第九話「ミクレビナーさんは寝ているのですか!?」
(あらすじ:クソトラップ道中を切り抜けてシュヴィルニャ第一都市にたどり着いたぞ! でも、その都市の名前には聞き覚えがなく……?)
「この都市の名前は、バキニブルク。グレーヴァ、聞いたことあるか?」
ルノフェンとオドに挟まれ、とろけていたグレーヴァは我に返る。
「聞いたことないねー。博物誌にも、こんなに分厚い外壁の写真はなかったよー?」
謎が深まる。ルノフェンはアヴィルティファレトと交信し、情報を探る。
結果は、「わからない」とのことであった。
「分かんねえ。座標は合ってんだろ?」
ソルカはオドに振ってみる。
「うん、《コンパス》で確認したけど、間違いなくここが第一都市だ。とりあえず、中入ろっか。《マス・ポリモーフ》」
オドは呪文で皆の外見を誤魔化し、ディータの姿に変える。
念のため、目は白く光らせておく。『ホワイトアイ』だと偽装するためだ。
変化させたのはあくまで外見だけなので、触られるとマズいということを、皆に知らせる。
「うーん、関節の動きがちょっと不自然かも。凝視されるとバレるかな」
首を傾げ、己の姿を見るオド。
「まあ、いいんじゃね? グレーヴァ以外は他にも探知阻害呪文を持ってるし、まずは情報収集しよーぜ」
ソルカは羽ばたき、一足先に侵入。
彼の姿は、人の子ほどの大きさを持つ、機械の蝶に見えている。
「そうだね、倒した見張りを誰かに見られるとマズいし。続きは拠点を探しながらにしよう」
残りの三人も、遅れて門をくぐった。
街の様子をひと目見て、ルノフェンは「すごい」と無意識に口に出す。
広大な街路を、姿かたち様々なディータが行き交っている。
その全てにホワイトモジュールが埋め込まれているためか、目に当たる部分は白く発光している。
街路から沿道に目を向けると、石造りの建物が立ち並ぶ。
赤、白、灰といったカラフルなレンガで造られたそれは、わずかに熱を発し、降る粉雪を触れたそばから水へ変える。
「なんか、思ったより文明を感じる」
水路に流れ込む雪解け水を眺めながら、ルノフェン。
「他のディータも、特にオレたちのことを気にかけてるってわけじゃなさそうだな。ちょっとオレは飛んで街全体を見渡してくるわ。なんかあったらすぐ戻る」
ソルカはふよふよと宙に浮き、そのまま行ってしまう。
「ん、分かった。オド、出番だ」
「頭脳と交渉関係が全部わたしに来てる気がする」
文句を言いながらも、手近な通行人に話しかける。
相手は、ヒトであればマッチョと呼べるであろう、女性型のディータだ。
「あのー、すみません」
上目遣いで、申し訳無さそうに告げる。
「おう、どうした!?」
声量がでかい。
臆せず、オドは続ける。
「シュヴィルニャ第一都市はここだって聞いてやってきたんですけど、なんかバギニブルクって名前になってるみたいで。
経緯をご存知でしたら、お伺いできると助かるんです」
「むん!」
サイドチェスト。
魔素を含んだ暖かい蒸気が吹き出し、顔に当たる。
「バギニブルクは、我らが預言者プラロが建造された都市! それ以前のことは記憶がないので分からん! すまんな!」
スクワット。
機械の体なので鍛えても筋肉量は変わらない気もするが、指摘はやめておこう。
「そうですか、ありがとうございます。ところで、この都市には人間たちが居たと思うのですが、今、彼らはどちらに?」
危うい質問だが、聞いておく価値はある。
この都市のディータの多くが記憶を失っているか、あるいは最近製造されたばかりだとすると、彼らを情報源としてあたることは難しくなる。
であれば、人間を当たるのが良いだろうという判断だ。
「人間? 脆弱なる者たちのことか! 彼らの居住区はスラムに用意されている! さもなくば奴隷だ! あの屋根の上を見ろ!」
彼女が指差す方向を見てみると、幼い少女がクレーン型ディータに吊られ、ガラスを拭いているのが見える。
最低限の防寒装備は与えられているようだが、彼女は痩せており、手もかじかんでいた。
