06話.[ご自由にどうぞ]
「こら」
「も、もう大丈夫なのか?」
「大丈夫だけど、君のせいで酷いことになったんだよ」
あの後、外に出たということを言ったら「なにをやっているんだよ」と呆れたような顔をされて思わず頬を引っ張ってしまった。
「い、痛いってっ」
「反省した?」
「よ、よく分からないが離してくれっ」
その気はないだろうけど煽るかのように自然と現れたからやってしまっただけ、そこまでこのっ、となっていたわけではないから手を離してそのまま距離も作った。
体調はもうよくなっていたから更に距離を作るべく、教室から出て歩き出す。
実に私らしくないことをしてしまって今更になって恥ずかしくなったというのも大きく影響している形となる。
「待てよ、なにを怒っているんだ?」
「別に怒ってはいないよ」
「その割にはこうして離れたりするだろ?」
昨日は学校にいるとき以外、ほとんどの時間を寝ていたからだった。
先輩に付き合ってもらった時間もそう長くはないし、大袈裟というわけでもない。
あとは彼の分まで食べることになってしまったというのもあって動いておかないと太ってしまうわけで、さすがにこれ以上言い続けるのは自意識過剰と言うしかできなかった。
「碧」
「はい、どうしました?」
適当に呼んでみたのではなく碧が前から歩いてきたから喋りかけただけだ。
「この子を連れて帰って」
「分かりました」
意外にも強い力で引っ張っていく碧と、意外にも言うことを聞いて大人しくしている彼を見てなんか不思議な気分になった。
いやあれか、怪我をさせたくはないからとりあえずいまは大人しくしておこうという考えからきているだけだろう。
まあ、そもそも私の腕を掴んだときだってすぐに離してくれたし、こういうときにそうするのが彼だと分かる。
「茉希ー」
「晴菜、実は昨日先輩と過ごしたの」
昨日のは自分から甘えてしまったようなものだから言っておく必要があった、これだけでは心配だということなら先輩にも聞いてくれればいい。
変なことはなにもしていない、まあ、変なことを吐いてしまったのは実際のところだけど。
私があの程度でわざわざ外に出るなんて初めてのことで、ついつい……うん。
「うん、知っているよ?」
「あ、そうなの? とにかく、別に変なことはしていないから勘違いしないでね」
「大丈夫大丈夫、だって航輔君のことが気になっているんだもんね」
あの人に相談した時点でこうなっても仕方がない話だし、あんの先輩っ、みたいな反応をする必要はない。
多分頑張っても延々平行線になるだけで疲れるだけなので、はいはいと流しておけばいい。
ただ、航輔君本人にそういうことを言うのはやめてもらいたかった。
「それよりさ、昨日のことをもうちょっと詳しく教えてほしいなあ?」
「帰って寝て、航輔君の分までご飯を作っていたのにそこで帰ってしまったからもやもやしただけよ」
ジュースもお菓子も美味しかったけど、ああいうのはたまに少量を食べるからこそいいのだと分かった。
少なくとも今度は食後に食べたりなんかはしない、気持ちが悪くなるぐらい食べてしまったら勝手なあれだけどイメージも悪くなる。
また、お金の無駄遣いになってしまうため、暴走しそうになったときは止めてもらいたいぐらいだった。
「あー、確かにそれなら残念かもしれない」
「でしょ? ま、来てくれた航輔君が悪いとはあんまり考えたくないけど、上手く終わらせられるときばかりではないということね」
結局、勝手に弱ったうえに再び年上らしくないところを晒すことになっただけの一件だ。
