第四話「やると決まったら本当に早いなこの子」

 (あらすじ:闘技場で戦いあったルノフェンと、ハーピィのソルカは意気投合。仲間になったぞ!)


 オドとソルカ、図書館にて。

 「一般的な範囲だと、プレフィクス級、マジック級、マスターピース級の順に品質が上がっていって、ヒト一人の手で作れるのはここまで。

 そこからはレリック、レジェンダリー、ミシック。レリック以上は、入手もオークションか、闇商人経由になってくる」


 彼らが読んでいるのは、『トレジャーハンターの手引』。一般書の類だ。


 ルノフェンは神子ゆえに、今はアヴィルティファレトの神殿に招かれている。時間の余ったオドは、ソルカを連れてこの大陸の知識を読み込んでいた。

 ソルカは、滅多に本を読まない。というより、腕が翼かつ足には鉤爪という姿であるため、そもそも本を読むのに適していない。

 そのため、有益そうな本の選定はソルカが行い、ページを送るのはオドという、奇妙な共同作業が成立していた。


 「この辺はこの世界の常識だな。ちなみに、オレもマスターピース品は持ってる」

 そう言うやいなや、荷物袋をあさり、金属製の棒を取り出す。

 ぱっと見、体育祭のリレーに使うバトンに見えなくもない。ただ、作りはかなりしっかりしていそうだ。


 「おっと、オドは触るなよ。魔力が強すぎて武器の方が壊れそうだしな」

 ソルカは司書に許可を取り、術式を起動する。

 すると、棒の片方から、バーナーのような、緑色の光刃が飛び出した。


 「これは『セイバー・オブ・エミッション』。これから向かうデフィデリヴェッタでしか生産できない。出力が魔法だから物理攻撃が効かない奴らを相手にするのに便利だし、何よりリーチの割に軽い」

