第七話「かわいいかわいい神子くんの休日。あれ? 一人多くない?」

 (あらすじ:聖都デフィデリヴェッタにてディータどもの侵攻をどうにかはねのけた一行。敵の本拠地が判明したところで、つかの間の休日を堪能することになった!)


 「それじゃあ、乾杯!」

 「「「かんぱーい!」」」


 戦いを終えた後の夜。第一回お疲れ様でした回が、カルカ邸にて開かれた。


 ルノフェンが手に持つのはエールのジョッキ。子供のような見た目だが、彼は成人している。

 「にしても、ソルカの家って豪邸じゃん。入り口通って即シャンデリア付き広間って、洋館を歩き回るホラーゲームでしか見たことないな」


 絡まれるソルカは、テーブルにワインのグラスを置いている。うまく掴めるよう、グラスの足には二本の穴が空いている。

 ハーピィは立食には向かない身体構造をしているので、座って足で食べるのだ。


 「いやー、大変だったんだぜ? 最初の頃は一試合で五百シェルしか貰えなかったからさ、家を買い戻すために毎日試合に出て、食費も限界まで削ってさー」

 彼の好物である、香辛料の効いた魚のステーキを口に運びながら、カルカの方を見る。今ソルカらの家が維持されているのは、彼女の才覚による部分も大きい。

 

 「ソルカ、食べるか喋るかどっちかにしてよ、もう」

 家の主、カルカは使用人たちに指示を出しながら咎める。

 彼らの目の前にある質の高い料理は、彼女がかき集めたレシピをもとに、使用人たちの手によって作られている。

 彼女は冷たい紅茶を一口飲んだ後、新しくこの屋敷にやってきたディータの使用人から、運ばれた料理を受け取った。


 その使用人の名は、ラック。同士討ちによりコアチップが故障した少年型ディータのボディを即席で修理し、そのまま使用している。

 ルノフェン曰く、これはリユースだとのことである。


 「マイレディ・カルカ。料理はこれで全部ですよー。不都合ないですかー?」

 普段どおりふわふわした雰囲気をまとっているが、彼は本来食堂での接客のために作られた存在だ。上手く立ち回っている。

 彼はデフィデリヴェッタに残ることにしたそうだ。

 そもそも戦闘が好きではないということもあり、カルカ邸で仕事をする、とのことである。


 「うん、これで良いはず。ありがとね」

 撫でられたラックは一礼し、去ってゆく。彼は彼で、同僚から可愛がられるに違いない。


 「オドくん、ちゃんと食べてる?」

 カルカはオドの方に気を配る。


 彼は未成年なので、グラスに注がれているのはぶどうジュースだ。皿には香ばしいソースのかかったハンバーグと、丸いパン。

 答える前に口の中のものを飲み込む。

 「頂いてます、美味しいです!」

 にっこりと微笑み、返す。


 「良いよね、健気な子は。そういう子が美味しく食べる姿は尊い」

 うっとりとしながら、カルカも料理に手を付ける。

 デフィデリヴェッタの厳しい環境で採れた香草と、ぷりぷりとした白身魚のマリネを頬張り、評価を下す。

 「うん、やっぱりハレの日はこれよね!」

 満足行く出来栄えのようだった。


 「カルカさん。そういえば魚料理が結構多いですけど、デフィデリヴェッタって近くに海はないですよね?」

 今度はオドの方から話しかける。


 「んあ? そうね、あるにはあるんだけど、地形が厳しいのと、漁業に適した水精族マーマンがほとんど居ないから、事実上外国との貿易港だけね。

 魚は大陸東側のソルモンテーユから冷凍したものを輸入してる。肉は半分がシュヴィルニャで、もう半分が国内産。

 農作物は色々リスクを考えて、大体はこっちで採れるのを使ってる」

 「へー、お詳しいんですね」

 「まーねー」

 カルカは回想する。

 実際のところ、流通に詳しくなったのは、失踪した親の遺産を買い戻し、資料を読み込んだことに尽きる。

 親がやっていた事業は、貿易商。頓挫した理由を詳しく語ることはしないが、要は業界環境上の問題だったとしておこう。

 おのれ、ラ・メール商会。

 

