07話.[泊まっていいか]

「最近、航輔君が攻め攻めで困っているんだけどどうすればいいと思う?」

「嫌なら嫌と言えばいいと思います、茉希先輩の自由ですよ」

「嫌ではないんだけどさあ……」

「それなら受け入れてあげてほしいです、こうちゃんが悲しんでいるところを見たくはないです」


 そりゃまあ身内ならそう答えるだろう、私だって晴菜が妹や姉で相手がこんなことを聞いてきたら同じようなものになる。


「もうね、なんでもかんでもいいように捉えてきて困っているの」

「こらと怒ったらどうですか?」

「お世辞とかを言われても喜ぶ人間じゃないんだけどね……」


 私のせいで話が噛み合っていないけどもう答えは出ていてあのときの先輩のように背中を押してもらいたいだけだった。

 だから彼女からすれば相当面倒くさい相手ということになる、言わなければセーフ……とはならないだろうか。

 あ、もうあの子と決めているわけではないけどね、まあ、無理に違うと否定しなくてもいいかなという考えに変わっているところだった。

 はいはいと流してしまえればいいのだ、そうしたら航輔君は何度も繰り返してくるかもしれないけどそれぐらいの緩さでいなければ疲れてしまう。


「茉希先輩、今日は私達の家に来てくれませんか? それでご飯を食べてもらいたいです」

「あ、いいの? それなら見ているだけなのもあれだから手伝うよ」

「ありがとうございます、それじゃあよろしくお願いします」


 彼女みたいにたまに誘ってくるとか、たまに褒めてくるとかだったらいいのにな。

 あのね、経験値ゼロの女相手に積極的になりすぎても正直に言って逆効果だ、他の子は違うかもしれないけど少なくとも私が相手であればそういうことになる。

 で、遊びたいわけではないからちゃんと言っているのに言うことを聞いてくれないのが名嘉航輔君という男の子だった。

 あとそろそろいい加減この喋り方も変えようよ、こっちの方がいいと言われてそうしたみたいに見えるからさ。

 とにかく、少し面倒くさくもある男の子はスルーして放課後になったら彼女の家に向かった。


「座っていてください」


 ここで想像していたも結果とは違かったものの、静かに待っておくことにした。

 そもそも自分も加わってしまったらいつものそれと変わらないから私的にはこちらの方が本当はよかった。


「茉希ー」

「あれからご飯は作っているの? お姉ちゃんにばかり頼っているわけじゃないわよね?」


 それはそれこれはこれというやつだ、普段の私が二人を頼りまくりであっても関係ない。

 やるならやる、やらないならやらない、はっきりとしておいた方が相手としては楽だろう。

 やってくれるからと期待してのんびりしていた結果、結局どちらもやらずに食べられませんでしたでは残念すぎるから。


「朝飯は俺が作っているんだ、お世辞かもしれないが『美味しい』と言ってもらえているぞ」

「へえ、いいじゃない、また今度私にも作りなさい」

「もし作るとしたらまた茉希の家でだな」


 やだやだ、すぐにそうやって私の家に来ようとする。

 この前は碧が怖いということで自宅を選んだ自分だけど、いつまでも逃げ続けるような人間ではない。

 というかね、これだけいい子のことを怖いとかその場その場で意見を変える方が不味いというものなのだ。


「あれからこっちでも練習していますから最初に食べたときよりももっと美味しいと感じると思いますよ」

「や、やめろよ……」

「なんで? 本当のことを言っているだけだよ」


 ああ、やはり想像は間違っていなかったということになる。


「碧には航輔君がいてくれて羨ましいし、航輔君には碧がいてくれて羨ましいわ」

「私はこうちゃんがいるうえで茉希先輩みたいなお姉ちゃんがいてほしかったですけどね」

「それなら私に甘えればいいじゃない」


 できることは限りなく少ないけど話を聞いてあげるぐらいは私にだってできる……というか、もうなんでもいいから二人の役に立ちたいというやつだった。

 お世話になるだけなってお礼もできずに終わるのだけは避けたい、でも、このままだとそうなりかねないから口にしていくしかない。

 いや私だって分かっているわよ? 一つも年上らしいところを見せられていないのに甘えていいとかどの口が言っているんだとツッコミたくなるぐらいだけど、もうこうなったら意地でもやるしかないのだ。