 魔力供給をやめると、刃もすぐに消えてしまう。


 「闘技場ではレギュレーションの関係で滅多に使わねェけど、厄介な魔物が湧いたときには同時に複数体を叩けるし頼りになるんだよな。いい買い物だったよ、ホント」


 言いながら、荷物袋に押し込む。

 ソルカの荷物袋には、あらゆるものが雑多に放り込まれていた。

 これで目的のものをすぐに取り出せるのだから、その点だけは感心に値する。


 「そういえば、闘士はやめてよかったの?」

 ページを捲りながら、オドは問う。


 然り。ソルカは一行に参加するにあたって、ラハット・ジャミラの闘士を、引退という形で辞めていた。


 「んあ? 問題ないよ。必要なものを買うだけのカネは稼ぎきったし、最後にデカい試合もできた。勝てなかったのはアレだけど、オレとしては大体満足してる」

 彼は、きょとんとした目で答えた。


 「そう、ならいいけど」

 やることがなくなったら、白々しく仮面でも付けて戻ってくるのもありかもな。彼は、そう言って笑っていた。


 「オレからもオドに質問がある」

 マジックアイテム紹介ページの、「木材をふかふかなパンに変換する釜」を翼で指しながら、逆に問われる。


 「お前、メシ作るの上手いよな。どこで練習してきた?」

 図らずも、今日の朝食は宿屋の厨房を借りて、持ち込みの食材で簡単に作ったものだった。

 もっとも、ルノフェンはろくに料理ができないので、自分から料理当番を買って出た、というのが真相なのだが。


 唐突な日常の話題に困惑するも、オドは正直に返す。

 「師匠から教わったのが大きいかなあ」

 「ふーん」

 値踏みするように、オドを見る。


 「その師匠ってさ、女の人?」

 投げられたのは、ストレート。


 「そ、そうだよ。わたしの憧れの人」

 「ほーほー。可愛い系?」

 続けざまの質問に、赤面する。


 「どっちかというとかっこいい系かなあ。頭もいいし、いざという時は頼りになるし」

 恥ずかしそうにするオドを、なおも責め立てる。


 「こっちに来る前は毎日その師匠のごはん食べてたの? いーなー!」

 「えへへへ。わたしも師匠みたいにとっても美味しいごはん作りたいなって思ってる」

 このままでは無限に師匠自慢が続きそうだ。


 「へー。おっぱい大きい?」

 ニヤニヤしながら、ソルカは角度を変えた質問を投げる。


 「ふえっ!? おっきいけど、そういう質問はなし! セクハラー!」

 頭をぶんぶんと振り、これ以上はムリと言うかのように、両手をソルカの方に出す。

 「おーよしよし。オドくんは純情でちゅねー」

 翼でわざとらしく頭をなで、からかった。


 「ほ、ほら! もうそろそろ落ち合う時間だよ! 行こ行こ!」

 限界に達したオドは本を棚にしまい、さっさと図書館の外に出てしまう。

 「はーい」

 ソルカも続き、外に出た。


