それはもう業が深い異世界少年旅行
リールク
第一部:それはもう業が深い異世界少年旅行
第一話「かみさまが選んでしまったのは、ショタビッチでした」
「んっ、男の子って、やっぱり素敵だ」
キスを終え、情欲に満たされた顔が離れてゆく。
無限に続くかと思われる砂漠の、その上空で微笑む月を、かろうじて目に入れながら。
ぼくは今、少年神子に、犯されかけています。
◆◆
神の座、瓢風の領域。
地平線が見えるほど広大なパステルイエローの空間に、神のおわす居室があった。
室内には同じ色をしたベッドと机、二つの椅子。カーペットにはチリ一つなく、部屋の主の几帳面さを物語る。どこにでも繋がるはずの、ドアは、その機能の大半を失っている。
部屋から少し離れたところで、ブロンドの髪を持つ、黄金色のポンチョを着た美しい少年が、床に魔法陣を書きながらぼやいていた。
「はーあ。全く面倒なことになったよね。各地域及び神殿との連絡途絶、他の神々もほぼ不通」
彼こそが、風の陽面を司る神にして、吹き渡る見聞と情報の象徴、瓢風神アヴィルティファレトである。
「このレベルの障害はいつ以来だったかな。とにかく、ぼくはぼくの仕事をやんなきゃね」
魔法陣を完成させ、すぐさま魔力を注ぐ。
事態は刻一刻と進行している。急いで事に当たる必要があった。
「異世界へのリンク、取得。コネクション、確立」
大気が渦を巻き、魔法陣に吹き込む。
彼はポンチョをはためかせながら、風の声を聞き、異世界を見通す。
「条件に合うヒト、居るかな?」
視点を動かすたび、彼の脳内に召喚候補の異世界人データベースが構築されていく。
「この人は一般人だ、厳しいな。こっちは……なんだコレ? 強さは申し分ないけど情報量が狂ってる。ナシだ」
異世界人を選ぶ方も大変であった。程々に強く、世界を壊さない程度の格である必要があるのだ。
「げっ」
ふと、気配を感じて手が止まる。
「こんにちはー! 珍しいお客さんだね?」
脳内に鳴り響く声。どうやら現地の神に捕捉されてしまったようだ。
どうやら、アヴィルティファレトと同じような少年の姿であるように思える。
「こ、こんにちは」
とりあえず、挨拶を返す。
「どもども! 見た感じ、そっちの世界になにか問題があって、こっちから召喚しようって感じだね?」
「うぐっ」
バレている。
すぐさまリンクを切り、別のポイントから出直すべきかとも思ったが。
「おっと、転移型の召喚は勘弁願いたいけど、コピーなら別に良いよ? それだったら有望な子たちのカタログも送ってあげるからさ」
虫がよすぎる話だと、訝しむ。
「そっちにメリットが無さすぎませんか、それ」
腹を探る。
声の主はカラカラと笑い、続ける。
「どっちかというと、被害を出さずに穏便に済ませる方が大きいかなー? だって君、急いでいる上にとっても強い、でしょ?」
しかも、こちらは切羽づまっている。
確かに、『今のアヴィルティファレトと正面からやりあうと、それはそれで互いの世界が壊れかねない』状態と言えた。
「わかった。きみのプランでお願い。落ち着いたらお礼させてよ」
外交用の笑顔を作り、脳内で握手する。
契約、成立。
「ん! じゃあ、カタログを出力する間、大体一分くらい待ってて。そっちに直接データ送るから」
リンクを保持したまま、意識を現世へと戻す。
一段落、だろうか。
彼は深い溜め息をつき、戸棚を「ぽん」と生成する。
「何が『とっても強い』だよ。あっちも大概じゃないか」
戸棚をがさがさと漁り、小箱を探し当てる。信者から捧げられた、ソルモーン社製クッキーだ。封を開け、頬張る。
「あまい」
こういう時は甘いものに限る。
ソルモーン社とは、大陸東方のソルモンテーユ皇国にある小麦粉業者のことだ。最近製菓事業を始めたようで、参入から日が浅いにも関わらず、クッキーは捧げ物としてかなりの高品質であった。