待遇は劣悪そうだ。だが、即座に皆殺しにされたわけではないらしい。
オドはなるべく表情を変えずに対応する。
「わかった、助かりました! これ、お礼です!」
ポシェットから十シェル銅片を出し、指で弾くと、彼女は片手で軽やかに掴み取った。
「良いやつだな、お前! 達者でな!」
彼女は太ももを高く上げ、走り去っていった。
(口止めの意図、通じてればいいんだけど)
声に出さず、ルノフェンたちのもとに戻る。
「おかえり、グッジョブ!」
彼は子供型のディータに、どこで手に入れたのか分からない風船を渡すと、オドに気づいた。
ルノフェンの方でも話を聞いていたらしい。
いざという時はグレーヴァが暴れてなんとかする算段なので、それぞれ安心して動けるのだ。武力は正義。
「どうだった?」
オドにも風船を渡す。
一応、受け取っておく。水色だった。
「話のできる人間を探したいかな。次に行くべき場所はスラムだね。そっちは?」
上空のソルカを呼び戻しながら、ルノフェンに振る。
「んー、なんてゆーか、市民はただの市民って感じがした。戦力じゃないって意味で。あと、神というよりは預言者プラロが信仰対象っぽい。市民は神の名前を知らない」
「なるほどねえ」
率直に言って、胡散臭い。神が身近なこの世界で、神よりも預言者の色が濃いのは、中々に異常なことだ。
ソルカが降りてくる。
「一通り見てきた。この都市は、区画が厳密に分かれているな。
今居るのが南端の商業区。西側には居住区と、端の方にスラム。
中央から東側にかけては、遺跡や工場が乱立してる。
北には神殿があって、ミクレビナーを祀っていたものをプラロ用に変えてるみたいだ」
ルノはソルカにも風船を渡すが、うっかり鉤爪が触れた途端、割れてしまった。
「うっぷす。目立ったところはそのあたり。流石に細々とした施設は分かんねえ」
ソルカを労い、オドは状況を伝える。
「スラムかあ。お姉さん、そういうところに足を踏み入れたことないかも」
「不安か?」
割れた風船の残骸を片付けつつ、ソルカはグレーヴァを見上げる。
「ううん。一回はちゃんと見とかないとなって思ってた。心配してくれてありがとね」
ソルカの頬に手を当て、にこっと。
彼は触れた手に一瞬だけ翼を重ね、我に返る。
「ん。そっか。じゃ、行くぞ」
あえて振り払い、先に行ってしまう。
「あの反応、意外と意識してそうじゃない?」
グレーヴァに耳打ちしたのはルノフェンだ。
「うっせ! うっせ! 聞こえてんぞ! はよ来い!」
「ひゃ、ひゃい!」
呆れるオドについていくようにして、残りの二人も都市の西側に向け、歩き始めた。
バギニブルク居住区。
賑やかなかつ華やかな商業区と比べると人通りが少なく、建物も地味な色合いに変わってゆく。
とは言え、出歩く人々が全く居ないわけでもなく、数メートルもあるような巨大ディータこそ見ないものの、逆足や複腕程度の異形であれば、そこかしこで見かけることができた。
(この街、ホントにディータのものになっちゃったのかな)
ルノフェンは口に出す代わり、脳内でアヴィルティファレトに聴く。
露骨な発言は避けるようにしている。外見は装えても、思想で生身だとバレる可能性もあるからだ。
(ぼくもルノの視界を共有してたけど、ヤバいね。そもそも、聖都での戦闘然り、ディータの数がここまで多いという報告はこれまでなかった)
続きを促す。
(あまり考えたくはないけど、何者かによって製造されている、という見方が出来ると思う。失われたテクノロジーだ。それが、預言者プラロの持つものか、ムコナダァトの加護かはわからないけれど)
(止めるべき?)
ルノフェンの問いに対し、彼は即答する。
(この事態が、かの機神かその関係者によるものなら、当然止める必要があるよ。
彼女に対する神罰は未だ有効だからね。
ただ、無理だと思ったら退くのもありだ。流石にこの都市そのものを相手にするには、ヒトの身は矮小にすぎる)
(ボクのことを心配するくらいには、好きになってくれたのかな?)
意地悪な質問だ。
(ばっ、ばか! 死なれると困るだけだ!)
