第二話「丈夫そうだから間違って砂漠に放り出しちゃった」

(あらすじ:異世界、シュレヘナグル大陸に転移したルノフェンとオド。でも、どうやら座標ミスで砂漠のど真ん中に転送されてしまい……?)


 目の前には、砂、砂、そして、砂。

 強いて言うなら、おまけに少しのサボテンと、サソリ。

 常人ならばあまねく熱中症になるであろう日差しのもと、二人の少年の旅路は、早速行き詰まっていた。


 「どうしよう?」

 旅立ちの第一歩から襲いかかってきた予想外に、オドは困惑の声を上げる。


 「ホント、どうしよっか。あんまり日焼けしたくないんだけどな」

 ルノフェンも同様だ。


 それでも、ただぼーっとするわけにも行かない。状況をどうにか進展させる必要があった。


 「うーん、ひとまず水と食料、あと日除けを確保しなきゃですよね」

 オドはそう言いながら、手で影を作る。

 立ち直りは早い。これでも、元の世界で最低限の生存術は培っている。


 ルノフェンは二、三歩歩き、正面からオドに向き直る。

 「そうだねえ。ボクは、丘の上から街が見えないか探りたい。オド、水と食料は作れそう?」


 問われたオドは、先程の戦いを思い出す。肉の爆弾で影のオーガを惨たらしく破壊した、あの戦いだ。

 「多分、できると思います」


 「良い子だ。しかも可愛い。じゃあ、拠点作成はお願いね」

 はーい、という声を聞く間もなく、ルノフェンは発つ。


 (ま、あの子のことだから、目印になりそうなものを作ってくれるでしょ)

 そのまま歩き続ける。なんにせよ、旅は始まった。


 背後で魔法によって植物を創るオドの姿が小さくなったころ、彼は己を呼び出した神との交信を行う。

 (で、どうしてこんなことになったの)

 問う。

 彼は、去り際のアヴィルティファレトの言葉をしっかりと覚えていた。


 神の答えはこうだ。


 「ごめん、本当にごめん。完全にぼくのミス。魔力が危うかったから普通の《テレポーテーション》を使ったのがまずかった」

 (ふーん)


 「属性的に適性が良くないのもあるけど、転送距離に応じて消費がキツくなるし、確実化しないとたまにズレるんだ、この魔法」

 (ふーん)


 平謝りする雰囲気は、伝わってくる。

 「今から少し休んで、魔力が回復したら道案内するから。ぼくは見聞の神だし、そっちは得意分野だよ。許して? ね?」

 (ふーん、ふーん)


 心のなかで、弄ぶ。

 面倒な交際相手のように、手玉に取ってみる。


 「あー、もう。君の親の顔が見たいよ、ホント。とにかく、暫くこっちは休まないとキツい。回復したら、こっちからコンタクト取るから」

 (はぁい)

 分かっているのか分かっていないのか、曖昧な返事をする。


 「あ、それとオドくんのことだけど。あの子の魔力、この世界では異常に強い部類に入るから、目を離しちゃダメだよ。特に女の子の近くではね! それじゃ、またね!」


 通信、途絶。

 ほどなくして、丘の上に、到着。

 正面には、豆粒のように小さくではあるが、都市の影が見える。あれが目的地だろうか。


 背後のオドはどうだろう。

 振り返ると、遠くで見事なオアシスが「生えて」いるのが見えた。


 ただし。


 その中心で、複数の亜人がオドを囲んで舞っているようにも見える。

 見たところ、上半身は人間で、下半身は蛇、といったところであろうか。

 要は元の世界における伝承で言うところの、ラミアである。


 「マ?」

 つまり、オドは今、厄介そうな女の子に囲まれている。

 警告が、遅すぎる。

 彼は頭を抱え、もと来た道を戻り始めた。

 

