第八話「これは、間違いなくクソトラップ道中だ」
(あらすじ:休日! 宴会! 新しい仲間! ということで、ショタコン着流し鬼人侍のグレーヴァ・ガルデが仲間になった!)
「オド、と言ったか」
聖都一番の腕を持つという魔法工房、フィデスティリ。
歴戦の冒険者パーティが集うこの場所に、オドが居る。
アヴィルティファレトから賜った空飛ぶ魔法のカーペットを直してもらおうと、フィリウスの紹介で足を踏み入れたのだ。
「は、はい!」
片目をアイパッチで覆った店主の種族は、
ハーピィと違い、腕もヒトのそれだ。オドが召喚したモンスターとしての天使ではなく、翼人種に分類される。
彼は、無自覚に威圧感を放ちながら、問う。
「アレ、どこで拾った」
カーペットは既に預けており、数十分の調査を終え、状況を確認しにやってきたところである。
投げられた質問は、答えづらいものだった。
だが、嘘をつくよりは、正直に話してしまったほうがよい、とも考えた。
「あの、わたしは神子と一緒に召喚されて、旅の途中でアヴィルティファレト神から賜ったんです」
店主の目を見る。
半目、三白眼。
信じてないな、これは。
「『照らしの灯台』、やれ」
店主は、オドの様子をうかがっているパーティの一つを、二つ名で呼ぶ。
パーティの中から、頭部を包帯でぐるぐる巻きにした女性の神官が進み出る。
怪我をしているわけではない。彼女の目は彼女にすら有害なものを視てしまうため、普段は塞がれているのだ。
「ええ、分かりました。《ボッカ・デラ・ベリタ》」
神官が呪文を唱えると、オドの首の周りを、一瞬だけぬるっとしたものが這う。
「ひいっ!?」
それだけだった。
「……?」
術をかけた神官の方を、きょとんと見る。
彼女は、こう語った。
「この者は、すべて真実を語っておりますね」
「ふーっ」
力が抜ける。
神官は、疑ってごめんね、とオドの頭をぽんぽんと叩いて、またパーティのところに戻った。
「ちなみに、嘘をついてたらどうなってたんですか?」
好奇心を出し、質問。
「そりゃもう、これよ」
店主は、親指で首を切るポーズを取った。
「試すような真似をして悪かった。本人確認をしたくてな。依頼についてだが。結論を言うと、恐らく応急手当が限界だ」
申し訳無さそうに店主は言う。
「鑑定部によると、このカーペットの等級はミシック級。恥ずかしながら、ウチの者だけでは鑑定できなかった。
教皇まで話が届いて、バフを大量に重ねた《アナライズ》でようやく全部判明した、ってところだ。
知っての通り、ミシックは価値が付く中では最上級のアイテムだ」
店主はカウンターから出てきて、手近な椅子にオドを座らせる。
「どれもこれも、神の御業なら納得がいく。
教皇から話を聞いた。黄砂連合からデフィデリヴェッタの間をたった数時間で移動するなど、ふざけているにも程がある」
実際は神の座に長期間放置されて膨大な魔力を帯びただけなのだが、オドは黙って話を聞くことにした。
「魔力を循環させる回路の構造が、あえて形容するなら神代のものとしか言いようがねえ。それも、こっぴどく壊れてやがる。
だから、俺たちが出来るのは別の仕組みで上書きする、という処理になる」
「なるほど、性能が変わる、ということですか」
店主はそれを認め、オドに二つの選択肢を提示する。
「まずは、スピードを落とす案。マスターピース品の翼と同じくらいが限界だ。
オドの次の目的地はシュヴィルニャだったな。山脈の麓まで丸一日、向こうの一番大きい都市まで三日掛かる塩梅だ。だが、出力は安定する。壊れることもない」
メモを書き、オドに見せる。
「もう一つは、時限強化の魔法をありったけ注ぎ込んで、スピードを維持する。
俺の見立てだと三時間は飛べるが、効果が切れれば当然ゴミになる。この場合、一番大きい都市までギリギリ耐えられるか耐えられないか、といったところだろう。
サブの移動手段を用意すべきだな」
これもメモに書き記した後、千切ってオドに差し出す。
「ま、よく考えろ。術式はそのままでガワだけ直すって選択もアリだ。俺たちとしては、依頼があれば受けるというだけだからな」
それで、話は終わった。
「ということがあってさ」
昼食。オープンテラスのカフェにて。
クリームのたっぷり乗ったパンケーキを切り分けながら、オドはルノフェンに状況を説明した。
「そりゃ時限一択でしょ。アヴィも壊していいとは言ってたし」
ルノフェンはローストビーフのたっぷり入ったサンドイッチを頬張っている。
流石に昼から酒を飲む気はないらしい。
「わかった。暫くディータの攻勢はないとは言ってもあんまり時間は掛けたくないし、わたしも同感かなあ。そういえば、ソルカとグレーヴァさんは?」
「あーね」
曰く、全員の防寒具と翼を揃えるために、二人で防具屋に向かっている、とのことである。
「アヴィから『お前ら真面目過ぎ』って怒られたから、ソルカたち回収したら劇でも見に行こっかなって」
「いいね、劇。ちゃんと人がやるやつ、一回見てみたかったんだ。元の世界だとVRばっかりだったもんなあ」
パンケーキを口に運び、もしゃもしゃと咀嚼。飲み込む。
「甘いもの、やっぱり良いなあ」
オドは、極度の甘党であった。
その後、四人で一緒に劇を見て、オドを着せ替えながらショッピングを楽しみ、ソルカ邸で美味しいご飯を食べ、ぐっすりと睡眠を取った。
翌日!
