第5話 VS泉の女神


 泉の女神曰く、


「あなたは言いました。


『落としたのは金の聖剣だ! だけど、今あんたが持っているヤツじゃない! 装飾品のルビーが一つ取られている金の聖剣だ!』


と」


「言ったよ?」


 俺の返事に合わせるように、泉の女神は俺と白虎が落とした金の聖剣を取り出した。


「確かにこの聖剣には宝石が一つ取られています。しかし、それがルビーではありません。

取られている宝石はガーネットです」


 そう言い終えると、泉の女神はブクブクと音を立てながら泉の中に引っ込んで言った。


「……は? 俺が悪いの? 赤い宝石って言えばルビーじゃね? ガーネット・カーバンクルなんて聞いたことないし」


「う〜ん、これは私にも審議がしずらいわね。まあ、確かに赤い宝石の代表格はルビーの気がしなくもないけれど……」


 泉の女神に、『ルビー』とか言わずに『宝石』と言っておけば良かったと後悔するが、それを白虎に気づかれたら、また殴られそうなので黙っておこう。


「だよなだよなっ! それにアレだぞ、こんな揚げ足取りみたいなこと女神がやることじゃないだろう! きっと、ああやって今までいろんなヤツから宝をせしめてんだよ、この詐欺女神がぁ!」


「って、このままじゃ聖剣を勇者に帰せないじゃない! 返しなさいよぁ!」


「そうだ、返せよぉ! このねこばば女神がぁ!」


 俺と白虎は声を合わせて、


「「ねーこばば! ねーこばば! ねーこばば! ねーこばば!」」


 それからしばらく二人で騒いでいたが、泉の女神が現れる気配は全くなかった。


 俺と白虎は緊急会議を始める。


「女と言えば宝石が好きだ。つまり、俺が予め取っておいたガーネットをエサにして泉の女神を釣る。どうだ?」


「却下。それでガーネットをまんまと取られてみなさい。私たちは本当の無一文になってしまうでしょうが。もっと無価値なものはないの?」


 共通の敵を持った俺たちの団結力で、次々に泉の女神を引っ張り出すノーリスクなアイディアを考えていく。そして、


「こんくらいしかないな」


 俺はポケットに入っていた一枚では何の役にも立たない銀のエンゼルを泉に入れた。


 ピカーッと輝き、泉の女神が現れる。


「あなたが落としたのは、この金のエンゼルですか? それとも、銀のエンゼルですか?」


 両手に二種類のエンゼルを持つ泉の女神は全く悪びれた様子がない。


「よくもまあ、平気で現れたもんだよなあ。このねこばば女神様よぉ」


「他人の窃盗物をねこばばしといて、すまし顔で定型分を述べるなんて一体どんな教育を受けたんだか。親の顔が見てみたい!」


「…………あなたが落としたのは、この金のエンゼルですか? それとも、銀のエンゼルですか?」


「聞こえてねぇふりしてんじゃねぇぞ、この泥棒女がぁ! だいたい仮にも女神ならもっと肌色成分多めの男を誘うくらいのうっすいスケスケの布切れで出てこいや! この顔だけ女!」


「そーよそーよ! 女には顔以外にも磨く身体の部位はいくらでもあるのよ! まだ私のウエストの方が細いわ! 泉にずっと閉じこもっているから贅肉ついてんじゃないの! この贅肉豚ウーマン、水泳くらいいつでもできるでしょうが!」