 かつては、書物は特権階級のものであった。

 それゆえ、権限の強い神殿の付近に、王族や神官、宮廷魔術師のみが立ち入れる書物庫が建てられた。

 ディータによる印刷技術が発達した現在でも、都市最大の図書館は行政の心臓部に建てられることがある。そうでなければ、教育機関の周辺だ。


 神殿までは徒歩で数分だった。

 ソルカにからかわれながら、オドは聖堂でルノフェンを待つ。


 「何やってるんだろう、ここで」

 元の世界は宗教色が薄いので、オドには皆目見当がつかない。


 「ありそうなとこだと、神子を使った神との交信とかじゃね? 神殿のことは詳しくないけど」

 ソルカは適当に返す。彼はオルケテルを信仰してはいるが、熱心というわけではない。


 問答をしていると、神殿の立ち入り禁止区域の方から、名状しがたいカラフルな布を被ったゴーストのようなものがやってくる。

 「なんだあれ?」

 ソルカが最初に気づき、見咎める。


 彼には勇気がある。お化けは怖くないし、なんならマスターリッチとの交戦経験すらある。よってアンデッドに慣れている。


 「わかんない」

 オドは別だ。まだまだ幼い彼は、お化けなど怖くないと頭では思っていても、無意識に様子を見るため距離を取る。


 推定お化けはゆらゆらと近寄ってくる。

 それも明らかに、オドの方に。


 「わー、オドくんお化けに憑かれちゃったー。怖いなー」

 棒読みで煽るソルカ。後ずさるオド。


 やがて、オドは段差に躓き、尻餅をつく。

 「も、もしかして本当にお化け!?」


 顔の見えない存在を凝視し、固まる。


 「たーべーちゃーうぞー」

 お化けは魔法でエコーのかかった声を発しながら。


 「きゃあ!」

 布を閃かせ、オドを包み込む。

 

 そして。


 「あは、あははは! なにこれ! このお化けめっちゃくすぐってくる!」


 響いたのは、笑い声。

 オドは、布に覆われくぐもった声を出す。


 「ソルカ、助けてよお! この手付き絶対ルノだって! あはははは!」

 蚊帳の外のソルカは、興味を隠しもせず、器用に鉤爪を用いて布の端を持ち上げる。

 見えたのは、オドの脇腹をこちょこちょとくすぐりあげるルノの姿。


 「なんだ、やっぱりルノじゃん」

 興味をなくし、布を下ろす。

 布の下は、再び暗闇に包まれる。


 「待って! 暗いところでくすぐられ続けるのキツいんだよ! もう!」

 我慢の限界が訪れ、オドは自ら這い出す。

 荒い息のまま、壁にもたれかかるように身を投げ出す。

 飽きたのか、オドが出てすぐにルノフェンも布の下から脱出した。

 

 「で、この分厚い布はなに? オレの鑑定魔法が通らないってことはほぼ間違いなくレジェンダリー級以上だけど」

 鉤爪でつんつんとつつきながら、ソルカは問う。

 「アヴィにおねだりしたらくれた」

 

