第五話「オルケテル様、なんか聖都ヤバいことになってない?」

 (あらすじ:ルノフェン一行は、魔法のカーペットで空を飛んでデフィデリヴェッタに到着。しかし彼らが見たものは今まさに攻撃を受け、炎上する町並みであった)


 「なんだよ、これ」

 ソルカが、声を震わせる。

 目から白い光が溢れるディータの一団が、輸送機から降下し、焼夷弾を撒きながら着陸。

 そのまま近くにいる市民を殴りつけ、拘束していく。

 あるいは、民家に押し入り、中の住人を米俵めいて担ぎ上げ、拘束部隊に引き渡す。

 場合によっては何人か死んでもおかしくはない手荒さだ。


 なんとも酸鼻きわまる光景であった。


 「ソルカ」

 ルノフェンの言葉で、彼は我に返る。


 「ああ、ごめん。まだ絶望するには早かったな」

 伸びをするように翼を広げ、彼は。

 「ルノ、オド。力を貸してくれ。オレはこの街を救いたい」


 それを聞いたルノフェンは、ソルカの背中を叩く。

 「やるに決まってるでしょ。元からそのつもりだよ!」

 オドはカーペットの魔力を借り、いくらか果物爆弾を生成。黄砂連合で買ってきたポシェットに詰め込む。

 「わたしたちも神殿に用があるし、まずはこいつらをどうにかしないとね」


 全員、利害は一致していた。

 そうでなくとも、彼らはお互いを助けたに違いない。

 「へへっ、ありがとな!」

 三人のリベレーターは、行動を開始する。

 

 彼らは目立たないようにカーペットを滑らせ、ソルカが作戦を共有する。

 「まず、姉さんと合流したい。姉さんは、屋敷を買い戻したときにこの国最強の聖騎士団長とコネを作った。

 手紙によると、今は騎士団の荷物の運搬を担当しているはずだ。

 その関係で、あいつと合流できれば騎士団と連携が取れる可能性が高い」

 地図はない。わざわざ出している余裕も、ない。


 「わかった。案内は任せていい?」

 合理的だ。ルノフェンもオドも、手勢を増やすことに異論なし。

 何より、ソルカの心情も考慮すると、それ以外の方法は取れそうになかった。

 「よし、じゃあ行くぜ! 姉さんの写真は見てるよな? 道中にそれっぽいハーピィが居たら止めてくれ!」

 言うやいなや、ソルカはカーペットをかっ飛ばす。


 ◆◆


 カルカ・ド・エルカ。種族は翼人種のハーピィ。


 生い立ちはここで語ることじゃないから、省く。とにかく大変だった。


 私には、可愛い弟がいる。

 幼い頃に、生き別れになった弟だ。


 生きていることは分かっている。毎月、十万シェルの送金と共に手紙が届くからだ。


 いくらなんでも送ってきすぎだ。稼ぎがいいとは言え、これでは手元にはいくら残っているのだろうという心配が脳裏によぎる。

 どんな姿に育ったかは分からない。写真は、一枚も送ってくれない。

 あるのは、過度にデフォルメされた、勇ましい彼のぬいぐるみだけ。闘技場で闘士をやっているらしいから、傷だらけの肉体を見せないようにという配慮でもあるのかもしれない。


 ムカつくから、毎回の返事には自撮りを送っている。

 聖都から去ったときだってそうだ。こっちの気持ちは何一つわかっちゃくれない。


 そんな平穏は、突如として失われる。

 

 二日前、壮絶なサイレンと共に、大量のディータが降ってきたらしかった。


 伝聞調なのは、私たちの屋敷は聖騎士団本部に近い位置にあったからだ。

 初日は、聖騎士団長フィリウスが八面六臂の活躍を見せ、区域にはオートマトン一匹たりとも入ってこなかった。フィリウスが敵を引き付けている間に、聖騎士団本部がセーフハウスを作った。

 二日目、彼は輝く光の剣でディータ輸送機を直接叩きに行った。その分守りが手薄になったので、死角から何匹ものディータが忍び込んでいた。セーフハウス内の騎士はそれらを軽々と討ち取った。