「本当にいいんですか?」

「うん、碧のことだって好きだからね」


 そこは好きにしてくれればいい、変な遠慮をしたところで彼は依然として続けるだろうからあまり意味もない。


「姉弟揃ってずっと逃しませんからね」

「怖いわね、もう少し緩く頼むわ」

「大丈夫です、なるべく迷惑をかけないようにしますから」


 碧がこう言っているのなら安心して存在していればいいだろう――ではない、いままでの距離感通りではなくなっている彼相手にどうするのかという話だろう。

 間に引かれた線を越えようはしていきていないのだから碧はいいのだ。


「茉希?」

「なんでもないわ」


 まあ、どうせ暇人だからゆっくり向き合っていこうと決めたのだった。




「え、かくれんぼをしていたんだけど先輩がいつまで経っても見つからない?」

「うん」


 家でゆっくりしていたら急にそんな電話がかかってきて思わずスマホのディスプレイを見つめてしまった。

 というかなんでかくれんぼなのか、お店に行き過ぎていてお金がないということであっても家で遊べばいいのになにをしているのかという話だ。

 とりあえず戻したら来てほしいということだったので、私の足を使って休んでいた碧も連れて行くことにした。


「かくれんぼ、楽しそうですね」

「でも、二人だと地獄じゃない? 見つからなかったときなんか特にさ」

「そうですかね、私、こうちゃんと最近までよくしていましたけど二人でも楽しめましたよ?」


 あくまで歩きつつ駄目だと内で呟く、彼女のことを理解できる日は延々にやってこなさそうだとも重ねた。

 どちらかと言えば家でゆっくりしていそうなタイプなのに想像とは全く違うみたいだった。

 家でだらだらしているよりはいいのかもしれないけど、楽しそうに運動をしている彼女を想像するのはなかなかに難しかった。


「あ、茉希ー!」

「先輩は……いないみたいね」

「うん、範囲を決めて遊んでいたんだけど見つからないんだよ」


 で、こうなったからには留まっていても仕方がないからと探していたわけだけど、物凄く近いところでにやにやしている先輩が見つかったという……。

 嫌な予感がしながらも一応聞いてみると「晴菜が慌てているところを見て楽しんでいたわけじゃないよ」と答えてくれた。

 正直、時間を無駄にした感が半端なかったのもあって碧の腕を掴んでいま来た道を戻っていく。


「ごめん碧、晴菜っていつもあんな感じだからさ」

「別に全く問題はないですよ? 茉希先輩といられればそれでいいんですから」

「碧も航輔君もなにをそんなに気に入ってくれているんだか」

「全体的に、ですかね」


 航輔君にだけ許可をするのは違うから敬語じゃなくていいと言っておいた、意外だったのは「駄目です」ではなく「いいんですか?」という反応だったことだ。  

 とにかく問題ないから頷くと「嬉しい」と重ねてきた。


「茉希ちゃんにも原因があると言ったのはこうちゃんにだけそれを許可していたからだよ」

「あ、そういうこと? もう、それならちゃんと言いなさいよ」

「だって……こうちゃんだけが特別なのかと思ったから……」

「はは、じゃあこれからは変な遠慮をしないこと、いい?」

「うん、茉希ちゃんが許可をしてくれたんだから変な遠慮なんてしないよ」


 ただ、独り占めだと可哀想ということで私の家ではなく彼女の家に行くことになった、甘えたがりでもあるけど弟が大好きでもある彼女らしい選択だと言える。


「おかえりー! あ、んー? 私の娘が大きくなっちゃったな」

「は、初めまして、本房茉希と言います」

「んー、だけどこれぐらい碧ちゃんが大きくなってくれてもそれはそれで楽しそう」


 ど、どうにかしてもらうべく碧の方を見たら滅茶苦茶嫌そうな顔をしていてどうしようもなくなった。

 救いだったのは「お、来たんだな」と航輔君が来てくれたこと、気まずい時間はこれでおしまいだ。


