第十一話「覚悟を決めろ、ぼく!」

 (あらすじ:おかしくなったディータから都市バギニブルクを解放した一行。しかし、黒幕である預言者プラロの姿は見当たらない。神々によると、地下のイスカーツェル文明期遺跡から未だに攻撃が飛んできているという。いざ! ラストダンジョンへ!)


 イスカーツェル遺跡。

 とは言うものの、これは一つの遺跡というよりは、遺跡群という表現がより適切である。

 それぞれの遺跡の規模はまちまちだ。広間一つだけのものもあれば、アリの巣のように地下奥深くまで複雑な構造をしているものもある。

 

 一行が探索する遺跡は、その中では大きめなものと言えた。

 それぞれの部屋は配管やメーター、計器類が露出し、古びた鉱石ランプによって薄いピンク色に照らされ、怪しい空間と言えた。

 機材は今のところ駆動していないように見えるが、警戒は怠れない。


 「見てよ、これ。マッサージチェアだ。座れるかな」

 警戒は、怠れない。


 ルノフェンの注意が逸れたところで、オドがスカートを掴んで引き戻す。

 「それ、多分トラップ。魔術的に隠蔽されてて発見が難しいんだから、迂闊なことはしないでね」

 うえー、と不満を漏らし、元の隊列に戻る。


 「にしても、思ったよりは生活感があるねー。ゆっくり衰退したというよりは、何かとんでもない出来事が起こって一気に滅びたって感じがする」

 刀の柄を弄びながら、グレーヴァも後に続く。


 効果の分からないトラップを除けば、敵性の魔物やオートマトンは見当たらない。

 肩透かしと言うよりは、より緊張を高めてしまうものだ。


 不気味な静寂の中、靴が擦れる音と、羽ばたきの音だけが反響する。


 「なんかこう、これだけ戦闘がないと逆に不気味なんだよな」

 ソルカも武器をいつでも使えるように構えているが、今日は一度も起動していない。

 

 「うん。てっきりこの遺跡で製造されたそばから送り込んでくるものだと思ってたけど。防衛がトラップだよりにしたって、無防備すぎる気がする」

 オドは《ディテクト・トラップ》を掛け直す。

 彼は長い間集中している。魔力はこの程度では尽きないが、精神的な疲労は出るだろう。


 「ちょっと伸びをしていい? ここ、空気もどんよりしてるし、薄暗いし。ストレッチとかしたいな」

 皆に許可を得て、うんと伸びをするオド。


 その右手が、暗さで巧妙に隠されていたスイッチに触れる。


 「あ」

 

 オドの間抜けな声と共に、トラップが起動する。

 

 ブン。テレポーターだ。

 トラップにより、オドの姿が掻き消える。


 「えっ」

 「マジ?」

 オドが消えた次の瞬間、ルノフェンとソルカも消える。


 グレーヴァだけは、その場にとどまっている。

 「え?」


 彼女だけが、転送されない。


 「嘘でしょ?」

 彼女は、ひとりきりになった。

 パーティを分割するように設計された、たちの悪いトラップだ。

 ただ、呪文によってお互いの位置だけは認識できている。

 彼らは、もう少し深いところにそれぞれ転移したようだ。


 「厄介なことになったわ……」

 髪をかき上げ、意を決する。

 ここで待っていても仕方がない。

 テレポーターで転送された先は、より危険であると相場が決まっている。


 彼らを、助けるのだ。


 「怪しいものには触れない。壁にも天井にも触らない。これで行こう」

 グレーヴァはトラップ検知スキルを持たないが、こうなっては仕方がない。


 各人の位置が分かっているので、その方向に直線距離で進むだけだ。


 「遺跡はちょっと壊れちゃうけど、仕方ないよね」

 刀を抜く。

 魔法強化のエンチャントが付与されたそれを、上段に構え。


 「《ヘルム・スプリッター》!」


 魔具の効果を一点集中し、床に叩きつける。

 鉄をも容易に溶かす灼熱は、遺跡の機構を無力化すると同時に、彼女の通る道を作っていく。

 機械技術者がこの光景を見れば、卒倒を通り越して発狂するに違いない。


 床が崩落し、次の部屋へ。高熱が彼女を襲う。

 だが、脇差しの副次効果によって火炎耐性は万全だ。


 「どんどん行くよ! 《ヘルム・スプリッター》!」

 

