第三話「嵐剣の使い手も神子も、がんばえー!」

 (あらすじ:砂漠に放り出されたルノフェンとオドは、どうにかラミアどもの魔の手から逃れることに成功する。しかし乗り物の巨大メカが暴走し、その責任を負う形で逮捕されてしまった!)

 

 黄砂連合、牢獄。


 窓代わりの鉄格子から漏れる月明かりを受けるように、ルノフェンは膝を立てて座っていた。


 「シたい」


 取り調べを終え、長い沈黙を経て開口一番発された言葉が、これである。


 ルノフェンは欲求不満であった。

 元の世界では手術によって固定された外見年齢を活かし、毎晩男女を問わず食い散らかしていたので、ひとりきりでベッドに入ることに慣れていないのだ。


 彼は、既に成人している。

 しかしながら、今の彼の姿は、その肉体相応に頼りなく見えた。


 「そういえば、ルノ」

 鉄柵で隔てられた隣の牢屋。

 ベッドに仰向けに寝ながら、オドは問う。


 彼の肉体はルノフェンとは異なり、年齢相応に成長する。

 自身が望んだからだ。やろうと思えば、永遠の停滞に留まることもできた。

 彼は、彼を孤児院から拾ってくれた師匠と、事実上の恋仲にある。

 師匠の愛が、オドに大人になることを選ばせた。そういう言い方も、アリだろう。


 「わたしたち、あんまり一対一で話したこと、ないよね」

 オドの言葉に対し、ルノフェンは、「ん」と、雑な返事を返すのみである。


 「ほら、元の世界だと、接点あるようでなかったからさ」

 委細は省くが、彼らは同じコミュニティに属していた。

 とはいえ、部門が異なるがゆえ、顔を合わせることは多くなかった。

 ルノフェンは、その戦闘力を活かした敵地攻撃担当。身軽に、気ままな風のように、出現した敵性生物を叩いていた。

 オドの方はというと、対人折衝。可憐な見た目ながら、末恐ろしいまでの人たらしであった。


 「接点、かあ」

 ルノフェンは立ち上がり、据え付けられた蛇口を捻って水を飲む。

 砂漠の都市にあっても、水には困らない。

 どうやら真水を生成する専用の魔術師部隊が、二十四時間体制で働いているらしい。

 無論、相当な高給取りであるわけだが。こればかりは適性の問題であった。


 「あっ、そうだ。わたしもルノも女装してますよね。これ、特別な理由があったりしますか?」

 問いながら、ヒラヒラとした巫女スタイルの短袴を揺らす。

 淑女が見れば、顔を赤らめ視線をそらすに違いない。

 

 「それ、聞いちゃう? ボクの方は割とシンプルかつ実用的な理由があるんだよね」

 チア服の埃を払い、彼は続ける。

 「ずばり簡単。女の子の服を着てると、男とも女ともえっちできるから」


 沈黙。


 「なんか言ーえーよー」

 不服げに、二つの牢屋を隔てる鉄柵をガタガタと揺らす。


 「ご、ごめん。まさか、服装までその……えっちの為だとは思わなくて」

 オドに、そういう知識がないわけではない。

 それどころか、前述の師匠に一度襲われている。

 とは言え、唐突にそういう話題が出ると、理解が追いつかないこともあるわけだ。


 「まあでも、分かります。ルノってわたしから見ても可憐で、素敵だし」

 「良いね。ボクの可愛さが分かるって有望だよ。なんならここで一線超えとく? 柵越しだけどきっと新しい扉を拓けるよ?」

 フリフリと細い腰を揺らし、柵に押し付ける。

 「そ、それは良いかな」

 オドは、ジェスチャーで断った。

 

