第十話「神子くんの電光石火は良いものだ」

 (あらすじ:バギニブルクにたどり着いた一行は、レジスタンスの首魁を手籠にして傘下に置く。預言者プラロの支配を脱するための反攻作戦が練られ、後は実行に移すのみ!)


 ルノフェン一行は再度ディータの姿に変身し、都市の北側で時間を待つ。


 「ルノフェンくん、なんだかそわそわしてない?」

 日も落ちるかという時間。グレーヴァがルノフェンの様子を見て、声をかける。

 行き交うディータは仕事を終え、居住区に用意された自宅に向かっている。

 彼らの家が、もともと居た人間を追い出して作られたことを、ディータ自身は知らない。


 「こいつ、自分が待たせるのは良いけど他人を待つのは嫌いだからな。そもそもがわがままなんだ」

 ソルカの方は落ち着いている。闘技場で、試合開始までの待ち時間を日常的にやり過ごしていたのだ。このくらいなら問題ない。


 「うー、後一分がこんなに長く感じるなんて。ボクもあっちに行きたかったんだけどなあ」

 あっち、とはレジスタンスのことである。

 時間が来れば、都市の複数箇所でささやかな破壊活動を行い、ルノフェン一行が神殿をハックしている間に戦力を惹きつける役回りだ。


 「役割的にルノフェンが居ないとどうしようもないんだからしっかりしてよ。ほら、もう残り二十秒しかないよ!」

 オドが背を叩き、移動を促す。


 今回は事前にルノフェンに対し、魔力を渡している。祭壇に触れさえすれば、リンクは取り戻せるはずだ。

 バフは効果時間が非常に長い一部の魔法のみを採用している。陽動なく町中で戦闘系の呪文を使えば、怪しまれる。

 方針としても、電撃戦だ。道中で支援する時間も、ない。故に、普段よりも体の動きが鈍い。

 

 一行は自然な足取りで、神殿の入口に移動する。

 警備はそこそこ厳重だ。ディータの姿ゆえに怪しまれていないだけで、生身であれば近づくことにも苦戦しただろう。

 「五、四」

 オドがカウントを始めると、一行の雰囲気は引き締まる。

 

 「三、二」

 警備ディータの一団がこちらに気づく。

 数は五体。十分対処できる。

 「君たち。すまないが巡礼はプラロ様の居宅に――」


 「一」

 「待て、止まれ!」

 手で静止するも、一行は止まらない。


 「ゼロ!」

 時間ちょうどに、《メタル・スクラッチ》による不快な爆音が都市全体に響き渡る。


 「《イリュージョン》《サンクチュアリ》!」

 道を阻もうとした警備ディータが耳マイクを塞いだところを、オドは隔離する。

 結界の外側に見せた幻影は巨体のディータ。まるまるとした体は、実に重そうだ。


 続いて街中で起こったのは爆発。暗くなりゆく街路を、鋭く照らす。

 「なんだ!? 敵襲か!?」

 神殿内部から兵器が続々と現れ、一行の横を素通りして騒ぎに対処すべく出動する。


 それに気づかない警備ディータは、なおも警棒一本で対処しようとするが。

 「あがッ!?」

 「ぴぎゃッ!?」

 グレーヴァによる、技名すら持たぬ達人の刀さばきの前では、爪楊枝で戦うのと同義だ。

 「ごめんねー?」


 警備ディータが倒れ伏したことを確認すると、オドは結界を解除する。

 「よし、行くぜ!」

 先導するのはソルカとルノフェン。ソルカは夜目が効かないので、《ディテクト・トラップ》は彼の役回りだ。

 