「カーペットが届いたら即出発、ってことでいいかな?」
皆の状況を確認し、ルノフェンがまとめる。
朝食を食べ終え、一行は準備万端だ。
全員防寒効果のあるアイテムを装備し、ソルカ以外はカーペットが壊れたときのためにマジック等級の翼を背中に装着している。
「昨日の劇がまだチラついてる。良かったなあ」
とオド。
内容は、少年同士の純愛ラブストーリー。
ソルカは戦記ものを提案したが、オドの棄権とルノフェンおよびグレーヴァによる多数決で選ばれた。
陽光魔法によるパーティクル演出が、実に効果的であった。
一応、全年齢向けである。
「カーペットが壊れた後の隊列は、ソルカが先頭。次にボクとグレちゃんで、最後にヒーラーのオド。日中はソルカの視力を頼れるから、これで行く」
「異論はないぜ」
「夜は拙が前に出るね~」
移動中にやる予定の作戦会議を、少しだけやっておく。
「あ、来客だ。カーペットかも。ちょっと待っててねー」
カルカは使用人を行かせ、正門の相手を確認する。
使用人は、間もなく真っ青な顔で戻ってくる。
「なによ。強盗でも来たの?」
冗談めかす彼女も、使用人の話を聞いて冷や汗をかきはじめる。
尋常ではない様子だ。
「みんな」
彼女はどうにか焦る頭を働かせ、皆にお願いした。
「何も言わず最敬礼して」
「お、おう」
敬礼ということは、害意のある存在ではないのだろう。
だが、カルカがこうも慌てることは、余程の相手に違いない。
四人は、言われるがまま指示に従う。
中でもグレーヴァのカーテシーは堂に入っていた。無自覚に出自がにじみ出る。
カルカが正門に歩き、その存在を招き入れる。
「!?」
絢爛なローブを身にまとう姿を目にしたグレーヴァの表情は、驚愕。
その様子を感じ取ったオドも、誰がやってきたのか察する。
豊かな銀髪に、長い鬚。普段は厳格な雰囲気を纏うことで知られるお方。
ルノフェン以外は、彼の顔を文書を通して一度は見たことがある。
彼は、皆の目の前に歩み寄り、クスっと笑いながら。
「よい、非公式な場じゃ。そう畏まることもない。面をあげよ」
手を振り、穏やかな雰囲気で告げる。
その名は、アウレリウス・デウムノドゥス。
白日教の教皇猊下。事実上の国王その人である。
「げ、猊下、どのような要件でこちらに?」
上ずった声で問うカルカ。
「ああ、こいつを渡すついでに、神子の顔を拝んでおこうと思ってな」
アウレリウスが手招きすると、フィリウス聖騎士団長が、畳まれたカーペットと、桐の小箱を五つ抱えてやってくる。
彼は恭しくそれを置き、一度グレーヴァの方を見て、またアウレリウスの後方に戻った。
「あの半鬼人族が気になるか? フィリウスよ」
目ざとくフィリウスの違和感を汲み取り、問う。
「せ、拙ですか!?」
グレーヴァは予想外の発言を受け、慌てる。
「……いえ、気の所為でしょう」
フィリウスは感情を表に出さない。慣れていた。
疑問に満ちた雰囲気のなか、アウレリウスは続ける。
「ああ、詳しく語ることは出来ないが、こいつには色々な縁がある、ということにしておいてくれ。フィリウスはミステリアスという評判じゃからな。謎は謎ということよ」
彼は煙に巻き、おどけた。
「ちなみに、この箱は?」
我慢できずにルノフェンが声を出す。
「ああ、これかね。聖都を救ってくれた礼じゃ。ありがとよ。
委細は全てフィリウスから聞いておる。そこの嬢ちゃんの分もあるから、安心するがよい。
良いものが入っておるから、移動中にでも開けときな」
「ありがとうございまァす!」
最敬礼で対応。ルノフェンのノリは良い。
「うむ、元気があって良いぞ! じゃ、儂は帰るからの。縁があったらまた会おう。フィリウス、行くぞ」
