03話.[いいんですか?]
あっという間に一ヶ月が経過した。
新鮮さというのはあまり感じられないものの、慌てるようなことにならなくていいいまの緩さが好きだ。
これから先もそうであってほしいと思う、そして実際に去年からこの緩さでいられているから不可能ではないだろう。
「おはようございます」
「おはよう」
最近は碧だけが来ることが増えた、まあ、元々弟君の方に興味を持たれていたわけではないからなにもおかしな話ではない。
ちなみにその弟君は晴菜と話したり、他の女の子と話すことが増えていた。
「連休の間、なにをしていたの?」
「新しい料理を作れるように練習をしたりしました、それ以外ではお友達と遊んだり……ですかね」
「いいわね、だらだらしていた私とは大違いだわ――ん? 私の手なんか掴んでどうしたの?」
手が小さいわね、おにぎりを作ったときなんかには分かりやすく差が出そうだ。
一回ぐらいは彼女が作ってくれたご飯を食べてみたいけど、年上として作ってなんて言えるわけがない。
「いちいちそんなことを言う必要はないと思います、お休みの日に休むことは悪いことではないですよね?」
「まあ……そうね」
「言ってしまえば私が勝手にそうしたというだけのことじゃないですか、だから自分を下げるのはやめてください」
言い終わったのに手を掴まれたままだったから情けなく他のところを見てなんとかするしかなかった。
年上として変なことを言わなくてもこの時点で情けないから意味はないのかもしれない。
それだったらいっそのこと素直になって頼んでしまった方がなんて流されかけたところで「あれ、なんで手を繋いでいるの?」と晴菜が来てくれて助かった。
「さっき落としたシャーペンを拾ってくれたのよ」
まだまだ甘えん坊なのよなどとは晴菜のときと違って言えないからこういう風になるのは仕方がない。
「あ、そういうことか」
「それより向こうはもういいの?」
少し確認してみた限りでは先程晴菜と話していた女の子達も男の子なんかと話しているようで悪い雰囲気ではなかった、じゃあ聞くなよと言われてしまうかもしれないけど気になってしまったのだからこれも仕方がない。
「うん、みんな他の子と話し始めたからね、あ、それより茉希に言いたいことがあったんだよ」
「言いたいこと? 場所を移動した方がいい?」
「そうだね、碧ちゃんも来てよ」
「分かりました」
碧も連れて行くということは弟君関連のことなのだろうか、でも、本命がいることから好きになったとかではないだろうから……。
「あのね、私が好きな人と関わりがあるみたいなんだよ」
「航輔君が?」
「そうっ、だから協力をしてもらおうと思ってね」
ちなみに弟君の方もそのつもりでいるらしく「俺にできることならしますよ」と言ってくれたらしい。
露骨に近づいているのも気になったからとかではなく、協力したいからこそだったみたいだ。
「はーるな、なにをしているの?」
「あっ、ふ、二葉先輩」
「お、この前の子もいるね。初めまして、私は二葉
「私は本房茉希です、よろしくお願いします」
碧も自己紹介をしていたけどそれに対する反応は「可愛い」というものだった。
髪に触れたり、持ち上げてみたり、じろじろ見たりと自由にされているのに碧はなにも言わなかった。
すごいわ、私だったら間違いなくなにか? と聞いているところなのに嫌な顔もしないで付き合っている。
「それよりきみさ、いつも晴菜の近くにいるよね」
「あ、昔から一緒にいますからね」
「そうだとしても気になるなあ、晴菜もすぐにきみのところに行くからね」
うん、確かにそれはそうだからそんなことはないなどと嘘をついたりはしない。
ただなんだろうか、なんとなく真剣さがないというか、適当に言っているだけのように見える。
「一緒にいるのやめてほしいなあ~」
「それは彼女が決めることですから」
「晴菜的にはどう?」
「え、きゅ、急にそんなことを言われても……」