 神殿の中を、天使が通り過ぎる。


 「アヴィってアヴィルティファレト神? おねだりでモノくれたの? 孫にお小遣いあげるおじいちゃんじゃん。これヤバいって。国宝クラスだよ?」

 ソルカは煽りを交えながら、質問を続ける。


 ルノフェンの背後から不穏な気配を感じた気がしたが、気のせいだと思うことにしよう。

 「というかこれ、わたしたちが召喚された部屋に敷かれてたカーペットだよね」


 オドは立ち上がり、布を撫でる。

 一辺五メートルもあるカーペットは魔力に呼応して、ふわりと浮いた。


 「いやあ、神殿への報告と一緒に『空を飛べるマジックアイテムが欲しいな』って聞いたら、祭壇からごそごそ漁る音がして。暫く待ってたらポンって四つ折りのこれが降ってきてさ」

 今にも飛び立ちそうなカーペットを押さえつけ、ルノフェンは説明。


 何かを思いついたソルカは、思いついたまま口に出す。

 「これさ。売っちゃって質のいい乗り物買った方が良くね?」

 彼の邪悪な提案は、「それは流石に神罰食らうからムリ」と拒否された。


 「ってことは、これに乗っていけばデフィデリヴェッタまでひとっ飛び、なのかな」

 話を聞いていたオドは、状況をまとめる。


 「ん、そういうことになるかな。ボクはいつでも行けるけど」

 ルノフェンはソルカの方を見る。


 「んー、お世話になった人に挨拶はしていきたいかな。第二の故郷みたいなもんだし。オレの機動力があっても一時間くらい掛かりそう」

 「あ、じゃあわたしもそうしよっかな。ルノは荷物まとめてて」

 「はーい」


 ということで、出立が決まった。


 ◆◆


 正午。


 「わあ、なんかいっぱい見送ってくれる人来た」

 とは、ルノフェンの弁。

 アースドラゴン、警備隊長は勿論のこと、噂を聞いたソルカのファンや闘技場関係者が合わせて百人ほど集まってきていた。


 これでも、直接面識のある人々だけに限定しているという。

 「それじゃあ、オレは聖都に帰るから。おい、泣くなよ。今生の別れってわけでもないんだぜ?」

 ソルカは、人との別れを経験したことのない、最前列に立つ小さな子供の頭を撫で、カーペットに乗り込む。


 「ソルカ様ぁ! ずっと健康でいてね! ご飯いっぱい食べてね! うええん!」

 泣きじゃくる子供に苦笑する。


 「着いたら長老宛に手紙を出すよ。オレの活躍を見守っていてくれよな!」

 彼が大きく三度手を振ると、カーペットは離陸。


 「じゃあねー!」

 オドが叫ぶと、アースドラゴンがマニピュレータを掲げ、応える。


 一行を乗せた、見た目の割にしっかりとした乗り物は、つづがなく飛翔する。

 またたく間に見送りの人々の姿は小さくなり、やがて見えなくなっていく。


 「人気あったんだね、ソルカ」

 手を振り続ける彼の肩に手を置き、ルノフェンは語りかける。

 「当たり前だ! オレは筆頭闘士だったんだぜ? そりゃもうサインは行列、グッズは即日完売だ」

 自慢気に語る彼の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

 二人が、それを咎めることはなかった。


 暫く余韻を味わった後。

 「ところで、聞くの怖いんだけど、このカーペットでどのくらいの価値なのかな」

 沈黙を割るように、ルノフェンが声を上げる。


 「あー」

 ソルカは言いづらそうだ。


 「そうだな、こうしよう。ルノが貰ったファイトマネー、見せてくれよ」

 うん、と承諾し、荷物袋に手を突っ込む。


 ルノフェンの荷物袋の中身は、二段底となっているようだ。

 思いの外しっかりしている彼は、財布から幾つかの硬貨を取り出す。

 大きく丸い金貨と燻し加工した黒い銀貨が一枚ずつ。後は、小さな銅貨と半銅貨、銅片が数枚、といったところだ。


 「うん、だいぶ貰ってるじゃん」

 とソルカ。


 彼は説明を続ける。

 「この大陸の通貨はシェル。鉱石を司る女神ミクレビナーと、その神官によって価値が保証されてる。

 小さい方から説明すると、銅片が十シェルで半銅貨が五十。銅貨が百。

 そこの黒いのは黒銀貨で千シェル。ここにはないけど白銀貨ってのがあって、それは五千」

 対応する硬貨を、足の鉤爪で指す。


 「わあ。じゃあ、このおっきいのは?」

 問うのはオドだ。

 「丸金貨。一万シェル。国にもよるけど、これ一枚で大体半年は暮らせるからな。絶対落とすんじゃないぞ!」

 うへえ、とルノフェン。


 「これ以上も何種類かあるけど、端折らせて。一般的には丸金貨まで覚えていれば生きていける」

 「ファンタジーだ」

 小説もよく読むオドは、そう漏らした。


 「逆に聞くけど、オマエらの世界ってどうやってモノをやり取りしてるの? オレとしてはそっちも気になるんだけど」


 会話が脱線する。

 「んー、電子決済ってこの世界だとなんて言えばいいんだろう。こう、形の見えない、強いて言うならお金の数字を直接相手に渡してる感じ? ごめん、ボクは詳しくないからわかんない」

