聞いてきたんだ。

 本当のことを語ったよ。放っておけば、彼らは死ぬ。

 その後のルノフェンの剣幕は、凄まじいものだった。ぼくの胸ぐらをつかみ、あいつらを助けたいと迫った。あいつがあんなに怒ったのは見たことがない。

 

 どうしたかって?

 認めたよ。二つ目のクエストを発行した。

 内容は、『ソルカとグレーヴァを救出しろ』。シンプルだよね。


 まあ、後は知ってのとおりだ。転移した後、オドが半分干物みたいになっちゃって、回復に三日かかったのが最大のトラブルだったかな。

 

 でも、お陰でこっちも準備ができたよ。

 今回の主役に縁がある人たちへ、招待状を送った。

 パーティへの紹介状だ。費用は神持ち。神子が無事クエストを達成したときの通例だからそんなもんだ。


 そういうわけで、神殿から民が続々と神の座にやってきている。


 ちなみに、ぼくは裏方。神は神らしく、ヒトを眺めるのが仕事だ。


 じゃあ、ルノフェンの目を通してみんなの様子を見に行こっか。


 「ルノ?」

 唐突に、オドがこちらの目を覗いてくる。


 「んあ? ごめん、ちょっとぼーっとしてた」

 我に返り、周囲を見渡す。

 豪奢な会場には、既に絶滅した木で作られたテーブルや、光を殆ど跳ね返していそうなほど白く輝くクロス、ミスリルの食器などの高級な調度品が並べられ、神話のレシピを現代風にアレンジした料理が盛り付けられている。