そう言い捨て、リンクは一方的に切られた。
(上手くやるよ。ボクだって、まだやりたいことはあるもん)
その言葉が受け取られることはないが、考えずにはいられなかった。
居住区とスラム街の境目は、明確だった。
熱を持つ鉱石で作られた石畳。居住区にはあるが、スラム街には無い。
雪は降りゆくままに積もり、体力が少しでもある人々は、その対処に追われている。
ディータを装った一行への視線は、警戒と恐怖のそれだ。
「スラムには着いたが、これからどうする?」
ルノフェンに次の手を聞くソルカ。鉤爪に雪が触れるのを嫌い、飛んでいる。
「あれば酒場、かな。やっぱり情報を集めるんなら定番でしょ。ね?」
年季の入った民家の上で雪下ろしをする少年を指差し、可愛いポーズを取って聞いてみる。
「おわあっ!? ディータ様が僕に声を!?」
灰色のショートヘアを持つ彼はバランスを崩して転落しかけたが、どうにか持ち直した。
「やー、悪いね? 驚かせちゃって。見ての通り治安維持とかそういうのじゃない、ただの旅行者だから安心してよ」
なだめる。
「本当かー? なら良いんだけど。
酒場は大通りをもう十分くらい歩いたところに、スラムでは一番マシなのがあるよ」
「ありがとー! これ、お礼ね!」
十シェル銅片を投げ渡すと、彼はどうにか受け取った。
去ってゆく一行を尻目に、少年は雪かきを続ける。
彼らの姿が見えなくなったことを確認すると、腰から通信機を取り出し、何者かに報告する。
「酒場に罠を張れ。僕は後で向かう。こんなクソな所で十シェルもくれたんだ、ディータなら好都合。全部絞り尽くしてやる!」
彼はニヤリと笑い、雪の様子を見た後、屋根から飛び降りた。
そんなやり取りを聞いたか聞いていなかったか、神子一行。
言われた通り十分歩き、目的の酒場を見つけ出す。
「そろそろ、かな。ちょっとみんな集まって」
入り口に掲げられていたボロボロの時計を視認すると、オドは皆の歩みを止めた。
「どうしたの? オドくん」
「《イリュージョン》、《サンクチュアリ》」
前準備なしに、いきなり結界を張る。
外側からも同じようにオドたちが話し込んでいるように見える幻影を、追加で付与する。
つまり、結界を悟られないようにしている。一行の言葉が、外に漏れることはない。
オドは、情報を共有する。
「《ディテクト・トラップ》に反応があった。範囲はあの酒場全体。罠が張られてる」
「強烈な歓迎だな。オレはどうすれば良い? 先手で適当に暴れれば良いか?」
血気盛んなソルカを抑え、オドは自分の作戦を話す。
「いや、ここはあえて罠に乗って、相手の情報を引き出そう。ボスが直接出てくればそれが一番いいんだけど、そうでなくても人質の二、三人は作れるはず」
「なるほど、そっちの方が面白いね。ボクは乗った」
ルノフェンの同意で、方針が決まる。
グレーヴァ、ソルカも追認した。
「ありがと。じゃ、簡単に作戦を伝えるね」
オドの考えをベースにルノフェンが趣味を張り巡らせた作戦は、とても悪辣なものであった。
◆◆
カラン、コロン。
酒場に鐘の音が響く。
「よォ、お客さんか? 生憎とここは生身用だぜ」
鷹のような目をした細身の老バーテンが、油断ならぬ目で一行を睨む。
意識はカウンター裏の鎮圧用ショットガンに。殺傷力こそないが、射撃に気絶の追加効果を付与したマジックアイテムだ。
「釣れなーい。これでもボクたち、高級モデルだから酒は飲めるんだよ?」
横にくるりと一回転。
彼の視線は、いま居る客の手元を確認している。
思ったより隙がない。もう一人の少年型はそうでもないが、残りは油断させねば骨が折れそうだ。
「フン、そうか。何が飲みたい」
「エール。こっちのおどおどしてるのはミルクで」
「あいよ」
注文を受け、準備する。
飲み物自体には何も仕込んでいない。《スリープ》を仕込んだ毒液は、ジョッキの方に塗られている。
「どうぞ」
透明なジョッキには、頼まれた液体がなみなみと注がれている。
「ん、ありがと」
入れ替わるように、カウンターの上には十シェル銅片が三枚置かれる。
相場より高い。この店では、エールが五シェル、ミルクが三シェルだ。
もっとも、新参者であれば、公式に使われていない、五シェル以下の硬貨を所持していない可能性も十分にある。
幾つか硬貨をつかみ取り、その中から六シェルを釣り銭として渡し、様子を見る。
都合、誤魔化したのも六シェルだ。
「ん、ちょっと高いけどこんなもんかな?」
と言いつつも、受け取る。金銭感覚はあるものの、一シェルが生活を左右するような水準の者ではないらしい。
「お客さん、どこから来た」
それとなく情報を探る。
「第二都市。久しぶりに来たらこっちの都市も改名しててさー」