 彼女は突き進む。

 

 一番近いのは、オドだ。

 最初に高さを合わせた後、水平に遺跡を掘り進んでいった。


 一方、そのオドはと言うと。

 

 「わーっ!?」

 彼は、再度の効果音とともに、遺跡の一室に再出現する。

 

 空中から落下し、ぽすん、と尻餅をつく。

 「うう、ヘマしちゃったかな」

 痛みはない。彼が落下したのは、イスカーツェル時代から形を残す、ふかふかしたベッドだ。

 埃を軽く吸い込んでしまい、少し咳き込んでから、念のため解毒する。


 「落ちたところがベッドで良かったというべきか、そもそもトラップにかかったのが悪いと言うべきか」

 一行の位置を把握し、立ち上がる。


 あたりを見回すと、壁にはリンゴ程度の大きさの穴が幾つも開いており、天井にはスピーカーが付いていることが分かる。

 「何か変だ。どういう目的で作られた部屋なんだろう?」

 《ディテクト・トラップ》の効果持続を確認し、罠の有無を確認する。


 「うわ、最悪」

 判定結果。

 この部屋そのものがトラップ。


 「困ったな、どうにか脱出したいんだけど」

 部屋には、扉があるにはある。

 だが、ドアノブが備えられておらず、入退室に関わりそうなものはカードスリットだけだ。


 「うーん、陽光の魔法でなんとかなるかな?」

 《クリエイト:オブジェクト》で、ちょうどスリットに刺さりそうなカードを生成する。

 物体系は鉱石属性の方が長けている。陽光属性にある《クリエイト》の消費はオドをもってしても重いが、仕方ない。

 「よし。さっさと出よう!」

 カードを通す。

 読み取り機から、ピッ、という電子音が、速やかに聞こえてくる。


 「いいぞ!」

 一刻も早く出よう。

 こんなところに長居するのは、得策ではない。早く他の仲間と合流して――


 「認証完了。入退室口をひらき、ま」

 電子音声が止まる。

 「んん?」


 「エラー。魔素が不足しています。室内をサーチします」

 声とともに、壁の穴の一つから、目玉のようなカメラを持った、五本の指がある機械の腕が現れる。

 アーム本体は無骨な金属製だが、手と指の部分はなめらかで、すべすべとしていそうだ。


 「なんだか、すごく嫌な予感がしてきた」

 カメラは室内を舐めるように見渡し、ベッド、オドの持つカードの順に焦点を合わせた後、オドの顔をじっくりと見る。


 「魔力を潤沢に含む生体反応あり。搾取モードに入ります」

 「やっぱりー!」

 壁の穴という穴からアームが現れる。


 「さ、《サンクチュアリ》!」

 アームに掴まれる寸前、どうにか結界を張ることができた。


 「対象の抵抗を確認。無力化を試みます」

 うっかり結界内部に取り込んでしまったスピーカーから、声。

 側面のパネルが外れ、小さな機械触手が現れる、


 「しまった!」

 再度結界を展開しようとするが、時すでに遅し。


 「《サ――んぐっ!?」

 口を開いた瞬間に、触手が口内に入り込み、甘い液体をぶちまけていく。


 「けほっ、こほっ」

 全て吐き出そうとするが、わずかに飲み込んでしまう。

 仮に飲み込まなかったとしても、粘膜から吸収されたに違いない。

 

 効果はすぐに現れる。

 (あっ)

 体中が痺れるように疼くとともに、両足は踏ん張る力を失い、仰向けに倒れ込んでしまう。


 (く、ううっ!)

