第11話 邪悪レベル


「よくぞ我が召喚に応じた、邪悪なる魂を持つ者よ! 貴様を我が魔王軍幹部の座をやろう!」


「……はい?」


 転移した俺を出迎えたのは、豪華な椅子に座った上から目線のイケメンだった。


 誰だ、こいつ? いや、それよりも、


「邪悪なる魂を持つ者? 誰が?」


「貴様だ」


 何を勘違いしているんだ? この残念系イケメンは。


「俺は正義の変身ヒーローだ。邪悪の真逆の道を生きる者だぞ」


「…………バトラー」


 パチンッ! とイケメンが指を鳴らす。


「はい、お呼びでしょうか? 魔王様」


 何もないところからダンディなお爺さんが出てきた⁉︎ てか、このイケメンが魔王⁉︎


 まるで初めからそこにいたかのように、魔王の隣で佇むお鬚がチャームなバトラーさん。


「召喚設定は勝手に変えていないだろうな?」


「はい、変えておりません。彼の邪悪レベルは一〇〇です」


 邪悪レベル一〇〇⁉︎ それが高いのか低いのかの基準は分からないけど。


 バトラーさんは手に持つ資料を確認しながら、俺と魔王の顔を見比べる。


「ちなみに魔王様の邪悪レベルは一〇ですので、彼は魔王様の一〇倍邪悪と言うことになります」


「おい待てコラッ、勝手に他人を召喚しておいて言いたい放題いいやがって! 誰が邪悪だ! 誰が! ……いや、邪悪って何かカッコいいな。つまりあれだろ。


 『闇を抱いて、光となる!』


 みたいな。もしかして俺のパワーアップイベントでも始まるの?」


 まず闇の力で暴走した後に、闇を克服することで本来の力を取り戻しちゃったりして! ……あっ、別に俺、なんの力も失ってないわ。


 魔王がコホンっと咳払いをして、


「勝手に盛り上がっているところ悪いが貴様は『闇』ではなく『邪悪』だ」


「? 何が違うの?」


「つまり、ただただ性格が悪いだけで、特別な力を持っている訳ではないということだ」


「違う! 俺の心には立派な闇の力が渦巻いている!」


「……まあよい、貴様が邪悪なる者には変わりない」


 諦めない不屈の心で魔王の口撃を退けた! 次は俺のターンだッ!


「おい、魔王! 魔王なのになんだそのカラーリングは! 全然最強の敵っぽくないぞ!」


 黒や紫だけで彩られた魔王の鎧を指さす。


「カラーリングだと?」


 訝し気に眉を歪ませる魔王に、俺はドヤ顔を放った!


「二〇〇四年のカイザー三つ首竜! 


 二〇〇八年の害悪の総裏大臣! 


 二〇二二年の天体制圧用最終兵器を持ってきた兄さんじゃない兄さん! 


 二〇六八年の最底最悪の魔王! 


 どの時代でも最強の敵のカラーリングってのはなッ! 神のような最強ぶりから来る神々しさの金と! 悪の親玉の禍々しさから来る黒が合わさってベストマッチなんだよ! 分かったか!」


「……バトラー、奴は一体何を言っているのだ?」


「おそらくですが、彼の元いた世界での強者の在り方を説明しているのだと推測されます。


『自分と話したければ、まずその鎧に金色を混ぜろ』ということではないでしょうか?」


「ふむ、呼び出したのはこちらだ。それが彼の世界の流儀ならばそれにならおう」


 別にそんな意図は欠片もなかったのだが……。


 パチンッ! と魔王が指を鳴らすと、紫だった鎧の部分が一瞬で金色に変色した⁉ 魔法スッゲェ! 金には絶対に困らないじゃん! 