嘘が下手だ。生半可な実力であれば、あの大量の機雷に阻まれ、たどり着けないはずだ。
そして、そのような存在は、辺境の第二都市には居るまい。
だが、妥当な嘘でもある。
バギニブルクのディータは彼らほどにはヒトにフレンドリーではない。
状況だけを見ると、強者の出戻りでなければバギニブルク内の者に違いない。我々が都市からの脱出を試みていなければ、バレない嘘だ。
彼はジョッキのエールをごくごくと飲み、カウンターに叩きつける。
「んんー、酒って良いよね!」
その様子を見て、他の三人も口をつける。腕の代わりに羽を生やした異形ディータだけは、端に座る女性型ディータに飲まされる形だ。
彼らの背後でジャーキーを持つ女剣客が、口角を歪め、笑う。
《スリープ》の発動までには、少し時間がある。あまりに早く落ちると、怪しまれるためだ。
「つまみもあるぞ。第二都市から来たなら食べ飽きているだろうが、シュヴィトナカイのジャーキーだ」
話を合わせつつ、提供は素早く行う。こちらには、《レジストダウン》が付与されている。
余分に受け取った分くらいはサービスしてやることにした。どうせ、最後は全部奪うのだ。
「良いね、合うよ」
迷わず口に運ぶ。
もう一人の少年型は手を付けない。仕方ないことだ。これは甘いミルクには合うまい。
「こっちからも質問、良いかな?」
「答えられることなら、答えよう」
向こうから時間稼ぎに付き合ってくれるなら、好都合だ。
「預言者プラロについて、知ってることを教えてくれない?」
「ふむ」
彼の目を覗き、真意を探る。
バギニブルクの者ならば、彼によるこの都市の支配を知らぬ筈はない。
先の予想を修正する。このディータが、先の侵攻以前に出奔し、戻ってきた強者である可能性を考える。
であれば、我々の敵う相手ではない。装備面でも、こちらは精々がプレフィクス品上位だ。早急にボスを当てる必要がある。
「そいつのことをよーく知ってるヤツを呼ぶ。少し待ってろ」
尻ポケットから通信機を取り出し、ボスに繋げる。
「ディー、お客人がプラロについての情報をご所望だ」
コード・ディー。意味としては、現場では対処不能。
「わかった。薬はしっかり飲ませたよな? すぐ行く」
打ち合わせは終わった。後は、アドリブだ。
「お客人、私の知っている情報を少し教えよう。プラロは、遺跡から発掘された存在だが、ヒトを自称している。導く者、であるともな」
「ディータじゃないんですか?」
割り込んだのはミルクの坊やだ。
「知らん。姿を見せるときはいつも全身ローブに頭巾だ。生身であれ機械であれ、私たちにとっては変わらんがな」
通信機のボタンを押し、店内の全員に「ボスが来る」旨を知らせる。
距離的には、全速力で走れば先の通信から六十秒も掛かるまい。
ショットガンに手をかけ、安全ピンを抜く。
これから起こるのは制圧だ。予定とは違うが、《スリープ》が効いていれば、少なからず戦力に影響が出る。
「じゃあ、わたしから一つ」
「なんだ」
窓の外、ボスがこちらに駆けるのが見える。
潮時だ。始めよう。
ショットガンを構え、元気そうな少年を狙う。
しかし、それよりも早くミルクの坊やが動く。
「《マス・アンチドーテ》!」
初手で解毒。ハナからバレていたか。
だが、これで一手稼げる。
「死――」
叫び、トリガを引こうとする右手に、何かが突き刺さる。
先が二股に分かれたクナイだ。今まで沈黙を保っていた女性ディータが投げたのだ。
さらに、傷が灼けている。激痛にショットガンを取り落としかける。
「てやーっ!」
その隙を狙い、背後の女剣客が瞬時に抜刀。女性ディータの延髄を狙いに行く。
結果は、足に携えた短剣一本での阻止。
「おっと、先に仕掛けたのはオマエらだぜ。ちょっと痛い目見てもらうからな!」
羽のディータはそのまま短剣を振り抜いて刀を弾き、《ウィンド》を詠唱。女剣客は酒の入ったグラス、増援の拳士を巻き込んで派手に吹き飛ぶ。
次は吹き抜けの上から魔術師が《アイアン・バレット》を行使する。
鉱石属性の呪文だ。彼女らは、ミクレビナーへの信仰を維持している。
「《アイアス・シールド》!」
行使者はミルク坊や。空中に光の盾を召喚し、的確に一行への射撃を防御する。こいつを先に片付けねば、どうしようもないか。
「リーダーの登場だぜー!」
このタイミングで、我らがボスが追いつく。窓から回転跳躍した彼は、両手に握った短剣で、ミルク坊やのシールドにヒビを入れる。
破壊力に特化したマスターピース品だ。むしろ一撃で割れない事に驚いた。
その様子に勇気づけられ、再度ショットガンを構える。狙うはミルク坊やだ。
だが、照準は彼ではなく、我らがボスに向けられる。
「《ドミネーション》」
いつの間にか少年ディータがカウンターの中に潜り込んでいた。
BLAM!