 さて、少し時を戻そう。


 ルノフェンが発ち、少し経った頃である。

 オドは、与えられた自由課題をどうこなすか、考えていた。


 「とりあえず、ヤシでも生やすかなあ」

 地面に手を当て、魔力を流す。

 瞬く間に、「うにょーん」と巨大なヤシの木が生えてきた。

 全長二十メートルである。


 完成したものを見上げ、「わあ」と声を出す。

 「大きすぎたかな。でも目印にはなるか」


 てしっ。軽いケリを入れるが。

 返ってきた感触は、頑丈そのもの。揺れる気配は、ない。


 「実は落とせそうにないや。次は食べ物と飲み物かなあ」

 ヤシの木から数歩距離を取る。あのデカさの実が不意に頭に落ちてきたら、たやすく死ねる。


 気を取り直し、二回目。創りたいものを想像し、魔力で形を作る。

 ゾババババッという、生物の大半が耳にしたことがないような音を立てて形成されたのは、様々な果物が生る果樹園であった。


 リンゴ、バナナ、パイナップル、桃。小売店で売っている果物をまとめて想像した結果である。

 どれもこれも非常に大きく、葉の方は即席の日傘になりそうである。

 実の方はどうだろう。試しに近くにあったぶどうを、背伸びをしてどうにかもぎ、大きな粒を一つ口に入れる。

 「うん」

 記憶と同じように、みずみずしく、とても甘い。

 冷えていればなおのこと良かったが、冷やす魔法は生命属性にはなく、水属性の陰側面、冷気分野の管轄であった。


 「飲み物はどうしよう……か……」

 ヤシの木の方を振り返り、気づく。

 

 池が、出来ている。


 「えっ?」

 オドは目を白黒させ、状況を飲み込もうとする。


 唐突に発生した池の周りには、にょきにょきと草が生い茂っている。

 その草は小さな花を咲かせ、「ラーラーララーラーラーラー」と呑気に歌い始めた。

 「わあ」

 最終的に、オドは理解を諦め、砂ではなく土と化した地面に身をあずけるよう、ぽさっと仰向けに寝転んだ。


 実のところ、彼の流し込んだ生命属性の魔力が環境を滅茶苦茶に破壊し、世界に「あれ? ここはオアシスでしたっけ? 環境値それっぽいしオアシスにしますね」と誤認させてしまった、という顛末ではあるのだが。