 ミクレビナーの神殿は、七色の異質な光沢を放つ金属で作られていた。

 床に靴が触れる度に、カン、カンと硬質な音が鳴る。


 「爆発だと!?」

 「人間種だ! 捕まえろ!」

 神殿内のスピーカーを通して、街の混乱が伝わってくる。

 外の喧騒とは裏腹に、中のディータは少ない。レジスタンスの揺動は、効果を表しているようだ。


 一行は彼らの働きに感謝し、祭壇をめがけ最短距離で潜ってゆく。

 「トラップ発見! 二時!」

 「《サージ》!」

 ソルカが発見したトラップも、ルノフェンによる思考を介さない雷の呪文により、速やかに無力化される。


 しかし、トラップを超えた先、頭部が円筒状の索敵ディータに視認されてしまう。

 「敵襲ー! 神殿内に侵入者!」

 「《ゴッズ・フィスト》!」

 ソルカの首飾りが輝くと、白く光り輝く拳が飛び、索敵ディータの胸部を貫く。

 「ギャーッ!」

 報告は行われたに違いないが、既に一行は地上に戻るつもりもない!


 「作戦継続!」

 「了解、ルノ!」

 こうなっては逆に戻るほうが危険だ。とにかく走るべし!

 

 「侵入者発見! 侵入者発見!」

 次に現れたのは小型の蜂型オートマトンの群れ! 耳障りな羽音を立て、一行に毒を注入せんと迫る!

 「グレちゃん!」

 「任せて!」

 ルノフェンとソルカは一歩引き、既に霞の構えを取ったグレーヴァを前に出す。


 「《スティング》!」

 鬼人族の腕力に魔道具の効果が乗った突き攻撃は、炎の乱流へとその姿を変え、オートマトンどもを焼き尽くす!

 「――!」

 音も立てず融け落ちるオートマトンの傍らを、熱くなった床や壁に触れぬように《レビテイト》を掛けた一行は進む。

 

 暫く走っていると、一行は大聖堂にたどり着く。

 「侵入者の姿を確認。排除します」


 現れたのは、聖都での戦いで苦戦させられた多腕オートマトン。それぞれの腕に聖別されしオリハルコンで造られたフレイル、槍、鎌、チェーンソーを持った上級個体だ。

 「懐かしいな」

 ルノフェンとオドが前に出る。


 「背後は頼んだ」

 都合、構図も先の戦いと同じだ。

 多腕ディータは二進数の叫びを上げ、鎌とフレイルを二人に叩きつける!


 しかし、そのフレイルが彼らに届くことはない!

 「《リフレクション》!」

 オドの呪文により二つの武器は弾かれ、多腕オートマトンは大きく体勢を崩す!


 「闇陰、解放」

 仕掛けるのはルノフェン!  事前に魔法をストックしておいたチョーカーが輝き、闇と化した腕で繰り返し殴りつける!


 「ピギャッ!? ピギーッ!」

 多腕オートマトンはルノフェンの疾さ、力強さに全く対応できない!

 徐々に押され、やがて壁に押し付けられる!


 「オド、決めちゃえ!」

 ルノフェンは振り返り、叫ぶ!


 「分かった! 《アイアス・シールド》! 《リピート・マジック》!」

 呪文によって呼び出されたのは二つの盾! 多腕オートマトンを挟み付けるように生成!

 オドは手を大きく開き!


 「合掌!」

 閉じる!


 「ピギャーッ!?」

 ルノフェンの闇腕とオドのシールド圧潰により、多腕オートマトンはスクラップとなった!


 「再生怪人はやっぱ弱いな! 祭壇はもうすぐだ!」

 スクラップを一瞥し、ルノフェン一行はなおも走る!

 

 祭壇に近づくにつれ、鉱石の通路はささくれ立ち、万色の輝きがうねりを帯びてゆく!

 それに伴い聞こえてくるのは、悲鳴。

 プラロの術式により、座から引き剥がされたミクレビナー神の悲鳴だ!