当然、そのソルモンテーユ皇国とも連絡が取れていない。
とても、とてもまずい事態であった。
「そろそろかな」
バニラ、チョコレート、紅茶フレーバーの三枚を味わった後、魔法陣から「しゅぽん」という音とともに冊子が現れる。
駆け寄り、タイトルを読んでみる。
「厳選おすすめ勇者カタログ」
持ち上げてみる。表紙はすべすべとしており、勇者輸出業でもやっているのかと思うくらいに本格的な出来である。
リストを開き、目を通す。
「浄炎の君。攻撃適性特化。性格は野望持ち。放っておくと群れて勢力を築くので扱いに注意」
一ページ目からアクが強い。なんだよ、放っておくと群れるって。自然湧きするアンデッドじゃあるまいし。
「魔法使いの弟子。回復に強い適性。性格は弱気だが、真面目。人たらしなので喧嘩の仲裁に最適」
ソロでの任務には向かない、か。
「バンドマンの竜人。攻守両面において英雄領域。性格は楽天的。酒が弱いのに酒好き」
本当にバンドマンなのか、そいつは。
ペラペラとめくり、無難そうなものを探っていく。
「ん、これは」
中程のページで、めくる手が止まる。
「兎耳の名を持つ少年。現時点での能力は万能型。成長性が高いので、最終的な予想戦力と比して世界に組み込むコストが小さい。性格は好色」
これは、アリかもしれない。
今回の召喚――と言うよりは転写なのだが――にあたって、召喚者が解決すべき障害が一つではない可能性がある。
となると、こちらの世界で何度か成長のチャンスがある。加え、初期の召喚コストが安いと、己の手で適切なバフを与えることも可能だ。
「こいつにするか」
決断し、カタログを閉じる。
「よし、決まったなら、すぐやろう」
再度魔法陣に魔力を注ぐ。
今度は、風向を逆向きに。こちら側に吹き出るように。
神の座を照らす光が明滅し、雷めいて断続的にアヴィルティファレトの顔を照らす。
その表情は、滾る魔力と裏腹に、痛々しい。
「遠き彼方におわす英雄よ、英雄の住まう世界を統べる神々よ」
激しい風が、ばさばさとポンチョをはためかせる。
「白日の地の神々の名をもって、お訪ね申す」
光は帯をなし、魔法陣に吸い込まれていく。
「御身のお姿を拝借いたします」
世界に満ちていた光を全て吸い込んだ魔法陣は、目もくらむような輝きを放ち、一人の少年の姿を描いていく。
頬まで伸ばした髪と、好奇心に満ちた目の虹彩は透き通る水色。
白磁の肌に、マットブラックのチアリーダーコスチューム。
左手首にはリストバンドが巻かれている。
美しい脚は素肌を晒しており、見るもの全てをうっとりとさせる。
そして、男であった。
それが、『兎耳の名を持つ少年』である。
◆◆
少年の肉体が構成されるやいなや、彼は周りを見渡す。
突然のことだ、誰だってそうするだろう。
「やあ、ルノフェン。突然だけど、ぼくの話を聞いてくれないかな?」
彼が名前を思い出す前に、アヴィルティファレトが彼を「定義」する。
本来の名前をリスペクトした、別の名だ。こうしなければ、世界に齟齬が出る。
「ルノフェン? ボクの名前は……」
少しの当惑。
「まあいいか、そうだった気もするし。ルノでいいよ。君は誰?」
駆け寄り、手を握られる。
なんだか距離が近い。
室内に足を踏み入れながら、説明を行う。手は握られたままだ。
「ぼくはアヴィルティファレト。この世界の神の一柱。それで、君は異世界から召喚された。早速なんだけど、頼みがある」
ルノフェンを椅子に座らせ、その傍らで、懇願する。
「この世界は、危機に瀕している。君の手で、問題を取り除き、救ってはくれないか。助力は惜しまない。終わったら、できる限りでお願い事を一つ、聞いてあげるから」
目を合わせ、真摯に。
「良いよ」
コンマ二秒での決断であった。