 客は、全員見たことのある人たちだ。


 「あらァ? 今回の主役じゃない」

 ラミアが目ざとく彼らを見つけ、寄ってくる。

 彼女らの集落からは代表者として、リーダーがやってきていた。

 鱗が床に擦れる音を鳴らす。そういえば、最初に転送されたときは砂漠のど真ん中だった。


 「あっ!」

 身を強張らせるオドに対し、ラミアは何もせず、微笑む。

 「ごめんねェ。あのときは神子だと気づかなくてさァ」

 害意はないようだ。あれから、なにか変わったか聞いてみる。


 「ふふふ、聞いて驚くなよ? 実は、あそこでドライフルーツを作るようになったんだァ」

 話しながら彼女がバッグから取り出したのは、その試供品だ。

 二人は誘われるまま一つつまみ、その自然な甘さに驚く。

 「全く、オドくん様々だよ。お陰で儲かって巣の素材もアップグレードできたし、幸運ってものはいつ飛び込んでくるか分かンねえもんだなァ?」

 そう言って、去ってゆく。


 「ラミアのフルーツ、俺もよく食べる」

 続いてやってきたのは、黄砂連合、ラハット・ジャミラの警備隊長。蜂の蟲人だ。

 肩には、小さいモグラ型ディータが乗っている。


 「お久しぶりです! 警備隊長さん!」

 ルノフェンは敬礼する。近況を聞いてみると、警備隊長の方は特に変わりないという。

 「私の方は、まあ数日で色々起こったな」

 モグラ型ディータは、アースドラゴンであった。

 「脚部のメンテをしようと思ったが、何しろ私は相当昔の型番のようでな、合うパーツが見つからなかったのだ」

 今のマスコットに近いボディは、元のボディの納品が終わるまでの、仮の姿らしい。


 「後まあ、ルノフェンとの縁があったのでこいつとも話してみたんだが、意外と気が合うな。お互い堅物なのだろう」

 『こいつ』は警備隊長のことである。


 去り際に、一つ。

 「ルノフェン。俺、名前、ある。ズィ・ハヤル」

 「分かった! じゃあね、ズィ!」

 手を振り、今度はルノフェンたちが移動する。


 「名乗ってなかったのか?」

 「機会、なかった」

 といった問答を耳にしながら、であった。


 会場内、中央には一つの勢力が出来ている。

 ソルカとグレーヴァを囲み、デフィデリヴェッタの騎士たちが囃し立てていた。


 「あっ! ルノフェン! オドも!」

 中心人物の片割れがこちらに気づくと、彼は騎士たちを飛び越えてルノフェンの元へ。


 「全く、なーにが『結婚おめでとう』、だっつの。まだ付き合いたてだぞ」

 人混みの中から、ドレスを着たグレーヴァも現れる。


 「えっ? いつの間に付き合ってたの!?」

 驚愕するルノフェン。オドは、「今気づいたの!?」と別方面の驚きを見せている。


 経緯は、グレーヴァが説明してくれた。

 「あの、イスカ・スフィアを壊した後、ダメ元で告白したらオーケー出ちゃって、それで」

 もじもじとしている。

 「全く、とんだお姫様だぜ。これが終わったら、オレたちは紫宸龍宮に飛んで、染家の家宝を返しに行く。それからは、グレーヴァの好きなようにさせる」

 とのことである。


 「そだ、もう少しみんなで見て回らない?」

 ルノフェンの提案は、即了承された。


 酔っ払う騎士たちを背後に、テーブルの隅で様子を眺める者たちの元へ向かう。

 聖騎士団長フィリウスと、カルカ。そして、付き添いのラックだ。

 

 「うーわ、姉さん飲みすぎだろ」

 見たところ、既にエールをジョッキ三杯、ワインをグラス二杯は飲んでいるようにみえる。


 「ソルカぁ……私のもとから居なくならないでよぉ……ひっく」

 荒れている。ラックはただ宥めるも、効果がない。


 「パーティが始まってからずっとこの調子だ。ソルカ、どこかに行くとしても年に一回くらいは帰省してやれ」

 そう言うフィリウスは、この場においてもフルフェイスの兜を被っている。


 「そういえば、聖騎士団長の素顔ってどうなってるんだろう?」

 ルノフェンは、オドに《クレアボヤンス》を唱えさせようとするが。


 「や、やめよ? ほら、聖騎士団長って光魔法のエキスパートだから! 対抗魔法が来るよ! ね?」

 グレーヴァが必死で止める。


 その様子を見てフィリウスは、彼女が自らの生い立ちについて情報を持っていると察する。

 「すまないな、鬼人族」

 頭を下げ、対応に感謝する。

 「拙もあの場では気づけなくてごめんね? そういう記録があったのを思い出すのに時間がかかっちゃって」


 二人が文脈を飛ばした会話をしている横で、カルカがジョッキに自ら酒を注ぐ。

 そして、ゴクゴクと一気に飲み干し、「きゅう」と潰れてしまった。


 「あッ! ちょっとオレはこっちの対応するわ、ゴメン!」

 ソルカとグレーヴァは、このグループに残ることになった。ラックとともに、介抱だ。

 オドも、一旦外の空気を吸ってくるということで別れた。


 「さて。となると、後はシュヴィルニャか。アルムは来てるかな?」

 心配しながら室内を見渡し、目的のテーブルを見つけ出す。


 かつてのレジスタンスの皆と談笑する彼の両肩に手を乗せ、軽く体重をかける。

 「あ! ルノフェンさま!」

 気づいたアルムは振り向き、満面の笑みを浮かべる。


 「相変わらず良い子だ」

 頬をぐにぐにともみ、堪能する。

 「あれからどう? 三日くらい経ったけど」

 「私が説明しましょう」


 進み出たのは老バーテンだ。

 「まず、レジスタンスは解散ですな。構成員は活躍に応じてミクレビナー神殿から勲章と褒賞を賜りました。

 大多数の者は元の生活に戻りましたが、アルム少年はもはやスラム街の盗賊ではありません。遺跡探索者として、登録されたようです」


 「すごいじゃん! アルム!」

 頬にキスをし、ご褒美をあげる。

 「あっ」

 彼は顔を赤らめ、潤んだ瞳で見上げた。


 「まあ、致命的でないトラップを率先して受けに行く悪癖が出来たようですが、命に関わるものはしっかり避けるので組合は重宝していますな」

 その悪癖が培われたのは、ルノフェンと元レジスタンスのせいであった。


 「でも、寂しいなあ。元の世界に帰っちゃうんでしょ?」

 アルムは立ち上がり、ルノフェンに密着する。

 「僕のこと、忘れないでね」

 彼はちょっとした呪いを残し、トイレへと向かった。


 「全く、言うようになったじゃないか。元はと言えばボクのせいなんだけどさ」

 ルノフェンは、オドを探して会場の外に向かう。


 サーカスを思わせる巨大なテントの構造は、単純だ。

 「うわっぷ」

 外へ出ると彼は、満天の星空のもと、一陣の風に出迎えられる。

 その風は暫くルノフェンの周りで遊んだ後、またどこかに吹いていった。


 「お疲れ」

 ランプの心もとない明かりの下、オドが声をかけてくる。


 「そっちもお疲れ、オド」

 ルノフェンより少し背の高い彼の肩を叩き、激励する。


 「なんというか、思ったよりも大冒険だったよね」

 回想する。


 闘技場、市街地戦、カルカ邸での宴、アルムとの一夜。


 ここに来るまで空虚だった彼の心は、今、多少は満たされている。


 「願い、どうする?」

 ルノフェンは、オドに聞く。

 

