04話.[私は負けないよ]
「急に降ってきたわね」
「私、傘とか持ってきていないよ」
「私もよ、弱まるかもしれないから少し待ちましょうか」
ただこれが分かりやすく選択ミスとなって、待っても待っても効果はなかった。
だから結局、濡れるけど我慢して帰ろうということになって私達二人は濡れ鼠になった。
「はぁ、あの子が風邪を引かなければいいけど」
言ってしまえば私の選択ミスによって濡れてしまったのだから風邪を引いてしまったなんてことになってしまったら気になって授業どころではなくなってしまう。
「あれ」
で、出るべきか居留守を決め込むべきか、普段と違ってそれなりに遅い時間だから今日は悩んだ。
だけど連打をされないからこそ気になってしまって結局開けることを選んだ自分。
「こんばんは」
「碧っ? ぬ、濡れてしまっているじゃない」
そのため、この結果にはある意味驚いた形となる。
とりあえずお風呂を溜めていたのもあって先に入ってもらうことにした。
ここに直接関わっているわけではないものの、なにかありましたよと言われている気がしたので早く入らせてなにがあったのかを知りたかったのだ。
「ありがとうございます」
「そ、それでなにがあったの?」
「自分が言うのもなんですけど本房先輩は早く入ってきた方がいいと思います」
「すぐに出るからちゃんと教えてね」
教えてもらえないまま時間だけが経過すると徹夜で学校に行くことになるからやめてほしかった。
とはいえ、途中でこれもどうなのかと考え直して速攻で出るようなことはしなかったけど。
風邪を引いてしまう可能性はこちらにとってもゼロではないからしっかり体を温めた方がいい。
「それでなにがあったの?」
紅茶のためにお湯を沸かしつつ、なるべく喋りやすくなるように柔らかく聞いてみた。
「こうちゃんと喧嘩をしたんです、それで勢いで飛び出したら走っている本房先輩を見つけたのでつい……」
「え、そのことよりも航輔君と喧嘩をしたということの方が私は信じられないんだけど」
「……こうちゃんがこそこそと本房先輩と過ごすのが悪いんです」
「えぇ、そこに私が関わっているの……」
この前は悪くないと言ってくれたのにさすがにこうなってくると「お前が悪いんだぞ」となりそうだった。
躱すことは簡単だけどなるべくそういうことにはならない方がいいからこの結果は残念だと言える。
「碧、今日中に仲直りして」
「無理です、それに今日は顔を見たくないです」
「じゃあどうするのよ、もしかしてこのままここに泊まるつもり?」
「本房先輩がいいなら……」
ぐっ、こうなってくるともう話にならない。
私は自分に甘々だし、そういうところも影響して他者に厳しくはできないから受け入れるしかない。
まあ、自分に甘いのに他者にだけ厳しい人間よりはいいだろうけど、強気に対応するべきところで全て合わせていたらそう遠くない内に酷いことになりそうだ。
「これもちゃんと新品を返しますので安心してください」
「いいわよ、湯冷めしないようにこれでも掛けておきなさい」
「……ありがとうございます」
確認してみたらご飯は食べているみたいだったので、自分の分だけをささっと作って食べる。
いつもであればすぐに洗い物をするところだけど、お風呂に入ってあるのもあって動く気になれなかった。
そういうのもあって床に寝転んだらすぐに眠気がやってきて夢の世界に旅立つというところで頭を撫でられた。
「……あっちの部屋にベッドがあるわ、碧はそっちで寝なさい……」
「風邪を引いてしまいますから本房先輩がちゃんとベッドで寝てください」
「じゃあ碧も来なさいよ」
助かった、歯を磨かないで寝たら酷いことになるから感謝だ。
もうだいぶやられている状態で歯を磨いて、立っていた彼女の手を掴んで寝室に連れて行く。
変な遠慮をされても嫌だからベッドに寝転んでからも離したりはしなかった、それで次に目を開けたときにはもう朝だった。
昨日の朝や昼と同じでいい天気だ、やはり晴れているときの方が勉強などは捗るからこのままであってほしい。
ただね、残念な点は私の集中力――もういいか。