 「異世界こわい」

 それに気づくことは、なさそうだった。


 ◆◆


 仕事を終え、寝転んだままぼんやりとしていると。


 にゅるり。 

 体の上を、何か奇妙なものが這う感覚を覚えた。


 「ひっ!?」

 とっさに起き上がろうとするも。


 「こんにちはぁ、少年」

 蛇の舌を持つ美女が、顔と顔とが触れ合うかのような距離で、チロチロとこちらを舐め回しながら、声をかけてきた。


 「ひゅあああっ!? ラ、ラミ、ラミア!?」

 まるで蛇に睨まれた蛙のように、固まる。


 「も、もしかして、わたしを、た、食べっ!?」

 いたずらっぽく笑う彼女から、目が離せない。


 「あン? ラミア? そりゃフィデリの呼び方だね。こっちじゃアタシらの種族名は臍を持つものタブールだよ」

 クスクスと笑い、ぬるりと体の向きを変え、鱗をこすりつけるように、オドに寄り添う。


 下半身も、蛇だ。


 「まあどっちでも良い。好きな方で呼びなよ。それと、アタシらは食人はしない。別の意味では今すぐにでも食べたいけどね」

 耳に、舌を入れる。

 「ひいっ!」


 「可愛い子だねえ。ところでさ」

 抱きつきながら、問いかける。

 豊満な胸を押し当て、《チャーム》の魔法を行使。

 「これ、やったの少年だよね?」


 『これ』とは、唐突なオアシス化のことである。

 オアシス化は、彼女たちにとってメリットが大きい。自由に水分を補給でき、果物も好んでは摂取しないものの、草食動物を呼び寄せるエサとなる。


 ただ、今回は大きな問題があった。


 位置が悪かったのだ。巣の、真横である。

 池の水が、彼女の巣をジトジトにしてしまっていた。


 もっとも、それゆえに第一発見者の利益を享受できた、とも言えるわけだが。

 「ねえ? 少年。答えてよ」

 目は合わせたままである。


 これでは、《チャーム》に抗えようはずもなし。


 「ふあ……」

 唐突に、目の前の異形が愛おしくてたまらなくなる。

 尾の先でタン、タンと鳴らす音のリズムが、脳に響く。


 「ふぁい、わたしがやりました」

 嘘は、つけなかった。


 「いい子だ」

 ラミアはオドの耳を舐め、心地よい音をご褒美として与える。

 「ふううっ」

 魅了魔法との相乗効果で、至上の快楽として心に刻み込まれる。


 「んっ……。耳からでも魔力を感じる。こいつは逸材のオスだねえ」

 オドからすると、相手が何を言っているのかすら、霧がかかったように判然としない。

 「ふう。割とチョロい仕事だったが、巣に持ち帰る前にコイツの力をもう少し見ていきたいねえ。少年、名前を教えろ。それと、アタシらのために、美味しいお肉を作ってはくれないかねえ?」


 ラミアが合図をすると、巣から五匹ほどの同族が現れ、オドを囲んでいった……。

 

 そういうわけで。


 ルノフェンは、ラミアたちの視線を遮るよう、慎重に移動し、オアシスの様子を観察していた。

 

 宴の中央にはオド。どこから持ってきたのか、料理が満載されたテーブルに着席させられている。

 ただ、予想とは違い、目には理性の光がある。あたりを見回し、ルノフェンを探しているようにも感じられる。支配されているというわけではなさそうだ。

 その周囲。ラミアたちが舞を踏みながら、時折オドに料理を食べさせている。

 ボディタッチも念入りにやっており、手や尾が体に触れるたび、オドは可愛く媚びたふりをする。

 

 (近づくのは危険すぎるな)

 《レビテイト》を行使し、足跡と足音を消す。加護のある風属性とはいえ、不得手な陽の側面なので、消耗がやや大きい。

 距離を維持したまま正面に回る。ラミアはオドに夢中だ。警戒されていれば厄介だったが、その心配はなさそうだ。


 ほどなく、オドはルノフェンを見つける。視線で分かる。

 流石というべきか、すぐさま目立ったアクションは起こさない。代わりにオドは瞬きを何度か行い、ルノフェンに対し信号を送る。


 (巣、潜入、宝物庫……?)


 意図するところは、わかる。

 オドは会話を通じて情報を入手しており、巣の中の宝物庫の何かが、この状況を打破する鍵となると考えているのだろう。

 実際、ラミアどもの巣の警戒が手薄になっている今、物資を調達する上では最大のチャンスとも言える。


 もう少し情報を得ようと思ったが。

 「オドくんお腹いっぱい食べてねえ。食べられなくなったらアタシらの巣で、一人ずつ全員をじっくり相手してもらうからねえ」

 彼は少食だった気もする。どうやら、時間の制約が問題になりそうだ。

 

 方針は、決まった。情報交換はおしまいだ。

 巣の入り口を探るため、《ラパンヌ・イヤー》を行使する。

 これも陽の風属性。この属性には、大気の振動を扱える関係か、音の魔法が充実している。聴覚を鋭敏化させ、ラミアの鱗が砂と擦れる音、一つ一つを取り込む。ついでに、魔力でできた兎耳が生える。

 

 (あちゃー、迂闊だったな)

 巣は、オアシスのすぐ横にあると分かった。なるほど、上手く風景に溶け込んでいる。これでは余程気を配らなければ気づくまい。

 (次から探索する時は《ディテクト・ライフ》を掛けて貰わなきゃな)

 浮遊したまま、巣に近づく。

 