 三日目。つまりは、今日。

 自動操縦機では攻めきれなくなった敵は、主戦力を投入する。


 「グワラハハ、愉快!」

 体長十メートルもある敵の指揮官が、彼我を隔てるバリケードの真上に降ってきた。


 凄まじい衝撃だった。

 あちらこちらにはね飛ぶ木材、石畳。その一撃で、少なくとも五人が深い傷を負った。

 セーフハウスの真上でなかっただけマシ、と言えなくもない。

 ヒト型をしているだけのその化け物は、自分が何をしたかにも気づかぬまま、そのまま神殿の方に歩いてゆく。


 呆気にとられる暇はなかった。

 「来るぞ! 全員備えろ!」

 その言葉とともに、ディータがわらわらと寄ってくる。

 いくら精鋭揃いの騎士団と言えど、山のように大量の敵が相手では、押し切られてしまう。

 

 そして、今。

 私は騎士団の皆と同様に、翼と口に枷を掛けられ、路地に座らされている。


 「マスター、拘束終わりました」

 純白のパーツで揃えた軽装歩兵ディータが、一回り大きいボディの隊長に報告。

 「全く。手間かけさせやがって」

 彼はスタスタと捕虜の周りを歩き、どこから取り出したのか、革の鞭をしならせている。


 「指揮官からは“わからせろ”とのお達しだ。これで、俺達と貴様らの上下関係を叩き込む。動物みてェだな? エエ?」

 彼がヒュパン、と腕を振るうと、私の帽子に鞭が当たる。

 帽子は吹き飛ぶ。

 頭を守っていた、頼りない防具を失ってしまう。


 「なかなかキレイなツラじゃねえか」

 クソ野郎は屈み込み、鉄の指で私の顎を持ち上げ、白く光るモノアイでこちらを見る。


 殺意を込め、睨みつけてやる。

 彼は目を離さぬまま。

 「決めた。お前を最初に分からせてやろう。その反抗の意思が折れるのが、今から楽しみで仕方ないぞ」

 立ち上がり、鞭を構える。

 「最悪ホネまで届くかもな? ハーピィは俺たちと違って、軽い代わりに脆いからな」

 下卑た笑み。


 「カウントダウンだ、三」


 兵士が指差し、笑っているのが見える。


 「二」


 目を閉じ、痛みに備える。


 「一」


 多分、奴が全身に力を入れる。


 「……?」


 あれ?


 痛みが、やってこない。


 恐る恐る、目を開ける。

 

 見えたのは、鋼鉄をバターのように斬り溶かす魔法の刃。

 鞭を持つ隊長の腕が、一撃で飛ぶ。


 「お姉ちゃんに」

 