 こっちが軽く引きそうになるくらいの暴言を吐く白虎に、一種の才能を感じながら俺たちは続ける。


「なんちゃって女神!」


「若造りババア!」


「巨乳じゃない女神!」


「引きこもり根暗ボッチビッチ!」


「うるせえぇぇぇぇぇっっっ‼︎‼︎‼︎」


 泉の女神が怒号と共に手を横薙ぎに振るう。


 すると、泉の水が巻き上がりドリルのように形を変えると、ギュウイィィィィン! と俺と白虎を攻撃してきた。俺は即座に白虎を抱き寄せる。


「にゃあっ⁉︎」


「玄武!」


『TO SCAN! PUT ON! GENBU!』


 玄武の鎧に身を包んだ俺は、背中の甲羅状のプロテクターを取り外し、それでドリルを防ぐ。泉の女神を怒らせ過ぎたらしく、ドリルの攻撃は勢いを増す。


「ベラベラベラと! こっちが下に出てればイイ気になりやがって! こちとらこれで飯を食ってんだよ! 


 特に白猫! テメェ、マジで殺されても文句言えねぇくらいの言葉を使っているかんな! ゴラァッ!」


「それは俺も激しく同意!」


「にゃっ!? 悪いのは向こうでしょうが!」


 青筋をピクピクと震わせている泉の女神が鬼の形相でこちらを睨みつけている。


「びゃあああああっっっこっ! 謝ってくれぇ! 挑発し過ぎたから取り敢えず謝って敵の攻撃力を落としてくれぇ!」


 怖い怖い怖いっ! 絶対女神がしたらいけない顔しているじゃん! ドリルも更に強くなっているうぅぅぅ!


「びゃあああああっっっこっ! 早く謝ってくれぇ! 破られるぅ! 貫通させられるぅ! 血が出るぅ!」


「処女か、あんたは!」


「そういうの今はいいからぁ! びゃあああああっっっこっ!」


「……ああ、分かった分かった! 謝ればいいんでしょ、謝れば……


 どぉもぉ〜す・い・や・せ・ん・で・し・たぁ〜」


 ギュイィィィィィィィッッッン‼︎‼︎‼︎


「舐めやがってこのクソ猫がぁぁぁぁぁっっっ‼︎‼︎‼︎」


「びゃあああああっっっこっ! お前は本当にクソ猫だあぁぁぁっ!」


 ピキピキッと、プロテクターから嫌な音が聞こえ始めた。


 ヤバい! これ以上は限界だ、殺られる!


 その時、不思議なことが起こった。


『TO SCAN! PUT ON! SUZAKU!』


 まるで玄武が現れた時のように、服の中にあった朱雀のカードが一人でに浮遊し、フィストチェンジャーにスキャンされたのだ。


 炎を纏った赤い朱雀が現れ、水のドリルを蒸発させた。そして、玄武の鎧が消失すると、朱雀が俺を覆う。赤い光を放ち、俺は真っ赤な鎧を装着した。


 そして、現状を理解した俺は泉の女神にこう言い放つのだ。


「ピンチのヒーローは覚醒する! さあ、ここからは俺の勝ち確イベントだ! 初登場補正が掛かったこの形態は一味違うぜ! くらえ!」


 鎧を装着したことにより、力の使い方を知った俺は両手から火球を投げ飛ばす。だが、


 ボウッ! ジュウッ!


「……くらえ!」


 ボウッ! ジュウッ!


 出して投げた瞬間に、泉の女神の操る水によって消火されてしまった。


「……おかしい、なぜ水が蒸発しない?」


 練度が足りないとか? 使い方が頭に入っていても、上手く使えていないとか?


 勝ち確イベントなのに何でだろう? と頭を悩ませていると、


「おかしいのはテメェの方だ、いったいどれ程コケにすれば気が済むん──ッ!」


「とうっ! タイガーパァ〜ンチ!」


「ぐはあっ!」


 いつの間にか移動していた白虎が、泉の女神の顔面に強烈な一撃を入れて、彼女を泉から陸地に吹き飛ばした。


 白目を剥いて泡を吐く泉の女神を見下ろし、白虎は勝利の宣言をする。


「悪は絶対に許さない!」

 

 ……あんな暴言を吐いたヤツの台詞とは思えねぇ! あっ、金のエンゼル貰っとこ。

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