仮に私がその気で航輔君のことを好きになってもこういう点で一方通行のままで終わると思う。
「待って、二葉先輩から聞いていた情報と違って別に意識しているからではないような……」
「そうよ、晴菜は昔から私と一緒にいるんだからすぐに好きになるような人間じゃないって分かっているでしょ?」
「なんだー、初めて茉希が恋をしているところを見られるかもしれないってテンションが上がっていたのにぃ」
「自分のことに集中しなさい」
運動もそうやらずに教室に戻った、そうしたら私の席に座った晴菜を見て笑う。
やっぱり私には彼女が必要だ、ごちゃごちゃしたそれも彼女と過ごせばすぐになんとかなってしまう。
だからついつい抱きしめていて、彼女もそんな私を相手に抱きしめ返してくれた。
「だけどごめん、私が好きなのは二葉先輩なんだ」
「はは、分かっているわよ」
「でも、茉希のところには絶対に行くから安心してね」
いつまでもその通りだから嘘つきなんて言うことはできない。
「なにかあったら教えてね」
「そっちもね」
いつかは役に立つかもしれないから経験者から聞いておくのは無駄ではない。
同じような場面になったときに他者がどうだったのかを知っておけばいきなり出てきた感情に慌てるような可能性も低くなるはずだった。
「俺もそろそろ飯を作れるようになろうと思ってさ」
「で、私のところに来たと? 碧のところに行けばいいのに」
前々からやっているとはいえ、人に教えられるような能力は……。
それにいまはネットを見れば即情報を得られるわけだし、書かれている通りにやっておけば少なくとも不味くなることはないだろう。
だからこれは願望とかではなく彼が単純に私といたいだけなのではないかと私はそう考えている。
「まあそう言ってくれるなよ、それに姉貴に教わるのはちょっと恥ずかしいしな」
「いいけどあとで文句を言わないでよ?」
「言わないよ」
とりあえず私自身も教えやすい簡単な料理からやっていくことにした、使う調味料なども少なく済んでお腹も膨れるそんな料理が中心だ。
まあ、どれも少量ずつ作っていく結果だからこそかもしれないものの、量が増えても難しさは変わらない物ばかりだから安心してくれていい。
「うん、美味しいわ」
「調子に乗ったら駄目だが、教えられた通りにしておけば失敗をすることはないな」
「なんか初心者に限ってアレンジとかをしたがるみたいだけどね」
「食材がもったいないから当分の間はそのままやっていくよ」
少量でもそれが複数となればお腹はいっぱいになるもので、やめてとも言いづらいから洗い物作業に移った。
彼もやろうとしてくれたけど狭いから座っていてと言ったのに聞いてくれそうにはなかった。
「先輩、こうして家に上げている男って俺だけか?」
「まあ、君ぐらいしか友達がいないからね」
これだって別に私が彼を家に連れ込んでいるというわけではないから晴菜や先輩が聞いても盛り上がれることではないと思う。
友達ならありえるそんなことをしているだけだ、だからいちいち変な言い方をするのはやめてもらいたかった。
「過去は? 先輩のことだからいただろ?」
「家に上がらせるような仲の男の子はいなかったよ、あ、だからって君を特別扱いしているとかそういうことじゃないからね?」
「……そんなにはっきり言ってくれるなよ」
あ、やばい、このままにすると変な雰囲気になってしまいそうだ。
でも、狭いし、逃げようとなんてしたら「逃げないでくれよ」などと言われて終わるに決まっている。
だったらまだこうしてやることがある状態の方がいい……よね?