掛けられたのは支配の呪文。彼の意思により、気絶効果の付与されたショットガンの一撃は、全てボスの方向へ。
いや、支配の呪文を掛けられた以上、もはや私から見て、ボスは彼ではない。撃ったのは「アルム少年」だ。
「は?」
直撃。
予想外の人物から与えられた攻撃を受け、彼はそのまま気を失う。
リロードし、新たなボスの指示に従い、酒場に居る狼藉者どもを無力化してゆく。
「ルノ、勝てそうだし擬態解くね」
ミルク坊やが念じると、一行の外見はディータのそれから、肉を持つ種族のものに変わる。
戦闘で上気した肌が、麗しい。
「俺は逃げるぞ! うおーっ!」
どうにか女剣客の下から這い出した拳士は、一目散に外に飛び出し、遠ざかろうとするも。
「へぶしっ!?」
見えない壁に衝突し、その衝撃で気を失う。
「《サンクチュアリ》に《リバース・マジック》を掛けたらデスマッチ会場が出来るの。オドもエグいこと考えるよね」
誰も逃さないつもりだったらしい。
「わ、私は抵抗しません! だから命だけは助けてくださいーッ!」
魔術師、陥落。杖を捨て、土下座。
「安心しろ。そもそも命を取る気はねェよ」
羽のディータは、擬態を解いてみればハーピィであった。
丁重に彼女を吹き抜けの下に運び、下ろしてやる。
「むう、なら良いのか?」
復帰した女剣客も、戸惑いながら納刀。
コード・ディーを発令した上で、最大戦力たるアルム少年が気絶しているのだ。どうしようもあるまい。
戦闘は終わった。
魔術師が割れたグラスを《リペア》し、女剣客の手も借りて机の配置を戻し、床を掃除する。
一行は名乗った上で、床で意識を失っているアルム少年を指す。
「ところで、こいつがボスで合ってる? スラムの入り口に居た子だよね?」
ルノフェンは手際よく彼を拘束し、衣服を脱がせながら問う。
他の三人は階段で吹き抜けの上に上がる。まだなにかやるつもりらしい。
「そうですけど、その、なぜ服を?」
魔術師の視線は、アルム少年のつやつやとした肌に釘付けだ。
「キミたちの手で、誰が本当のボスか分からせることにしようかなと思って」
「ぼ、暴力反対ですう!」
彼女は手をクロスして、拒否のポーズ。
「大丈夫大丈夫。きっと気持ちいいだけだよ」
魔術師の表情は、何を言っているんだコイツはという顔だ。
「あ、窓閉めといて。暖房入れて」
指示に従い、窓とドアを閉めてしまう。
「ん、良いかな」
パーティのルノフェンを除いた三人が、併設された寝室に入り、ドアを閉めたことを確認し、彼は呪文を唱える。
「《ラッティング・ガス》!」
猛烈な勢いでピンク色の気体が放出される。
効果は、発情。
「なに、これェ!?」
この場に居た全員が抵抗に失敗し、情欲に駆られ、疼く。
「はいはーい! この子が相手できるのは一度で二人までだよ。並んで並んで!」
酒場の人々は衣服を脱ぎ捨てながら、我先にと、ギラついた目でアルム少年を囲む。
その後のことは、ここで語るには憚られるほどのものであった。
◆◆
寝室。
念のため《レジストアップ》を付与したオドは、仏頂面で小説を読んでいた。
デフィデリヴェッタで購入したものである。
他に室内にいるのは、グレーヴァのみ。イスに座り、オドを眺めている。
ソルカは、「混ざりに行って良い?」と一言残し、暫く前に階下へ降りてしまった。
「なんというか、室内でガス系の呪文は怖いなー、って思ったなー」
幸いにも二階までガスが届くことはなく、二人はこうやってのんびりとしている。
「無差別効果ですもんね。普段は使いづらいですけど、自分にも掛けるとなると効率は良いのかなあ」
淡々と分析する。
ルノフェンのこういうムーブに対し、完全に慣れてしまっている。