「碧、もう朝よ」
「……こうちゃ――あ、本房先輩おはようございます」
「はは、今日はちゃんと仲直りするのよ?」
「……分かりました」
荷物を取りに行かなければならないのと、ご飯を作らなければならないということで彼女はすぐに出て行った。
晴菜ほどではないけど食べないと放課後まで上手くやれなくなるからささっと作って食べた。
「多分あの感じだとべったりになるでしょうね」
何故かは私達がそうだったからだ。
友達だからっていつでも仲良くとはやっていられない、場合によっては衝突して喧嘩なんてことにもなる。
でも、意外と一ヶ月以内にはどちらからか、また、お互いが近づいてごめんねという流れになるのだ。
それで何故か喧嘩をする前よりも距離感が近くなっていたりもするというのが実際のところだった。
まあ、だからってそれを狙って喧嘩をしよう! とはならないけどねと呟いた。
「へえ、そんなことがあったんだ」
「うん」
「碧ちゃんのことが好きだったら一緒に寝るなんてできていないよね」
「それは……分からないわ」
好きな人と一緒に寝るよりもすごいことをした気がするから分からない。
なんかそう考えるとイケない関係みたいだな、ああいうことはこれからはないようにしよう。
というか、同じようなことになったら今度は絶対に強気に対応をする。
後輩の勢いに流されて受け入れてしまう人間なんて情けないとしか言いようがないからね。
「私も今度雨が降ったら二葉先輩のお家に濡れた状態で行こうかな」
「あの先輩のことだからにやにやされるだけで終わり――」
両頬を掴まれて最後まで言えなかった、私の頬を自由にしてくれている人は「もしそういうことになったらイケないことを晴菜にしちゃうだろうね」と言っていたけどそれどころではない。
「……絶対にしませんよ、容易に想像できます」
だって冗談かどうかは分からないけど後輩にどうしたらいいのかななどと聞けてしまう人だから、自分一人でなんとかできてしまう人ならあんなことをする必要はないのだ。
「なるほど、晴菜の方が肉食系だということか」
「そうですね、あなたは積極的な晴菜を涙目になりながら見ているしかなくなるんです」
「積極的な晴菜かあ、それもいいね」
「ふっ、後悔しても知りませんからね?」
「しないよ」
とりあえず固まってしまったままの晴菜を復活させてから教室を離れた。
廊下に航輔君がいたのを発見したからでもある、正直、彼といられているときの方が気楽だと言えた。
「悪かった、まさか雨の中飛び出すとは思っていなくてな」
「大丈夫よ、それより仲直りはできたの?」
「ああ、それはちゃんとした。でも、やっぱり先輩に対するそれは変わっていないみたいでな」
「じゃあこれは不味いんじゃ……」
「ああ、ばれたら――ま、まあ、先輩とはもう一ヶ月というところだから友達みたいなものだしな」
ああ、彼が一瞬固まった理由がすぐに分かってしまった。
ここまで静かに近づけるのがすごい、あと、いつもと違ってにこにことしているのに怖い。
私が悪いわけではないのに冷や汗がぶわっと出てきた、私でこれなら彼はもっと酷いことだろう。
「本房先輩、私ももうお友達ということでいいですか?」
「うん……じゃなくて、碧はそれでいいの?」
「はい、その方がいいです」
「じゃあそういうことになるわね」
ほっ、このにこにこは大好きな弟と仲直りできたからだと考えるのが一番か。
勝手に悪い方に考えるのは違う、分かりやすく悪いところだと言えるから高校生活中には直さなければならない。
「でも、何故か本房先輩はこうちゃんばかりを優先しますよね」
あ、あれ、これは妄想でもなんでもなく悪い方に傾いてしまっているような……。
怖いから教室に戻ったものの、全く気にしない彼女と彼は教室にも付いてきた。
よく年上しかいない教室に入れるな、負けているところが多すぎて逆に笑えてくるぐらいだ。
「なんて、本房先輩が悪いわけではないですよね、すみません」
「な、なんでそこで無表情なの?」
悪いことをしているつもりはないぞ、来てくれているから相手をさせてもらっているだけでしかない。