 反応すら追いつかない速さで、胴に切り下ろし、足に横薙ぎ。


 「お姉ちゃんに、手を出すな」


 バラバラに崩れ落ちる指揮官の奥に見えたのは、最愛の――


 ――弟、だ。


 ◆◆


 突然の隊長撃破に、どよめく兵士。


 「かかれ! 敵だ!」

 そう叫ぼうとした兵士の声は、出ない。

 「――!」

 兵士は、他の兵士の姿を見て、自らの状況に気づく。


 錆びている。

 体内を通る導線が朽ち、千切れてゆく。


 「ごめんねえ? 君たち、五人を残して他の戦場に行っちゃったでしょ? その少なさだと、濃くした《アシッド・クラウド》の的だからねえ?」

 声の主は、チア服の男の娘。

 ルノフェンだ。


 赤く、脆くなっていく兵士の関節では、もはや指一本動かすことも出来ない。

 「無線とかで連絡されても困るから、ここで壊していくねー」

 彼は躊躇なく頭を殴り飛ばし、動力部との接続を断っていく。


 「そっちはどう?」

 拘束されていた騎士や市民の方を見ると、皆立ち上がり、戦える者は首を鳴らしている。


 オドが拘束を解いたのだ。

 「ふう。拘束具がゴムで出来ててよかった」

 手に持っているのはプレフィクス品の果物ナイフだ。非力な彼にも、力を与えてくれる。

 ナイフをポシェットにしまうと、彼は薄く《キュア・フィールド》を展開し、皆の傷を癒やす。


 「ソルカは?」

 ディータを破壊し終わったルノフェンは振り向く。


 見えたのは、泣きじゃくる女性のハーピィと、彼女に強く抱きしめられながら、複雑な表情をするソルカだ。

 「わりぃ、暫く動けそうにねえわ」

 彼は姉の背中を抱き返し、謝る。

 これは、どうしようもなさそうだった。

 