 「敵か」


 祭壇は、既に視認できる。

 狭い通路の中で、道を阻む者が、一人。

 「邪魔だ!」

 ソルカによる突撃はネオンめいた光を放つ刀に弾かれる。


 空気が変わる。

 紛れもない強者が、目の前に居る。


 「その気配、神子だな」

 番人は落ち着き払った声で《トリックレス・メカニズム》を唱え、一行の偽の外見を取り払い、バフを解除する。

 敵は中性的な姿だ。関節もほぼ人間種と見分けがつかず、精巧にできている。

 腰まで届く白髪の彼は、X字の描かれた仮面を被り、刀を正眼に構える。


 「キミがプラロ? 思ったより可愛いね?」

 ルノフェンは挑発。

 「私の名前は第四級『セイシュウ』モデル、オーダーメイド。生憎と、プラロではない。だが、ここを通すつもりはない」

 彼からは、紛れもない殺意が放たれている。


 「ここは、拙が行く」

 進み出るのは、グレーヴァ。

 セイシュウは彼女を値踏みし。

 「不足なし」

 構えるように促す。


 グレーヴァは応じ、柄に手をかけ、抜刀。

 同時に虚脱感が襲い、眉をひそめる。

 「言っておくが、この場で魔法が使えると思うなよ」

 彼の言葉は虚言ではない。祭壇を通して彼にミクレビナーの魔力が流れ込み、ムコナダァト系列の術式により、この場での魔法の行使を禁じている。


 念のためルノフェンがチョーカーからの魔法発動を試みるも、失敗に終わる。

 「加え、この通路の狭さ。大勢では叩かせてもらえない、ってことね?」

 セイシュウは、「然り」と認めた。

 

 「じゃあ、始めようかし――ら!」

 初手はセイシュウによる弾きからの小手打ち仕掛け。

 グレーヴァは難なくいなし、上段を横薙ぎするように狙うも、相手も強者。回すように受け流し、その勢いで下段へと繋げる。

 横跳びでかわし、壁を蹴った反動を活かし、柄で殴りつける。

 この奇襲も、セイシュウはバックステップで回避。空中のグレーヴァを斬り上げようとする。

 これを辛うじて魔化樫の鞘で受けると、ブスブスと焦げる匂いがした。

 

 押し返して飛び退き、仕切り直す。

 「そっちはマジックアイテムあり? 卑怯じゃないかな?」

 揺さぶる。

 「貴様の刀も大概だろう。術式による強化なくば、先の一太刀で灼け融けていたろうに」

 確かに、グレーヴァの刀もマジック級の品である。

 だが、その主要なエンチャントは、この戦いにおいて意味をなさない。

 

 「次はこっちから!」

 ネオン刀を掻い潜っての突きは下に弾かれ、返しの攻撃は叩きつけ。

 脚を使って避け、しなるように軌跡を描きながら、袈裟斬り。

 当てたが、浅い。敵の体は機械で、痛みを感じない。


 セイシュウは攻撃をもらいながら、肘バーナーから炎を吹き、タックル。

 「ぐうっ!」

 隙を突かれ、被弾。

 転ぶほどではないものの、痛手だ。

 畳み掛けるように、関節部を展開して連続突き。一対一の戦闘において法外なリーチを持つそれを、苦痛に顔を歪めながらどうにか捌いてゆく。


 苦し紛れに二頭クナイを数回投げるも、頭の動き一つで避けられる。

 「いつまでこの応酬を続ける? 私が時間を稼げば、その分増援のリスクが生まれるだろうな」

 語調を変えず、有効だと判断した戦術を維持し、淡々と突きを加える。

 苦しい局面に、意識が一瞬だけ脇差しに向く。

 染家の家宝、〈増長する狂った大火〉。これを抜けば、多少魔法の行使が防がれていようと、逸話によって強化された炎による制圧が出来る。

 グレーヴァは迷う。


 だが、その迷いが致命的であった。


 「なッ!」

 捌ききれなかった突きが、着流しを貫通し、グレーヴァを壁に縫い付ける。

 肉は裂かれていないが、身動きができない。

 ゆっくりと焦げゆく衣服を破り捨てようにも、隙が大きすぎる。


 「勝負あり、か」

 セイシュウは関節を元に戻しながら、グレーヴァに近づいてゆく。

 左手を握り込み、腕に力を入れ、感情のない声でとどめのパンチを加えようとする。


 「さらばだ」

 彼が殴り抜けようとしたその瞬間!


