05話.[困ってしまった]
「大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
昼休みにはもう出ていたのによく放課後まで耐えたと思う。
特になにかができるわけではないけど家まで付いて行くことにした。
「頑張ったわね」
「普通のことをしだだけだよ」
「まあ、それならそれでいいから休みなさい」
碧は友達にどうしてもと頼まれて一緒に帰ることはできなかった、だから私がいまここにいるのはその碧に頼まれてのことでもある。
とはいえ、何度も言っているように私にできることなんてなにもないのだ。
せめて自宅であってくれたら冷蔵庫を開けたりなんかもなにも気にせずにできるというのに、ただ、自宅に連れて行くわけにもいかなかったから意味のない話となるわけだけどさ。
「風邪を移したくないから離れていてくれ」
「そんなのいいわよ、少なくとも碧が帰ってくるまではいるわ」
「ならできる限り離れてくれ」
じっと見ているような趣味もないから元々ある程度の距離は作っておくつもりだ。
客間……的なところを選んでくれたのはいいことだと言える。
これならすぐに碧が帰ってきたことが分かるし、彼の部屋ではないだろうから目のやり場に困るということもない。
「……小学生の頃から風邪で休んだことはなかったんだ、だから今日は調子が悪くなってもなんとか放課後までって頑張った」
「うん」
私は三年間の中で一年はそうできればいいぐらいのレベルだった、風邪を引かない、今年こそは皆勤賞を目指すぞと春に決めてもどこかで必ず失敗をしてきた。
この前みたいにたくさん濡れても風邪を引かないときはあるし、健康的に過ごせていても引くときは引くから意識するだけ無駄だと捨ててしまったことが違う点かな……と。
「でも、こうして誰かに迷惑をかけていたら駄目だよな」
「私が嫌々こうして一緒にいるわけではないんだから別にいいじゃない」
「……なんでそんなに優しくしてくれるんだ?」
そんなのこれから先も一緒にいたいからだ、こういうことで長くいられるということなら無理なことでもない限りは受け入れる。
まあでも、これを優しさとは言わないだろう、気に入られたくて頑張っているだけだからどう答えるのが正解なのか……。
適当に喋ると後の自分が困ることになるだけだからうーんうーんと考えていると「ただいま」と碧が帰ってきてくれた。
「ありがとうございました」
「ううん、じゃあ私はこれで」
「はい、また明日もよろしくお願いします」
六月になると外でゆっくりできなくなるから適当に歩くことにした。
お店がある通りを歩いているときには負けそうになったものの、なんとか我慢をしてとにかく歩き続ける。
こうやってゆっくりできているのはテストが終わったからでもあるけど、少しだけ物足りないのも確かなことだった。
なにか目標があるというのはいいことなのだ。
なんでこんなことをしなくちゃならないのかなんて考えてしまうようなことも本当ならありがたいことなのかもしれない。
指示待ち人間だからというのもあるのだろう、だから大人しく家に帰らずになにかを期待してこんなことをしてしまっている。
「あ、茉希ちゃん発見っ」
「晴菜といないんですね」
……こういうときに先輩みたいな人がいてくれるというのは大きい。
「毎日放課後に誘っていたら晴菜も疲れちゃうからね、さて、今日はちゃんと付き合ってもらうよ?」
「それはいいですけど、晴菜の前で余計なことを言うのはやめた方がいいですよ」
「煽りたいわけじゃないんだよ、私は本当に気になっている相手の友達のことも知りたいだけなんだ」
まず振り向かせてからにしなさいよ、両片思い状態とはいっても余裕があるわけではないのだからもう少し考えて行動をするべきだ。
「さ、あそこのお店に入ろうか」
「分かりました」
入店してからスムーズに注文もしてくれて助かった、なかなかないからここでたくさんジュースを飲んでおこうと思う。
「ねえ、茉希ちゃんって名嘉ちゃんのことが好きなの?」
「人として好きですよ」
いまはそうとしか言えない、ただ、私は一ヶ月とかそこらで好きになる人間ではないから変わる可能性は低かった。