 「落ち着いたら、そっちは騎士団長探して。見つかったら加勢してくれると助かる」

 作戦は、ルノフェンに引き継がれる。


 「ボクたちは神殿に行く。てっぺんに大きな鐘があるんでしょ? そこからなら、アヴィがやったのと同じように音魔法を使って、戦場全体に効かせられるはず」

 早々にカーペットへ乗り込もうとする二人を、騎士が引き止める。


 「お待ち下さい。貴方がたの力量を察するに、どうやらこの状況を覆しうる様子。これをお持ちください」

 彼は自らの首から下げていた、クリスタルのネックレスを差し出す。


 「これは?」

 ルノフェンが問う。


 「《プライベートチャネル》が掛かっています。これを下げていると、騎士団長からの指令が聞こえてくるはず。

 こちらからの声は届きませんが、誰が握っているかは彼に分かるので、連携の助けになるかと」

 騎士がもう一人、オドに対して同じようにネックレスを差し出す。


 「わかった、ありがとう。そっちは大丈夫?」

 受け取りながら、ルノフェンは確認。


 「残念ながら、陥落は時間の問題ではありますね。ですが、一時間、いえ、二時間程度であれば持たせられます」

 「りょーかい! なら、急いだほうがいいね」

 改めて、乗り込む。

 「お気をつけて!」

 手で別れの挨拶を行い、発進。

 騎士たちがバリケードの修復を行い始めたのを確認し、正面に視線を移す。


 「ディータたち、倒して良かったのかな?」

 とオド。

 「大丈夫でしょ。コアチップまで届いてなければだけど。やんなきゃやられるなら、ボクはやるよ」

 顔の向きは変えず、ルノフェンは語る。


 「うう。怖いけど、最終的に再生できるなら倒しちゃうのも仕方ない、かなあ」

 どうにか自身を納得させ、オドも戦場に踏み込む覚悟を決めた。


 ここからは、死闘だ。

 「わっとと!」

 早速カーペットの端に流れ弾がぶつかり、ほつれが生じる。

 「あっちは銃もアリか。連射はできないみたいだけど、こうも敵の密度が高いとつらいな」

 高高度への退避も検討したが、輸送済みの対空砲がみっちりと並べられていたことで断念した。

 彼らの知ることではないが、文字通り空を駆ける聖騎士団長、フィリウスを撃墜するための布陣である。


 「どうする? 頑張って避けてみる?」

 オドが提案。

 「流石に厳しい。それよりも、このカーペット自体の推進力を活かして、行けるところまで強行突破する方がまだ進めると思う」

 サイドロールし、斬撃を回避。


 「無論ボクたちにも被弾が来るはずから、オドの回復魔法が要ると思う」

 うへえ、とオド。


 「痛そうだ。でも、やるだけやってみよう」

 同意。魔力を高め、詠唱。

 彼は、やるときはやる子だった。

 「《マス・リジェネレーション》、《マス・ディレイ・キュア》、《マス・バーチャル・タフネス》」

 カーペットの加速に合わせ、バフを炊いていく。

 「《マス・スピードアップ》、《アンチ・バインド》、《ブレス・オブ・アヴィルティファレト》」

 ルノフェンも同じだ。次の戦闘に備える。

 「《アナザー・ライフ》、《インシュランス》、《リピート・マジック》。さあ、これで怖くないぞ!」

 これで暫くは、死のうにも死ねないだろう。己に発破をかけ、突撃。


 猛スピードで飛び来るカーペットに対し、一般兵士の反応は追いつかない。

 だが、自我持たぬオートマトンは、的確に攻撃を加えてくる。

 カン、カンと、見切れる攻撃はルノフェンがガントレットで弾いていくが。


 「ぐうッ!」

 死角からの射撃が、命中する。

 ワスプ型のオートマトンが取り付き、針で刺す。

 カーペットに穴が空き、そこからも弾丸。


 体の傷こそすぐに癒えるが、痛みは残る。

 ルノフェンだけではない、オドも同じだ。

 確かに前に進んでいる、その事実だけを信じながら、耐える。


 目標地点まで後二百メートル、というところで、カーペットが限界を迎える。

 耐久力を使い果たしたそれは、急速に浮力を失い、二人の体を地面に投げ出す。


 「あいたた……」

 受け身を取りそこねたオドが頭をさする。

 着地の際の擦り傷も、すぐに癒える。


 「大丈夫? オド。痛いのは慣れてないんじゃない?」

 ルノフェンの方は、無事に着地していた。駆け寄り、オドに手を差し伸ばす。

 「ありがと。流石に堪えたかな。でも、まだ行ける」

 手を掴み、立ち上がる。


 「ん、そうだね。実際、アイツを倒さなきゃ何も終わらない、ってのはある」

 二人は正面に向き直る。

 

 見えるのは、巨大な神殿。

 てっぺんには、鐘が見える。そこまでたどり着けば、聖都デフィデリヴェッタは取り戻せる。


 道中には、ディータの群れ。幾つかのグループに分けられている。

 最も手前には捨て石の小型オートマトン。諸々の蟲型をベースに、増設された腕でハサミなどを抱えている。これでも一般市民には手に余る。

 その次は四本脚、四本腕の中型オートマトン。腕のそれぞれが武器や拘束具を持っている。

 中程を過ぎたところで、自我持つ少年型ディータの精鋭兵士。意地の悪い笑みを浮かべている。

 そして、最後に神殿入り口。指揮官の巨大ディータが、幾つもの支援機ディータとともにこちらを睨んでいる。

 

 「《マス・フライ》」

 ルノフェンは唐突に呪文を掛け、上空に飛ぼうとする。


 「いったあ……」

 すぐさま何かに頭をぶつけ、戻ってくる。


 「ゴンって音がした」

 オドも飛んで確認すると、確かに壁があるようだ。

 障壁であった。見えない障壁が張られている。


 指揮官が、空気を裂くような声で呼びかける。

 「無駄だ。既にこの領域は我らの支配下にある。

 《メック・バリアー》にて、ここに至る通路をただ一つだけ構築させてもらった。

 貴様らが我のもとに来るには、我が軍団を滅ぼす以外に道はなし」

 

 「《クリアー・ヴォイス》」

 ルノフェンは声を張り上げ。

 「ふーん? じゃあ、その通路とやらも塞いでおけばよかったんじゃない? ボク、舐めプは良くないと思うなあ」

 息をするように挑発。


 「グッハハハ! 何を言う。これも戦術だよ。こうしておけば、わざわざ我の首目当てに攻め入る、強き愚か者を一人残らず倒せるではないか」


 一拍置き。


 「ちょうど貴様らのようにな」

 指をさす。


 「その割にはそっちに人影はないようだけど、どうやらアテが外れたみたいだね? つよつよの神子が最初にキミたちをぶちのめしても、文句はない、よね!」


 会話を打ち切り、突撃。

 拳の一撃が、最も近くに居た不幸なワスプ型オートマトンを殴り飛ばし、後続のムカデを巻き込む。

 「まずは二匹!」

 殴り飛ばした右手を開き。

 「《チェーン・ライトニング》!」

 最も得意とする、陰の風属性を用いて雷の範囲攻撃。

 「PYGYYYY!?」

 敵は密集していた。抵抗を貫通された六体が犠牲となり、機能を停止する。


 その間に背後に回っていたアリ型オートマトンがハサミで背中を狙う! 危ない!