 結界を維持しようと試みるも、術式を含んだ弛緩剤の前には、風の前のろうそくのようなものだ。たまらず、術を解除してしまう。

 「対象の抵抗解除を確認」

 結界によって侵入を阻まれていたアームは、瞬く間にオドを大の字に拘束する。


 (あ、熱いっ!)

 それぞれのアームは不自然に熱を帯びており、無機質のはずのそれは、オドにとっては人肌の温かみすら感じさせる。


 拘束を終えた後、さらなるアームがオドの巫女服の中に潜り込み、つるつるの脇腹と、もちもちとしたタイツ越しの太ももに取り付く。

 (まって、それは)


 こちょこちょと、くすぐりが始まる。


 「ふああああっ!?」

 彼は嬌声を上げ、笑う。


 口を開くと、スピーカーから現れた機械触手がねじ込まれ、唾液とともに魔力を吸い取られてしまう。

 (口はだめえっ! 魔力吸わないでえっ!)

 とは言うものの、オドは情けなく身を捩るというささやかな抵抗しか行えていない。


 「魔力吸収の成功を確認、次フェーズに移行します」

 (まだあるのぉ!?)

 追加のアームが、ハケを持ち耳とへそに取り付く。


 (やめ、やめてよぉ!)

  より熱くなったアームにより、無慈悲にくすぐられる。

 聴覚、触覚両面からの責めから逃れようとするが、その結果としては、ただ衣服がずらされるだけであった。


 「はーっ、はーっ」

 荒い息を吐きながら、魔力を吸われる。

 オドの魔力総量からすればほんの僅かな量でしかないが、それ故に、この責めが長く続くと予感させる。

 

 「吸収効率上昇を確認。複数箇所からの吸収を試みます」

 今度はハサミと、筒のような機械。

 オドはその形状をひと目見て、用途を察した。


 (なんなの!? 男の子を虐めるためだけの部屋なの!?)

 全力で抵抗を試みても、頑丈な拘束は解けそうにない。


 ハサミが迫り、膝丈の袴を切り裂こうとする。

 

 体を揺らし、無力ながら抵抗するさまは、ある種煽情的とも言えたが。

 

 ガッ、ガガッ。


 不意に、暴力的で激しい音が部屋の外から聞こえてくる。

 「エラー。オーバーヒート。フェイルセーフ機構を動作させ、現在実行中の機能を停止します」


 (え?)

 取り付いていたアームが、おもちゃで遊ぶのに飽きた猫めいて、速やかに引っ込んでゆく。

 室温が上がる。ただ事ではない状況となっていると、オドは理解する。


 「《サラマンダー・スキン》」

 まだ立ち上がることは難しいが、どうにか唱えた呪文で火炎耐性を得る。

 何かを破砕する音は、より近づいてくる。

 

 「《プロテクション》」

 呪文を重ねる。

 近づいてくるものは強大だ。恐らく、対策なしに轢かれればひとたまりもない。


 どうにか上体を起こし、待ち構えていると。

 「《サジタル》!」

 聞き慣れた声がする。

 壁が、真っ二つに融け、分かれて落ちる。

 

 「おまたせ、大丈夫?」

 壁を掘り進みながら現れたのは、グレーヴァだ。


 「ありが……」

 彼女はオドの姿を一目見るや、赤面し、目線をそらす。


 巫女服がはだけ、肩や脇が見えてしまっていた。


 「ごめん」

 衣服を直し、《アンチドーテ》と《バイタリティ》を唱え、立ち上がる。

 

 部屋の様子を眺めるグレーヴァ。

 ろくでもないことが起こっていたと、なんとなく理解する。


 とはいえ、衣服がはだけたくらいなら、最悪の事態は避けられたのだろう。

 「改めて、ありがと。助かったよ」

 オドは微笑み、グレーヴァの空いている方の手を握る。

 