「さて、これで文句はないな」


「お、おう」


 金に変える魔法──錬金術? ──に金儲けの臭いをプンプン感じながら、俺はどうやって自然に魔王に取り入るかという思考になっていた。そうだな……まずは、


「一万歩譲って、俺が邪悪だということは認めよう」


 心の底では決して認めないが、口だけならばいくらでも人間は嘘を吐ける。


「ほぉう、性格が一気に軟化した。金と黒の組み合わせとは貴様の世界ではそれ程に影響力を持つものなのか」


 関心したように呟く魔王の横では、バトラーの爺さんが紙に何かを綴っている。


 さて、取り入る、もとい仲良くなる為にはコミュニケーションは必須。今は中身のあるないはどうでもいいから会話を続けた方がいいな。


「で、どうして俺が召喚されたんだ? 邪悪なだけなら俺以上に邪悪な存在は山のようにいるだろう?」


 ゴブリンにオークといった強姦のエキスパートから、チンピラや半グレといった街の厄介者まで千差万別だ。俺じゃなきゃいけない意味が分からない。


「いいだろう、今からそのことについて説明しよう。」


 バトラー、と指を鳴らす。


「こちらがその資料となります」


「あっ、どうも」


 まるでサラリーマンがプレゼンで使用するような紙の束を受け取る。


 なになに『目には目を歯には歯を、異世界には異世界を』?


「まずは資料の一ページ目を見てくれれば分かると思うが、数日前にこの世界の女神が異世界から戦士を召喚したらしい」


「ぶふっ!」


「む? どうかしたか?」


「い、いや、なんでもない」


 これって、もしかしなくても俺だよな……え? 俺、何かされちゃうの⁉ いや、魔王の様子から見るにバレてはいないようだ。そう信じたい。


「我々は先兵として黒竜を仕向けたが、片腕を切り落とされて帰ってきた。どうやら異世界の戦士は相当の手練れのようだ」


 だらだらだら、と冷や汗が止まらない……。


「そこで我が魔王軍は、未知の異世界の力に対抗するべく、同じく異世界召喚を行ったのだ。そしたら、次のページに描かれている者が召喚された」


 ぺらり、とそこに描かれていた者とは、


「その者はまるで、蛸と竜と人間が合体したような奇怪な巨人だった」


「なんてものを呼び出してくれたんだ己はあぁ!」


 まぎれもないクトゥルフだった。蘇ったら一発アウトの邪神様だった。


 この魔王、俺に対抗してなんてものを呼び出してんだよ! ただの売れない俳優に対して邪神って! オーバーキル過ぎるだろ! え、なに? 俺もしかして今から戦わさせられるの? 俺のSAN値は名前を聞いただけでピンチだぞ!


「なお、この者の邪悪レベルは無限だった」


 でしょうね! 


「しかし、その邪悪レベル故か、こちらの話を聞かずに破壊活動を始めた」


 あっ、だからか。随分開放的というか眺めが良いというか、吹き曝しにしては限度があるな~、とは思っていたんだよな。


 他の山の頂上見えるし……空を飛びながら、こっちを凄い睨んでくる片腕の黒いドラゴンさんの顔が直線で見えるし。


「どうにか巨人を撃退し、元の世界に戻すことに成功した我々はあることを悟った。過ぎた力は身を滅ぼす、と」


「うん、知っている。特撮で何度も見た」


「そこで、丁度いい邪悪レベルで異世界の戦士と同等の力を持つ者と設定したら貴様が召喚されたのだ」


 同等の力って、俺自身なんだけれど……あっ、だからか。


「さあ、貴様が選ばれた理由は話した。どうする? 我が軍門に下れば幹部の座を与えよう。共に勇者と異世界の戦士を倒そうではないか!」


 魔王軍に入るメリット。


 幹部になれる。つまり、偉い立場で酒池肉林!


 勇者を倒す。つまり、勇者というだけで世の中から甘やかされているレンバーを正式にボコボコに出来る!


 ならば、


「これからよろしくお願いします! 我が魔王! ……あっ」


 白虎に殴られ……ない? あれ⁉ 朱雀もいない⁉




 一方その頃。泉の女神がいる泉にて。


「ご主人様、どこに行っちゃったんですかねぇ~?」


「なぜか分からないけれど、今無性にあのバカちんを殴りたくなったわ」


「あんたら、お願いだからもうここには近寄らないでもらえる?」

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