 大量に盛られた料理は、主にルノフェンとソルカによって、かさを減らしてゆく。

 「明日のことも考えて、六人分も用意させたんだけどなあ」

 内訳。

 デフィデリコンソメスープ。

 フィデリ牛のソテー。

 地場産レタスとオニオンのサラダ。

 シュヴィトナカイのハンバーグ。

 凍土風レッドシチュー。

 ソルモンタイのマリネ。

 巨大遠洋魚ステーキ。

 高山種小麦のロングブレッド。

 エヴリスいちごのショートケーキ。


 それと、各種飲み物。

 各人の胃袋の許容量が分からなかったので、取り分けを各自に任せて正解だった。

 

 「んー、ごちそうさま!」

 パン、と両手を合わせ、すべてを食べ終えたルノフェンは感謝の言葉を口に出す。


 「ごちそうさまでした」

 オドも倣う。ルノフェンの半分程度の量だが、彼にとっては満腹だ。


 「お粗末さまー」

 「ういうーい」

 ソルカ姉弟は適当に相槌を打ち、使用人に皿を片付けさせる。

 ひとまず宴は終わり、ということだ。


 ルノフェンは窓の外を見て、よく響く声で。

 「よーし、じゃあ、ボクは娼館行ってくる!」

 立ち上がり、そのまま館の外に出て行ってしまった。

 なお、荷物袋については《ポケット・ディメンジョン》を習得したことで、不要となったそうだ。


 「し――!?」

 驚くオドの横顔を、柔らかな夜風が包む。

 「あんなに食べてまだ動けるの?」

 彼の驚きをよそに、門はゆっくりと閉じ、ルノフェンの姿は見えなくなっていく。


 「あーゆーとこ、アイツらしいよな」

 「そ、そうだね」

 三人は、取り残される。


 気を取り直し。

 「そーいや、オドはルノのこと、知らね? エピソード的な意味で」


 机の上に、新しいワインとチーズが運ばれてくる。

 オドの前にはよく冷えたハーブティーとチョコレートの粒だ。


 「うーん、元の世界だとそもそも接点がなかったもんなあ」

 ハーブティーに手を付け、考える。


 「ルノ、一言で言うなら寂しがり屋なのかなあ」

 「寂しがり屋?」

 意外にも話をつなげたのはカルカだ。


 「うん。チームの朝礼が終わったら即二度寝するくらいには夜遅くに帰ってくる人で。

 噂を聞く限り多分そっちでもその、娼館に行ってるんだけど、ルノが満ち足りた表情で朝礼に出てくることってあんまりないってゆーか」


 「へー」

 ソルカはオドの供述を肴に、なおも飲む。

 「だから、今朝のつやつやした顔みて正直びっくりしたのはあるかなあ」


 「へー。……ん?」

 彼は酔った頭で、朝のことを思い出す。

 「あ」


 思い出す。


 昨晩アイツと一緒に居たの、オレじゃん。


 「どうしたのよ、そんなポカンとしちゃって」

 まさか例の交合がつい昨晩行われたことなど知らぬカルカは、弟の顔を覗き込む。


 「い、いや、なんでもねェよ。そっか、アレで良かったんだな」

 翼で顔をくしくしと洗い、元の調子を取り戻した。

 

 その後、もう少しだけ談笑し。

 「すみません、お風呂お借りしてよいですか?」

 「案内させるよ」

 オドが眠気に耐えきれず、おやすみの準備をするため、広間から離れた。

 つまり、この場にいるのはソルカ姉弟のみ。


 「ソルカ、おっきくなったね」

 身長は小柄だが、二人分の食事をたやすく平らげたソルカに対し、感慨深く呟く。


 「姉さんもな」

 飛べるかどうか怪しいくらいにはお腹を膨らませた彼は、椅子にもたれかかっている。


 「ルノフェンに、ついて行くんでしょ?」

 (危ないのに、ね)