「良かっ……」
アヴィルティファレトは当座の関門を乗り越え、胸を撫で下ろそうとした。
その瞬間であった。
「むぐっ!?」
唇を、唇で塞がれる。
握られていた手は、いつの間にかこちらの顔を抱き寄せている。
唐突な行動に、理解が追いつかない。
そのままルノフェンはアヴィルティファレトを優しく床に押し倒し、たっぷりキスを堪能した後、告げる。
「ボク、丁度失恋したばっかりでさ」
「ひっ!」
愛情への飢えを隠さずに、耳を舐め、囁く。
「誰かのぬくもりが欲しいんだ」
唾液の橋を作りながら上体を起こし、シャツ越しに細い体を撫で上げる。
「んっ。待って、ぼくはおと」
「知ってるよ?」
(なんだ、こいつ)
からかわれているにしては、動きが本気すぎる。
信仰を集める者として、本能で分かる。
この子は、人を虜にするのに慣れている。
「じゃあなんで」
「ボクが好きだったのも、男の子」
唖然とする。確かに、珍しい話ではないのだが。
「その子、つい先日結婚して手が届かなくなっちゃった」
慣れた手付きで、ポンチョのボタンを外す。
(まさか、まさかこいつ)
ルノフェンは妖艶に、悲しげに微笑んで、舌なめずり。
(――こいつ、この場でぼくを犯す気だ!)
理解した。アヴィルティファレトは脳を急速に回転させ、この窮地を乗り越えるための方策を巡らせる。
(時間はない、考えろ、思い付け……!)
ポンチョを脱がされながらも、確実な方法が一つ思い当たる。
(これだ)
両腕を伸ばし、「待て」のポーズ。
「はあ。分かったよ。じゃあ、ぼくがリードする」
深呼吸し、主導権を握る。
「もう一度、キスしよ」
作り笑いを浮かべ、潤んだ瞳で、訴える。
「嬉しいなあ」
ケダモノは上体を再度かがめ、アヴィルティファレトだけを視界に入れるがごとく、キスの準備をする。
唇が、迫る。
ぎりぎり触れようかというところで、振り上げた右手に水晶玉を召喚し。
「お前さあ……」
「んー?」
唇が触れる。
必然的に、ルノフェンの頭部が固定される。
「無理やりは、ダメだろ!」
油断している側頭部に、クリーンヒットを叩き込んだ。
「きゅう」
ルノフェンは意識を失い、倒れ込んだ。
気絶する彼の体の下からどうにか這い出し、呼吸を整える。
「なんなんだ、なんなんだよコイツ」
数十秒経っても、アヴィルティファレトの心臓は高鳴ったままだった。
【それはもう業が深い異世界少年旅行】
初め世界は茫洋とした何かに包まれていた
その中では何ものも形を持たず
ただただそこに在るのみだった
あるとき世界に“陽光”が灯った
その傍らに"陰"が落ちた
陽と陰によって
世界の輪郭がはっきりすると
茫洋としていた世界に差異が生まれた
熱い“火”
冷たい“水”
軽い“風”
重たい“土”
土に光が当たるとその上に“生命”が生まれ
土の中の暗い陰に“鉱石”が生じた
この二つはあまりに遠いため
はっきりと分かたれた
そうしてこの世界は"陽"と"陰"
“火” “水” “風” “生命” “鉱石”
七つの要素で形作られた
第一話「かみさまが選んでしまったのは、ショタビッチでした」
◆◆
「クソ、あっちの神にハメられたか」
恨み言とともに、カタログを睨む。
ポンチョを再度身にまとい、別の世界にもう一度潜り込むコストを考えたところで、居室のドアが開く。
「うわあ。なーに? この惨状」
現れたのは花冠を戴く若い女。室内を見渡し、状況を把握する。
彼女もまた神の一柱。生命神テヴァネツァクである。
「召喚した神子がヤバいヤツだった。初対面の神を犯そうとするとか、恐れ知らずだぞ」
息を整え、口元を拭う。
「あらあら」
テヴァネツァクは《キュア・コンプリート》をルノフェンに掛ける。魔力が十分にありさえすれば相手の生命力に対応した強度で傷を癒やす、便利な魔法だ。