階下から響いていた嬌声は、時間の経過に従い、疲労の色を帯びてゆく。
「堕としたよー!」
一方、ルノフェンの声は元気そのものだ。
無邪気に、蛮行の報告を行う。
「降りて大丈夫ー?」
「ガスは抜けたからおっけー!」
オドは小説をポシェットにしまい、立ち上がる。
グレーヴァもオドと一緒に寝室から出て、吹き抜けから階下の様子を見る。
「うっわあ……」
バーテン、女剣客、魔術師、拳士、その他の三下は、完全に精気を吸い尽くされてノビている。
そこら中に体液が散らばっており、ガスがなくともその臭気はえげつない。
中央には、既に服を着たルノフェンとソルカ。ソルカの方はげっそりとしている。
ルノフェンに頭を撫でられるようにして、ボロボロのウェディングドレスを着たアルム少年が女の子のように座り、クスンと泣いている。
「この子、もともと男の子を愛せる素質があったみたい。ボクと同じだね?」
ルノフェンがかがんでアルムの耳たぶを噛むと、彼は「やぁん」と喘いだ。
アルムは、完全に調教されていた。
「ルノフェンさまに女の子にされちゃったぁ……。もう戻れないところまで来ちゃったぁ……」
アルムは可愛く泣きながら、ルノフェンに縋る。
「本気出したルノフェンの体力、マジでヤバい。コイツ、神子より調教師とかの方が向いてンじゃねーの?」
ソルカは限界だ。彼はふらふらと階段を上がり、寝室に入った後、バタンとベッドに倒れる音が聞こえた。
「《クリンネス》」
臭気に耐えかね、オドは床の体液を掃除してしまう。
「そうだ、調教中に聞いた情報を共有するね」
しかめっ面をするオドに対し、ルノフェンは語る。
曰く、アルムは預言者プラロに対するレジスタンスのリーダーである。
スラムの取り込みは半分ほど終わり、反抗する機会を伺っていたが、全くチャンスがないので困っていたようだ。
彼らは、ミクレビナーの神殿からディータへの指示が飛んでいることを既に掴んでおり、適切な武力を必要としていた。
攻める拠点が判明したのは、ルノフェン一行にとって願ってもないことであった。状況を聞く限り、また音による解呪が行えるはずだ。
「ルノフェンさまのためなら何でもしますからぁ! 是非ご命令をください!」
俄には信じられないが、彼らの口から語られたということは、本当のことなのだろう。
「まあ、都合がいいのは確かかな。落ち着いたら、アルムくんと一緒に戦略を練ろう。良いよね?」
オドの提案は、即座に了承される。
「ん、そうだね。ただ、一旦アルムを休ませないといけないかも。ボクは慣れてるから大丈夫だけど、この子は色々と初めてだったから」
ルノフェンはアルムを立たせ、寝室に向かう。
なにやらアルムの尻を掴んでいる気もするが、見ないことにした。
「グレーヴァさん、大丈夫?」
「はっ!?」
オドは、ぼんやりとしているグレーヴァに呼びかける。
「この光景を見て、むしろオドくんはなんでそんなに平然としていられるか不思議なんだけど!?」
当然の疑問ではある。
「ルノフェンが好色なの、今に始まったことじゃないし。グレーヴァさんも慣れないと」
「な、慣れるかなあ。オドくんみたいになれる?」
頬をかき、控えめにオドの方を見る。
「グレーヴァさんなら出来るよ! えい、えい、おー!」
精一杯励ます。
「おー?」
彼女は控えめに手を上げた。
二人はやることがないので、呪文のかかっていない食べ物を幾つかくすねて、小腹を満たしながら、お互いの故郷について語り合った。
そして、アルムを三時間ほど休ませた後、作戦が完成した。
反攻の時は来た。
【続く】
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