第10話 ネーミングセンス


「フワハハハッ! ざまぁみやがれ、変身すれば貴様らなど俺の足元にも及ばないわぁ! さぁ、どうする? 女騎士を差し出すなら解放してやってもいいぞ」


 騎士団を縛り上げた俺は勝利の笑みを浮かべていた。


「この野郎、自分の力じゃ何も出来ないくせに……」


 あっ、この騎士団長、変身ヒーローに言ってはならないことを言いやがったな!


「だったらテメェらだって鎧だったり剣だったり馬だったり使っているじゃねぇか! 


 自分の事を棚に上げるヤツにろくなのはいねぇんだよ!」


「……あんたがそれを言うか」


 離れたところで白虎の冷たい視線が俺を射抜く。


 なんでだろう? 俺、なんか間違っている? ……えっ⁉︎


「ちょいちょいちょいちょいっ! 何をやってんの⁉︎」


 俺が白虎の方に視線を向けた時、それは映った。


「ふふんふん♫ ふんふん♫」


「すざああああっく! お前だ!」


「はい〜? 私ですか〜?」


 そこには、騎士団の馬を鼻歌まじりにさばく朱雀の姿があった。


「なに他人様の馬を捌いてんの⁉︎」


「えぇ〜? だってご主人様が馬刺しにして食べるって言っていたので〜」


「え? あんた、あれマジで言っていたの? あんたも朱雀の事を言えないくらいのクレイジーサイコパスね」


 白虎が初めて俺に恐怖している、というか引いている……いや、言ったよ! 


 言ったけれど、それは勢いと言うかその場のノリと言うか……盗賊団までコソコソと何かを話している。


「あ、兄貴。俺、初めて人間が怖いと思ったよ。あのねーちゃんのご主人様ってことは、あのねーちゃんよりもヤバいヤツに違いないですよ! きっと馬じゃなくて人を食うんだぁ!」


「バカっ、静かにしろ! 下手に刺激するな! ……聞いたことがある。身体の傷は癒えても心の傷が癒えることはない。故に、真のサディストは心を壊すことに快感を感じると。次は俺たちが考えもつかないような拷問されるかもしれねぇぞ! 今はじっと逃げる機会を待つんだ。ですよね、かしら?」


「俺はもう悪いことはしねぇぇぇ! だから神様ぁぁぁ、あの悪魔のような男から助けて下さぁぁぁい!」


「頭っ⁉︎」


「ブルブルブル……ニンゲン、コワイ、オレ、モリ、カエル。シズカ、クラス」


「おい、あまりの恐怖に一人オーク化したぞ!」


 ……あれ? 俺が悪者みたいになってね?


「うわあああっ! 俺の愛善アイゼン号おおおっ!」


「名前の由来を詳しく!」


 自分の馬を目の前で料理されて涙を流す騎士に同情したくなる気持ちもあるが、好奇心が勝ってしまった。


 朱雀は愛善号を一口サイズに切ると、


「あっ、美味しい〜♫」


「ぴぎゃああああああっっっ!」


「すざあああああっっっく! 流石にお前はヤバい! 飼い主の前で食べるとかどんな拷問だよ! 食肉市場でもしねぇぞ!」


「お肉屋さんではなく、お料理屋さんです〜」


「料理人でも同じだ!」


 このクレイジーサイコパス鳥女、後で食育を徹底した方が良さそうだ。


「まあまあ、ご主人様も一口どーぞ〜」


「いやっ、俺は──むぐっ!」


 半ば強制的に口の中に入れた愛善号。吐き出すのは勿体ないので、味わって食べる。


「あっ、美味しい〜♫」


「ぴぎゃああああああっっっ!」


「やっぱりあんたも朱雀と同類よ! 同類のクレイジーサイコパスよ!」


 泣き喚く騎士に、化け物みたいに俺を見る白虎。


 他の騎士たちは顔を真っ青にしながら自分の馬を心配するように、チラチラと視線を動かす。


 そして、盗賊団に限っては、


「オレ、ニゲル! オレ、ニゲル!」

「ニンゲン、キライ! ニンゲン、キライ!」

「モリ、カエル! モリ、カエル!」


 全員がオーク化してしまった。


 えぇ……何この状況? 俺は悪くなくない? だって、女冒険者のために盗賊捕らえて、喧嘩売ってきた騎士団を返り討ちにして、口に入れられた愛善号を食べただけだし〜。勝手に周りが騒いでいるだけだし〜。


 弱肉強食なだけなんですよ〜……ハッ! 思考回路が朱雀に侵食されている⁉︎


「それにしてもこのお馬さん、可哀想ですね〜」


 愛善号をムシャムシャ食べながら朱雀は呟く。


「こんな気持ちいいことされているのに、瞬時に傷が癒えることもなければ、死んでしまうなんて……お供物は醤油と薬味でいいですよね〜」


 そのお供物は完全に馬刺しを食べる選択一択なのだが……、


「た、頼む! せめて、俺の強伝ゴウテン号だけでも助けてくれ!」


騎士の一人が懇願してきた。


「いや、俺の李亞米リアべ号を! 有金を全て出す! なんなら、鎧も剣も全て差し出す!」


負けじと隣の騎士も必死にアピールする。


「待て待て待て、お前らのネーミングセンスってマジでどうなっているんだ?」


 この世界に俺以外の転移者がいるってことか? そいつが少なからず騎士団のネーミングセンスに影響しているとか? もしくはただの偶然か? まあ、考えても始まらないし別に後回しでもいいか。


 その時だった。


 ピカッ──と俺が立っていた場所が紫色の光を発したのだ。


「うん?」


 現状を理解出来ないまま、紫光に包まれた俺は、捕らえた盗賊団と騎士団の前から姿を消した。





「よくぞ我が召喚に応じた、邪悪なる魂を持つ者よ! 貴様を我が魔王軍幹部の座をやろう!」


「……はい?」

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