その代わり若干ではあるが、回復効率が悪い。
「まあ、見てたんだけどね。ルノフェンくんはよっぽど好きだったんだろうね、その子のことが」
「ハムホドみたいなことを言うね」
アヴィルティファレトはクッキーを一枚掴み、また頬張る。抹茶。次の言葉を促した。
「これでも生命神だし。こういう時は仲間を引き連れて傷心旅行ってのも、私は悪くないと思うな」
彼女はそのまま床に落ちているカタログを拾い上げ、ペラペラとめくる。
「そう。要するに、追加で召喚する気? ぼくの方はもうそんなに余力がないけど」
もう一枚。今度はジンジャーだ。
「私が喚ぶよ。こっちの領域は南側が復活したから、火の神々たるエシュゲブラとハムホドとは連絡が取れた。魔力も余裕がある」
んーと。彼女はバサバサと流し読みして、迷わずに決める。
「この子は私の魔力と相性が良いかな。魔法陣、借りるね」
目で是認する。
他の神が独自に動いて神子を召喚するならば、特に止める理由もない。
テヴァネツァクが魔法陣に魔力を注ぐと、陣の内側は緑の双葉で満たされる。
双葉は瞬く間に四葉に変わり、茎を伸ばし、複雑に伸びて互いに絡まり合う。
「ンンッ……」
植物の成長とともに、彼女は腕を上に伸ばし、舞い。
踊りに呼応するかのように絡まりあった緑の網は、繭のような楕円の形に捻じ曲げられ、人が一人分入れるスペースをこしらえた。
「ふう、出来たっと」
仕事を終え、パンパンと手をたたく。
植物は急速に枯れ、中から横たわった可愛い男の子が姿を見せる。
ルノフェンよりもやや少し背が高く、色白。栗色の髪はなめらか。
その表情は柔らかで、多くの愛情を受けて育ったことが伺われる。
衣装は巫女服で、丈は膝のあたりでカットされ、細い脚が見えていた。
テヴァネツァクは少年を揺すり、目を覚まさせる。
「こんにちは、オド。」
力ある言葉は、世界に神子の名を刻む。
「こ、こんにちは」
身を起こしたオドは続く言葉を探そうとし、詰まる。
きょろきょろとあたりを見渡す代わりに、目の前の女性に現状を問おうというのだ。
何も言わず、笑顔で促すテヴァネツァク。
彼女を待たせることを躊躇い、オドは幾つかの簡単な質問を投げかけた。
「あの、ここはどちらでしょう? それと、貴女の名前を伺っても?」
女神は腰を下ろし、目線を合わせ、説明する。
「ここはシュレヘナグル大陸の、神の座。本来ヒトの子は入ってこられないけど、貴方は危機に瀕した世界を救うため、特別に異世界から召喚された。そこで気絶してるルノフェンも同じね」
答えながら手を引き、「クッキー食べる?」とテーブルに誘う。木製の椅子を新たに召喚し、自分が座る。
そのままティーポットとカップを召喚し、人数分のハーブティーを注ぐ。
「お茶もあるよ」
オドは警戒し、一瞬体がこわばるものの。
「ええと、お言葉に甘えさせていただきます」
最終的に相手を信頼できると判断したのか、大人しく席についた。
クッキーはまだ半分ほど残っている。
「私の名前はテヴァネツァク。そこの不機嫌そうなのがアヴィルティファレトで、どっちも神。公式には後八柱居る」
「不機嫌ってなんだよ」
アヴィルティファレトはクッキーを一度に二枚つかみ取り、重ねて齧った。
オドは控えめに一枚取り、口に運ぶ。
「あ、美味しいです!」
目を輝かせる。率直な感想のようだ。
「もぐ……。とーぜんだよ。ぼくの信者からの捧げ物だからね」
「へえ、すごいですね! 信仰しておられる方も、誇りに思うに違いありません!」
真っ直ぐな目に、たじろぐ。
「へへ、そうかな、そうかも。自慢の信者だもん。そうだよね」
大事なものを褒められ、少しくすぐったく思いながら、アヴィルティファレトは恥じらった。
「それで、この世界にはどのような問題が起こっているのですか?」
会話の流れの中で、ナチュラルに本題に踏み込む。