 見張りが、二匹。肩に傷がある個体と、体が小さな個体だ。物陰に隠れ、様子をうかがう。

 とはいえ、話しながらあくびをしており、士気は低そうだ。

 会話の内容を拾ってみる。

 「はーあ。どうしてアタシが見張りなんだよ。まだ子供のお前は分かるけどさあ。アタシもあのきゃンわいい子に餌付けしてェんだよな。なあ?」

 「まあまあ、クジで決まったことですし」

 「あ゛ー、やってらんね。酒とか飲みてえわ。それも全部表に出てッけどさ」

 「まあまあ」


 世知辛い。

 大した情報は得られなさそうなので、さっさと仕留めることにする。


 「《サイレント・ミスト》」

 隠れたまま、右手のガントレットから、霧を放出する。声を出されるのが一番面倒だ。

 霧をそのまま見張りへと送りつける。

 「あん? なんか霧――」


 抵抗、突破。

 異変を察知した見張りは声を上げようとし、異変に気づく。

 「――!」

 音が、出ない。尾を地面に叩きつけても、返ってくるのは触覚だけだ。


 肩に傷のある個体が当惑した一瞬の隙を突き、ルノフェンは突進。瘴気の乗った飛び蹴り一撃で小さな個体を壁に叩きつけ、残った方を絞め落とす。


 (ここまでは、よし)

 見張りの失神を確認。


 そのまま、巣への侵入を果たす。

 

 中はジトっとしており、どこから湧いて出たのか、サソリやネズミが天井から漏れる水を飲みにやってきていた。

 巣というよりは、洞窟という体裁であった。

 (なんだこれ、砂を固めて建材にしてるのかな)

 トラップのなさそうな壁に触れ、材質を確かめる。


 脆い。


 たっぷりすぎるほどに水を吸った壁は、下手に衝撃を与えると崩れかねない。

 (なんか、だいたい察したかも。豪雨を想定していない作りだ。事故だ、これ)


 ルノフェンはふわふわと浮き、警戒しながら宝物庫を探し、進む。

 地中を掘り進むように作られた巣の中で、脳内に地図を描く。


 ラミアの特性に最適化された巣は、どちらかというと、縦に長い。

 縦に長いということは、最終的に余分な水は全部下の方に落ちてくるのではないか、ということに思い当たる。

 (あ、進めば進むだけ、『これボクたちが悪い』って気分になってくる)


 気の毒になりながら、空っぽの食堂、寝室を通り過ぎる。

 明かりが生きているのは救いだった。魔力を媒介に光を放つ鉱石ランプが設置されているために、人間の目でもあたりを見通すことは難しくない。

 とはいえ、仮にオドが囚われたとして、そもそもそれぞれの部屋が鉛直方向に長い以上、適切な魔法が使えなければ抜け出すのは至難の業だろう。


 急がなければ。

 最終的な原因がルノフェン一行にあるとは言え、オドを誘拐され、足止めを食らうのは看過できなかった。

 

 墓場に行き当たり、武器庫を抜け、聖堂に至る。

 いずれも、警報やトラップの心配はいらなかった。

 正確に言うと、そういったものは入口付近には集中的に設置してあったが、全部湿気ってしまっていた。

 (ごめん、ラミアたち。本当ごめん)

 これから更にひどいことになるぞと覚悟を決めながら、なおも進む。


 そして。


 (ここが最奥かな)

 宝物庫に、たどり着く。

 多分、きっと、そうだ。

 いまいち確証が持てないのは、ルノフェンから見てガラクタが大半であったためだ。

 

 しぼみかけのゴムボール、よくわからない意匠のブロンズのオブジェ、放置されすぎてだめになった盆栽。

 撫でると「にゃあ」と鳴く虎のぬいぐるみ、光に当てるとゆらゆら揺れるマスコット。


 そういったものが、無造作に放り込まれていた。

 