 上気していて、温かい。


 「ほ、ほら! 行くよ! 残りの二人も助けなきゃ!」

 グレーヴァの方から手を振り払い、また壁を溶かし始める。


 「罠探知は、いいか」

 彼女のあまりにも凄まじい進軍方法を見て、オドは心強いと思うのであった。

 

 次いで羽をくすぐられ悶えるソルカと、最後にぷるぷると震える貝型オートマトンに囲まれるルノフェンを救い出した。

 

 「ひどい目にあった。なんなんだよこの遺跡。えっちなトラップしかないじゃん。遺跡って言ったら転がってくる大岩とか、毒矢とかが定番なんじゃないの?」

 「機械の遺跡で大岩はねーよ」

 二人はトラップで消耗した分の魔力をオドから提供され、回復する。


 「これからどう進む?」

 念のため、オドは一行に問う。


 「やっぱ、トラップ見つけるのしんどいから、火炎耐性付けた上でグレーヴァに掘り進んでもらうのが早くね?」

 ソルカの提案に、ルノフェンはうんうんと頷く。


 「うう、後世で研究者に恨まれそうだ。でも、これが手っ取り早いよね」

 オドも、どうにか自分を納得させる。


 「グレちゃん、行ける?」

 「任せて!」

 グレーヴァはサムズアップした後、装備したバングルから魔力をもらい、刀を抜いた。


 ということで、一行による無法な進軍が始まった。


 ◆◆


 ゴッ、ガッ。


 預言者プラロの工廠。

 彼の配下たる忠実なディータが、頭上から響いてくる異様な音に顔をしかめる。

 このディータには、ホワイトモジュールは埋め込まれていない。純粋にプラロの思想に共感し、計画の初期段階で地表からスカウトされたのだ。


 「ッたく、勘弁してくださいよ。また故障ですか」

 ぶつくさと文句を言い、修理スクリプトを実行するため、管理端末の前に移動する。

 「実行、と」

 楽なものだ。

 プラロのもたらす技術は、素晴らしいものである。

 

 だが、今日は違った。


 聞こえてくる音はなおも激しくなり、修理スクリプトが効果を及ぼした様子はない。

 「あン?」

 もう一度、実行。

 効果はない。

 「マニピュレータでも壊れたか? クソだな、クソ」

 直接様子を見に行くため、はしごに手をかける。


 その時であった。


 ZGOOOM! 突如天井が崩落し、四人のヒトが落ちてくる。

 

 「は?」

 当惑していると、透き通る水色の髪を持つ子が滑るようにエンジニアディータへ走り寄り、《クラック:チェンジオーナー》を唱える。


 レジスト。

 当然だ。プラロによってパッチを当てられたプログラムは、多少のハッキングでは――


 「《レジストダウン》!」

 「《レジストブレイク》! 《クラック:チェンジオーナー》! 通った! サンキュー、オド!」

 問題は、相手が並の存在ではなかったことである。

 新たな主をルノフェンだと認識したエンジニアディータは、敬礼を行う。


 「それはいい、今すぐプラロのところに連れてって!」

 「プラロですね! わかりました!」


 踵を返し、案内する。


 ここから先には、一切のトラップが仕掛けられていない。

 地下に潜ったディータが暮らしていくためだ。何より、大抵の侵入者は、そもそも空間的に隔てられたこの場所に入って来れないだろう。

 正規の入場手段はテレポーターだ。遺跡の何箇所かに用意されたテレポーターで、直接やってくるのが正解である。


 ルノフェンは急いでいる。最短距離でプラロのもとに彼らを連れていき、さっさと持ち場に戻るとしよう。

 エレベータを乗り継ぎ、それほど時間を掛けず、たどり着く。


 その存在は、謁見の間に居た。

 くすんだ真鍮の壁は豪奢で、天井には鉱石ランプが埋め込まれている。

 広い室内を照らすには心もとないその明かりは、ハゲタカに囲まれた雛鳥のように、力なく揺らめいている。

 床には緋色のカーペット。神殿からくすねてきたと思しきそれは、ディータの往来に耐えかね、ところどころくすんでいた。


 一行は、正面に気配を感じ、武器を構える。

 アダマンタイトの機械玉座にふてぶてしく座るは、単眼の魔術師めいた、機械人間。

 