「御意」
聖騎士団長はアウレリウス教皇の差し出された手を握り、《テレポーテーション》で山頂に戻ったようだ。
緊張がほぐれ、グレーヴァに至っては柱に身を委ねるほどである。
「なんというか」
オドが胸に手を当て、呟く。
「嵐みたいなお方だったなあ」
皆が同じ気持ちだった。
「よ、よし。気を取り直していこう。カルカちゃん、今までありがとね!」
ルノフェンは頭をわしゃわしゃと撫で、別れの挨拶。
「うん。いざという時は貴方がソルカを守ること! みんな、一人も欠けずに終わらせなさいよ!」
カルカは各人の手の甲にキスをし、見送る。
ソルカにだけは、頬にキス。
「ん、元気出た!」
ルノフェンはもう一度だけ伸びをし、カーペットを外に展開する。
「うちもばいばいするねー」
ラックも現れ、手を振る。
オド、ソルカ、グレーヴァもルノフェンに続き、カーペットに乗り込む。
「オレの良いニュースを心待ちにしてなよ! いつか帰ってくるぜ、姉さん!」
カーペットは軽やかに発進し、空に。
「デフィデリヴェッタ。ちょっと階段は多いけど、好きな街になっちゃったな」
人影が小さくなり、次第に山脈としての姿が強くなってゆく聖都を背後に、オドが語る。
「オドちゃん、わかるー。紫晨龍宮も過ごしやすかったけど、実際他の国も良いところはあるよねー」
背後からオドの頬に手を当てながら、グレーヴァ。
サラシが装備中の翼に当たっている。
「ちなみに、オドには彼女が居るから、あんまり距離詰めすぎると怒られるよ?」
ルノフェンは、念のため釘を差しておく。
「がーん!」
グレーヴァは、大人しく引き下がる。
押しが弱い女であった。
「そこのショタコン侍は置いといて。国境に入るまで暫く時間があるから、その間に教皇からの贈り物を開けようぜ」
言うやいなや、ソルカは自分の箱を開けてしまう。
「なんだこれ? ペンダントか?」
箱の中に入っていたものは、ドラゴンの頭部をあしらった、プラチナの首飾りである。目の部分には、小さなガーネットが嵌っている。
「《アナライズ》」
鑑定魔法をかけると、結果がすぐに出た。
「等級はレリック級。名前は『トライアドの怒り』。一日に三回だけ、無詠唱で《ゴッズ・フィスト》を発動できる。射程は三十メートル」
「待望の遠距離攻撃じゃん」
ルノフェンの反応を受け、ソルカは。
「実用的じゃねえか! しかもかっこいいし」
「そ、そうね」
適当に相槌を返す。
ソルカのセンスは、小学生のそれと言えた。
まあ、本人がそう思うなら、かっこいいということにしよう。
「お姉さんの箱にはバングルが入ってたよー」
グレーヴァが得たのは、二時間に一度の制限はあるものの、魔力を回復させる機能を持ったマジックアイテムである。
魔化されたマホガニーをベースに、黒漆で仕上げられている。
アクセサリーとしてもグレーヴァに似合っていた。
「あの教皇、ボクたちの弱点を的確に塞いでくるな。滅茶苦茶有能じゃん」
ルノフェンも続いて箱を開ける。
「チョーカーだ。これもレリックっぽいかな? 名前は『シャーマンの水槽』。陰の魔法を一定容量までストック出来て、自由に放出できる」
装備しただけで、等級と概要までは分かる。そういうシステムだ。
見た目は真っ黒な革で出来ているが、レリック等級というだけあって、思いの外頑丈だ。ベルトが付いており、締めたり緩めたり出来る。
「なんかこれ、あの子を思い出しちゃうな」
ルノフェンは複雑な表情をしつつも、装着する。
あの子とは、彼が想っていた男の娘のことである。彼は、いつもチョーカーを着けていた。
「まあ、強くなれるんだしいっかな。オドはどう?」