 途方に暮れる。

 何しろ、何を探せばよいのか分かっていないのだ。


 「どーしろっていうんだ、ボクに」

 脱力し、ゴムボールに腰をかける。


 ゴムボールは体重を受け、「ぶふぅ」という音とともに、残る空気を吐き出してしまった。

 

 座り込んだまま、頭を抱える。

 こんなところでボクたちの旅は終わりなのか。

 ラミアに革の首輪を付けられて、オドともども一生巣の中で生活するのがお似合いだというのか。


 いや、でもそれも魅力的かもしれない。おっぱい大きいし。

 

 そんなことを考えていると。


 「そこに、誰か居るのか」

 ガラクタの山の中から、ダンディな声。


 「ッ!」

 ガントレットを生成し、即時警戒する。


 「風属性使いか。ここのラミアどもではないな。奴隷として放り込まれたか? 安心しろ、私はお前に危害を加えるつもりはない。むしろ、力を貸すことも厭わない」


 警戒は、解かない。

 味方だと言って取り入ってくる奴らは、大抵の場合厄介だからだ。


 「姿を見せろ、ジェントルマン」

 ガラクタに向け、呼びかける。

 あちらはルノフェンの位置を掴んでいるが、こちらは近くに居ることしか分かっていない。

 もし相手がこちらに力を貸す気があるのなら、情報の差を埋めるために応えてくれるはず。そういう読みである。


 「なら、魔力をくれ。エネルギー切れでな。属性は問わん。魔素化機能はある」

 答えを受け、渋々左手からガントレットを外し、ガラクタに向けて投げてやる。

 どうせ生成物だ。魔力が続く限り、何度でも呼び出せる。

 

 カン、コン。ガントレットはガラクタの上を跳ね、愉快な音を慣らす。

 そして、徐々に穴が空き、分解されてゆく。


 食われている。ルノフェンはそう感じた。


 「ありがとよ」

 声の主がそう言うと。

 

 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ。

 激しい駆動音と共に、宝物庫が揺れる。


 ランプが揺れ、その中の明かりが苦しげに明滅する。


 凄まじい音を放ちながら、ガラクタの山が二つに崩れ、裂けてゆく。


 その中から出てきたものは。

 

 正面にバカでかいドリルがついた、モグラのような巨大機械。

 それでいて洗練されたフォルムは、少年ならばこう声を漏らさずにはいられない!

 「かっけえ!」

 ルノフェンは叫ぶ! 様々な思惑、戦略をかなぐり捨て、コクピットに搭乗する!


 機械は、こう名乗った。

 「私の名はアースドラゴン。イスカーツェルの遺産にして、あるじに忘れ去られし者。そういうわけで、今からキミを仮初の主としよう」

 ルノフェンは、惚れた。


 ◆◆


 地上!


 (うっぷ。お肉ばっかり食べてたら、脂がキツくなってきた。調子に乗って霜降りを生成しなければよかった。ルノ、助けてえ……)


 オドは追い詰められていた。

 彼は普段から満腹になるほど食べる子供ではない。目の前の、大量の肉料理を前に、めまいを覚える。

 魅了は解けていた。彼の大切な人への想いが、手早く正気にしてくれた。


 「もう食べられない? 満腹? 満腹ゥ!?」

 蛮族たちは急かす。彼女たちも彼女たちで、お預けを食らっているようなものだ。


 「姉貴ィ! もう良いですよねェ!? こいつこの場で剥いてヤっちまいましょうよォ!」

 待ちきれなくなったハスキーボイスの個体が、とうとう声を上げる。


 ヒューヒューと歓声。誰もが、己の欲望をむき出しにしていた。


 「ふゥーむ」

 リーダー格のラミアは、悩んだふりをする。

 間もなく、いやらしくにたりと笑い。

 「いいだろう! だが最初に手を出すのはアタシだ!」

 「ギャッハハハハ!」

 餌付けは、終わったようだ。


 彼女はオドの衣服に手をかける。

 舌なめずりをし、期待に胸を高鳴らせる。

 酒臭い息が、耳元に掛かる。

 

 もはや、万事窮すか。


 オドは目をつぶり、来たる運命に備えようとする。


 その時!