そこで転がってるやつとは違う。オドは割と話が通じるようだ。
「ぼくが説明する。端的に言うと、この大陸は幾つかの領域に分かれていたんだけど、そのほとんどが、互いに連絡を取れなくなったって問題だ」
「領域?」
「七つに別れてる。元凶がどこにあるかは、まだ掴めていない」
“七つ”は、それぞれ国が支配してるから、国で覚えるのが良いかも。と、テヴァネツァク。
「それで、わたしたちはどうすれば良いんですか?」
「君たちはまず、ぼくの管轄である南部にある黄砂連合から北西に向けて進み、主神オルケテル様の領域である、聖都デフィデリヴェッタの機能を確認してもらいたい」
図を書き、言葉で補足する。
テヴァネツァクによると、大陸東側は別働隊が既に解決に向けて動いており、西側の手が足りないため呼ばれた、ということらしい。
「もちろん、報酬もある。問題が全て解決したら、可能な限りで願い事を一つ聞いてあげる決まりになってる」
「なるほど」
事情は、だいたい伝わったようだ。
「結構大変な旅になると思う。何度か戦いに巻き込まれるかもしれない。けれど、君のスペックなら十分達成可能だと、ぼくたちは思ってる」
戦いかあ、できるかなぁ。オドはそう漏らした。
「それと、今の段階で、願い事を聞いておこうかな」
予め聞いておくことには、理由がある。
物によっては物理的に不可能だったり、諸々の準備が必要だったりするのだ。
「願いですか、それなら、そうですね」
うーん、と頭を抱え、少し悩み、答えを出す。
「だったら、この世界での経験を、元の世界に持ち帰れたらなって思います」
そうかあ。アヴィルティファレトは呻く。
特に断る理由はない。むしろ、前向きで好感が持てる内容だ。
ただ、ルノフェンを召喚リストに突っ込んできた神との折衝が必要になるだろう。
要は、気まずいのだ。
「一応、理由を聞いていいかな? 仕込む時に、いい感じの動機があると嬉しいから」
「あっ、そうですよね」
軽くハーブティーに口をつけ、オドは語る。
「その、あっちの世界で好きな人が居るんですけど、わたし、その人の後ろで守られてばっかりで」
「へえ」
テヴァネツァクが耳ざとく反応する。
「だから、わたしも強くなりたいなって。強くなって、前に立てるまでは行かなくとも、せめて横で並んで戦えるくらいにはなりたいんです」
「良いね」
数多のつがいを見てきた生命神は、表情をほころばせる。
「うまくいくと思うよ、お姉さんは」
褒められた彼は「えへへ」とはにかんだ。
「ま、オドくんは大丈夫かな。問題はそこのルノフェンだ」
アヴィルティファレトは椅子から降り、彼の背中をつま先で蹴る。
「いったぁ!」
既に目覚めていたようだ。
「なんかボクの扱い雑じゃない!?」
彼はふてぶてしく起き上がり、そのまま伸びをする。
「蹴られた理由は、自分自身に聞いてみて欲しいな。願いを聞くときにボソっと言いやがって。そっちの心の声は全部ぼくに聞こえてるんだぞ」
「ちぇー」
立ち上がったルノフェンは、クッキーを一枚かすめ取って、口の中に放り込んだ。
「実のところ、『
話を横で聞いているオドが、困惑している。
声変わりが始まったばかりの子供に、この話は強烈かもしれない。
「あー、あー」
流れを変えようという意図で、「ポン」という音とともに、もう一つティーカップが現れる。
「せっかくだしルノも飲んでいかない? 世界に放り出す前に、ちょっとした性能試験があるからね。コンディションは良いほうが良いよ」
ハーブティーを注ぐテヴァネツァクのテンションは、それなりに高い。
「ん。じゃあ頂こうかな」
カジュアルにカップを受け取り、喉を鳴らして飲む。
カモミール、ペパーミントとローズマリー。そこまでは分かった。
残りを複雑に絡み合った芳醇な香りと味から判別するのは、素養がなければ不可能だろう。