オドの方に視線を向けると、彼は既に指輪を着けていた。
素材はミスリル。緑色の金属の上に白く輝く太陽が印されており、その太陽が放つ光をモチーフに複雑な彫り込みが入っている。
「で、性能は? 《アナライズ》」
ソルカが鑑定魔法を入れる。
「魔力消費軽減、二十%」
「強いの?」
オドは、ソルカに聞いてみる。
「まあ普通の人が使ったらシンプルに強い。オドだと、どうだろう。オドだもんなあ」
ソルカは少し考え、結論を出す。
「ぶっ壊れ。ルノフェンが《ドレイン・タッチ》を覚えただろ? アレの効率も多分良くなるから、後ろで突っ立ってるだけでルノフェンと、多分中継してやればグレーヴァも延々と高火力をパナせるようになる」
「アレかあ」
オドは、一度だけ《ドレイン・タッチ》を受けている。
苦しかった、とは漏らしていた。
「まあとにかく、全部有用で良かった良かった。もう一休みしたら、昼食をとろう」
ルノフェンは要らなくなった箱を全て《ポケット・ディメンジョン》に放り込み、皆で寝転んだ。
◆◆
前回の移動と同じように、各国の境目にまたがるエヴリス=クロロ大森林を通過。気温が急に下がり、皆はシュヴィルニャ地方に突入したと理解する。
カーペットの上で昼食を取りながら、木々の葉が細くなってゆき、生物がその数を減らしていくことからも、環境の変化は見て取れる。
一行は防寒具を装備しているので、寒さを感じることはない。
それでも、人が暮らすに当たっての厳しさは見て取れるものだった。
環境の変化は続き、瞬く間に、雪景色。
キツネとクマをたまに見かけるくらいの、不毛の地。
一行は、二時間も同じ景色を見ていたことになる。
「シュヴィルニャ地方、そもそもあんまり開発が進んでいないんだよねー」
沈黙に耐えかね、グレーヴァが簡単に解説を入れる。
「鉱石資源も生物資源も少ないし、農作物もほとんど育たない。トナカイの牧畜と漁業は盛んだけど、総じて資源に乏しいかなー」
「グレーヴァさん、わたしが聞いた感じだと、学問の都市って聞いたんだけど、どうなんですか?」
さん付けに距離を感じながらも、グレーヴァは返す。
「遺跡があるところはそうねー。
古代にイスカーツェル文明が支配していた地域でもあるから、彼らの都市があったところではディータや古文書の発掘や、それらの研究を進めるために人が集まりやすいみたい」
「へー!」
オドは目を輝かせている。
「そーいえば、アースドラゴンさんも自分のこと『イスカーツェルの遺産』って言ってたな」
ルノフェンも、重機めいた紳士的なディータを思い出す。
「ルノくんには他にもディータの知り合いがいたんだ! 聖都への侵攻もシュヴィルニャ地方から来てたし、早くなんとかしてあげなくちゃ、ね!」
言葉を受けたルノフェンは、一言。
「声で甘やかされるの、なんかムズムズして良いかも」
「ふえっ!?」
攻めも弱ければ守りも弱いグレーヴァを弄りながら、カーペットの速度が落ちていくのを感じる。
遠くには、街が見える。
「地図が正しければ、あれはシュヴィルニャ第一都市だと思う」
《エクステンド・ストレージ》を掛けたポシェットに地図を突っ込み、装備済みの翼に魔力を込める。
ふわりと、オドの体が浮く。
「おっと」
縦に一回転し、少し落ちたところで調子を取り戻した。
「思ったよりはコントロールしやすいね」
ソルカ、グレーヴァも飛び立ったことを確認し、ルノフェンはカーペットを《ポケット・ディメンジョン》で回収。自身も宙に浮く。
「隊列良いかな? じゃあ行くよ!」
ルノフェンの合図と共に前に出るソルカ。
「うっし、行――」
KABOOM!