 オドも同じく。

 彼らは、ふわっとした認識で生きていた。

 「オマエら、それでよく生きていけるよな……」

 ソルカは、引いていた。


 「で、このカーペットだよ」

 ルノフェンは、強引に話を戻す。


 「んあ、そうだったな。オレの見立てだと、最低でも一千万シェルは堅いぞ、コレ」

 「いっせ……!?」

 オドは驚愕し、両手を口に当てる。

 一万シェルで半年暮らせるのだから、その千倍以上ともなると、途方もない額である。


 「このデカさと分厚さのカーペットだろ? 基礎がまあ大体千シェル。

 レジェンダリー等級だとしたら、概算で一万倍くらいはする。

 オークションでしか買い手がつかねえだろうから、振れ幅は相当あるな。

 して、仮にミシックだと更にその十倍。想像しただけでめまいがしてきたぜ」


 一行全員、絶句する。

 「ボクたちはそんなものを足蹴にしてたの?」

 頭を抱えるルノフェン。


 「ま、まあ神罰あるから手放せないし。実質ゼロシェルって考えるのが健康に良いと思う。うん、オレはそーする」

 そういうことで、三人は思考を放棄することにした。


 「ボクから振っててなんだけど、この話、やめよう。ほら、大森林に入るよ」

 ルノフェンの言葉とともに、我に返る。


 正面を向くと、砂一色であった地面が急速に土へと切り替わり、緑に満ちる光景が見える。

 と同時に、進路を塞ぐように何者かが待ち構えているのが見えた。

 その者は拡声の魔法の掛かった声で、止まれと警告。


 ルノフェンとオドは視線を交わし、カーペットを減速させる。

 よくよく見てみれば、それは鳥人オフェットの女性である。ハーピィとは違い、肉体はほとんど巨大な鳥のそれだ。

 彼女は身の丈の何倍もある二本のハルバードを宙に浮かせ、こちらを警戒している。


 「よし、良い子だ。我々はエヴリス=クロロ大森林のレンジャー。すまないが、ここ数日立て込んでいてな。ミトラ=ゲ=テーアに入国するつもりなら、紹介状が居る」


 顔を見合わせる。

 「えっと、わたしたちはこのままミトラ=ゲ=テーアの領域を通らず、そのまま大森林を突っ切ってデフィデリヴェッタに向かう予定なんです。だめですか?」

 交渉役はオドだ。


 「ん? ああ、なら構わんぞ」

 ハルバードを下げ、警戒を解く。

 「引き止めてすまなかった。落ち着いたら、また寄ってくれ。平時の観光客は歓迎だ」


 そのまま降下しようとする彼女を、オドが呼び止める。

 「えっと、すみません。その立て込んでることについて、何が起きているか少しお話伺っていいですか?」

 情報が欲しい、そういう目論見だ。


 「ん? 知らんのか? シュヴィルニャ地方から大量のオートマトンが湧き出していてな」

 シュヴィルニャ地方。大陸北部の、荒涼たる凍結の地だ。

 ちなみに、海産物が美味い。


 それはそうと、オドとルノフェンがオートマトンと聞いて頭に浮かぶのは、どちらかというと紳士的な機械種族ディータのアースドラゴンである。

 「オートマトン? わたしたちは機械種族ディータしか知らないんですけど、あの優しそうな種族ですよね?」

 とオド。


 「とんでもない! そりゃディータの方には優しい奴らも居るだろうがねえ。ニュースで聞くのは『ホワイトアイ』軍団の厄介さだよ。統率と連携が異常だ。

 我々の情報は少し古いかもしれないが、奴らは既にこの地を踏んだと聞いている。最前線じゃ英雄どもが奴らとバトってるだろうな」

 話を終えると、彼女はさっさと詰め所に戻ってしまう。


 「私もあっちに行きたかったなー! 何も起こらない警備やーだー!」

 そんな声が聞こえてきた。


 「ソルカ、どう思う?」

 オドは、この世界の有識者としての意見を問う。


 「んー、わかんない!」

 即答であった。

 「モンスター相手の戦争は前にもあったけど、オートマトンが大挙して押し寄せるってのは現代じゃ聞いたことないな」

 議論は、早速行き詰まる。


 「行こ行こ。明日頭上にメテオが落ちるかどうか考えたって無駄だ。オレの故郷の話でもしようぜ?」

 ソルカは話題を切り、カーペットを発進させる。

 飛行魔法では到底追いつけないスピードで、空を駆ける。


 「そういや、デフィデリヴェッタってどんな街なの?」

 落ちることはないものの、念のためカーペットにしがみつくオドはソルカに問う。


 彼は、仰向けに寝転がりながら。

 「オレは子供の頃に出てったから今もそうかは分かんねえけど、一番良かったのはメシかなあ。手に入りづらい塩の代わりにスパイスが効いてる」

 片目でオドを見、懐かしそうに語る。


 「後は街並みも整然としてて。聖都っていうくらいだから当然白日教の総本山がある。

 どこへ行こうにも高低差があるからディータにとっては厳しい環境だけど、オレたち翼人にとっては暮らしやすい都だな」


 彼は脚で荷物袋をあさり、一つのペンデュラムを取り出す。

 それを鉤爪で器用に開くと、中から写真が何枚か現れた。

 「こいつのチェーンも帰ったら直してやんねえとな。見ろよ、出発のときに撮ったのがある」


 オドはどうにか体の向きを変え、写真の方に目をやった。

 しわくちゃになった写真には、急峻な山脈を背景とした、二人の幼いハーピィが映っていた。


 片方は子供の頃のソルカに違いない。ではもう片方は?