 「《ヴァイン・テンタクル》! 《エンチャント:ポイズン》!」

 「GYAR!?」

 戦場をよく見ていたオドがカバーに走り、蔦の鞭で軸足を打ち払う。

 即座に毒が回り、アリ型オートマトンの脚は溶け、のたうち回るだけの存在となった。


 「やるじゃん!」

 ルノフェンは攻撃手段を《ライトニング・ボルト》に切り替えながら、振り返らずうち漏らしを任せる。

 「バテそうだったら言って!」

 「分かった!」

 大量に這い寄る蟲どもを、二人で殲滅していく。

 先陣を前衛での戦闘に長けるルノフェンが担当し、オドが討ち漏らしを叩く。

 とはいえ、オドの方は無限に近い魔力があるが、ルノフェンのそれには限りがあった。


 「ごめん、ちょっと休む!」

 押し上げた前線から少し後退し、オドに代わる。


 前線を任されたオドはポシェットから輝くいちごを取り出し。

 「ほら、ごはんだよっ!」

 投擲。

 ただのいちごでは到底ありえない量の魔力を含んだそれは、小型オートマトン一群の後方に着弾。

 直後、爆発。

 ヒトには癒やしの力として働くそれは、糖と水分のショットガンとなり機械の体を貫く。

 一瞬で後詰めが壊滅し、その衝撃で前線も揺らぐ。


 魔力回復タブレットを噛み砕いたルノフェンが前線に復帰すると共に、雷の鞭を振るいオドに迫るオートマトンを焼き払う。

 「おまたせ! どんどん行くよー!」

 戦闘は、続く。


 「ほう、こいつが主の言っていた従者か」

 神殿そのものに腰を掛ける指揮官は、興味深く先程の爆発を観察し、呟く。

 「なるほど、たしかに神の力が宿っている。確かに、我に下された指令にも、納得がいく」

 分析しながら、その結果を精鋭のディータに飛ばす。


 「だが、残弾には限りがあるな? 精々我を楽しませるがよいわ」

 グハハと笑いながらも、語調は極めてシリアスだ。

 『ブラインド・ホワイトアイ』作戦は欺瞞に満ちている。

 ホワイトモジュールを組み込まれた兵士は、指揮官の指令を疑うこともしない。そのように出来ている。

 指揮官自身は別だ。彼だけには個別メッセージで、真の狙いが知らされていた。

 「たどり着いてみせろよ、我の前に」

 彼は再度、戦場に視点を落とす。


 「これで、最後!」

 ルノフェン魔力を節約し、最後の蟲型オートマトンにフックを叩き込む。

 「PYGY!」

 殴られたオートマトンは壁に叩きつけられ、機能を停止した。


 「まずは無双おしまいっと。どう? 奥にいる精鋭さん、逃げるなら今のうちだよ?」

 無駄な降伏勧告を投げかける。

 これは、強がりでもあった。このペースで戦っていれば、いずれは消耗の影響が出始める。


 「――!」

 彼らの答えは、彼我の中ほどに鎮座する、中型オートマトンによる投擲攻撃であった。

 ただの石ころではない。二本のトマホークによる重い一撃だ。


 「やっぱそうなるか」

 ルノフェンはオドへの攻撃を辛うじて弾き、その流れで自身へ飛び来る凶器を避ける。


 「《マス・リジェネレーション》、《マス・バーチャル・タフネス》」

 オドは効果が切れたバフを掛け直す。これで、一撃殺は避けられる。

 「おっと、忘れてた。《マス・スピードアップ》」

 ルノフェンも同様だ。バフは、攻撃魔法よりもコスパよく戦闘を有利にしてくれる。


 「《スムース・サスペンション》」

 精鋭兵士の一人がやってきて、中型オートマトンに呪文を唱える。

 戦いを見ていたアヴィルティファレトが、「この系統は!」と動揺し、他の神々に知らせる。