あの子が悪いわけではない、同性をそういう目で見られないというわけでもない、単純にそういう風になっているというだけの話だ。
「あ、じゃあ名嘉君の方かな?」
「余計なことを気にしていないで晴菜を振り向かせることに集中してくださいよ」
「まあまあ、付き合ってくださいよ」
というか二人きりのときにどういうことをしているのかを教えてもらいたいところだった。
なんとなく晴菜には聞きづらいからそれなら一番近くで見ているこの人に頼むしかない。
で、意外と教えてくれたものの、本当に振り向かせようとしているのか分からない内容で困ってしまった。
「いますぐにでも連れてきましょうか? 先輩だって晴菜と過ごしたいですよね?」
「大丈夫、私は私でちゃんとやるから心配しないでよ、茉希ちゃんは茉希ちゃんのことを話してほしいな」
自分のことを話すって曖昧すぎてこれにも困ってしまった。
でも、なんか期待したような顔でこちらを見てきていたからまあ……話せることは話しておいたのだった。
「疲れた……」
長くいすぎると迷惑をかけてしまうからと退店してからも解放してもらえなかくて夜になっていた。
雨が降っていないのは幸いだけど、航輔君の家に行ったことが別の日のようにすら感じてくる。
「あれ」
家の前に誰かがいることに気づいて警戒をしたものの、すぐにそれが件の航輔君だということに気づいて解いた。
ただ、なにをしているのかという話だ、どうせこちらは暇人なのだから焦らなくたって明日も話せるというのにさ。
「あ、よう」
「もう、なんで体調が悪い日に人間って敢えて動いてしまうのかねえ」
彼はそれには付き合わずに「上がらせてもらっていいか?」と。
「はは、駄目なんじゃなかったの?」
「別になにもしない」
こちらとしてもさっさと部屋でゆっくりしたいところだったから許可をして中へ。
飲み物を渡したらとりあえず座って足を伸ばした。
「で? もしかしてまた喧嘩をしてしまったとか?」
「違う、先輩が帰っちゃったからだ」
「ああ、あのままあそこにいてもなにもできなかったからね」
もっとも、先輩にこの時間まで絡まれるということが先に分かっていたら間違いなく残っていたけどね。
直接帰ってくれなどと言ってくる二人ではないし、いようと思えばずっといられたと思う。
でも、なんかそれは違じゃんと一部の私が止めたのだ。
「礼もしないまま次の日になんてできないんだ、先輩だってそうだったからこの前は飯を作ってくれたんだろ?」
「うーん、それもあるし、お世話になっていたからというのもあるかな」
晴菜と安定していられるわけではないから二人が来てくれることがありがたいことだと直接ぶつける。
隠したって意味はない、言動と実際の行動でばればれだから吐いてしまった方が楽になる。
「あ、航輔君がご飯を作ってくれるとか?」
誰かが作ってくれたご飯を食べられるということならとテンションが上がる、けど、すぐに病人だったことを思い出して馬鹿かと。
彼が「え、い、いや、飯を作るのは無理だ……」と言ってくれたからまだなんとかなった……ような、そうではないようなという感じだ。
「はは、じゃあどうやってお礼ってやつをするの?」
「なんでも一つ、言うことを聞くとかどうだ?」
「駄目だよそんなの、あ、駄目よそんなの」
碧に頼まれたからとはいえ、内側にあったのは自分目線の考えだけでしかなかったのだから駄目だ。
「まだ調子が悪いみたいね、送るから家に帰って今日は大人しく休みなさい」
「駄目だっ」
「きゃっ――だから別にお礼をしてほしくてしたわけじゃないからっ」
はぁ、なにをしているのか。
大人しくなってくれたから腕を掴んで家をあとにした。
「まったくもう、次に無理をしたら碧に怒ってもらうからね」
なんなら今日怒ってもらった方がいい、私がごちゃごちゃ言うよりも遥かに効果を期待できることだろう。
先延ばしにしたら直せないまま社会人になってしまうから避けてはならない。
「……どっちが本当の喋り方なんだ?」
「あ、昔はこっちだったんだよ、でも、年齢をある程度重ねてからは変えるべきだと思って~のよという話し方にしたの」
「まだ慣れていないから出てしまうということか?」