「ははは、母さんと遭遇するなんて運がないな」

「えぇ、一応自分の母親なんだからそんな言い方はやめてあげなさいよ」


 ちなみに彼らの母親は碧にくっついている、つまりここにいるわけだ。

 なにかを言うでもなく無言でそうしているから気まずい時間というのは実はまだ終わっていないのかもしれない。

 まあでも、悪いことをしているわけではないのだから堂々としておけばいいような……そうではないようなという感じだった。


「いやでも面倒くさいからな、碧のことしか頭にないんだよ」

「もしかしてさっきの顔もそういうところからきているの?」

「ああ、母さんに対しては碧、普通に冷たいぞ」


 彼が碧を連れて行こうとしたものの、残念ながらかなりの力で抵抗されていてなにも変わらなかった。

 それだけ碧が引っ張られているということだから加減をしてあげてほしいと思う、引きちぎれることはなくても痛いことには変わらないだろう。


「茉希ちゃんはどっちが好きなの?」

「え、あ、まだ好きとかそういう段階ではないですね」

「なるほど、じゃあ二人を貰ってくれてもいいよ?」

「も、もう少しぐらい二人の気持ちも考えてあげないと……」

「でも、二人が気に入っているってこうして見ているだけで分かるからね」


 それが分かったとしても親ならもう少しぐらいは考えてあげるべきだ。

 航輔君はともかく碧は張り合っているだけのため、別にそういう風に興味があるというわけではないのにさ。

 ただまあ、変な絡み方をされたくはないからそこからも同じようなスタンスでいることにした。




「好きだよ」

「うーん、普通ですね」


 好きだということが伝わればいいわけだからこれでも問題はないけど、なんか普通すぎて先輩らしくない気がした。

 私が先輩は勝手に○○だと押し付けてしまっているのが大きいのだとしても、なんか年上らしく格好いいところを見せてほしかった。

 そうすれば私も航輔君に対してもっと強気に対応できる気がする。


「茉希ちゃんだったら航輔君相手にどうする?」

「す、すみません、私も好きとしか言えません」

「だよねー、変に頑張ろうとしてもから回るだけで終わりそうだからシンプルが一番だよね」


 告白もされるぐらいなら自分からしてしまった方が楽な気がした、仮にそれでした後に恥ずかしくなるのだとしてもその一瞬を我慢すればいいわけだから損ではないと思う。

 とにかくなんでもかんでもあの子にやらせてしまうようなことを避けられればそれでいい、あの子のペースになってしまわなければそれでいいのだ。

 これが既に傾きかけているからなのだとしても構わなかった、だって結局……辿り着く場所は同じはずだから。


「さ、甘いお飲み物でも飲みに行きましょうか」

「コーヒーが飲みたいです、ああいうお店は一人だと入れないので」

「お、ちょっと理想とは違うけど付き合ってくれているきみのためにそうしようか」


 炭酸のジュースなんかはあれから結構飲んでしまっているから新鮮さを求めた結果がこれとなる。

 わがままで申し訳ない、付き合っているとは言っても大したことはできていないから甘えるべきではないと抑えようとしていたのに駄目だった。

 自分の甘々属性を直すためにはこういうときに○○さんが行きたいところに行きましょうと言うべきなのだろうけど……。


「先輩と同じやつで――なんです?」

「佑希って呼んでほしいなあ」

「佑希先輩と同じやつでお願いします」

「任せてっ」


 一瞬、晴菜のことをお願いしますと言いかけて慌てて呑み込んだ、どこ目線からの発言だよと言われかねないのでこれからもこのことは同じままでいい。

 付き合い始めたら友達としておめでとうとだけ言えばいいのだ、危なかった、口にしていたらどうなっていたのかは分からない。


「数ヶ月に一度ぐらいはこういうのもいいのかもしれませんね」

「お、それじゃあこれからも緩々なペースで誘うよ」