 カルカは本心を抑え、問う。


 「ま、そうだな。今回の冒険が終わるまでは、そうする。後はそのとき考える」

 眠気をたたえる目元を拭い、彼はそれが当然であるかのように、答える。


 その様子に、かつての光景がフラッシュバックする。

 我慢できず、彼女はソルカの方に歩み寄り。


 「ん」

 彼を見送ったあの日のように、翼で包み込む。

 「よせよ、もうオレは子供じゃないんだ」

 そう言いつつも、抵抗はしない。


 暖かい、沈黙が流れる。


 「約束」

 ソルカの耳元で、契る。


 「覚えてるよ。『必ず、必ず生きて帰ってくるように』。だろ?」

 振り返り、確認する。


 「一回守ったんだ、今度もそうするさ」

 誓い、彼女の翼に己の翼を這わせる。

 「暫く、このままで居させて」

 「……うん」


 夜が、柔らかに彼らを覆った。


 ◆◆


 ふかふかのベッドの中。

 オドは、毛布の下で、埋もれるように眠っていた。


 「ちりりん♪ ちりりん♪ 起きる時間だよっ♪」

 夢でテヴァネツァク神の声を聞いたという狂信者の作った目覚まし時計が、朝を告げる。


 「んうー」

 言葉にならない呻きを発しながら、右手で目覚まし時計の有りそうなポイントをペシペシと叩く。


 「ちりりん♪ ちりりん♪」

 十回ほど試し、埒が明かないと判断したのか、ベッドからようやく這い出てくる。


 目覚まし時計を視認したオドは。

 「うわあ」

 と力なく言葉を漏らす。


 想像上のテヴァネツァクを象った目覚まし時計は、浮いていた。

 止めようとして手を動かすと、ふわりと避けてしまう。


 目覚まし時計はオドの意識が覚醒したことを確認すると、ストンと地面に落ち。

 「おはよー! 今日も頑張ろうね!」

 と音声を発し、動作を停止した。

 なるほど、これでは二度寝など出来ないだろう。


 「テヴァネツァク様、流石にこんなに子供っぽくはなかったかなあ」

 実際に神の姿を知る者はこれ以上何も言わず、奥ゆかしく顔を洗うことにした。


 「ありゃ」

 朝の支度を終え、広間に降りてきたオドは、ソルカ姉弟がすやすやと床で眠っていることに気づく。


 使用人に話を聞くと、何年ぶりかも分からない再開を引き剥がすのもアレだし、同じベッドに寝かせて何かが起こったと勘違いされても困るしで、とりあえず毛布だけ掛けといた、とのことである。


 ソルカの頭をつんつんとつつき、起こしてやる。

 「うっそ、朝!?」

 彼は飛び起き、羽ばたいて歯を磨きに向かった。


 その衝撃で、姉の方も目覚める。

 「ふわーあ」

 落ち着いて伸びをした後。

 「起こしてくれてありがとね」

 ぴょんぴょんと跳ね、ソルカと同じ方向に。

 