「うーん、どうだろう」
晴菜といられているときは戻ることがないからそうとも言い切れないのだ。
だからやっぱり気に入られようとしてできるだけ柔らかい感じにしようと頑張ってしまっている可能性の方が高い。
「俺はそっちでいいと思うが……」
「そっちって?」
「だから……その、無理をして変える必要はないということだ」
「まあ、どうせ航輔君達が相手のときは出るからね」
意識をすればするほど出るということならこれもまた意識してそうしてしまった方が精神的には楽だろう。
○○しようとしているのに失敗をしてしまうから気になるだけで、これが当たり前であれば恥ずかしくも感じなくなる。
「呼び捨てじゃなくて君付けだったところからも先輩自身がそっちの方がいいと分かっていると思うんだよな」
「はいはい、変なことを言わなくていいから」
「変なことじゃなくて――」
「着いたよ、さ、今度はちゃんと休んでね」
ま、時間も時間だから上がらせてもらうわけにもいかないため帰るとしよう。
甘いというわけではない、ただ単純に疲れているから休みたいという気持ちが強いだけだ。
これで明日も調子が悪いままとかだったら今度こそ怒るけどね、碧が止めてきても絶対にやめない。
「はっくしゅっ、うぅ、早く寝よ……」
そのためには自分が元気な状態で登校しないといけないからやらなければいけないことをささっと終わらせてベッドに寝転んだ。
物理及び精神的に疲れていたのもあってすぐに寝られたのだった。
「茉希?」
「なに?」
「いや、なんか一瞬、調子が悪そうに見えたんだけど気のせいかな?」
中途半端な状態だから即答できなかった。
ただ、救いだったのは晴菜にだってばれないでいられているということだ。
「大丈夫よ、心配してくれてありがとう」
「大丈夫ならよかった」
航輔君が彼氏的存在なら君のせいなんだからなどと言って甘えることもできたけどそうではないから一人放課後まで頑張るしかない。
ただそこは年上として最後まで頼るつもりはなかった、晴菜にだってそれは同じことだ。
でもね、あと少しで終わりになるというときの方が辛くなるということを知ったし、また、誰かが来たときに笑ったりするのが辛いということも知った。
元々皆勤賞なんて狙うべきではない人間なのかもしれない、ま、これは意識した結果ではないわけだけどさ。
「ふぅ」
終わった、あの二人にも最後までばれずにやり過ごせた。
なんか嬉しくて浮かれていたら「先輩」と背後から声をかけられて固まる。
「ふぅ、なに?」
「すぐに帰ろうぜ」
「そりゃまあ帰るけどさ」
すぐに碧も来て四人で帰ることになった。
この中ではやはり航輔君に興味があるのか晴菜は積極的に近くにいた。
「大丈夫ですか?」
「あー、うん、まあ……この通りよ」
「気づいていても気づかないふりをしようと二人で決めたんです」
「はは、ありがとう」
ちらりと確認してみたら心配そうな顔でこちらを見てきていたから優しく頭を撫でておく。
あの日無理やり抑えたこの行為、やってみた感想はさらさらで拘っているのね、というものだ。
「さ、茉希のお家に行こうか」
「私は遠慮しておきます、悪化してしまったら嫌なので」
「うっ、そう言われるとやめておいた方がいい気がしてきた……」
どちらであっても構わないけどなにもないことを思い出してほしい。
「俺は行きますよ」
「じゃあ航輔君に任せようかな、茉希のことお願いね」
「よろしくね」
「おう」
おいおい、嫉妬して喧嘩になったぐらいの碧でもその選択をしたというのにこの子はなにをしているのか。
また腕を掴まれて無理やり考えさせられるというのは嫌だぞ、さすがに今日はそういうのに付き合っている余裕はない。
だから完全にみんなが別れてしまう前に言ってみたものの、残念ながら届くことはなかった。
「なにを意地になっているの」
「違う、心配だからだよ」
「心配、ね、なんで君はそこまで私のことを気にするの?」
黙るということはやはり意地になっているというだけのことだろう。
勢いだけで行動すると本当にいいことがないからいまからでも間に合うよと言わせてもらった。