ソルカが突如爆発し、意識を失った彼は地面に落ちてゆく。
「《キュア・モータリィ》!」
とっさに回復魔法を掛けるオド。
「ハッ!?」
空中で我を取り戻した彼は、再び同じ高さに浮上する。
「いっつつ、攻撃か!?」
もう一度前に出ようとしたところで、再度爆発。
爆風を受け、ソルカは吹き飛ばされる。
「《リピート・マジック》!」
先ほどと同じように、回復。
「ソルカ、一旦引いて。何かがおかしいぞ」
ルノフェンの指示に従い、ルノフェンと同じ地点に浮き直す。
爆発は、起こらない。
「能動的に攻撃されてる、ってわけじゃなさそうだ。罠かな?」
オドは《ディテクト・トラップ》を唱えてみる。
「なんだこれ」
彼が知覚したものは、都を中心とした円柱状に仕掛けられた、無数という言葉では表せないほどの、密集した機雷。
しかも丁寧に一つ残らず、《インビジビリティ》が仕掛けられている。
以上のことを皆に説明すると、グレーヴァが前に出る。
「グレーヴァさん、何を?」
怖気づくオドに対し、彼女は。
「オドくん、お姉さんに、ありったけの防御魔法を掛けてくれないかな? 抜刀してまとめて切り払おうと思うんだけど」
「わあ」
あまりに単純すぎる作戦に、オドはめまいを感じた。
「まあ、やるとしたらルノかグレーヴァがやるしか無いよな。道中でオレの遠距離攻撃切るのアレだし」
冷静に返すソルカ。戦術面では、とても頼りになる。
作戦については、ルノフェンも是認した。
「あと、お姉さんもちょっと怖いから、終わったらお手々握ってもらっても、良いかな?」
手ぬるすぎるお願いを控えめにやってくるグレーヴァに、オドは「うん」としか言えなかった。
「《プロテクション》、《グレーター・プロテクション》、《ダメージ・リダクション》、《サラマンダー・スキン》、《リジェネレーション》」
オドは淡々とバフを掛けた後、距離を置き、《サンクチュアリ》で万が一に備える。
「よーし! お姉さんやっちゃうよ!」
グレーヴァは刀に手をかけ、叫ぶ。
「《サジタル》!」
抜刀に伴う切り上げに名前をつけただけのソレは、脇差しの効果によって無数の火炎球を生じ、正面を焼き払ってゆく。
爆発、次いで、爆発。
連鎖的に不可視の機雷は爆ぜ、振り返った彼女の青い輪郭を照らす。
たまに機雷の破片がグレーヴァにぶつかるが、何の影響もない。かすり傷すら、一瞬で治ってしまう。
「グレーヴァ、ヘキはともかく肝は据わってるよな」
結界の内部でソルカが小声で呟く。
「そりゃあね、婚約拒否するためだけに角を折ったようなもんだしね。本気出したときの怖さはボクたちのパーティの中で一番まである」
とルノフェン。
「分かるわ。ルノフェン、ありがとな。アイツを味方に引き入れてくれて」
凶悪な花火を観ながら、彼らは寒気を感じていた。
「終わったよー!」
進行方向の機雷を概ね片付け終わったと判断したグレーヴァは、飼い主の帰宅を知った子犬めいて、嬉しそうにこちらに戻ってくる。
「うん、ありがと! 助かったよ!」
結界を解いたオドは彼女の少し上に浮遊し、頭を撫でる。
「はわー!?」
尻尾があれば、ぶんぶんと振り回していることだろう。
「また何かあったらよろしくね!」
オドの笑みは、たとえ業務用のそれであっても、人の心を撃ち抜くには十分だ。
「うん! お姉さん何でもする!」
他の二名はその様子を遠くから見て、オドも大概だ、と思うのであった。
「それで、見えない機雷はもう無いんだよな?」
念のため確認を入れるソルカ。
「そうだね。でも、《ディテクト・トラップ》で見た感じ、外壁のすぐ手前にも罠があるみたい。
わたしが先に行くから、ソルカはトラップ以外の脅威を探してくれると助かるな」
「あいあーい」
異議なし。
オドはスイっと飛び、隙間の空いた機雷地帯を潜り抜ける。
三人も追随し、無事に最初のトラップをクリアすることが出来た。
そのまま、何も起こらず外壁前にたどり着く。
「止まって」
オドの言葉に従い、全員その場に停止する。
彼は暫く飛びまわり、状況を知らせた。
「外壁を覆うように、ドーム状の力場が仕掛けられてる。ちょっと離れてて」
ポシェットから取り出したのは、聖都デフィデリヴェッタのみで使える、一シェル貨の鉄片。