「今度は晴菜も連れて行きましょうね」

「晴菜とは遊びに行く度にここに来ているんだよね」


 で、今回もまたこちらの頭に手を置いてから「だから連れて行くのなら航輔君だね」と。

 待った、さっきは気にならなかったけどどうしてあの子のことを名前で呼んでいるのだろうか? 晴菜以上に関わりがないはずなのにどうしてこうなっている。

 こっちのことをそういうつもりで振り向かせようとしていないのであれば自由にしてくれればいいけど、こっちもあっちもとされるのは私でも嫌だった。

 先輩と別れたら呼び出そうと決める、それでもやめられないということなら届かないのだとしても先輩に片思いをすればいいだろう。


「あ、私が勝手に名前で呼んでいるだけだからね? 私、全く航輔君のことは知らないから安心してよ」

「余計に心配になりました」

「って、ふふ、茉希ちゃんも本気じゃん」

「そうですかね、自分のことでも分からないことはあるのでなんとも言えません」


 空気を読んでくれたのか元々解散にしたかっただけなのかそれからすぐに別れることになった。


「今日はどうしたんだ?」

「どうしたんだ、じゃない、なに佑希先輩とも仲良くしているのよ」

「ああ、笹子先輩が来たときにあの人も自然と現れるから会話をする機会があるだけだよ」


 会話をする機会があるだけねえ。


「馬鹿、贅沢すぎなのよ」

「あ、笹子先輩と二葉先輩の目的はあくまで碧だからな?」

「……な、仲良くするのはやめなさいよ、仲良くしたいなら私のことを忘れてからにして」


 これは先程のあれと違って言っておかなければならないことなのだから弱気になるなっ。

 自分達のことなのに我慢に我慢を重ねたところで偽物の関係になるだけでしかない、だから頑張ってぶつかっていく必要がある。

 ある意味告白よりもすごいことを言っているような気もするけど、そういうことからは目を逸らしてぶつかるのだ。


「はぁ、誰にでも簡単に惚れる人間じゃないんだぞ俺は」

「……不安になるのよ」

「って、はは、茉希がそんなことを言うなんてな」

「出会ってからそう時間も経っていないのになに勝手に分かった気になっているのよ、君は」

「茉希」


 というかね、私と関わってくれる存在は気軽に頭に触れすぎだ。

 抱きしめられたりするよりはいいとしか言えないものの、せっかくある程度はある身長が少しずつ削れてしまいそうで怖い。

 これ以上小さくなってしまったら彼の顔を見るのが大変になるから駄目なのだ、だから触れたいのだとしても手とかにしてほしかった。


「話し方を戻してくれ」

「これは好きになってくれないのね」

「元の方が柔らかくて好きなんだよ、そもそも変えようとする意味が分からないというのもあるな」


 ああもう好き勝手言ってくれちゃってさ、あと、言うならもっと早く言いなさいよと内で叫ぶ。

 まあ? なにかを削ってああいう喋り方にしていたわけではないから構わないと言えば構わないけどね。

 だってある程度の年齢まではあの喋り方だったわけだし、どちらかと言えばあれの方が慣れているわけだから。


「あとね、茉希茉希って碧を見習いなよ」

「はは、それこそ今更だな」

「むかつく、むかついたから帰る」

「まあ待てよ」


 いやでもそろそろ時間的にも帰らなければいけないわけだからなにも彼から逃げるためだけに口にしているわけではなかった。

 また明日も会えるのだから続きは明日にするべきだろう。


「泊まっていいか?」

「それならそっちに行こうか?」

「いや、ふたりきりがいいんだよ」


 もう何回も家に上げているのにここだけ拒むのはおかしいということで受け入れておいた。

 明日にするべきだろうという考えよりも断った場合の方が面倒くさいということでそういうことになったのだった。

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