別に後輩相手に言葉責めをしてストレスを発散させたいなどという考えはないのだ、せっかく高校生になったのだから時間を無駄にしてほしくなくて言っているだけであってね。
いやほら、年上として間違っていることをしているのであればちゃんと指摘してあげなければならないでしょ? 自分が関係しているのであればなおさらのことだと言える。
「と、友達だからだろ」
「まあ、そこで違うとか言ったりはしないけどさ、もっと違う女の子と過ごした方が遥かに有意義な時間になると思うけど?」
「俺は先輩といたいんだよ」
で、ここに戻ってきてしまうということか。
彼からしたらただ友達のところに行っているだけでなんにも変なことはしていないという認識になっているのだ、でも、私からしたら違うから延々平行線になってしまうということになる。
「と、とにかく今日は休んでくれ」
「君はその間、どうするの?」
「ここにいる、大丈夫だ、神に誓って変なことはしない」
「じゃあここで休むよ、布団を持ってくれば十分休めるからね」
もういいや、いまはとにかく休もう。
十九時になったら遠慮なく起こしてと言ってから目を閉じた。
な、なんとなくここで寝ることを選んでおきながら顔を見られたくなかったので、反対を向いてからではあったけども。
それで頑張ったのもあってすぐに眠気がやってきて多分寝た、それから体感的にはそう経っていない頃に起きることになった。
「あ、寝てる」
寝汗をかいたとかではないから布団を掛けておいた。
飲み物をしっかりと飲んでご飯作りを始める、大体始めてから二十分ぐらいが経過したタイミングで「もう大丈夫なのか」と聞かれたため頷く。
「もうできるから待ってて」
「あ、そろそろ帰らないと……」
「ま、まあまあ、そう量もないから食べていってよ」
せめてこれぐらいはさせてくれ、そうでもなければ私にできることなんてほとんどない。
翌日に先延ばしにすると言い出すのが恥ずかしくなってなにもできなくなるからいま頑張っておく必要があるのだ。
だけどそもそもこの時点でかなりの時間を貰ったことになっているわけで、言うことを聞いてくれる可能性は低い……だろう。
「でも、十九時半までには帰ると連絡しちゃったからな……」
「そう……、なら仕方がないね」
彼はすぐに出て行った。
仕方がないからやけ食いをしようと思う。
駄目だ、わがままだけどあれなら最初から家に帰ってくれていた方がよかった。
「もう……」
自作の味は問題ないご飯を食べても全くすっきりしない、しないから食べ終えたら外に出る。
炭酸ジュースとか甘いお菓子とかそういうパワーに頼らないと徹夜になって延々に回復しないから仕方がない。
ただ、二人分の量を詰め込んだうえでのその行為に体がついていけずに吐きそうになったという……。
「お姉さん大丈夫ー?」
「ひゃっ……って、そういうのやめてくださいよ」
「はははっ、ごめんごめん」
もうなんでもいい、全部を吐いてすっきりするのだ。
先輩は意外にも付き合いがよくて「おお」とか「あー」などという反応を見せてくれていた。
言い終わってこちらが黙ると「はっきりしてほしいときってあるよね」と言って頭を撫でてくれた。
「でもそうか、名嘉ちゃんにじゃなくて名嘉君にか」
「あ、気になっているとかそういうことでは……」
「自覚できていないだけなのかもよ?」
え、いやいや、私に限ってそんなことはありえない。
だって男の子ということなら小学生のときにも中学生のときにも近くにいてくれたものの、特別な意味で好きになることはなかったからだ。
断じて言っておくとそういう目で見られないとかではなく、前と同じですぐに変わったりはしないというだけのことだった。
「ちなみに先輩はいつ自覚したんですか?」
「去年の冬かな、十二月ぐらい」
「どういうきっかけで?」
「それは私が相手のときでも楽しそうにしてくれていたから……って、いつまでこの私が恥ずかしい時間が続くの?」
「なに今更気にしているんですか」
先輩は頬を掻いてから「気になるものは気になるよ」と。
まあでも、色々と話したらもやもやも消えたのでありがとうございますと言っておいたのだった。
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