 「かわいいだろ? こっちは姉さんだよ。もう何年も会ってないけど、手紙のやり取りはしてる」


 「兄弟、居たんですか。良いなあ。わたしは孤児だったから」

 オドは憧れを隠さない。

 「なになに?」

 ルノフェンも話に乗ってくる。


 「えっ、こっちはもしかして最近の写真? うわあ、食べごろじゃん」

 ナチュラルにセクハラを掛ける彼を、ソルカは小突く。


 「オレがやられる分は別に良いけど、姉さんを襲ったら流石に怒るからな」

 「はあい」

 大人しく、引き下がる。

 「こう釘を刺しとかないとマジでヤるからな、こいつは」

 正しい評価だった。


 「ん、あれ」

 オドは写真を見比べ、気づく。

 「どれもこれも違う場所で撮られてますね、これ」

 着目したのは、背景だ。


 「ああ、気づいちゃう? いや、オドだから気づくか」

 苦笑し、話す。

 「当時、家なくてさ。神官の荷物を運ぶ代わりに食い物もらってたんだけど、その時に《プリザーブ・シェイプ》で撮ってもらった」

 へー、とオド。


 同時に、これは地雷なのでは? という想像が働くが。

 「どうしてっかな、姉さん。ルノたちが色々やってる裏で会いに行くかなあ」


 どうやら、地雷ではなさそうだった。 

 「まあ、続きは現地でのお楽しみってことで。やっぱこのカーペットめちゃくちゃ速いな。もう大森林を抜けるぞ」


 鬱蒼と生い茂っていた緑の木々は、やがてその高さを縮めていく。

 次にまみえるは石の地面。少々の草花や低木こそあるものの、運動不足の人間が踏破することは難しくなっていく。

 それでも、人々は登り続ける。ある人は聖地巡礼のため。あるいは、景色のため。とにかく、魅力のある山には違いない。


 「きれいだ」

 前方の、急峻と呼ぶに相応しい山々を見て、ルノフェンはそう言わずにはいられなかった。

 「貰った地図によると、もう少し登ったら神殿が見えるようになるのかな?」

 オドは、黄砂連合で得た情報をしっかり読み込んでいる。


 「ん」

 前方で目を凝らすルノフェンが、何かに気づいたようだ。

 「ねえ、正面左。十一時の方向かな? ボクの見間違えでなければ、可愛いディータが居る」

 ディータに、可愛い?

 残る二人は、頭の中にクエスチョンマークを浮かべる。


 「ルノ、とうとうヒト型やめてても興奮できるようになっちゃったの?」

 恐る恐る、オドが問う。

 「ん? ヒト型だよヒト型。カーペット、止めていい?」

 頷く。一行を乗せたカーペットは一切の振動なく減速し、目的のディータの正面に着陸する。


 姿は、近未来的なバイザーを被った球体関節の男の子といった具合だ。

 もっとも、何らかの衝撃を受けたためか、脚は膝から下が粉々に粉砕されている。ボディにもひび割れが目立つ。

 バイザーの目に当たる部分からは、白い光が漏れていた。


 近寄り、手を触れようとするルノフェンを、オドが静止する。

 「待って」

 「なんだよー」

 思い当たることがあるのだろう。試しに手頃な大きさの石ころを拾い、ディータの方に投げてやる。


 「飛翔物検知」

 可愛らしい合成音声とともに、ディータが腕のブレードを振るうと、石は真っ二つになった。


 「うっわ、近寄ったら切られてたってこと? ありがとー!」

 ルノフェンに抱きつかれたオドは、一つの確信に至る。

 「こいつ、例の『ホワイトアイ』軍団かもしれない」

 「確かに、目のあたりがビカビカ光ってるな。壊していくか?」

 ソルカは武器を構える。


 「それでもいいけど、動けないみたいだからどうにかして情報を得られないかな」

 とオド。

 「うーん、ちょっとアヴィに聞いてみる。元の世界だと音で機械をどうにかする方法があったはずだし、それ関係の魔法をなにか知ってるかも」

 ルノフェンは交信モードに入った。


 「そもそも起きてるのかな、アヴィルティファレト様。わたしの方でも色々やってみるかなあ」

 地面に手を当て、りんごを生成。

 転がすように、渡してやる。


 ピピー、という電子音の後。

 「最優先確保対象の魔力を確認。最優先確保対象の魔力を確認。同期中の機体、ゼロ。報告モードへ移行します」


 ソルカが前に出て、警戒したものの。

 ディータは二、三度腕をぶんぶんと動かし。

 「エラー。脚部および無線モジュール破損につき命令実行不可能。索敵モードへ移行します」

 要するに、オドをどうこうすることは諦めたらしいとわかった。


 「どういうことだろう」

 よくわからないが、例によってオドが狙われていることだけは、なんとなく掴めた。


 「ルノフェン、どう?」

 相方の様子をうかがう。


 彼はぎくしゃくした動きで、ディータの方に手のひらを向けていた。

 「あー、今ちょっと憑依してる。ぼくが直接やったほうが早いからね」

 ルノフェンの声に重なるよう、アヴィルティファレトの声も聞こえてくる。

 体のコントロールは、神の方が握っているようだ。


 「やっべ、もしかして今オレ神の声聞いてる?」

 とソルカ。


 「改宗は大歓迎だよ? 低めの同期度だから大したことは出来ないけどね。《ノーツ・インジェクション》!」

 ウィンクし、魔法を放つ。

 掌から放出される人間の可聴域を超えた音は、誰の耳にも入らない。


 だが、機械には意味の通じるコードの奔流でもあった。

 「外部命令の入力を確認。ホワイトモジュールによる抵抗を開始します。エラー。攻撃者への有効な反撃手段がありません。自爆プログラムを――権限委譲完了。ダンプファイル作成。エラー。第三ストレージが破損しています」