「悔しいよ」
「悔しいと言われても……」
「だって全く相手をされていないのと同じなんだぞ?」
い、いや、だからそんなことを言われても困ってしまう。
洗い物も無限にあるわけではないから終わってしまったし、手を拭いてから振り返ったらすごい悲しそうな顔をしていて違う意味で心臓が跳ねた。
「な、なんて顔をしているのっ」
「……先輩のせいだろ」
目的も達成できたわけだから私の家ではなくて彼の家に移動することにした。
これ以上二人きりでいるのには耐えられない、勝手にこちらのせいにされても困るからそうするのだ。
碧がいてくれればなんとかなると期待しているのもある、きっと「駄目だよこうちゃん」と止めてくれるはずなのだ。
「あ、本房先輩のところに行っていたんだ」
「え、知らなかったの?」
すぐに彼の顔を見てみたらさっと顔を逸らされてしまった。
「はい、気づいたらいなくなっていてちょっと探したぐらいです」
「まったくもう……」
「う、受け入れてくれたんだからいいだろ、いまから文句を言うのはずるいだろ」
「「言い訳をしない」」
自分を守るためだけどここに来ておいてよかった、彼はもっと反省してほしい。
残念な点はもうお腹がいっぱいだということだろうか、これだと手伝うからと言って自然と作ってもらう作戦は実行できない。
また、こうして彼を碧のところに運べたという時点で私がしたいことをできてしまっているため、これ以上残る必要がないという点にも……。
「でも、こうちゃんも悪いですけど本房先輩にも原因があると思います」
「えっ」
味方をしてもらうつもりでここにいるのに急に敵が増えた気分にもなった。
基本的に無表情とはいえ、そのままの顔で言われるとかなり怖い。
先程とは違った理由で心臓が速くなり始める、これが落ち着きを見せるのはこの家から出て自宅に着いてからだろうと少し現実逃避をした。
「優しくしてくれるのはありがたいですけど、怒らなければいけないところで『私は大丈夫だから気にしなくていい』と終わらせてしまったからです、だからこうちゃんは本房先輩なら大丈夫だと判断して少し自分勝手に行動してしまうんです」
「「き、厳しい……」」
「そうですか?」
自分勝手度でいったらこちらにばかり突き刺さるからやめてもらいたいところだけど、いまの彼女に言っても届かないで終わりそうだから呑み込んだ。
「あと、こうちゃんばかりを優先しすぎです、出会った順番的には私の方が先なんですけどね」
「あ、碧の相手だってさせてもらっているでしょ?」
「そうですかね」
こ、怖いから航輔君を届けたからね! と吐いて家から逃げ出した。
格好良さなんて微塵もなかった。
「先輩、これとかどうだ?」
「碧にということなら似合っていそうね」
「はぁ、姉貴はここにいないんだから姉貴に合っているかどうかなんて聞くわけがないだろ?」
いや、そもそも話、どうして服屋なんかに来ているのかという話だった。
もっと言うとこれより前の時間には映画を観ているため、晴菜が見ていたら「デートかな?」なんてからかわれそうな結果だ。
「ねえ、もしかして私のことをそういうつもりで振り向かせようとしているの?」
「意地が悪いな、その気がないなら姉貴と過ごしているよ」
彼はこちらの頭に手を置いてから「その方が楽で落ち着けるからな」と。
もう約二ヶ月は一緒にいるから友達! ということなら分かるけど、こうなってしまう理由が全く分からない。
情けない話だけど情けないところしか見せてこなかったのにどういうことなのだろうか? 彼はしっかりしている人間よりもこんな人間の方がいいということなの?