 閃くは、いつの間にか背後に回っていたソルカの短刀だ!

 「『さらばだ』は、こっちのセリフだ!」


 首を落とされるセイシュウ。込められていた力は霧散し、ネオン刀は輝きを失う。


 死を覚悟していたグレーヴァは、我に返る。

 「あ、ありがと」


 ソルカは目をそらしながら。

 「ダーティプレイやズルは黒の神子パーティの十八番だぜ? オレがアイツに気づかれないくらいには小柄でよかったな?」

 (それでも、命は助かった)

 グレーヴァの方も、目を合わせることは出来なかった。


 ルノフェンはグレーヴァを拘束していたネオン刀を抜き、眺める。

 「うーん、戦ってたときは光ってて綺麗に見えたんだけど。動力に繋がってないとそうでもないかも」

 投げ捨て、祭壇の方に向かってしまう。


 「グレーヴァさん、おつかれ。落ち着いたら祭壇に行こう」

 オドは魔力の流れが回復したことを見計らい、《ヒール》でグレーヴァを回復し、ルノフェンに続く。


 「オレたちも行こうぜ。結果としてタンクとしての仕事はこなせたんだ。上出来じゃねえかよ」

 ムードメーカーのハーピィは、グレーヴァの肩をぽんぽんと翼で叩き、慰める。


 「うん、そっか。役には立ててたんだ」

 どうにか納得して、壁から身を離し刀を鞘に納める。


 ひとまず、祭壇を守る敵は、もう居ないようだ。

 