 「わたしは、この世界の経験を持ち帰ろうかなって」


 でも。


 迷いながら、ポツリ、と。

 「まだ、この世界を旅していたい気持ちも、ある」

 

 ルノフェンは、「わかるよ」と返す。

 「ルノはどうする?」

 

 今度はオドが問う番だ。


 「んーとね」

 ルノフェンは迷う。


 散々に迷った挙げ句。

 

 「秘密!」


 「なんだよそれ」

 オドは笑う。


 彼らは、今晩を過ごしたら、願いを聞くため、瓢風の領域に転送される。


 数分を掛け、星空を眺め、満足し。

 「そろそろ、戻ろっか?」


 どちらから切り出したかは覚えていないが。

 とにかく会場に戻り、最高のパーティを過ごした。


 ◆◆


 神の座、瓢風の領域。

 ここは、無限の砂漠とも言える空間の、アヴィルティファレトの居室から少し離れたところ。


 パーティを満喫したオドは、皆が帰っていったことを確認した後、予定通り召喚された。

 目の前には小さなテーブル。載っているものは、温かいハーブティーと未開封のクッキー。

 「おかえり」


 対応するのは生命神テヴァネツァク。花冠を着けた、若い女神だ。

 そういえば、彼女に呼び出されたんだっけ?

 

 「座りなよ」

 素直に席に座る。


 「これからやるのは最後の儀式。オド・クロイルカは、神の下したクエストを達成した。報酬として、願いを叶える」

 荘厳な雰囲気に、つばを飲む。


 「何を、望む?」

 

 オドは、言葉を絞り出すように、話す。

 

 召喚当初話したように、経験を持ち帰って、強い男になりたいということ。

 この願いに、変わりはない。

 けれど同時に、この世界に、思いの外愛着が湧いてしまったこと。


 心の内を、全て打ち明ける。


 それを聞いたテヴァネツァクは、ふふ、と笑い。


 「できるよ」

 と伝える。


 「へ?」

 ぽかんとするオドに、彼女は語る。


 「最後、神罰を下した後。アヴィが二つ目のクエストを発行して、それも達成した。だから、願いは二つ叶えられる」


 「じゃ、じゃあ!」

 表情が、期待を孕む。


 「うん。最初の願いは、記憶の持ち出し。もう一つは、あっちの世界で夢を見ている間だけこっちに来られる。これでどう?」

 文字通り、願ってもない提案だった。


 「はい! それでお願いします!」

 即答だ。


 「よろしい」

 その言葉とともに荘厳な雰囲気は去り、和やかな時が流れる。


 彼女はクッキーの封を勝手に開け、かじる。

 オドにも勧め、ハーブティーに口をつけた。


 「あれ? でもそうなると、ルノの願いはどうなるんです?」

 好奇心が、鎌首をもたげる。


 「知りたい? 願いのうち一つは、そこで聞ける」

 そう言い、十歩ほど離れたところのドアを指差す。

 そのドアは、アヴィルティファレトの居室に繋がっていることを知らされる。


 耳をそばだてると、彼の嬌声が聞こえてくる。


 「あんっ! そこイイっ! もっと!」

 「まさか、あいつ」

 オドはなぜ、かの神の部屋から十分離れた場所に呼び出されたのか、察する。


 「まあ、私たちは神だから実体がないんだけど。それでもアバターに惚れる子って、何人も居るんだよね」

 「う、っわあ……」

 