 オドは一人、広間に取り残される。

 やがて。

 「ごはんできたよー」

 予めピカピカに磨かれた机に、ラックの手によって朝食が配膳されてゆく。


 パンと卵、ソーセージを軸にした、安定とも言えるメニューだ。

 ブラックコーヒーは黄砂連合産であったとしてもまだ飲めないので、ミルクティーにしてもらった。


 「先食べてて良いって言ってたよ」

 カルカからの言伝を受け取り、フォークを握る。

 「それじゃあ、いただきます!」

 オドが卵にフォークを入れようとした、その瞬間。


 「ただいまー!」


 正門が勢いよく開け放たれ、ルノフェンが戻ってくる。

 「おかえ、り?」


 よく見ると彼の後ろに、しおらしい様子の、青肌の女性が着いてきている。

 背はオドの身長より少しだけ高い。最も背の低いソルカと比較すると、頭一つ分の差といったところか。


 衣装は着流し。胸には、キツく巻かれたサラシが見えている。オドは反射的に目を逸らした。

 武装は太刀と脇差し。太刀は規格品のように思われるが、脇差しの方は相当年季が入っているようだ。


 《アナライズ》を使用しても良かったが、敵意のなさそうなこの女性に対して、オドとしては初手で取るような行動と思えなかった。


 「お、おはよー」

 彼女は緊張した面持ちで広間に足を踏み入れる。

 あたりを見回し、アウェーな空気に胃を痛めていそうだ。


 暫くすると、ソルカが戻ってくる。

 「うっす、さっきは起こしてくれてありがげえッ!? 鬼人族オルクス!?」

 見事なリアクションであった。


 迷わず《アナライズ》を仕掛けようとするソルカの視線を塞ぐように、ルノフェンが前に出る。

 「まあ、ちょっと話を聞いてよ。ラックくん、朝食もう一人分増やせるか、シェフに聞いてくれる?」

 ラックは「はぁい」と去っていった。


 ソルカはひとまずテーブルに着席する。

 「それで、どうしてルノフェンが鬼人族と一緒にいるんだよ」

 荒っぽく爪でパンをちぎり、ソーセージと一緒に口に放り込む。


 「お? これでもこの子、めちゃくちゃ可愛いんだよ? 実を言うと、ボクたちが気づいてなかっただけで、昨日のあの戦いのときから一緒に居たみたいだね」


 「は?」ソルカは遠慮なく言葉を口にする。

 「不思議だとは思わない? ボクたちがディータの大群と戦ってたとき、なんで背後からの増援がなかったのか」

 ルノフェンも席に着く。鬼人族の女性は、使用人の案内でルノフェンの隣に座る。


 「や、そりゃあ騎士が後詰めやってくれてたからだろ。オレ見てたもん」

 然り。ソルカは、途中参戦とはいえ戦いを上空から見ていたのだ。


 「グレちゃん」

 ルノフェンが指示を出すと、彼女はバッグから銀の兜を取り出す。

 兜のサイズは、バッグの容積に比してだいぶ大きい。バッグ自体がそれなりに高位のマジックアイテムであるように思える。


 彼女が兜を被ると、確かにそちらの方に目が行く。鎧まで装備していたならば、確かに騎士のように見えただろう。


 「マジか、アイツだったのか」

 ソルカは翼で頭を押さえる。


 「自己紹介、できる?」

 『グレちゃん』と呼ばれた鬼人族の兜を外しながら、ルノフェンが促す。


 彼女は立ち上がり。

 「せ、拙はグレーヴァ・ガルデと言いまちゅ」

 噛んだ。

 一回、深呼吸。

 「種族は鬼人族。出身はデフィデリヴェッタ」

 ルノフェンの方をチラチラと見ながら、続ける。

 「今回は、ルノフェンご一行との旅に同行願えればと思い、こうして、しゅが、姿を表したの」


 一礼。そのフォームは見事であった。

 「なるほどねえ」

 パンとソーセージを片付けたソルカは、卵に手を付ける。


 「や、オレは良いよ? 戦闘力的には申し分ないし。素で耐久力のあるメンバーが居ないから、ちょうどタンクやってくれる人が居たほうが良いかなとは思ってた」

 オドはどう思う? と振る。


 「二点、あるかなあ」

 先に食べていたオドは、既にミルクティー以外を胃の中に収めている。