 ルノフェンの方を見ると、祭壇から溢れ出ていた病的な魔力が徐々に凪ぎ、うねっていた壁の色彩が、上品な銀色へと戻っていくさまが見えた。


 彼が終わりにパン、と手を鳴らすと、祭壇を通してアヴィルティファレトの声が聞こえてくる。

 「よし! 全領域修復完了! ディータに埋め込まれてたホワイトモジュールも全消去! グッジョブ!」


 ソルカから安堵の声が漏れる。

 だが、残りの三人は、まだ問題が残っている事に気づいているようだ。


 「な、なんだよ? これで終わりじゃないのかよ?」

 解説は、ルノフェンが行った。

 「アヴィ、気づいていると思うけど、ボクたちはまだプラロを倒してない。放っておくと、また同じことが起こったりはしないかな?」


 ルノフェンの問いは、正鵠を射ている。

 「分かってる。記録を確認したけど、この神殿を通してディータたちにホワイトモジュールが埋め込まれ、指示を出していたことはほぼ確かだ。

 そういう意味で、重要な拠点を守るために姿を表さなかったのは、奇妙と言えるね」

 と、アヴィルティファレト。


 「じゃあ、プラロがどこに居るか探さなきゃ行けない、ってことかな?」

 繋げたのはグレーヴァだ。


 「そこからは、わたくしが説明させていただきますわね」

 聞き慣れぬ女性の声だ。

 「わたくしは鉱石神ミクレビナー。先程まではお恥ずかしいところをお見せいたしました」

 「また神の声だ」

 ソルカの目は虚ろだ。この冒険で、もう二柱の声を聞いている。


 「実のところ、今もプラロからの攻撃は続いております。そこの神子とアヴィルティファレトの処置により、ひとまずは防げておりますわ」

 「でも、いつまでも持つって感じじゃなさそう」


 オドの所見に、二柱は同意する。

 「まさに。なので、貴方がたには敵拠点を叩きに行ってもらいたいのです。攻撃は、地下にあるイスカーツェル期の遺跡から行われておりますわ」

 イスカーツェル。かつて栄華を極め、神罰によって滅んだ機械文明の都だ。


 「地下か。今から行って間に合うかな?」

 ルノフェンの問いに対しては、制止の声が上がる。

 「流石に今日中は無理、と言えますの。

 かの遺跡は暫く前に遺棄され、幾重にも進入禁止のバリケードが構築されております。

 それをどかすのに、第二級ディータを動員して一晩といったところでしょうか」

 「なるほどなあ」


 この様子だと、プラロは人前に出るときも代理を送っているに違いない。

 自分だけは安全な場所で指示を出す黒幕に、さしものルノフェンも少し怒っていた。


 「じゃあ、明日の朝にその遺跡へ向かうよ。見つけたらぶん殴ってやる」

 「よろしくお願いいたしますわ。ここはあまり恵まれた地とは言えませんが、良い宿を取れるよう、枢機卿に通達いたしました。今日は、お休みになられるがよいでしょう」


 そういうことなので、神殿を抜け、地上に出た!


 ◆◆


 夜、雪の降るバギニブルク。

 皮肉にも、ディータに支配されて以降、増えすぎた彼らを住まわせるための都市計画がなされていた。

 明るい路地、自動で行われる除雪、凍土にあっても暖かな家。

 それも、長い時が経てばいずれ故障し、イスカーツェル由来の機構をメンテナンスできる者は少なくなってゆくだろう。


 つまり、そのうち名前も忘れ、元の第一都市に戻るのだ。


 元に戻ると言えば。

 都市の外側では、機雷をあえて起爆させ、撤去する市民の姿が見られる。

 銃を撃てるものは距離に気をつけながら射撃し、飛行できる者は落ちていた撒き菱を幾つか拾い、投げつける。

 爆発する度に悲鳴を上げる者も居れば、機雷の破片を拾ってもう一度破壊しに向かう者も居る。


 とにかく、街は大丈夫そうだ。

 