 「ん」

 誘いを断られ、残念そうにしていたルノフェンは、何かを感じ取ったのか、唐突に鉄柵から離れる。


 「ルノ?」

 様子の変わったルノフェンを気遣ってか、声をかける。


 「アヴィが起きた。今視界共有してる」

 アヴィとは、彼をこの世界に召喚した、アヴィルティファレト神のことである。


 「どう? 怒ってたりしない?」

 オドは起き上がり、伸びをする。

 「んー、怒ってはないけど。絶句はしてる」

 そりゃそうだ。

 送り込んだ神子が、一日経ってみれば自らの領域で虜囚となっているなど、想定しづらいにも程がある。


 「とにかく、すぐ遣いを送ってなんとかしてくれるから待ってて、ってさ」

 「やった」

 伸びの後はぴょんぴょんと跳ね、鈍った体に火を入れる。


 すぐさま、慌ただしい足音が聞こえてくる。

 「『すぐ』が文字通りすぎて笑える」


 ルノフェンもストレッチを始める。

 「さっきの話の続きだけどさ、オドが女装してるのは、なんで?」

 手首をぐるぐると回しながら、問う。


 「これ、言うの恥ずかしいんだけどね」

 調子を整え終えたオドは、二つの牢屋の境目に近づき、小声で。


 「コミュニティのリーダー、居るでしょ? わたしたちと同じで、女装してる男の子。知ってると思うけど、とっても可愛い。その人と初めて会ったとき、『男でも可愛いを目指して良いんだ』って思っちゃって」

 そのまま、くるりと一回転する。

 ミニの袴がふわりと広がり、重力に従ってもとに戻る。

 「それでわたしも女装してるんだけど、声変わりも始まっちゃったし、いつかは卒業しなきゃなあ、って思ってるところ」


 「そっかあ、そっかあ」

 ルノフェンは、目をそらし、相槌を打つ。


 「ルノ? どうかした?」

 オドは、違和感に気づく子であった。


 「うん、これ、どっかで言っとく必要があるなって思ってはいた」

 諦めたような笑みを浮かべ、続ける。


 「そのリーダー、ボクが恋してた子だよ。あの子、結婚したから今ボクは失恋中」


 唐突に、爆弾が投げ込まれた。

 「ボクのほうが先に好きだったのになあ。キスはしたんだけど、ゴタゴタで疎遠になってたら知らないうちに女の子と一緒になっててさ。しかもその子もムカつくほど可愛いし」

 「それはその、どんまいです」


 これは、対応を誤るとヤバいことになる。オドはそう感じた。

 「まあでも、オドが一緒で良かったかな。一人だと、寂しさに押しつぶされてただろうから」

 「わたしが一緒に居て慰めになるなら、良いですけど」

 優しく、語る。オドに出来ることは、それくらいだった。


 そうしていると、彼らを逮捕した警備隊長が牢獄にやってくる。

 武具を装備した、二足歩行する蜂という外見だ。


 「失恋。親近感、湧く」

 彼は牢屋の鍵を開けながら、話す。

 どこから聞いていたのか分からないが、たどたどしい共通語で話しかけてくる。


 蟲人はその発声器官の都合、共通語の発音が難しい。

 それでも、彼の言葉がどうにか聞き取れるのは、努力の賜物と言えるだろう。


 「俺もかつては蟲人らしく、同族が住まうコロニーに居た。だが、当時の女王の寵愛を受けられず、逃げ出した。厳しい旅路だったが、最終的にこの都市に流れ着いた」

 手招きし、オドとルノフェンを牢屋の外から出してやる。


 「黒の神子よ。絶望というものは、一過性のものだ。長い時間を掛ける必要こそあるが、傷は癒える。少なくとも、俺はそう思う」

 黒の神子とは、ルノフェンのことを指すらしい。この世界では、転生者や転移者のことを、神子と呼ぶ。

 外へと繋がる回廊に、カツ、カツと靴音が響く。


 ところで、と警備隊長。

 回廊の終わりで、彼は振り向く。


 「アヴィルティファレト神の遣いから、提案があった」

 彼は懐から巻物を取り出す。


 「この都市には、黄砂連合最大の闘技場がある。そこで今日の昼、台覧試合が行われる」

 巻物を二人に渡し、説明。


 「黄砂連合は商人の国だ。あの暴走メカを被害なく止める上で、貴重な魔力結晶を消費してしまってな。そういうことで、お前たちのどちらかにこの都市における筆頭闘士の一人と戦ってもらい、その興行収入をもって、チャラとしたい」