 「な、なにかな? お姉さんに答えられることなら、答えるよ?」

 彼女は硬い笑顔を作っている。


 「じゃあ、一点。こっちはそんなに重要じゃないけど、わたしはグレーヴァさんの戦闘スタイルをまだ見てないから、見せてほしいな」

 少しホッとしたようだ。


 「わかった! ご飯食べ終わったら見せてあげるね!」

 先程よりは自然な笑顔で、ウィンク。

 オドは動じず、続ける。

 「二点。ルノ、グレーヴァさんについて何か隠してるでしょ。グレーヴァさん、ずっとルノフェンの方見てたよ? できれば共有してほしいな」


 ピシッ。


 グレーヴァの心にヒビが入る音がした。

 「グレーヴァちゃん」

 ルノフェンは彼女の肩を掴み。

 「ごめん、プランBだ。オドの人を見る目がここまでだったとは」

 「いや、ワケアリってのはオレから見てもバレバレだったぞ」

 ソルカのツッコミを受け流しながら、再度グレーヴァに発言させる。


 昨日、ボクに言ったとおりにするように、と釘を刺した。

 「うう、まさか一瞬で感づかれるなんて」

 彼女は観念して、本当のことを話し始めた。


 「出身は紫晨龍宮ししんりゅうぐう。大陸北東の島だね。本名は染仙月セン・シェンユェだけど、周りにはグレーヴァで通してる」

 ここまでを話した段階で、ソルカが「うっそだろ」と漏らした。


 染家。紫宸龍宮の最高権力者である、巫后を輩出する十二月家。

 その八の席に名を刻む一族。

 つまるところ、貴族の娘である。

 

 オドも、上記の知識は持っている。

 「それでその、染家のお嬢様がどうしてデフィデリヴェッタに?」

 なおも踏み込む。

 意図としては、貴族の諍いに巻き込まれると面倒になる、という具合である。


 「ううー」

 言いたくなさそうにしている彼女を、ルノフェンがカバーする。


 「端的に言っちゃうと、この子がショタコンだから、なのかなあ」

 「ショタコン!?」

 彼女は、容赦のない説明に驚き、ルノフェンの方を見る。


 「まあ聞いてよ。グレちゃん、全部話すね」

 うつむき、ルノフェンの手をぎゅっと握って耐えることにしたようだ。


 「この子、政略結婚させられかけたことがあってね」

 (唐突に重いのが来た!?)

 オドは突っ込む代わりに、「うん」と相づちを打った。


 「それで、相手が良い人なら良かったんだけど。ほら、この写真見て」

 ルノフェンが取り出した写真は、見目麗しい、筋肉質な青年であった。

 「イケメンじゃん。クズだったの?」

 写真を見て、ソルカが率直な感想を投げる。


 「いんや? 話を聞く限り、むしろ性格も良いし、非の打ち所がない人ではあったっぽい」

 「面白そうなことやってるねー。うわっ、この写真の人かっこいー」


 カルカがメイクを終え、広間にやってきた。

 「嫌な予感がするけど、断った理由を聞いても良い?」

 引きながら、オドは促す。


 「だってお姉さん、どっちかというと筋肉質な人より細い子のほうが好きだし」

 要は、性癖の問題であった。


 「政略結婚って、その、そういう理由で断れるものなんですか?」

 彼我に断絶を感じ、言葉を濁しつつも、話を聞いていく。


 「最終的に決闘になったかなあ」

 「決闘!?」

 まさかの武力である。


 「うん。その結婚相手と一対一で。武器は太刀だけ。勝ったら拙のこと好きにしていいよって誘ったら乗ってきてくれたの。

 剣技も素の力もあっちのほうが強かったんだけど、角を犠牲に『なんとかなれー!』って全力でやったら、なんとかなっちゃった」

 なるほど、確かに彼女の角は、両方とも半ばほどで折れている。


 「角は鬼人族の誇りだ、って聞いたことあるんだけど」

 ソルカすらも引いている。

 「だって、あんなおっきいのとえっちしたくないもん。それで、拙が勝っちゃったから邸内大騒ぎになって、その隙に持てるもの持って脱出した、って感じかなあ」


 「貴族の行動力、怖いなー」

 これはカルカの感想である。グレーヴァが言葉を発する度に、カルチャーショックを受けてコーヒーに口をつけていた。

 