「それっ」
投擲。
鉄片が力場に触れると、グンッと下に引っ張られ、積もった雪を突き抜けて地面に叩きつけられた。
「こっわ。何も知らずに飛んでたら餌食ってことかよ」
ソルカらの目には、投げ放たれた鉄片が急に直角に曲がったようにしか見えない。
「なんだろ、《グラビティ》かな?」
と推測するルノフェン。
「かもしれないけど、一応地面が安全か調べたいね。グレーヴァさん、雪溶かせる? なるべく派手じゃない感じで」
オドの注文には、胸に手を当て、「うん!」と。
「任せて。こうやってすこーしずつ抜刀していくとね、いい感じになるの」
グレーヴァが毎秒一センチメートル程度の速さで鞘から刀を抜いていくと、ふわふわとした火の玉がぽん、ぽんと発生し、地面の雪を溶かしていく。
「妖精みたいで可愛いかも」
「当たるとケガするから気をつけてねー」
というやり取りをしながら、少しずつ雪を液体に変える。
積もっていた雪は次第にその体積を減らしてゆき、それに従い、土の地面が見えるようになる。
地面の上には、大量の撒き菱が散らばっていた。
「なあ、オド。オレさ、このトラップ作ったやつマジで性格悪いなって思うんだけど」
引きつった笑みを浮かべ、ソルカは《エンチャント:ウィンド》を短剣に掛ける。
「撒き菱、吹き飛ばしていーい?」
短剣からは、強烈な風が放出されている。
「任せた。地面の近くだけは力場がないから、屈めば通れるよ」
許可が降りると、ソルカは「おらーっ!」と叫びながら、意地の悪い撒き菱を遠くに追いやった。
「はーっ。全く、何重に防御してんだよ。要塞かよ」
「ソルカくんかっこいい!」
地面の罠を排除し終わり、一行は力場をくぐり抜ける。
「一応、またわたしが《ディテクト・トラップ》をオンにして先頭を行くね。ほら、『二度あることは三度ある』って言うし」
城壁の周りの低空で、門を探して飛ぶ。
当初の予定と違い、オドが先頭のままである。
実を言うとソルカも《ディテクト・トラップ》は使えるのだが、視覚による索敵を優先していた。
「ん? 誰か居るぞ」
その戦術は、功を奏した。
ソルカの視線の先には、ディータ兵士。
正門の前に、二体。
グレードがそれほど高くないモデルなのか、今はソルカが一方的に視認できているようだ。
「どうする?」
ソルカの問いに答えたのは、ルノフェンだ。
「機動力のあるボクとソルカが行く。片方任せていい? 首の動力ケーブルを切れば通信が死ぬのは確認済み。ボクは手前の方をやる」
「りょーかい。さっさと仕留めようぜ」
即席の作戦を練り、実行に移す。
「《マス・インビジビリティ》」
「《ヴェイル・オブ・ツェルイェソド》《リピート・マジック》」
オドの手も借りて不可知化のバフを掛け、突撃。
「ピッ!?」
ソルカの一撃は鮮やかな切り払い。頭部と胴体を正確に切り離し、保険で準備しておいた《ゴッズ・フィスト》は空を切る。
「ギャッ!?」
ルノフェンは右腕を闇に変え、胸部を鷲掴みにして握撃。握りつぶしてしまった。
「コアチップは壊してないとは言え、人の姿をしてる奴らを破壊するのは心が痛むな」
ソルカはしかめっ面をしながら、短剣を鞘に納める。
「そう? ボクはなんとも思わないけど」
ルノフェンの方も、クリアリングして右腕を元に戻す。
彼は平然としていた。
「なあ、ルノ。元の世界で何人かコロコロしてないよな?」
オドとグレーヴァに翼でOKサインを送り、その傍らで問う。
「いんや? そりゃあ命を奪われるくらいなら奪うほうを選ぶけど、まだ『ボク自身は』そんな目にはあってないかなあ」
「ふーん?」
含みのある答えを返したルノフェンの真意を掴もうとする。
「まあいいじゃん。結果として生きてるんだし。ほら、グレちゃんのお手々握ろ。ソルカは翼でなでなでするといいよ」
話をそらされた。
「ふう、到着だね! オドくんのお手々柔らかいなあ、可愛い」
オドとルノフェンに両手を握られ緩みきった表情のグレーヴァをよそに。
ソルカは石造りの正門に掲げられていた都市の名前を口に出す。
「バギニブルク……?」
聞いたことのない名前だった。
【続く】
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