 へえ、とルノフェン。

 オドは直接戦闘を得意とするタイプではない。出場するとすれば、ルノフェンだ。


 「神子とのマッチは、滅多にない。赤と青の神子は闘技場文化に縁がないようでな。もしお前が参加すれば、当然巨額のカネが動く。無論、通常のファイトマネーは支払う」

 「面白いね、やろう」

 二つ返事で承諾。


 「あの、命の危険とかはないですよね?」

 念のため、オドが確認する。

 「心配は要らん。闘士にはブローチが支給される。ブローチには、ダメージを肩代わりしてくれる宝石が嵌っている。被弾しすぎてその宝石が砕けたら負けだ。仮に事故が起きても《リザレクション》を使えるキャスターが待機している。問題ない」


 安全には配慮されているようだ。

 「なら大丈夫かな」

 オドの同意も、取れた。


 牢獄の外に出て、燃えるような朝日を浴びたルノフェンは、最後に一言。

 「あ、もし相手を瞬殺しちゃっても恨まないでよね!」

 そのまま、闘技場に向かう。


 彼らの背を見送りながら、警備隊長はつぶやく。

 「やれるもんなら、やってみな」

 

 ◆◆


 そして、興行は始まった。

 前座のバトルロイヤルでは屈強な男どもが殴り合い、ひときわ強靭な鬼人が勝利を収めた。彼は有望な闘士へと成長していくだろう。


 その後は三対三、二対二の順にトーナメント試合が組まれ、各部門で最強のユニットが讃えられてゆく。

 ルノフェンの出番は、メインに据えられたタイマントーナメントの直前であった。

 既にあるプログラムに急遽割り込んで組まれた試合だ。観客は、何が起こるのかとざわついている。

 選手入場口。彼は靴でトン、トンと地面を叩き、声がかかるのを待つ。


 程なくして、よく通る声でアナウンスが掛かる。


 「続きましては特別試合! 賭けたきゃ近くの機械種族ディータにカネ突っ込みな! あの男のライバルがオファーに応じて文字通り舞い戻ってきた! ソルカ・レ・エルカ!」


 凄まじい歓声と共に向かいの入場口から現れたのは、小柄な少年。

 ただし、その腕は鳥のように鋭い翼で。

 バサバサと飛びながら、鋭い鉤爪の生えた右足で長剣を握っている。


 ハーピィだ。胴体と頭部は、人間のそれである。


 彼は地面に落ちた緑の羽根を左足で一枚拾い、風の魔法を掛け、飛ばす。

 羽根は観客席にひらりと落ち、まもなく争奪戦が始まった。


 「あっコラ! 久々だからって滅多にやらねェファンサしやがって!」

 そのまま、実況席に向け、頭をかしげ、ウィンク。

 小悪魔的な男の子であった。


 「まあいい。もう片方も紹介するぞ! 紆余曲折あってこの世界に舞い降りた黒の神子! このラハット・ジャミラに建設用ディータを飛ばして突っ込んできやがった極悪ドライバー! 兎耳のルノフェン!」