 「それだけ? もっと唱えなよ。ボクたちも同じだけ強くなるだけ、だけどね」


 手招きの答えは、舌打ちだった。

 時を同じくし、四本脚の機械が凄まじい速度で踏み込み、バルディッシュによる一閃。

 「つれないやつ」

 しゃがんでかわし、《アシッド・クラウド》を詠唱。


 「む」

 効果が、ないようだ。

 続けざまのさすまたによる突きを跳んで上に逃げ、《ライトニング・ボルト》による打撃を加える。


 オドも、今のところはなんとかついてきている。果物爆弾を投げる隙を伺っているようだ。

 「それに酸は効かんぞ。我の半径百メートルには様々なフィールドが発生しておる。無論、ディータにのみ効果がある支援フィールドだがな。貴様らは、この中で戦うことになる」

 指揮官がわざわざ解説を入れる。彼は余裕を隠さない。


 「ああ、そうだ。もう一つ追加しよう。《メック・バリアー》だ」

 気だるげに手を伸ばし、呪文を詠唱すると、ルノフェンたちの背後に障壁が発生する。

 閉じ込められてしまった。


 (面倒だな)

 そう思っても、口には出さない。

 代わりに、攻撃の雨をかいくぐり、ボディブローを加える。


 「PGY!?」

 中型オートマトンはよろめくも、すぐに体勢を整え。

 隙の出来たルノフェンに、タックル。


 「がッ!?」

 直撃し、全身の骨が折れたかのような痛みを味わうとともに、《インシュランス》が発動する。

 ひとまず生きてはいるが、意識を失うほどのクリーンヒットである。


 「ルノ! 《インシュ――」

 即座にバフを掛け直そうとするオドを、背後に回っていた精鋭ディータが羽交い締めにする。

 ルノフェンの牽制がなければ、彼を拘束するのは容易だ。

 「やめろ! 離せよ!」

 趨勢が傾いたのは、一瞬のことだった。


 「行け」

 指揮官は、支援ディータを二機、前線に向かわせる。

 人が容易に入るような、メタルのシリンダーを背中に携えた、カニのような容姿をしたディータである。


 精鋭ディータの命令を更新し、己は再び腰を下ろす。

 「くそっ、このっ!」

 暴れるオドの懐から、果物爆弾が溢れる。


 「危ないじゃないか、オドちゃん」

 会話データから二人の名前を学習した精鋭ディータは果物爆弾を蹴り飛ばし、人間種と変わらない舌でオドの頬を舐める。

 彼らも、こうなる前はヒトと一緒に暮らしていたのだろうか? そういう想像が、一瞬頭によぎる。


 「ほら、そこのシリンダー、見える?」

 精鋭ディータの一人が、オドの顎を強制的に支援機の方に向かせ、語る。

 「これがオドちゃんの新しいおうち。栄養は注射されるから、飲み食いの心配は要らない。下の方も毎日自動でお世話してくれる。良いでしょ?」


 語りながら、手際よく二人を拘束する。

 口、手足には枷がはめられ、いくらもがいても外れそうにない。


 こいつらは狂っている。オドはそう感じた。

 しかし、いかに魔力に満ち溢れていようと、言葉を紡ぐ口が塞がれていては、いかなる呪文も効果を表さない。

 オドの目から涙が流れ落ちるものの、精鋭兵士はそれを舌で舐め取る。

 「じゃあ、サヨナラ」

 ルノフェンもオドも、そのままシリンダーに押し込められ、入り口が閉じられる。

 

 二人を、暗闇が支配した。


 ◆◆


 「――! ――!」


 ルノフェンは、何者かの声に気づき、目を覚ます。


 意識がはっきりするにつれ、状況が飲み込めてくる。

 暗闇の中、四肢と頭部がガッチリと拘束されている。


 (そうか、中型オートマトンに負けて)