「おしゃれな味だ」
「ミトラ=ゲ=テーア特産ハーブティー。各国の境界線を埋めるように私の領域が存在しているから、何度か通るかもね?」
「へー」
彼はティーカップの中の黄緑色の水面を覗き、また飲む。
飲み干したカップは、そのまま煙となり消えた。
「ごちそうさま」
ルノフェンは、簡易に礼を言う。
オドも合わせて、「ご、ごちそうさまでした」と合掌。
「お粗末様でしたー」
にこやかな言葉とともに、即席のお茶会は終わった。
◆◆
「さて、じゃあ性能試験と行こっか」
アヴィルティファレトが指を鳴らすと、五メートル先の地面から、棍棒を持った二体のオーガのような影が染み出した。
「簡単に戦闘スタイルを見て、出力が問題ないか確認するんだ」
「ふええ」
オドはポカンと口を開け、オーガの影を見上げている。
「この世界は、光、闇、火、水、風、生命、鉱石の七属性で成り立ってる。最後の二つは土の陽と陰の面が分かれたものだ」
アヴィルティファレトはルノフェンの肩に手を置き、告げる。
「まあ、そうだね。ルノくん、オドに手本を見せてやってほしいな」
「はぁい」
猫が媚びるような声で、承諾。
声の調子とは裏腹に、ルノフェンは拳に荒々しい魔力を集める。
彼が魔力を練り終え、「うん!」と気合を入れると、両腕には瘴気で出来たガントレットが装着されていた。
「あれは、風の陰属性だね。質量のある気体を操作できる。応用すると、雷も使えるね。ルノフェンはその中でも瘴気を選んだか」
感心するアヴィルティファレト。
「がんばれー!」と応援するオド。
「せー……」
ルノフェンは身をかがめ。
「の!」
爆発的な瞬発力で、突進。
「GRRRRRR!」
影はすくい上げるように棍棒を振り上げ、ルノフェンに渾身の一撃を叩き込もうとするが。
「はっ!」
ルノフェンは左ガントレットの瘴気を、影の棍棒を持つ腕に絡みつかせ、拘束。
「ARGHHHHH!」
影はなおも残った方の手で掴みかかる。
しかし、相対する彼は怯えない。
それどころか、握撃を加えようとする掌に自ら飛び込んだではないか!
(素手なら毒が直に刺さる。だよね?)
彼は心の中で呟き、拳が閉じる前に瘴気の出力を高め、殴りつけた右の拳を媒介に、影のオーガへ注ぎ込む。
たった一瞬の出来事であった。
「GYARRRRRR!?」
おお、なんということだろう。影の拳は腐り果て、肩の根本から崩れ落ちていったではないか!
そして彼はもがく影の頭に取り付き。
「ふぃにっしゅひーむ」
致命的な毒を、脳内に直接流し込んだ。
瞬く間に、影は倒れ伏した。
ルノフェンの勝ちだ。
「うんうん、影のオーガでそのくらいなら、多分イケるかな」
アヴィルティファレトは満足そうだ。
並の魔法の使い手では、ああは行くまい。身長三メートルもあるオーガを物ともしない身体能力と、相手の本領を万全には発揮させない即応力。そして、十分な魔力と、魔法の応用力。
神としての心境は複雑ではあるが。
「戦闘力は申し分ないよ。クエストの方もよろしく」
最終的には、握手とともに、契約はなされることとなった。
一方の、オド。
「とまあ、今のが理想的な戦い方の一つかな。君の得意分野は生命だけど、どんな属性でも応用は利く。考える時間はあげるから、あの影を倒すにあたって色々試してみなよ」
「は、はい!」
緊張しながらも、彼も戦闘を開始した。
初手。
オドは地面に手を当てる。
手が触れた途端、様々な花々が自由気ままに生まれ、オドに寄り添うように蔦を絡めていく。
「うーん」
今一つピンと来ないのか、手を離し、生成を止める。
魔力の質を変え、もう一度。
次に生えてきたのは樹木。
天を貫くようなスギ、樫、そして、バンブー。
バンブーを手に取ろうとし、根元の部分だけを腐らせたところで。