 再び巻き起こる歓声。


 「神子だと!?」「何年ぶりだ!?」「女の子にしては胴がストンと落ちているな」「それが良いんだろうがたわけ!」

 などの声を受け、両手を上げて入場。


 観客席に投げキッスをすると。

 「目覚める! 俺男の娘に目覚めちまうよ!」「目が合った! くっそ可愛いなこいつ!」「アイドルだ……」

 とも聞こえてきた。


 「レギュレーションは白兵標準! つまるところ引き撃ちはナシだ! それ以外は大体なんでもやって良いぜ! 胸のブローチの宝石が砕けたらおしまいだ!」

 正面のソルカにも投げキッス。

 彼は翼で胸を叩いた。

 挑発だ。


 「準備はいいか紳士淑女ども! この試合はザイン殿下がお見えになっている! 闘士どもの一挙手一投足を目に焼き付けな! 殿下、試合開始の合図を」

 実況席の隣に座るターバンの男に、拡声の魔法が掛かる。


 「良いだろう」

 彼は両手を広げ、立ち上がり。

 「いざ尋常に、始めよ!」


 闘技は、幕を開けた。


 合図が終わるか終わらないかの瀬戸際、ソルカは地面を蹴り、翼の推進力を用いて一気に距離を詰める。

 そのまま上下反転し、袈裟懸けに剣を振り下ろす。

 速度の乗った切り下ろしを、ルノフェンは右手のガントレットで受ける。

 そのまま左手で掴もうとするが、ソルカは弾かれた反動で逆方向に縦回転。


 「甘いッ!」

 隙の出来た腹部に、翼でのボディーアッパーを叩き込む。

 「ッ!」

 鈍い痛みを耐え、体ごと浮きそうになりながら、戻した右手で翼を殴りつける。

 「おっと」


 互いに弾かれ、再び距離を取る。

 最初の立ち会いは、やや不利気味な痛み分けに終わる。

 

 「《スピードアップ》。鍛えてなさそうなお腹だったから殴ったけど、しっかり魔力で守ってるみたいだな」

 闘士の声はフィールドの効果により、全て拡大されて観客席に届く。

 煽り合いもコンテンツなのだ。


 「《スピードアップ》。もっと触ってみるかい? ちっちゃい子には刺激が強かったかな? 今度はその剣で貫いてみなよ」

 同じバフを掛け、補助戦に食らいつく。

 セリフは半分挑発、半分強がりだ。

 相手の体重は軽いが、スピードが乗った一撃は重い。

 先程の切り結びで確信する。

 こいつは、本命の攻撃をカモフラージュするよう、あえて派手な動きを選んでいる。


 ならば。


 足元に風の魔力を設置。

 「次はボクが攻める番だ」

 ドウ! 踏み込む際に破裂させ、瞬間的な加速をもって襲いかかる。

 

 選んだのは、暴風雨めいた、瘴気ガントレットでのフック。

 ソルカは、上に飛んで回避。

 彼は翼人種だ。三次元的な動きには種として適応している。


 器用に剣を持ち替え、斜め下に突き攻撃。

 牽制だろう。左手で軽く内側にそらし、一回転して右の裏拳で襲う。

 ルノフェンの読みは正しかった。ソルカは体重の乗っていない突き攻撃を早々に引き上げ、裏拳を掻い潜るようにサマーソルト。

 上を取るポジションを維持しながら、後頭部を襲うように本命の斬撃を放つ。


 おお、ルノフェンはこのまま後頭部を斬られ敗北を喫してしまうのか?

 否、彼の目は意思を持つ。

 「そこだ!」

 ルノフェンが取った行動は、横へのスウェー。

 全体重が乗った斬撃を躱すと、狙い通りソルカはバランスを崩す。


 左手を突き出し、反撃の詠唱。

 「《ミアズマ・ランス》」

 ルノフェンの左掌から吐き出されるは、瘴気の槍。

 狙いすました魔法はソルカに脇腹に直撃し、彼はそのまま地面に落ち、転がり、遠ざかっていく。


 観客席からどよめきの声が上がる。

 「良い一撃が決まったーッ!」

 実況席からも声が上がるが。


 攻撃を受ける際、かろうじて距離を離すように羽ばたいたのが見えた。

 追い打ちは、できない。


 決定打を与えられた訳ではないのだ。


 ソルカはネックスプリングで起き上がり、剣の根本を掻く。

 「やるじゃんか」

 剣は大部分が分解し、床に落ちていく。

 ソルカの手元に残るは、鋭い短剣。

 

 「おお! どうやらソルカも本気を出すようだーッ!」

 天が割れるような歓声。


 観客の誰かが、「ハ・セアラー!」と言った。

 音は伝搬し、次々に同じ単語が紡がれる。

 「観客は飢えている! 一ヶ月ぶりに復活したこの男の、奥義に飢えている!」


 それは古代の言葉で、嵐。


 いつしか、闘技場を埋め尽くす声は。

 「ハ・セアラー! ハ・セアラー! ハ・セアラー!」

 数多の期待のもと、嵐となり、二人に襲いかかった。


 ◆◆


 ソルカは、聖都デフィデリヴェッタに生まれ落ちた、ハーピィであった。

 裕福な家に生まれ、何不自由なく暮らしていた。

 