「ちなみに今日の最終目標は?」
「手を繋ぐことだな」
「へえ、意外とゆっくりやっていくんだね」
「当たり前だ、飛ばして避けられでもしたら意味がないからな」
こういうとき晴菜達ならどうするのだろうか、あ、だけど向こうは同性同士ということで全く違うか。
手を繋いで歩いてもなんらおかしくはない、冗談みたいな感じでしてしまえば細かいところはどうであれ目標達成となる。
でも、自由にさせるというのもなんだかなあということで、こっちから手を握ってしまうことにした。
「こんな感じか、え、このまま歩くってこと……」
カップルはよく人がいるところできるな、すごいなという感想だった。
これは駄目だ、別に嫌というわけではないけど離させてもらう。
「やっぱり無理か?」
「君とこうするのが無理なんじゃなくてこのまま他の人がいるところでするのが無理かな」
「なら無理をしなくていい」
私に多少であっても経験値があればもう少しぐらいは違かった結果になっていたのに申し訳ない。
「あと、とりあえず服屋からは出ようよ」
「じゃあどうする?」
どうするときたか、まだ十四時ぐらいだから解散にはしたくない。
どちらかの家で過ごすというのも最近は当たり前のようにしているから新鮮さがないため、できればここで遊べるのがいい。
解散にするにしても十六時ぐらいまでは遊びたかった、で、それは彼次第ということになる。
「うーん、ちょっとお腹が空いたから飲食店に行くとかどう?」
「いいぞ」
意外と近くに彼的にもおっとなるお店があったからそこに入ることにした。
店内は休日ということもあってそれなりにお客さんがいたけど、すぐに座れないというほどではなかったから助かった。
「私はこれかな」
「それか、よし、注文しよう」
ちょっと待った、なんでこういうところでも彼に動いてもらってしまっているの。
店員さんが来てしまったからごちゃごちゃ言ったりはしないものの、いつになったら私は少しだけでも年上らしいところが見せられるのかという話だ。
「やめておいた方がいいんじゃない」
「他の人が気になっているならそっちに集中しているだろ」
「後悔しても知らないからね」
料理の方は最初から心配していなかったのもあって美味しかった、一人ではなく誰かと食べられているというのも大きいと思う。
晴菜以外の相手であってもこう感じられているということになんと言えばいいのだろうか、違和感ではないけどなんか……うん。
しかも一緒にいる子が男の子だからね。
「さ、これからどうする?」
「そろそろ二人きりになりたいんだが、いいか?」
「二人きりになった結果がこの前のあれでしょ? また私が逃げることになってもいいということなら話は別だけどさ」
「本当になにもしない、事実、この前だって腕を無理やり引っ張ったりとかはしていないだろ」
「じゃあ私の家かな、碧は怖いから当分の間は君の家に行きたくない」
お金も無限にあるというわけではないからこれでよかったのかもしれない。
「なんかもうここも一つの自宅みたいになっているな」
「勝手に自宅にしないでください」
碧ではなく私が姉か妹だったら嫌だろうからそんなことを口にするべきではなかった。
冗談になに本気になっているのと言われたらそれまでだけど、十分いい家に生まれてこられているのだから変なことを言うべきではない。
「茉希って呼んでいいか?」
「冗談?」
「いや、本気だ」
だろうなという内容、なんで彼はここまで焦っているのだろうか。
心配しなくたって私は来年も学校にいるし、就職活動組だから多分早く終わって余裕があるというのにこれだ。
先輩のことが好きとはいっても魅力的な晴菜も近くにいるのに敢えて私を選ぶなんてどうかしている。
「後悔しないのであればご自由にどうぞ」
「おう、じゃあ茉希って呼ばせてもらうわ」
「で、積極的な後輩君は目標をいつ達成しようとするわけ?」
二人きりになっているというのに彼は動こうとはしていなかった。
求めているわけではないから私はそれでいいけど、そんなに簡単に諦めるような子ではないということはこの前の件で知っているため、仕方がなく出した形になる。
いやほら、後から急にされるよりもこうして自分から引き出してしまった方がやはり楽なのだ。
「んー、家の中で手を繋いでいたら変だろ?」
「変、ね、それなら――」
「言わせないぞ」
「あのさ、ここでなにかをするなら腕を掴むとか口を手で覆うとかでしょ? なんで頭に手を置いたの」
「単純に触れたいだけだな、それに茉希が言っているようなことを実際に俺がしてきたら嫌だろ?」
嫌というかそんなことをしたところでなにも変わらないのにとついつい言いたくなってしまうだろうな、と。
そんなことで簡単に変わるような人間はやっていない、もしその程度でどうにかなると考えているのであれば変えた方がいい。
「なにかが間違って私が受け入れたりしたらこっちに要求する内容がどんどんと酷くなっていきそう」
「受け入れてもらえたら抱きしめたりはしたいな」
「晴菜にこの前してもらっていたじゃん」
「あれはノーカウントだろ」
実際にされた時点でノーカウントとはならないのだ。
とりあえず未だに乗っけられていた手をどかしておいたのだった。
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