一人なら一人用に切り替えるけど私は結局、誰かといられるようにと願ってしまっているからこういうことになる。
むしろ嫌いでもないのに冷たくできる存在がいたらすごいとしか言いようがない、まあ、それを真似したいとは思えないけどさ。
「あれです、無理をして疲れました」
「姉貴にとってはこれが標準だからな、家でもほとんど笑わないんだぜ?」
「碧はもう少し航輔君に素直にならないと駄目ね」
「素直に……ですか、自分に甘いので結局甘えてしまってばかりなんですけどね」
や、やめてくれ、自分に甘いなどと私の前で言わないでくれっ、そのつもりはないだろうけど口撃された感じがして微妙な気分になった。
そもそも二人といられているのだって私が魅力的だからとか頼りがいがあるからというわけではない、二人がどんな理由からであれ来てくれているからなんとかなっているだけで。
「甘いねえ、実際は我慢をしてばっかりじゃないか?」
「こうちゃんは私に甘い」
「いいんだよ、厳しくできるほどしっかりしていないからな」
だからそういうのは違うところでやっておくれ。
ここで続けるということなら敢えて私に突き刺したくてしているようにしか思えなかった。
「ふぃ~、一日ずつでも終わっていくと安心できるね~」
「そうね、少なくとも本番までの頑張っている時間よりは精神的にも楽だわ」
簡単に言ってしまえば終わりがちゃんと見えているからいいのだ、そういうのもあって昔から本番の方が緊張しなかったりもする。
「あ、お腹が空いてきた」
「ま、現在進行系で頑張っているんだからいいんじゃない?」
「よしっ、それなら茉希も行こう!」
私も、ということは間違いなく、
「あ、やっと来た」
そう、先輩もいるに決まっている。
この顔を見た瞬間に帰った方がいいかもしれないとそっち方向に流れたものの、晴菜と先輩の二人に腕を掴まれて去ることはできなかった。
「あの、まだ二日もあるのにいいんですか?」
「いいんだよ、人間は基本的にメリットがないと頑張れないんだからね」
「でも、私がいたら幸せな時間が駄目に――……行くなら早く行きましょう」
くそ、学校を出るまでにあの小さくて可愛い碧と出会うことができなかった、大きい航輔君とも無理だった。
「お肉とかもいいけどやっぱり定期的に甘い物を食べないとねえ」
「お、晴菜分かっているね」
「茉希も好きだから大丈夫だよね?」
「そもそもどこでも不満はないわ」
楽しそうに会話をしながら待っている二人を見つつなんとも言えない気分になっていた。
帰りたいとかそういうことよりも私もこういう風に誰かと盛り上がりたいというそれが強く出ている……のかもしれない。
晴菜は他の子に取られがちだから頑張らなくても一緒にいられるそんな相手とこうして盛り上がれたら最高ではないだろうか。
「お待たせしました」
「お、きたきた」
「晴菜、私は負けないよ」
「私だって負けませんよ」
ただあれだ、こうして盛り上がっているところで一人で静かになにかができているというのもいいことだ。
敵視されるわけでもなく、空気というほどでもないこの感じ、いや、晴菜の存在が大きいだけかとすぐに片付けた。
で、勝負みたいなものは晴菜の圧勝で終了したものの、先輩は全く悔しそうな顔をしていなかった。
もう一緒にいられてなんでもいいから盛り上がれればそれでいいのだろう。
「さてと、そろそろいいかな?」
「はい、これで失礼します」
「じゃなくて、そろそろ茉希ちゃんも喋ってくれないと困るんだよ、私達が意識して仲間外れにしているみたいに見えるから」
この人って毎回大人しく帰してくれないな、この前みたいに二人きりならいいけど彼女がいるところではやめてもらいたい。
「見ている方が気楽なんです」
「だけど今日は我慢をして喋ってよ、私、茉希ちゃんのことだって知りたいんだ」
「む、二葉先輩っ」
「いやだって晴菜の友達のことだって知りたいでしょ」
はぁ、一緒にいると結局こういうことになるから嫌なんだよなぁ。
そのため、向こうに知り合いがいたからなどという理由で離れた。