 ガントレットを生成しようとするも、生成物のためのスペースが確保されていないため、魔力が霧散する。


 ルノフェンは、拘束するのは好きだが、拘束されるのは嫌いだ。


 彼は生まれつき、非人道的な実験のサンプルとなる定めだった。

 鎖に繋がれ、辛い実験を何度も繰り返す中、同期であった一人の少年と絆を結ぶ。

 確か、最初にキスをしたのはボクの方からだっけ。

 とにかく、彼が、ルノフェンの生きる理由そのものだった。


 これからどうなるのかな、と考えかけたところで、ネックレスから聞こえる『声』に意識を向ける。

 「――フェン! ルノフェン!」

 知らない男の人の声だ。

 余った魔力を流し反応する。

 「むっ! 良かった、いや、良くないのか? とにかく、魔力の経路が繋がった! 時間がない、今から言うことを頭に叩き込め!」


 その男は、続ける。


 「この世界の魔法は、大なり小なり行使者の適性の影響を受ける! 種族の差もあるが、とにかく傾向は人によって違う!」


 まくし立て、なおも語る。


 「ルノフェン! お前は風属性を選んだが、お前の本質もそうか? お前の心の奥底の欲望はなんだ!?」


 意識がクリアになり。


 「ここでは、お前の本質が、お前の望みが! 生き様が! ただお前だけに力を与える!」


 言葉は意思と化し、ルノフェンの奥底を触れる。


 「思い出せ!」


 聞いていたルノフェンは、気づく。


 なんだ、単純じゃないか、と。


 ボクは望んでいた。


 最初から、声を聴きたかったんだ。


 もう一度、アイツの声を――!


 涙とともに力が溢れ、暗闇は濃く、密度を増してゆく――!


 ◆◆


 神子二人を確保し終えたディータの一団は、撤収の準備を始める。


 「全く、オートマトンがほとんど鉄くずではないか」

 遠く離れた地を横目に見ながら、指揮官はぼやく。

 騎士団長があれだけやる男であったとは。流石に計算からは漏れていた。


 「とんでもないですね、あの男は」

 精鋭も、同じものを見ていたはずだ。


 《テレポーテーション》で輸送機の頭上に転移し、《ライトニング・ブレード》でコアを断つ。位置が悪ければ、《クリエイト:プラットフォーム》で光のブロックを作り、空を走る。

 その繰り返しだ。シンプル極まるその戦法で、作戦に使用した輸送機の多くを失った。


 より恐ろしいのは、今回の戦いで彼が殆ど手札を切っていないところである。

 確かに、その戦法に対しろくな対策を打てなかったことにも原因はあるが、情報を全くと言っていいほど得られていない。バカバカしいまでの戦力だ。

 「さて、我々も帰る、か?」

 

 腰を上げたところで、指揮官は異変に気づく。


 神子を捕獲している支援機の、動きが鈍い。


 コマンドを飛ばし、状態を確認する。


 「なんだ、これは」

 ルノフェンを背負っている方は、重量オーバーで潰れている。

 オドの方は、もはやこちらのコマンドに答えを返さない。


 「総員」

 戦闘の構えを取る。同期は、一瞬だ。


 やがて、ルノフェンを押し込めていたシリンダーは、内部から溢れ出る漆黒の闇の腕に蹂躙され、溶けるように消え去り。

 オドのシリンダーは、白い閃光とともに弾け飛ぶ。


 「ルノフェンは闇陰、“奪う力”。オドは陽光、“統べる力”か」

 ネックレスの主、フィリウスは上空から戦いを見下ろし、状況を注視している。


 ルノフェンとオドにより、怒気とともに放たれた魔力の奔流に、一般ディータが抗えるはずもなし。

 「PYGAAA!?」

 支援機はただの金属塊にその身をやつし、それを滅ぼしてもなお勢いを保つ一撃が、指揮官に届く。

 「ふん!」

 魔力を両腕で払い除ける指揮官。命中した部位の装甲が、ドロドロと溶けている。


 「ボクを縛るだなんて。そんなことが許されるのは、世界でただ一人」


 ルノフェンは死すらも殺す魔力を両手に集め。


 「虚無の彼方に送ってあげる。第二ラウンドの開始だ!」


 憤怒を、指揮官に向けた。


【続く】

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