 以上の話を、一行は神官長から聞いた。

 神官長は、ミクレビナーのお告げに従い、都市で最も高価な宿を手配してくれた。

 流石に、デフィデリヴェッタやソルモンテーユのそれには及ばないが。それでも、一行に暖かい食事と寝床を用意してくれることには、違いない。


 「ルノフェンさま、この数日間、結構楽しかったなあ」


 アルムはルノフェンにしなだれかかり、回想する。

 彼は、今でこそ女の子のようにたおやかであるが、街がディータに支配された直後にレジスタンスを結成する程度には、この街を愛していた強者であった。

 実際、作戦の成功にあたっては、レジスタンスによる揺動の結果、ルノフェン一行が挟撃されずに神殿を制圧できたという側面が大きい。


 「アルムくん、ごほーび欲しい?」

 ルノフェンの右手にはトナカイ肉スープを食べるためのスプーンが握られており、左手でアルムをあやしている。

 行儀は悪いが、皆慣れたものである。


 「激しいのが欲しい!」

 答えを聞くと、「よく出来ました」と言わんばかりに、頭をくしゃくしゃと撫でる。


 「ルノ、そういうのをやるんだったら自室でやろうね」

 オドは炊き込みご飯をもぐもぐとやっている。燻製肉がたっぷり入ったそれを、いたく気に入ったらしい。


 「ソルカはどう?」

 ルノフェンは誘うが。


 「今日はいーわ。多分明日がラスボス戦だから、オマエもちょっとは休んどけよ」

 断られる。ソルカは、採れたてのカニ料理に舌鼓を打っている。

 「こんなに沢山カニ食ったことねェかも。今回の一件が落ち着いたら、姉さんも連れてきてーわ」

 美味い、美味いと言いながら、夢中になっている。


 「グレーヴァさん、新しい着物どうですか?」

 次に話題を振ったのはオドだ。


 「わあ、オドくん気づいてくれた!」

 グレーヴァの衣服は先の戦闘で破けてしまったので、新しく買い直したようだ。

 よく見ると、以前着ていたものと比べ厚みがある。防寒用の魔道具なしであれば大して寒さへの抵抗にはならないが、それでも北方のものなので、自然と厚くなってしまうのだ。

 彼女が食べているのは、揚げたパンだ。中には挽き肉、芋、チーズなどが入っており、具材から出るスープが深い味わいを作り出している。


 「ふかふかしてて良いかも。水の季節のためにもう一着買っていこうかなあ」

 水の季節。元の世界においては、概ね冬のことだ。

 「良いなあ。わたしも寄ればよかったかも」

 オドの巫女服は膝でカットされているので、見るだけで寒い。腹部を露出しているソルカやルノフェンに比べれば、これでもまだ着ている方と言えるわけだが。


 「なんならこれから行く? タイツとかも選ぶよ?」

 「一緒なら心強いですね。行こう!」

 二つの意味で、である。

 冒険を通して、オドは多少ならば女性に対して抵抗できるようになったが、万一囲まれるとまだ危ない。

 夜の治安を考えると、誰かが同行すべき、ではあった。

 

 「行ってら。オレは食べ終わったら寝よっかなー」

 カニ料理を食べ終わった後は、魚の煮物に手を付ける。


 一行は、ひとまず各自行動することにした。


 食べ物を全て胃の中に収めた後。

 オドとグレーヴァは買い物に向かい、ソルカはシャワーを浴びに退出。


 室内には、オドとアルムだけが残された。

 