「わっとっと」
あまりに重すぎることに気づく。
バンブーはそのまま傾き、派手な音を立てながら倒れていった。
「これはコントロールが難しいな」
気を取り直し、三度。
次に生み出したのは、肉の塊。
「うえっ、本当にできちゃった」
生み出した本人が一番戸惑っている。
しかし。
「うーん、でも、もしかしたら」
なにかを思いついたらしい。
「とりあえず、やってみるか」
再度地面に手を当て、今度は狙って海鳥を呼び出す。
バンブーの一部を枯らすことで器用に節を一つ取り出し、その中に魔法を込めた肉塊を詰め込む。
「ねえ、海鳥さん。ちょっと、このお肉をあの影のところに持っていってくれない?」
海鳥を腕に止まらせ、額をカリカリと掻いてお願いする。
「ぐわ」
承知した、とのことである。
さて。
海鳥は、無事に目的を果たした。
影のオーガの目の前に、ポトリ、と美味しそうな生肉が落ちる。
突然降ってきた食料に困惑する影のオーガ。
匂いをかぎ、その異常な新鮮さに気づくと、無造作に口に運ぶ。
「GULP」
よく噛みもせず、飲み込んでしまった。
この瞬間、オドの勝利が決まった。
実のところ、この肉に掛けられていたのは、遅延化された、彼が脳内のリストの中から一番強力そうだと感じた回復魔法であった。その名は《キュア・シュプリーム》。現時点のオドが知ることではないが、基本的に瀕死の巨人族に対して使う魔法であり、間違っても小型のものに使うべきではない魔法だ。
もっとも、当のオドとしては、単なる実験のつもりだったのだが。
「ARGYARRRRRRR!?」
影のオーガに飲み込まれた謎の肉は、回復魔法の発動とともに胃の中で膨れ上がり、更には爆発。
散弾と化した細胞の塊は、そのまま筋肉を貫き、骨に穴を開け、皮膚から射出され。
犠牲者となった影のオーガは、惨たらしく爆発四散し、その役目を終えることとなった。
「は?」
その惨状を見て、頭を抱えたのが生命神テヴァネツァクである。
「ねえ、アヴィ。この子、魔力量どうなってるの?」
生命をいとも軽々と創造し、オーバーヒールにいたっては鼻血程度では済まず、物理的な破壊すら伴う。
何より、それだけのことをやっておいて、まだ余力が残っているどころか、ほとんど消耗していないようにすら思える。
これは、生命の神から見て、ヒトとしてはまさしく異常なスペックと言えた。
「はっきり言って、予想外だ。これだけのものを
心配を投げかける。
「むしろコストは安かった。魔力の相性が良すぎたのかなあ」
死骸、というよりはぐずぐずになった何かの塊を確認した後、声を張りこちらに駆け寄ってくるオドを見ながら、神々は呆然とするのであった。
◆◆
一呼吸。
もう一杯ハーブティーを飲んでから、早速出発することが決まった。
「まあ、とりあえずふたりとも合格ということで。特になにもないなら、このまま黄砂連合に送る」
説明しながら、アヴィルティファレトは魔法陣を二人用に拡大し終えた。
「準備できてまーす」
「わたしも行けます!」
二人は張り切っている。
「じゃあ送るね。サポートはする。最初は神殿に向かうといい。それじゃあ――」
《テレポーテーション》。言葉とともに、世界がゆがむ。
シュレヘナグルにリンク。座標特定。転送。
二人の姿は薄くなり、神の座から離れゆく。
「やっべ、ズレてた!」
転送中、妙な声が聞こえた気もする。
気のせいだと信じたかったが、どうも、彼らが最初に降り立った地は。
「ねえ、オド。これさ」
「ルノ、わたしも同じ感想かな」
少年たちが見渡す限り、三百六十度の、砂、砂、砂。そして、砂。
そう、要するに。
「「砂漠のど真ん中だー!?」」
【続く】
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