 反応を見ながら、ディータに命令を下していく。

 「今、自爆って言ったような?」

 聞きとがめたオドを、目線で黙らせる。

 「容量不足につき、これ以上の書き込みはできません。ホワイトモジュールの分離を試みます。……完了。エラー。人格モジュールが見つかりません。ベースモジュールによる動作に変更します」


 「終わりっ!」

 最後にパチンと手を鳴らし。


 「ちょっと危なかったけど、なんとかなったかな。後は任せた。ぼくは戻るね」

 降りてきたときと同じく、彼は速やかにルノフェンの体のコントロールを返した。


 ディータの方は、バイザーから漏れる白い光がなくなっている、くらいの違いはあるように見える。


 「ふう。憑かれてるほうも結構疲れるな」

 あっけにとられるオドを、「大丈夫」となだめながら、無防備にディータへ歩み寄り、その頭を撫でる。


 ディータは、甘い声でルノフェンの施しを受け入れた。

 安全だ。


 彼は、視界に映るものを理解できず。

 「うち、接客モデル“ラック”シリーズのプロト二号。お兄ちゃんは?」

 「ルノフェン。ラックって呼んで良い?」

 いいよ、とラック。彼は、あたりを見渡す。


 「ここ、どこ?」

 と、また質問。


 「強いて言うなら聖都山脈の麓」

 頭を撫でる腕にさわさわと触れながら、コミュニケーションを続ける。


 「そっかあ。シュヴィルニャ地方じゃないんだ。えへへ、お兄ちゃん優しいね」

 シュヴィルニャ地方と聞き、オドは耳をそばだてる。


 間違いない。彼は大森林を攻め入ったディータの一人なのだろう。

 だが、なぜデフィデリヴェッタの麓に?


 オドは会話に割り込み、『ホワイトアイ』軍団について何か知らないか聞いてみる。

 「工廠に居たとき何か聞こえた気もするぅ。ちょっと待っててー」

 ラックはストレージを参照し、録音された音声を再生する。


 中身はこうだ。

 耳障りな機械音声で、傲慢そうな指示が記録されていた。

 「これより『ブラインド・ホワイトアイ』作戦を実行する。

 第二軍指揮官。貴様はミトラ=ゲ=テーアに陽動をかける。全滅しても構わん。どうせバックアップはここにある」


 重いものが地面に擦れる音がする。何かが歩いているのだろうか?

 「第一軍指揮官。貴様は、我が開発した空挺部隊を用い、デフィデリヴェッタを攻め落とせ。

 いずれ来る機械の帝国の奴隷とするために、なるべく殺しはするな。

 だが、市民は念入りに分からせろ。二度と立ち上がれぬようにな」


 再生終了。


 邪悪な計画であった。


 ソルカが、怒りに震えている。

 故郷が襲われているのだ、無理もない。


 「急がなきゃ」

 オドがそう言うと、ルノフェンは力強く同意。

 ことは一刻を争う。三人はカーペットに乗り込み、出発の準備をする。


 「うちも連れて行ってよお」

 状況のつかめていないラックが、頭から己のコアチップを抜き取る。

 少し逡巡した後、ルノフェンがカーペットの上から《バキューム》を詠唱して回収した。


 「姉さん、無事で居てくれよ」

 ソルカはペンデュラムに己の翼を重ね、祈る。

 

 カーペットは、魔力の軌跡を描きながら、矢のように。


 駆ける。


 風を置き去りに、早鐘を打つ心臓の音すらも追い越し、聖都デフィデリヴェッタへ。

 

 たどり着いた一行が見たものは。


 「なんだよ、これ」


 炎、けが人。破壊された何かの残骸。

 

 燃え盛る街並みと、市民を追い回すディータの群れであった。


【あとがき】

 作者はハピエン至上主義者なのでメインキャラクターは曇らないぞ! 安心してくれ!

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