 「うん、まあそれなら他の家が暗殺者を送ってきたりはしないのかなあ」

 オドがまとめ、あることに気づく。


 「あれ、でもそうなると、わたしたち途中で襲われたりしない?」

 「しないよ!」

 本人が否定した上で、ルノフェンが。

 「安心していいよ。昨日この子を連れて女の子用の娼館に行ったんだけど、キスで気絶してたから、襲う以前の問題だと思う」

 貴族相手だろうが、ルノフェンはいつもどおりである。


 彼の倫理は壊れていた。

 「それ言うの恥ずかしいからやーめーてーよー!」

 耐えかねたグレーヴァは、鬼人族の握力でルノフェンの手を握る。


 「あ」


 関節を破壊する、凄まじい音がした。

 オドは床に崩れ落ちるルノフェンに対し《グレーター・ヒール》を掛けてやり、遅れてやってきたグレーヴァの分の朝食を、冷めないうちにとるように勧めた。

 

 ◆◆


 カルカ邸、中庭。

 グレーヴァの実力を見るため、模擬戦が行われることになった。


 「言っとくけど、オレはどんな絶望的な戦いでもやる。相性最悪でもな」

 ソルカは既に短剣を抜いており、最初から本気を出すつもりである。


 「相手がお姉さんだからといって、手加減したらだめだよ!」

 一方のグレーヴァは抜刀姿勢。右手で太刀の柄を握っている。

 互いの首には試合用に用いられる、ダメージを肩代わりしてくれるブローチが掛かっている。


 「よし、準備は良い?」

 間に立つのはルノフェン。

 彼が腕を下ろせば、模擬戦は始まる。

 

 対戦する二人が頷くと。


 「はじめっ!」


 戦いが、始まる。

 「《テレポーテーション》!」

 ソルカの初手はテレポーテーション。

 グレーヴァの背後に回り、背後から強襲を仕掛けるが。


 「戦技」

 ソルカには、何が来るか分かっている。


 「《ラウンドスイープ》」

 「《テレポーテーション》!」

 グレーヴァが抜刀すると、太刀からは迸る火花と熱が放射される。


 彼女はその勢いのまま一回転。

 太刀の熱は意思を持つ鞭めいてしなり、伸びるごとに何度も分かれ、増えてゆく。

 やがて、桔梗の花弁めいたその熱の塊は、形を崩し、ソルカに対し追尾する弾となって襲いかかる!


 「《テレポーテーション》! クッソ、キリがねえ!」

 ひたすら躱し続けるソルカ。グレーヴァ自身が炎の花弁に守られ、攻め入ることも出来ない。

 「《ラウンドスイープ》!」

 無慈悲な二発目。彼女は消耗を見せず、淡々と攻撃を放つ。


 「あー! 熱い熱い! 焼き鳥になっちゃう!」

 フィールド上に避ける場所がなくなり、あえなく被弾。

 過密弾幕を次々と受け、ブローチの宝石はすぐに破壊されてしまう。


 「やめ!」

 ルノフェンが合図すると、炎の弾幕はすぐに霧散した。


 「オドくん、どうだった?」

 グレーヴァは目を輝かせ、子犬めいて駆け寄ってくる。


 「なーにがラウンドスイープだこのやろー!」

 「あ痛ぁ!」

 復活したソルカが、背後から翼で頭を叩く。

 妥当である。普通、《ラウンドスイープ》と言えば、自身を軸に武器を一回転させ、ただ周囲に攻撃するだけの初級の戦技を指す。


 「鬼人族って魔法が苦手だって聞いてたけど。そもそも詠唱もしてないのにえげつない出力だったよね」

 冷静にオドは分析する。

 魔力は消耗したようだが、それにしても火力が高すぎるとしか言いようがない。


 「まあ見ての通りだけど、インファイターのオレだとそもそも近寄れないからコイツには勝てん。

 オドなら守りきれるだろうけど千日手で、ルノフェンだったら腕で弾を消しながら殴ってなんとか削り勝ち、位なのかなあ」

 ソルカの感想だ。


 「脇差しがなかったらどうかな?」

 ルノフェンは二人に意見を聞く。

 彼の説明によると、彼女の脇差しは装備しているだけで物理攻撃を陰陽両面の火属性として出力してくれるもの、らしかった。


 「それだったらオレが勝ちそうな気はするけど、そもそも一撃が重いもんなあ。一発耐えられたら御の字って感じ」

 とソルカ。

 「じゃあ、戦力としても不足なし、だね。連れて行こっか?」


 オドの言葉で、グレーヴァの同行が決まった。

 

