第6話 左右

「白虎、そっちは大丈夫か?」


「安心して、しっかりホールドしているから」


 念のため泉から数メートル離れた場所で、水を操る泉の女神を白虎が格闘技で言うところのSTFで固めている。


 白目を剥いて失神している泉の女神が起き上がる様子はない。


「じゃあ、始めるか」


 玄武のカードをフィストチェンジャーにスキャンしてみるが、


『TO SCAN! PUT ON! GENBU!』


 ……やはり変身してしまう。


「なあ、白虎。なんでお前は召喚できたんだ? 俺が自分の意思で召喚しようとすると確実に変身しちまうんだけど。四聖獣側ってカードの時ってどんな感じ?」


「目も見えているし、音も聞こえているわよ。エネルギーは大量に消費するけど、その気になればカードの状態のままで動くことも出来るし」


 あっ、もしかして玄武と朱雀って俺がピンチになったから自らをスキャンして助けてくれたのか? 異世界生活が安定したら、少し高めのエサをあげよ。俺が覚えていたらだけど……あれ? 待てよ。


「ってことは、召喚も変身もお前たち次第ってことか?」


「いいえ、フィストチェンジャーって両腕に着いているでしょ。右にスキャンすれば召喚。左にスキャンすれば変身ってプロセスになっているわよ」


「俺、聞いてない!」


「女神に言って」


 あのクソ女神ぃ〜! こうなったらワンチャン魔王の味方になってやるぞ! 


 俺、右利きなんだから意識しなかったら右手で左のフィストチェンジャーにカードをスキャンする確率の方が高いに決まってんだろ!


 俺は変身解除をして、玄武をカードの状態に戻すと、左腕のフィストチェンジャーにスキャンする。


『TO SCAN! SUMMON! GENBU!』


「…………ちっさ」


 こんな大きさじゃ怪獣とは言えないぞ?


「巨大化って無駄にエネルギーを食うのよ」


 白虎の補助説明を挟んだ後、俺ぐらいのサイズで召喚された玄武が姿を変えた。


「……ふわぁ〜あ」


「よ、よろしくお願いします!」


 二人の少女の姿へと。 


「どゆこと?」


 二人共、小学校高学年くらいの身長だ。片方は気怠げに欠伸を噛み殺しながら、半分閉じた瞼をこれ以上閉じないようにしながら船を漕いでいる。


 もう片方は、人間の姿で初めて会う俺に緊張しているのか、多少上擦った声ながらも礼儀正しく腰を直角に曲げて挨拶をした。


「玄武って合体怪獣だったの?」


 二人がお揃いの絹のような綺麗な黒髪を靡かせながら首を傾けた。真珠のような美しい黒い瞳には疑問の色が見える。


 そんな俺たちを見かねた白虎がまたもや補助説明をしてくれる。


「玄武は亀と蛇が一つで玄武なの。つまり、二人共正真正銘の玄武って訳」


「一つの身体を共有している二つの人格が、分離したって考えればいい?」


「それであっているわよ」


 ふぅ〜ん、なるほど。片方が亀で片方が蛇って訳か。


 擬人化して二人になった玄武はまるで双子のようなそっくりな容姿の為、どっちが亀でどっちが蛇だか見分けがつかない。


 白虎は白いからすぐにわかるんだけど、二人共黒髪黒目だからなぁ〜……。


「どっちが亀でどっちが蛇?」


「かめ」


「へ、蛇です」


 眠そうにしているのが亀で、礼儀正しいのが蛇のようだ。


 過去にエリートサラリーマン役だった頃の記憶を蘇らせながら、俺は二人に指示を飛ばす。


「では亀娘、泉に潜って俺の聖剣エクスカリバーを取ってきてくれ。蛇娘は白虎と共に、気絶している泉の女神を押さてくれ」


 我ながらこの短時間で成長したと思う。女神から貰った四聖獣は俺を主人としている。つまり、俺の部下のようなものだ。


 それに、格好良い姿を続けていればいずれ四聖獣は俺のハーレムになるかもしれない。しかし、彼女らの反応は、


「やだ」


「す、すみません、私もちょっと……」


「……へ?」


 早速、俺の計画が狂った。


「亀娘って名前やだ。あと眠い、さっき働いた」


「私もその名前はちょっと……それに寝込みの女性に乱暴するのはちょっと……」


 そんな風に言われると俺が人間のクズに分類されそうになるじゃないか……。


 部下が言うことを聞いてくれない。そんなシーンを今まで体験したことのない俺は、これからどうすればいいのか、と言う不安の視線を白虎に向ける。


「はあ〜、取り敢えず別の名前にしてあげたら? 流石に安直過ぎるでしょうが」


 仕方ないご主人様だなぁ〜、と言いながらもなんだかんだフォローしてくれた。一度共闘したからか、なんか少し柔らかくなったような気がする。


「名前か……よし、亀娘改めカメラ! 蛇娘改めマンタ! これで決まりだ!」


「やだ!」


「も、もっと可愛いのが……いいです」


「いや、だから濁点を抜いて力強さがなくなったから、結果的には可愛さが出たでしょ?」


 またもや却下されてしまった俺の考えた最高の名前にケチをつけるガキ共に少しだけムカついてきたが大人の俺は頑張って耐える。笑顔が引き攣っているが、絶対に怒らない。


「そ、そうか。なら、俺は名前を考えているから、その間にさっき言ったの仕事はしてくれないか?」


「やだ! さっきから働きっぱなし、ゆっくり寝たい!」


「お、お願いです……休ませて下さい」


 まるでブラック会社のお偉いさんになった気分の俺に、ないはずの罪悪感を広がっていく。


 そもそも、亀が働きっぱなしと言っているがそれはドラゴンを撃退した時だけだろ。他に召喚はしていないし、玄武の鎧を装着して変身したくらいで……あっ、


「白虎さん白虎さん」


「どうしたのよ、改まって」


「もしかしてだけど、俺が変身したり、召喚する時って四聖獣の皆さんは膨大なエネルギーを必要としているのでしょうか?」


「なによ今更、そうに決まっているじゃない。ちなみに、カードじゃない状態と時は、少量とは言え、確実にエネルギーは消費されているから」


 そう考えれば、俺が一番使ったカードは圧倒的に玄武が一番多い。黒いドラゴン、白虎の踵落とし、泉の女神の水ドリル、そして今。


 この短時間に、四回スキャンしている。これが果たして多いのか少ないのか、基準は分からないが玄武が疲れたと言っているので多いのだろう。


 つまり、俺が取る行動は一つ。


「今日はもう寝るか」


 別に俺が頑張って潜ればいいのだけど……。


 水の中に何があるか分からないし、怖いし。絶対行きたくないし。泳げない訳ではないけれど……。

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