 はずだった。


 ある朝、まだ子供だった彼が朝食を食べにリビングにやってくると、両親はどこかに行っていた。

 三日経っても、彼らが戻ってくることはなかった。

 曰く、事業に失敗したらしい。

 両親は大量の借金を残していったが、手元の資産を全て売ることで、どうにか返済は完了した。


 そして彼には、彼を翼で守るように包み込んでくれた、姉だけが残された。

 生きるためにカネが必要だった。

 黄砂連合で闘士を募集しているという話を聞き、彼は飛びつくように応募した。

 姉は止めた。ソルカも私の前から離れていくのかと。

 それでも、彼の決意は固かった。

 最終的に、姉は涙を流しながら、約束を求めた。


 必ず、必ず生きて帰ってくるように。


 その約束は、今も続いている。

 彼は、折れそうになるたびに約束を思い出し、奮起した。


 結果として、彼は「二頭」と呼ばれる、闘技場の双璧の一つとなった。

 もっとも、もう片方は老いによる衰えを理由に、ひと月前に引退してしまったのだが。


 その間に、カネは十分すぎるほど稼いだ。定期的にやり取りする手紙によると、送ったカネで家を買い戻すことに成功したという。

 目的は達成した。

 だが、心残りもあった。

 聖都に帰る前に、もう一回、全力を出せる相手と試合がしたかった。


 ソルカは、目の前の拳士を睨む。


 「願わくば、一発で倒れてくれるなよ」

 そう、自然と言葉に出た。


 このまま、仕掛ける。

 初手は、直線的な突き。

 弾かれる。それでいい。

 反撃を仕掛ける彼の拳の先に、ソルカはもう居ない。


 《テレポーテーション》。

 距離が長いほど魔力の消費が大きく、転移ミスの誤差幅も長くなる、陽光属性の転移魔法。


 では、白兵戦を前提とした、たかだか数メートルでの転移ならば、どうだろう? 魔力の消費は相応に小さくなる。誤差も、数センチメートルの範囲に収まる。


 ルノフェンの背後に出現し、ふくらはぎを斬る。

 彼は反射的に蹴りを繰り出すが、転移は既に終わっている。

 そのまま膝への切り払い、腰への突き、胸への切り上げ、背中への叩きつけと繋げる。

 うち二発はインパクトをずらされ、残りはしっかりと入る。

 

 「無法だ」

 かつてソルカと戦ったベテランの闘士は、そう漏らした。

 「どこから襲いかかってくるか、完全にヤツの気分次第だ。まともにやるなら、己の幸運以外に頼れるものがないだろうね、アレは」


 続けて放った首への逆さ斬りは辛うじてガードされる。

 締めに尻からすくい上げるように入れたサマーソルトキックは、見事にクリーンヒットした。


 ルノフェンは錐揉み回転し、着地の衝撃も殺せぬまま、無様に地面を跳ねる。

 短距離転移を駆使した、回避困難な連続攻撃の嵐。

 これが、ハ・セアラーであった。


 ソルカは残身しながら、荒い息を整える。

 この技には集中力を要する上、無理に肉体を動かすため、疲労が激しい。

 更に言えば、短距離とは言え《テレポーテーション》の連打は魔力を食う。


 闘技場のインジケータを見る。

 相手ブローチの耐久力は、残り三割といったところか。

 悪くない削れ方だ。


 これなら、次で終わる。

 

 「立てよ、まだ終わってないぞ」

 短剣を弄び、継戦を促す。

 彼は数秒掛けてゆっくりと立ち上がり。

 よろりと、ファイティングポーズを取る。


 自然と、ソルカの目が険しくなる。

 ルノフェンは、戦意をなくしていない。

 ブローチの効果により、肉体的な損傷も起こらないはずだ。


 なのになぜ、あそこまで大仰な動きをする?