さすがに残ろうとは思えなかったし、この状態なら確実に悪い雰囲気にするだろうからこれでいいのだ。
「よう」
「もうずっと近くにいて」
「流石にそれは無理だが、暇なときはどんどん呼んでくれればいい」
にこにこしているのに圧をかけてくる碧もいないし、本当にこの緩さならいいのにとわがままになっていく。
というか、テストがまだあるのに他のことで疲れている場合ではないだろう。
あとは……そう、まだ終わっていないから自分へのご褒美は終わってからにするべきだと思う。
とはいえ、他者が自分になにかをする分には自由だから晴菜にはああ言わせてもらったわけだ。
「いつもありがとね、君にも碧にもお世話になってばかりでちょっと情けなくなってくるよ」
「世話になっているのはこっちの方だろ」
「そうかな、私はそう思わないけど」
「そりゃ自分を無駄に下げているだけだ」
いやでもなかなかよくやれているなどという考えにはなれないものだ。
他者からどう見えているのかなんて分からないけど、保険をかけていないとやっていられないのだ。
「なあ」
「うん?」
彼はこちらの腕を掴んでから「家に来いよ、姉貴が飯を作って待ってくれているから食べていってほしい」と。
私と関わってくれる人はみんなこれだ、これならまだ確認もせずに連れて行ってくれた方が精神的には楽だ。
ワンクッション挟むと色々な感情が出てきて素直にはなれなくなってしまう。
もう一ヶ月は一緒にいるのだから私がどういうことで引っかかってしまうのかを分かってほしい――なんて言うのはわがままか。
「急に来られても困るでしょ」
「いいから来いよ」
……碧が一瞬でも困ったような顔をしたらすぐに帰ろうと決めて付いて行くことにした。
先輩が相手のときでもああして帰れるのだから大丈夫だ、無理はさせない。
そろそろいい加減年上らしいところを見せないと不味かった、なにが不味いって彼ら的にどうこうではなく自分の精神的に不味いのだ。
やらかしてしまったことを何度も思い出して叫んでしまうかもしれないし、すぐに思い浮かんできて眠れないまま朝に、なんてこともあるかもしれない。
「ただいま」
「お邪魔します」
あら意外、玄関まで迎えに来るまでではなかったらしい。
ぶつぶつ小言を吐きつつも帰ってきてもらえて嬉しそうな顔をしている碧が見たかったのだけど残念、諦めるしかない。
「はぁ、こうちゃんはまったく……」
「確かに誘ったのは俺だが、先輩が受け入れてくれたんだぞ」
「そうであっても連絡をしてほしい」
帰るか、これはもう困っているのと同じだろう。
だから無理やり今日は父が早く帰ってくるからなんて理由を作って帰ろうとしたら「待ってください」と碧に言われて足が止まった、なんでよ……。
「私のことを考えてくれたんですよね? それなら大丈夫ですからここにいてくれませんか?」
「よ、よく分かっているじゃん」
「願望みたいなものもたくさんありました、でも、その感じなら大丈夫……なんですよね?」
ああもう、この姉弟は本当にずるい、あっという間に距離を詰めてくる。
「ここに座れよ、柔らかいから休めるぞ」
「あ、ありがとう」
ふぅ、このいい雰囲気を悪くしないようにしないと、あと、遊んだ分帰ったら勉強を頑張らなければならない。
「あと、いつもみたいな喋り方でよくないか?」
「意識してしているわけではないのよ、二人が相手のときは自然と出てしまうときがあるの」
まあ、多少は違和感はあるけど~ですのよみたいなお嬢様言葉とかではないからまだ普通な気がする。
一人で悪く考えて自滅なんてことになったらそれこそ馬鹿だからやはりなんとか直したいところだった。
「なるほど、俺らがまだ先輩と笹子先輩みたいな仲にはなれていないからか、名嘉だけにな」
「ふふっ、はははっ、こうちゃんなにを言っているのっ?」
「「あ、笑った」」
恥ずかしかったのかさっと隠れてしまったものの、彼女のいいところがまた見られてよかったのだった。
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