 ズム、ズム。


 オアシスを激しい振動が襲う!


 「なんだァ!?」「敵襲か!?」

 

 ラミアどもの雰囲気が変わる。

 「レリィ! ありったけの武器持ってこい! シセルは即席の防壁を!」

 「リーダー! レリィは気絶してます!」

 「なんだと!? 子どもたちは無事か!?」

 「今起こしてます!」


 振動は、尚も大きくなる。

 ラミアのリーダーは訝しむ。

 まるでこの音は。

 外というよりは、地中から聞こえてくるような――


 「皆、巣から離れろ! 最悪埋まるぞ! 地上で応戦する! 巣の入り口を崩されたら戻ってこれん!」

 (なんだ!? 蟲人か? このタイミングで襲撃? まさかオドくんを強奪するために?)

 リーダーは高速で思考し、有りうるパターンを脳内で展開していく。

  

 一方オドは、吐きそうになりながらも、状況を理解する。


 ズム。


 ひときわ大きな振動が、足元から響く。

 地面が隆起し、鋼鉄のドリルとともに這い出た意思持つ機械が、近くに居たラミアを跳ね飛ばす。


 「オド! 捕まれ!」

 ルノフェンの言葉を受け、高さ三メートルもある機械のコクピットから投げ渡された縄梯子を、掴む。


 そのまま機械に乗り、凄まじい推力のもと、走り去る。

 「あっ! オドくんが逃げ出すぞ!」

 砂から槍を生成したラミアが、叫ぶ。


 「逃がすなァ!」

 リーダーは機械を指差し、キャタピラに向けて熱線の魔法を放つ。


 結果は、レジスト。

 「全く、油断も隙もないんだから」

 ルノフェンによる瞬間的な魔力供給がなければ、大破炎上もあり得ただろう。


 「クソッ! ラルゴ! 槍投げろ!」

 合図とともに、彼女は槍を構え。

 「ブッ壊れろォーッ!」

 投擲。

 一直線に投射された槍は、光のようにコクピットに向かう。このままでは直撃し、ゴア待ったなしだ!


 それを遮るのはオド。コクピットの上によじ登り、仁王立ち。何をしようというのか!?