 疑問には、彼の戦士としての直感が応えた。

 時間を掛けてはいけない。

 短剣を握りしめ、《テレポーテーション》。

 足首を狙った一撃は、魔力を込めた瞬間的な跳躍でかわされる。

 「なッ!」

 実況席の驚愕が伝わる。


 ――バカめ。

 ハーピィ相手に空中戦を挑む気か。


 だったら乗ってやろう。

 高度十メートルのルノフェンに向け、再度テレポーテーション

 背と太ももに、短剣を突き立てる。


 逃げ場のない空中では、魔力による制動を除けば、足を使った機動力を活かすことは出来ない。出来たとしても、ハーピィほど上手く飛べることはない。

 ソルカには、全てが好都合だった。

 無数の連続攻撃に対し、ルノフェンは数えられるほどしか防げていない。


 「これで、とどめだ」

 ルノフェンの下に転移し、突き上げるように一撃を入れて、終わろう。

 そう決めたところで、落下するルノフェンと、目が合う。


 獰猛な笑みを、浮かべていた。


 ソルカは察知する。

 何かが来る。

 ルノフェンは右手のガントレットをこちらに向け、術を放つ。


 逃げることは出来なかった。

 なぜなら。


 「《アンチ・エアーレジスタンス》」

 何かがおかしい。

 魔法への防御が、意味をなしていない。


 ソルカの空気抵抗は、一時的にゼロになる。

 制動するための翼は、空気をつかめず、無為にバタバタと動くだけだ。


 「ねえ? 気づかなかったでしょ? ボクは最初から、左手にガントレットを纏う代わりに、フィールドに薄く《ミアズマ》を張ってたの」


 まさか、こいつは。

 最初からデバフが十分蓄積するまでの時間を稼ぐつもりでいたとでもいうのか。


 ルノフェンは空を蹴り、落ち行くソルカの首を掴む。

 「知ってる? 天使って、堕ちるときが一番美しいんだって」

 二人は、そのまま重力に従い落下していく。

 しっかり両腕で固定された首を、振りほどく手段は、ない。


 「ねえ」

 絞める力が強まる。


 「地獄に行こうぜ? ソルカ!」

 そのままルノフェンはありったけの魔力を費やし、加速。


 限界を超え、加速。

 

 彼の全身を凄まじい衝撃が襲ったのは、その言葉を聞いた直後だった。


 砂埃が舞い、散っていく。


 歓声の代わりに、一瞬の悲鳴。

 観客は固唾をのみ、墜落点に注目している。


 長く続く、無音。

 やがて、沈黙に耐えきれなくなった赤子が、おぎゃあと泣く。

 「っ! どうなった!? 審判!」

 実況者はその声に正気付き、席にまで届く砂を払いながら、己の責務を果たそうと目を凝らす。


 砂埃は時間とともに落ち、視界はクリアになってゆく。

 

 結末を見た観客は、目を疑う。


 「んっ、あっ」

 見えたものは、地面に体を投げ出してあえぐソルカと。


 「ちゅっ。ソルカ、そんなに声抑えなくてもいいじゃん」

 彼にキスをしながら、翼を撫で回すルノフェンだった。


 ルノフェンの入場席から、様子を見かねたオドが走ってやってくる。

 「ちょっ! ちょっとルノ!? 何やってるの! 試合は!?」

 実況席の心境を代弁するように咎めるが。


 「んっ。オレの負けでコイツの勝ち。ブローチ見てよ。もーこんなに粉々になったの見たことないなー」

 愛撫を受けながら、ソルカが答えた。

 インジケータを確認した審判は、改めてルノフェンの勝利を宣言する。


 勝負を終えた彼らを迎えるのは歓声ではなく。


 カメラに映る淫猥な光景と、拡大された二人の嬌声を受けた、悩ましげなため息だった。


 「……で、どうして唐突にそんなことになったの?」

 少しおかしくなった雰囲気の中、オドは平然と問う。彼は、男同士のやり取りには興奮できない子であった。


 「ふああっ、イイっ。オレ、前から包容力のある子になら、男女問わず抱かれても良いって思っててさ」


 オドは話を聞き、げんなりとする。

 「ボクの方も限界。戦闘中、スカートの中の細い脚がチラチラ見えてて。そりゃあ戦ってるときは集中してたよ? でも、終わったら一気に欲情しちゃって。見てよこのふわふわの翼。触ったら反応いいし、その気にさせられちゃった」