 ◆◆


 神の座、アヴィルティファレトの領域。

 

 瓢風の神である彼は、ルノフェンの目を通して宴から娼館巡り、グレーヴァの加入まで、すべてを見ていた。


 「アイツ、なんだかんだで真面目に仕事はやってくれるんだよな」

 黄砂連合産の最高級コーヒーを消費しながら、ルノフェンについて感想を述べる。


 「不服そうだね、アヴィ?」

 机の影が独りでに伸び、人の姿を取る。

 アヴィルティファレトが瞬きをすると、影の上には布面積の小さいトーガをまとった、妖艶な男が立っていた。

 彼の名前はツェルイェソド。白日教における至高神の片割れにして、闇陰を司る神である。


 「その出現の仕方、割と心臓に悪いぞ」

 実体を持たない神に心臓などというものはないが、比喩を交えて小言を投げる。


 「悪いね、ちょっと君の様子を見たかっただけなんだ」

 言葉に反して悪びれることもせず、勝手にマグカップを召喚し、コーヒーを淹れる。


 しかめっ面をする瓢風神の向かいに座り、己の権能を用いて一瞬で情報を共有し終わる。

 闇の力は、システムに穴を穿つがごとき力でもあるがゆえに、極めてしまえば、他人の持つ情報を抜き取ることも出来る。


 「この娘、見覚えがあるな」

 アヴィルティファレトの視界を勝手に覗き見る。

 「染仙月。そちらの領域から出奔したらしいね。多分、あの脇差しは染家の家宝だ。貴方が望むなら、取り返させることも出来るぞ」


 その言葉に、彼はフッと笑う。

 「何を言う。俺は人の持つ闇を肯定する。自我のもたらす愛憎、欲求、破滅への覚悟。どれも全て、好ましい」


 コーヒーを飲み、続く言葉を待つ。

 「この件については、俺は何もしない。どうするか決めるのは、彼女自身だ。俺は、その姿を眺める」

 「そっか」

 アヴィルティファレトは言葉を認め、新しい捧げ物が現れたことを知る。

 

 「ドライフルーツ、か」

 机の上に召喚する。

 種類に統一感のない、乾いたフルーツたちには、粉砂糖が掛けられている。


 「黄砂連合ではリンゴは育たないと思うが」

 アヴィルティファレトは疑問の言葉を受けながら、一つつまみ、食べる。

 品質は、悪くない。

 「ああ、神子がこっちに来た直後、ちょっと環境破壊をやっちゃってね。多分それで生えてきたのが残ってる」


 ツェルイェソドにも勧めておく。

 バナナを、一口。

 「テヴァネツァクの残渣を感じるな」

 とのことであった。

 

 「で、神子の話に戻そう。彼らは上手くやっているように見えるが、君の意見は少し違うようだな」

 空になったアヴィルティファレトのカップに、コーヒーを注ぐ。

 「ああ、実のところ、今日は休ませる予定だったんだ」

 ほう、とツェルイェソド。


 「なのにあいつら、まず新しい仲間の加入試験をやっただろ? 次はぼくがあげたカーペットを直しに魔法工房に行ってるし。休む気あんのかな、ホント」

 カップを揺らして冷ました後、一口飲む。


 「アヴィ」

 ツェルイェソドは正面から彼の目を見て、一言。


 「まずは君が休め」

 アヴィルティファレトは、ぐぅ、と唸ったきり、何も言葉を返せなかった。


 【続く】

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