 「新しい主をご案内いたしました」

 エンジニアディータは前に進み、お辞儀をする。


 「フン」

 預言者は鼻で笑い、エンジニアディータの方へ手を伸ばす。

 「《デリート》」

 「《アイアス・シールド》」

 掌から放たれた、機械にとって致命的な魔法は、オドの盾によって防がれる。

 

 「オイオイ、壊れたおもちゃの廃棄くらいはさせてくれよ?」

 危険を感じたルノフェンはエンジニアディータに命じ、下がらせる。


 「キミがプラロ、だね?」

 ルノフェンの確認に対し、彼は。


 「ああ、そういえばそう名乗っていたな」

 プラロは立ち上がり、詠唱。

 「《トリックレス――」

 「《セパレート:ルール》」

 膨大な魔力を費やしたオドの呪文は、彼我の魔術的法則を完全に分離してしまう。

 これで、こちらは搦手を使えなくなる代わり、相手の厄介な魔法封印も無効化できる。


 「チッ。門番にあの技を使わせるべきじゃなかったな」

 彼は不愉快そうに、玉座の周囲をツカツカと歩く。

 「俺はイスカーツェルの遺志を継ぐ者。ムコナダァトを復活させ、従属させ、かつての文明の再臨を望む者」


 「《ダーク・ランス》」

 ルノフェンが撃ち出した牽制の一撃は、右腕で弾かれる。

 彼のボディにも、魔法への耐性があるようだ。


 「オイ、聞けよ。俺はこう見えてヒトだ。ディータじゃない。それはもう大昔に、つま先から髪の毛まで、機械に置換してしまったがな」


 「《センス:ライ》」

 オドによる判定は、真だ。

 「全く、どうしてそこまでトゲトゲしてるんだ? 神子は結果的に無傷だし、この大陸の住民に対しても、たかが国二つに襲撃を掛けただけじゃないか。

 むしろ、面倒をかけさせられたのはこっちの方だ。手駒を壊し、街を奪い、入口の直通テレポーターまで無視しやがって」


 その言葉に、ソルカの眉がピク、と動く。

 「理解できねえぞ、オマエ」

 今にも飛びかかりそうなソルカを、グレーヴァが抑える。

 「わりィ、少しカチンと来ただけだ」

 彼は、ひとまず引き下がった。


 「オレはハナからヒトのために動いてる。

 俺が再起動できたのは幸運だったな。これから俺は、このプラントに眠っている人間の遺伝子データを、神子経由で神の座から引き出した魔力で具現化し、そいつらとともにもう一回国を築き、幸せになるのさ」

