第11話 夏空の図書館

 悠馬は考える暇もなく図書館が開く時間になると宗佑にラインを送り、図書館に行くよう、誘った。陽炎が黒いアスファルトの上で揺らめくのを間近で感じながら悠馬は宗佑の裾を引っ張り、図書館に入館した。普段、あまり図書館に行かないので悠馬はどこにその本があるのか見当が付かず、途方に暮れると、宗佑が司書に聞けば? と助言をくれたので後先考えず、カウンターに駆け寄った。女性司書は悠馬の話を聞くなり、返答に困ったような顔をしたものの、パソコンの画面と睨めっこし、妙案が浮かんだように奥に続く閉架室の階段へと向かった。クーラーが中途半端に効いた黴臭い閲覧室の隅にある深緑色のソファーで待機していると女性司書が息を切らしながらその古書を持ってきた。

 その本を受け取った悠馬は心臓の高まりゆく音を静かに聞きながら、そのざらついたページを開いた。紙魚に食われた痕跡のある、革表紙の本を開くと、多くの絶命した搭乗員のセピア色の遺影が載っていた。写真の中でしか生きられないんだよ、という台詞が心の奥底に大きく打つ、銅鑼のように響いていく。その写真は確かにあった。あの不思議な転校生とよく似た眼差しを持つ、怜悧な青年が真実を見定めるようにこちらを見ている。白黒写真でもその解けぬ遺志ははっきりと感じた。あいつは、と悠馬は震えるような声を漏らした。

「幽霊だったんだよ」

 小さな図書館のそばに植えてある、棕櫚並木から油蝉の鳴き声が聞こえる。うだるような猛暑でも閲覧室は半袖であっても、季節外れの底冷えがしてきた。

「何か最近の悠馬ってちょっとおかしくないか?」

 宗佑のふてぶてしい表情が目に余る。

「いくら友輝じいちゃんが回天に凝っているからと言っても、そんな怪談みたいな話なんてあるわけないよ」

 宗佑の言う通りだった。もし、この憂いに満ちた青年があいつの面影だったとしたら、自分は何を日々努めてきたのだろう。白皙の美青年の澄み切った瞳は死と隣り合わせだった。ただ、その曇りなき眼でこの世界を見据えている。どんな未練を残して旅立ったのだろう。どんな大志を胸に秘めていたのだろう。若年というにはあまりにも若い年齢だった。咽喉が頻繁に渇き、何度も水筒に口をつけている。水飲み場で補給したばかりなのにもう空っぽまで近くになっていた。

「違うんだよ。宗佑。俺は見たんだよ。確かに見たんだよ。この眼で。あれは嘘じゃない。あいつの存在は嘘じゃない」

 自分でもなぜ、委細構わず意地を張るのか、分からなかった。得体の知れぬ物の怪に憑依されていると自分でも判断できた。

「俺たちと何歳かしか、変わらないんじゃないか。俺もこの時代に生まれていたら死を強要されていたのかな」

 誰かが口を借りている。昼間でも仄暗い館内で乱れた吐息だけが主役になり、水筒に入っていた麦茶もほとんどなくなっていた。

「宗佑のほうこそぼんやりしすぎなんだよ。こんな酷い話があったのによく呑気に毎日過ごせるよな」

 油蝉の、夏の空に向かって、咆哮するような鳴き声が一段と大きく聞こえた。



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