 絶句。

 あれだけの力を見てなおも欲望をぶつけようとするとは、オドには想像できなかったことだ。


 「ちなみに、神と交わると人間では居られなくなるから。多分、終わったら存在格が上がって精霊あたりになってるんじゃないかな?」

 「怖すぎる」


 恐ろしい世界の法則を知り、震え上がる。


 「それにしても、オドくんもルノフェンくんも、よくやったよ? 元の世界に戻る準備ができたら、送るから。それと、神々を代表して、『ありがとう』って言わせて」

 テーブル越しに、オドの額にキス。

 ふわりと、フルーツの香りがした。


 「わたしは、いつでも行けます」

 「そう」

 二人は立ち上がる。


 別れの時だ。


 テヴァネツァクは、掌に魔力を込め、オドの胸に当てる。


 目を閉じ、詠唱して。


 「じゃあね、小さい勇者くん。また、夢の中で」

 

 その言葉を聞いた途端、オドの意識は消え去った。


 ◆◆


 ピピ、ピピピピ。

 聞き慣れた電子音が鳴り、朝の到来を知らせる。

 

 「んぅ? あー」

 毛布に包み込まれるようにして眠っていた彼は、曖昧な声を上げながら、辛うじて右手を出し、アラームのスイッチを探る。

 

 ピピピ、ピー。

 いつものように探り当て、止める。


 長い夢を見ていた気がする。

 昨日の夜はふつーに寝て、今日の朝もふつーに起きた。

 ぼんやりとした頭で、そんなことを考える。


 今日は休日だ。スケジュールには、余裕がある。

 何をしようか、あるいはもう一眠りすべきだろうか。

 

 そんなことを考えていると、キッチンからベーコンの焼ける匂いが漂ってくる。

 今日の朝食は師匠が作ってくれるんだった。

 少し弾む心を自覚しながら、ベッドから這い出る。


 何かを、忘れている気がする。


 顔を洗うために、靴を履き、洗面所へ。

 水を流し、バシャバシャとやっていると、不意に硬質なものが顔に当たる。


 「ん?」


 冷たい水で覚醒した意識は、右手の薬指に指輪が着いていることを、はっきりと認識する。緑色の金属の上に、白く輝く太陽。

 

 白く、輝く。

 

 白日の地、カイムスフィア。


 『オド』だった彼の脳内は、かの大冒険を思い出す。


 顔を洗い終え、歯を磨き、着替え、ダイニングへ駆け下りる!


 「あら、急いでるの?」

 

 師匠に一言謝り、玄関を開ける!


 「うおっとォ!?」

 

 目の前に立っていたのは、見慣れている男の娘。


 「ルノ!」

 とっさに抱きつく! 『ルノフェン』だった彼も、かの地で得たチョーカーを身に着けていた!


 「珍しいじゃない、貴方が朝に動いてるなんて」

 状況を把握しようと努める師匠は、追加でもう一人分の朝食を用意する。

 

 「ん。ちょっと『オド』に報告したくてね」

 彼は、こちらの世界で覚醒した直後に目が覚め、居ても立っても居られなくなり、しっかりフられに行ったらしい。

 

 外で話すのもアレだからと、家の中に招き入れる。

 「憑き物、落ちた?」

 かつての、たった数日だけの、相棒の問いに対し、彼は。


 「スッキリした。ごはん食べながら、もっと話をしよう!」


 【それはもう業が深い異世界少年旅行】


 【完結】


 追補。『照らしの灯台』の行使した占術による、各登場人物の行方。


 ルノフェン(カイムスフィア):テヴァネツァクの想像通り、アヴィルティファレトとの交わりを通して風の精霊となった。今は優しいつむじ風を通して、オドを見守っている。


 ルノフェン(元の世界):あの日以降、健全なオドに当てられ、夜遊びの頻度が落ちたらしい。元恋人とはそれなりに上手くやっている。


 オド(カイムスフィア):ラミアを始めとする仲間を連れ、諸国を旅して回っている。成長した彼は、放浪騎士の二つ名を得ることとなる。


 オド(元の世界):相変わらず師匠に甘やかされている。白日の地でメキメキと強くなっていく彼であれば、いずれこの関係は逆転するだろう。


 ソルカ:紫晨龍宮での決闘など紆余曲折あるものの、最終的にグレーヴァと結婚。年一回の里帰りは、大きなイベントだ。


 グレーヴァ:ソルカと結婚。オドとも家ぐるみでの交流を続けている。人間種、鬼人種、翼人種の遺伝子を継いだ子供は、健やかに強く育った。


 【ここまで読んでいただいた貴方に感謝を】


 以降、エンドロール。感想は「#業深少年旅行」へ。

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