 夢物語だ。

 奴が言うヒトは、“イスカーツェルの”人間に限ったことだろう。

 プラロ以外の四人は、そう思わざるを得なかった。


 「話はそれで終わり?」

 彼との対話は、不毛だ。

 交渉は、望むべくもない。

 一行は戦闘の準備を整える。


 「そうかい、さっきのディータくんは分かってくれたんだがな」

 クク、と、彼は笑い。


 「だったら、無理矢理にでも魔力炉にしてやるよ!」

 プラロは宣戦布告とともに、跳躍。玉座背後のソケットに右腕を突っ込む。

 「《ゴッズ・フィスト》!」

 ソルカの一撃が過たず頭部を貫き、アンドロイドのボディは破壊される。


 だが、一行に向けられる殺気は収まる気配がない。


 やがて、床が震え、天井が開き、壁がせり上がってゆく。

 「クッハハハ! もとよりソレはただの端末よ!」


 退場したのは、光源も例外ではない。

 下りゆくエレベーターのような、ふわっとした感覚が一瞬襲う。

 背中を合わせるように警戒する四人は、闇に包まれる。


 壁が上がっているというよりは、床が降下しているようだ。

 しばらく待っていると、移動は終わる。


 オドはポシェットから光源オートマトンを取り出し、起動する。

 「いい子だ」

 周りを飛行させ、状況を伺う。


 一行が立つのは、広大な空間。

 ここは、イスカーツェル遺跡の更に下方。古代文明に棄てられたもの達の最終処分場。


 グオオオオオ――――ン……。


 遠くから聞こえてくる轟音。

 まばゆい光に照らされ、一瞬目がくらむ。

 

 「ようこそ! 俺のテリトリーへ!」

 

 目が慣れてくる。

 

 見えたのは、直径二十メートルはあろうかという、巨大な球体。


 「俺のホントの姿を人に見せるのは初めてだ。あえて、名乗ろうか」


 イスカ・スフィア。


 彼が名乗りを終えると。

 球体表面から幾つものオートマトンを排出し、戦闘が始まる。


 「クソっ、近づこうにもあいつらが邪魔だ!」

 先陣を切ったソルカは、無数の蜂型オートマトンを視認する。


 「対多数なら拙の出番ね!」

 「任せた!」

 ソルカは一歩下がり、グレーヴァを前に出す。


 彼女は、今度こそ脇差しを迷わずに抜き放つ。

 「〈増長する狂った大火〉よ」

 レジェンダリー等級のソレは、燃え盛る炎を発し、先程まで脇差しの鞘に収まっていたとは思えないほど荒れ狂う。

 紫晨龍宮に古来より伝わる文字で、『敵を殺せ』とグレーヴァに囁く。

 彼女は御し、自身の魔力も注いで、横薙ぎに振り抜いた。

 

 「《桔梗紋:ハナダ》!」

 グレーヴァを中心に藍色の炎が巻き起こり、迂闊に近づいたオートマトンを焼き滅ぼしてゆく。

 「まだ、まだァ!」

 叫び、咲き誇る巨大な炎の花びらをもう一枚生成し、操る。

 進軍を邪魔するオートマトンを大雑把に薙ぎ払い、消し炭に。

 彼女の目からは血が流れ、この祭器を用いるにあたっての負荷の激しさを、否応なしに自覚させる。


 「これが! 拙の本気だッ!」

 呼び出した花びらは、三枚。

 

 雑兵を消し去った後になお残るそれを、イスカ・スフィアに投げつける。


 「おっと」

 イスカ・スフィアは攻撃を避けない。

 否、そもそもこの場から動くこともできない。


 BOOM!


 花びらが触れたそばから爆発し、煙を上げる。

 

 「ッ! 攻撃続行!」

 結果を見ずに、残りの三人は突進。

 確かにグレーヴァの攻撃は凄まじい威力だった。

 だが、相手の耐久力がそれを上回った。

 

 「オド、どうやって浮いてるアイツを叩く!?」

 ルノフェンとオドは並走し、戦略を練る。

 ソルカは新たに呼び出されたオートマトンを破壊し、彼らの通る道を作っている。

 オドは荷物から翼を取り出して装備することを検討し、隙が大きすぎると一蹴した。


 となると。


 「騎士団長がやってたみたいに《クリエイト:プラットフォーム》でやってみる!」

 「分かった!」

 ルノフェンは頷き、オドに道を譲る。

 「《クリエイト:プラットフォーム》!」

 オドの行く先に輝く斜面が現れると、二人は一目散に登る。

 