 「みんな行っちゃったね?」

 アルムの背中に背を回し、ルノフェンも自室に戻ろうとする。


 「ん、そっか、僕たち二人だけなんだ」

 皿が下げられる様子を見ながら、アルムは既に近い距離をなおも詰める。

 殆ど密着している、と言うことも出来るだろう。

 「そうだ、ルノフェンさまに聞いておきたいことがあったんだ」

 「んー?」


 目を合わせ、言葉を待つ。

 アルムの目は、純真だ。つい今日まで穢れを知らなかった彼は、ルノフェン一色に染められてしまった。

 「オドくんに対しては、僕みたいに滅茶苦茶にしなかったの?」

 「んー」


 ルノフェンによる無言のキス。黙らせる。

 「今のはペナルティ。答えるだけ答えてあげる」

 キスでその気にさせられかけているアルムを焦らし、話す。

 「あの子、曲がりなりにも女の人が好きだから、そういう素質がないんだよね」


 なんだかんだで、完全に素質がないと思える相手には、無理強いしない。

 ルノフェンはこの世界で色々ひどいことをやっているように見えるが、冷静なところもあるのだ。


 「そっかあ」

 アルムはキスをもう一度せがむが、それは拒まれる。

 「ペナルティって言ったでしょ。暫く中途半端な状態で過ごしてよ」

 「うー」

 体をもじもじさせ、不愉快な感覚に抗う。


 「で、理由の方。もう一つある。ボク、これでも寝取りはやらない主義なの」

 「そうなの?」

 意外そうにしている。オドに相手が居たことについても、ルノフェンのこだわりについてもだ。

 「うん。だって気持ちよくヤれないじゃん。でも、こんなんだから先越されちゃうのかなあ」

 「先?」

 詳しく聞きたそうにしているアルムに、元の世界でのことを少しだけ話した。


 かつての恋人のことだ。


 語り終えるまで、アルムは何も言わず、聞き続けていた。

 「んっ」

 独白が終わると、優しく唇が近づく。

 ルノフェンは不意を突かれ、キスを許してしまう。


 ぷはぁ、という呼吸音で、小休止。

 「辛いよ、それ。未練しかないじゃん」

 事実だ。頭では可能性はないとわかっていても、心のなかでどこか、あの子とまだ親密になれるんじゃないか、と思っている自分がいた。


 その事実を改めて突きつけられ、胸がチクりと痛む。

 「いっそのこと、きっぱり振られに行ってしまえば良かったのに」

 もやもやする対応を知り、いじけるアルム。


 ルノフェンは大きなため息を一つして、考え直す。

 「ありかもね、振られに行くの。そういう儀式、大事かも」

 決意、というべきだろうか。

 あるいは、この冒険を終わらせるための、ちゃんとした動機ができた、ということか。

 現状、元の世界に戻る手段を神からの報酬を除いて知らないルノフェンとしては、絵空事ではあるのだが。


 「なんか、この世界に居れば居るほど、みんなに励まされっぱなしって気がしてくるなあ」

 再度頭を撫で、アルムを抱きしめ、立ち上がる。


 「行こっか。さっきのペナルティ、ナシで。人生最高の夜にしてあげる」


 ◆◆


 「で、全員最高のコンディション、と」


 一行は遺跡の前に、並んで立っている。

 小回りの聞く運搬型ディータ、元の世界におけるトラックが通れそうな、鋲打ちされた金属の通路が、目の前に見えている。

 暫く使われていなかった遺跡であるためか、鉱石ランプの明かりも明滅している。オドは《ライト・プローブ》を主軸に、魔法を封印された場合に備えて、物理的な光源を装備したオートマトンを用意している。


 「ルノ、詳しくは聞かないけど、昨日の夜結構泣いてた?」

 オドの巫女服は、魔素をより多く通す生地で作られたものを採用したらしい。

 相変わらず袴は膝丈。黒いタイツを履いている。


 「ん。ちょっとアルムと語りすぎたかも。あの子、話聞くの上手だったよ」

 ルノフェンはポツリと語りながら、ソルカとグレーヴァを見る。


 「こっちもオッケー。いつでも行けるぜ」

 既に『セイバー・オブ・エミッション』を装備している。ぐっすり眠って回復したようだ。

 「お姉さんも昨日は楽しかった! 行こう!」

 グレーヴァは自然体だ。昨日の戦闘を反省し、接近戦のイメージトレーニングはやったらしい。


 「よし、じゃあ行こっか。ソルカ、先導任せた」

 パーティのリーダーとして格好はつかないが、探知技術持ちは先に行くものである。

 「あいよー。《ディテクト・トラップ》!」


 進行方向。

 彼の脳は、ぼんやりした何かを感じ取る。


 「んん?」

 ちょうど入り口一歩目に、トラップがあるらしい。


 しかし、普段とは違い、意識しなければ見落としそうな感覚であった。

 「オド、開幕からなんか奇妙だ。罠があるのは確かなんだが、いつもよりぼやけてる。念のため、そっちも唱えてもらえるか?」


 オドも詠唱する。

 「ほんとだ。魔術的に隠蔽されてるのかな」

 いつものように一シェル鉄片を取り出し、投げる。


 鉄片は、「ブン」と音を立てて、消滅した。


 「感覚的にはテレポーターの罠っぽい。どこに飛ばされたんだろ? 一回発動したら消えたね」

 然り。ソルカも罠が消滅したと認識できている。


 「これ、どっちも《ディテクト・トラップ》入れる体制で、それでも何個か見逃しちゃうかもしれない。ルノ、それでいい?」

 ルノフェンは是認した。オドやソルカでも見破れないのであれば、これは許容せざるをえない。


 「今消耗するのは怖いけど、防御系のバフを幾つか炊いておこうかな」

 こういうバフは、魔力消費軽減持ちのオドが最適だ。


 「念のため、お互いの位置が分かる魔法とかがあったら嬉しいかなー」

 グレーヴァの提案に従い、追加で《ゾディアック・トライブ》を唱える。それぞれの位置が、星座を構成する星のようにはっきりと認識できるようになった。

 「よし、これで誰かがトラップにやられても助けに行けるね。改めて、行こう!」


 おー! と鬨の声が上がり、彼らは最後のダンジョンに臨んだ。


【続く】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る