 「ごめんね、ラミアさん」


 彼は謝罪の言葉とともに、掴んでいた縄梯子を投げる。

 縄梯子はまたたく間にブクブクと膨らみ、巨大な肺魚へと変化する。

 槍は、肺魚のぬめぬめとしたヒレに弾かれ。

 そのまま、地面に突き刺さり、止まってしまった。


 遠く後ろに離れていくラミアの集落を一瞥し、オドもまた機械に潜り込む。

 最大四人乗りのようだ。ルノフェンの座る操縦席の隣席に体を投げ出すと、深い溜め息をついた。


 「おつかれ」

 こともなげに、ルノフェンはねぎらいの声をかける。


 「まさか旅の始まりからこんなことになるなんて」

 「ねー」

 全くである。


 「ラミアさんには悪い事しちゃったかなあ」

 オドはひどい目にあってもなお、彼女たちを心配していた。


 「まあ、なんとかするんじゃない? 少なくとも食べ物には暫く困らないだろうし」

 「だと良いけどなあ」

 少し後ろ髪を引かれながらも、やむを得なかったと納得することにしたようだ。


 「ところで、我が仮初の主よ。これからどこに向かうつもりだね?」

 操縦席のスピーカーから声が響く。

 この機械に宿った人格たるアースドラゴンは、キャタピラで砂を掴みながら走る。

 曰く、彼が太陽の光を浴びたのは百年ぶりとのことであった。


 「黄砂連合、かな」

 「ほう。どの氏族の都市だね? 最も近いところだとジャミール氏の都市があるが」

 大陸の南西に位置する黄砂連合は、厳密には単一の国家ではない。


 複数の氏族がゆるく連携することで、国家の体をなしている。政治的な決定も、年数回行われる首長集会にて行われることになっている。

 つまるところ、黄砂連合の都市という表現では、どの氏族の都市であるか明確ではないのだ。


 また、以上のことを、ルノフェンは知らない。

 オドとルノフェンは顔を見合わせる。

 沈黙に陥りかけたところで、口を開いたのはオドだ。


 「あの、ジャミール氏の都市にアヴィルティファレト様の神殿はありますか?」

 「あるはずだ。ジャミールないしジャミラは、この地域の言葉で美を意味する。アヴィルティファレト神の構成要素の一つだ。今もそうかは知らないが、エンブレムにもかの神の遣いたる鵬が描かれていたな」


 進む方向を修正しながら、彼は語る。

 「ふむ、そうだな。私もその都市に行きたくなってきた。この躯体、地下で現れもしないかつての主人を待つより、ヒトの為に役立てたほうがいくらか有益であろう」


 アースドラゴンに顔があるとすれば、今の彼は渋く笑っているに違いない。

 「ゆくぞ、少年。快適な旅とは行かぬだろうが、そう待たせもせぬよ」

 燃料代わりにオドが魔力を込めると、機内の炉によって魔素に変換されたそれは、すぐにジェットエンジンめいた推進力となった。


 ◆◆


 ゴウ!

 時速一〇〇キロメートルにも達する暴走メカは、自然湧きするアンデッドや獣型モンスターを轢き殺しながら、間もなく黄砂連合北の大都市、ラハット・ジャミラへと到着する。

 「主よ、後三十秒もあればたどり着く」

 アースドラゴンは報告を入れながら、減速の姿勢に入る。


 少なくとも、減速したいようだった。

 だが、出来なかった。


 「……もしや、主よ」

 搭乗者の二人は、あまりに過酷な走行に乗り物酔いを起こしていた。

 彼の運転が荒いのは確かにそうだが、それ以上に、急ぐあまり揺れを気にしなかったことが響いている。 


 この世界に来てからあまり飲食をしていないルノフェンはまだ良かった。

 問題はオドの方だ。


 「うぷっ、おろっおろろっ」

 超満腹との合わせ技でこらえきれず、彼は少し吐いていた。


 当然、彼の吐瀉物にも魔力が残っている。


 「しまった、私としたことが!」

 オドが乗っている間、魔力タンクは常に最大。

 タンクの破裂を防ぐため、魔力が供給されている限り、彼は止まれないのだ。


 「ごめん、アースドラゴンさん。できれば下ろしてくれると」

 青い顔をしたルノフェンが声をかける。

 「やむを得ないか。座席をパージする。しっかり捕まっていろ!」


 車体が門に“到着”する十秒前のことであった。

 既に状況を察知した門番は、鉱石魔法によって生成された奥行き二メートルの障壁を作り、衝撃に備えている。


 座席、射出。

 神業とも言える調整で水平方向の速度を殺した座席は、ぽさっと砂の上に落ちる。

 それからしばらくして。

 

 グワラガグォーン! というなんとも強烈な音とともに、車体は障壁に激突。

 有り余るエネルギーで障壁を掘り進み、ドリルを半ばほどめり込ませた後。


 「エラー。前方に障害物があります。バックしてください」

 というメッセージを吐きながら、ようやく停止することが出来た。

 

 オドとルノフェンはどうなったかって?

 

 射出された座席から降り。

 盛大に嘔吐するオドの背中を、ルノフェンはよしよしとさすっている。


 そこに、街からやってきた、憤怒の形相の蟲人警備隊長が二人の肩を叩きながら、こう告げた。

 「そこのオマエとオマエ、逮捕。今日から暫く取り調べ」

 そのまま、二人まとめて牢屋にブチ込まれた。


 余談ながら、獄中の食事はそこそこ美味しかったらしい。


【続く】

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