 「クッハハ、非イスカーツェル存在にしてはよく考えたな!」

 球体側面から現れたのは無骨にも程がある大剣。斜面に沿うように突きを放つ。

 「《アイアス・シールド》!」

 オドの防御呪文はどうにか攻撃を受け止めたが、一撃で砕けてしまう。


 「くっ!」

 削ぎきれなかった衝撃で、三歩ほど後退。

 「《エンハンス・マジック》! 《リピート・マジック》!」

 盾を貼り直すも、敵の攻撃は苛烈。生成する度に割られ、徐々に消耗してゆく。

 「くっ、どうすれば!」

 致命的な一撃をどうにかいなすオドは、恐怖しながらも対応を続ける。


 「助けに行きたいが、こっちもヤバい!」

 彼らに向かう蜂型オートマトンを叩き落とすため、ソルカは動けない。


 「登ってこれぬようだな? 神子の遺体さえ残っていれば、俺は計画を続行できる。とどめだ!」

 イスカ・スフィアはひときわ強く溜め、殺意を持った斬撃を二人に見舞う。


 「ルノフェン!」

 ソルカが、悲鳴をあげる。

 斬撃は、過たず二人の居る空間を通過する。


 「そんな!」

 大技で息を切らしていたグレーヴァも、その瞬間を見る。


 手応え、なし。

 姿、なし。

 気配すらも、消え失せている。


 「フム? 少し力を込めすぎたか?」

 大剣から返ってくる衝撃の弱さに、イスカ・スフィアは意外そうな声を漏らした。


 死。

 最悪の想像が、残された二人の脳裏によぎる。


 「アアアアアアッ!」

 怒りに任せたソルカの突撃は、硬質にも程があるイスカ・スフィアの表面に弾かれる。


 「よくも、よくもアイツラを!」

 イスカ・スフィアは抵抗しない。

 抵抗する意味がない。

 ソルカの攻撃は、通らない。


 「うるさいぞ、羽虫」

 あくびでもしていそうな声を出しながら、攻撃を受け続ける。


 グレーヴァが追いつき、刀を媒介とした炎の射出を行うも、これも効果がない。

 やがて、二人は、攻撃の手を緩めた。


 絶望的な情勢を前に、それでも戦略を練るソルカとグレーヴァ。


 「拙が全ての魔力を使えば、もしかしたら」


 五枚召喚の桔梗紋。

 古代において前例はある。グレーヴァでは、まだ使えない。


 「バカ! そんなことしたらオマエも!」

 ソルカは泣きながら地表に降り、翼で彼女を叩く。

 「でも、そうするしかないでしょ?」

 できたとしても、賭けだ。


 だが、やらなければならない。


 グレーヴァは魔力を溜め始める。


 「させんぞ」

 身の危険を感じたのか、イスカ・スフィアはまたも大剣を構え、グレーヴァを貫かんとする。

 まともに当たれば、ミンチだ。

 

 「やめろおおお!」

 ソルカが身を挺してかばう。無意識だ。


 大剣が、迫る。


 体が真っ二つになるような衝撃を予想し、歯を食いしばる。


 無慈悲な死そのものを前に、全てが緩慢に見えてくる。


 せめて、一矢報いてやる。

 《ゴッズ・フィスト》を側面から当てる。


 効果はない。巨大質量は、逸らせない。


 (これで終わりかよ、クソ)


 万策尽きた。

 諦める気はないが、この状況をどうにか出来る気もしない。


 刃が当たるまで、残り三メートル。

 

 不意に、刃が止まる。


 攻撃は、阻まれた。


 「まさか、まさか! これは!」

 イスカ・スフィアがうろたえる。


 大剣を、二人の少年がそれぞれ片手で掴み、止めている。


 その姿は、見るもの全てが平伏するであろう、神々しさで。

 

 二人が同時に、ニヤリ、と笑うと。

 死の大剣は、まるで紙のように、縦に引きちぎられた。


 【続く】

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