 弁解しながら、胸を指でなぞる。


 「はあ。だからってここで始めることないじゃない。そっちの趣味に口をだすつもりはないけど。ベッドでやりなよ、そういうの」

 オドは行為をやめない彼らの説得を諦め、試合を見ていた警備隊長に目配せする。


 警備隊長はひときわ大きなため息を付き、片手を彼らに向ける。

 「《スケイル・オブ・スリープ》」

 呪文の効果で、睡眠効果を持つ鱗粉が、彼らのもとに飛んでいく。

 間もなく、疲労が限界になっていたルノフェンとソルカは、すやすやと眠り始めた。


 その後、オドは警備隊長と一緒に、彼らを手近な宿屋に放り込んだ。


 ◆◆


 日差しが傾くころ。


 オドは機械種族用の宿舎にやってきていた。


 この世界の機械種族は、自身を女神の子デイティ・バギーニャと自称する。

 共通語ではそれが鈍って、ディータと呼称されるのである。


 ディータは一級から五級に分けられる。格の高さというよりは、その機能に応じた分類という方が適切だ。

 ちなみに、自律思考のない五級以外をオートマトンと呼んではいけない。喧嘩の火種になるだけだ。


 彼は受付でアースドラゴンの居室を問う。

 受付で案内をしている彼女もディータであった。


 「ああ、新入りの彼ですか。二級ディータ用の大部屋で雑談していると思いますよ」

 礼を言い、あたりを見渡しながら向かう。

 曰く、二級はエンジニアリングに特化した機体性能を持つらしい。

 案内に従い、苦もなく居室にたどり着く。

  

 ディータの中でも、彼は大きく、目立つ。

 もっとも、特徴的だった正面のドリルは、今はリフトに換装されていた。

 それはそれで、実用的でかっこいいのだが。


 「こんにちは、アースドラゴンさん。昨日はごめんなさい」

 ひとまず、この都市に衝突した際のあれこれを謝る。

 「構わんよ、あれは事故だ。そっちも大事ないかね?」

 大丈夫だ、と返す。


 アースドラゴンの現在の状況を聞いた後、オドは本題を切り出す。

 「そういえば、わたしたちはこれからデフィデリヴェッタに向かおうと思うのですが、またご一緒してはいただけませんか?」


 その言葉を受け、彼は苦しげに唸る。

 「アースドラゴンさん?」

 続く言葉を促す。


 重い口を開き、彼はこう言った。

 「無理だな。高低差がキツすぎる。私は掘り進むことは得意だが、岩の山を登るのは自重もあって不得手だ」

 同室のディータにも問うが、答えとしては、概ね同じであった。


 「というわけで、アプローチを変えたほうが良いと思う。山脈の麓まで行けば翼が売ってるってさ」

 宿屋。

 やけにつやつやしたルノフェンに対し、オドは調査した情報を渡す。


 「それまではどうする? エヴリス=クロロ大森林を通ることになるから、結局は厄介な魔獣が居ない空路が一番安全だけど、オレに二人を運べるほどのパワーはない」

 同じくきらきらとしたソルカが、議論を展開する。


 「待って」

 オドは一旦静止し、ソルカの方を見る。

 なぜこいつがナチュラルに会議に参加しているのだろう。そういう目線を送る。


 「ああ、ソルカもボクたちの旅に加わるんだって」

 答えたのは、ルノフェンだ。


 「だーめ?」

 可愛らしく、ソルカはオドの手に翼を当てる。

 自分より一回り小さい子の上目遣いである。


 「まあ、心強いからいいけど」

 断る理由も、特にない。

 オドは、恥ずかしさにぷいと目をそらしつつも、承諾する。


 こうして、ハーピィの剣士、ソルカ・レ・エルカが、ルノフェン一行の仲間になったのだった。


【続く】

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