ふぅ、本命に言われたから「はい、じゃあそうします」と即断言をされなくてよかった。
でも、邪魔になるようなら離れることになっても――納得はできないけど諦めて離れるしかない。
それが他のなによりもこの子のためになるのであればそうするしかないだろう。
「なんてね、嘘に決まっているでしょ嘘に、いきなりこんなことを言う人間がいたら引くよ」
「で、ですよねっ」
「でも、気になっちゃうのは本当のことだからきみは気をつけてね、話はそれだけだから」
はぁ、行ったか、こう言ってはなんだけどあの人とはいたくないな。
あれもまた晴菜がいるからこそなのかもしれないけど、それにしたって求めることが大きすぎる。
仮に私が晴菜か碧のことを好きでいたとしても一緒にいる相手に離れてよなんて言わないぞ。
「本房先輩」
「あ、戻るの?」
「いえ、私はあの人が苦手です」
「ちょ、いきなりどうしたのよ」
そうやって思っていても我慢をしそうな彼女がはっきり言ってきた、晴菜があの人のことを好きでいることを知っているから落ち着かなくなる。
晴菜はそれに対して「ご、ごめんね、あれが二葉先輩なんだよ」と返したけど、その内側ではどうなっているのだろうか。
「戻ります、また行きますのでよろしくお願いします」
「分かったわ、私達も戻りましょ」
「う、うん」
マイナス思考を積極的にするというわけではないけど基本的に悪い方に考えてしまう私にとっては嫌な予感しかしなかったのだった。
「お、いたいた」
「他の友達とテスト勉強をするために晴菜ならもう帰りましたよ」
「晴菜とはちゃんと話せるからいいんだよ、だけどきみは違うからさ」
先輩はこちらの頭に手を置いてから「ね、この前のあれで一緒にいたくないと思ったでしょ」と聞いてきた。
隠すべきかどうかを一瞬だけ考えたものの、多分そういうのは出るだろうからそうだと答える。
「気に入ったっ」
「は、はい?」
「そうやってはっきり言ってくれる子を求めているんだよ」
いや、そんなことを言われても困るし、気に入らなくていいから来ないでほしいぐらいだけど……。
大体、なにもなくても自分の好きな人が友達といたら嫌だろう。
言い争いなんかはしたくないから自分から避けようと決める、まあ、どうせすぐに飽きていままで通りになるだけだ。
「ごめん、気に入ったのはそうだけどそこじゃないんだよ、どうすれば晴菜ともっと仲良くなれるかな?」
「えっと、晴菜が一年生のときから関わりがあったということですよね?」
「うん、五月のいま頃に話しかけたから一年ぐらいかな」
「じゃあこのままでいいんじゃないですか? 晴菜だって露骨……じゃないですか」
普通の相手だったらいちいち「ふ、二葉先輩」なんて反応にはならない、固まったりもしない。
まあ確かにこの子は私に好意を抱いてくれているだなんて考えになるのは危険だけど――って、背中を押してもらいたいだけか。
もう答えは出ているのだ、だから私はそのままでいいですと言い続ければいい。
「えっと……あ、茉希ちゃん……だよね?」
「はい」
ちゃん付けで呼ばれるのはもうないから背中がぞわっとなった、あ、ただこれは先輩が悪いわけではないから勘違いをしないでほしい。
「ありがとう、それともう一回言うけどさっきはごめん」
「はは、もういいですよ」
「じゃ――」
「はい、気をつけてくださいね」
ふぅ、これは分かりやすく去年とは違う点だからやはりない方がいいな。
これからも晴菜といられればそれでいい、それだって来なさいよと口にしているわけではないのだから許してもらえるはずだ。
「え、あ、テスト勉強を一緒にやっていこうかなって」
「それならやりましょうか、分からないところがあったら教えてください」
「えー、私にそれを頼むのは間違っているよ」
なんてそんなつもりはないけど。
これも一緒にいたくないからとかではなく四十五分ぐらいで解散となった。
もう一人の先輩に呼ばれたからというのもあるし、私の集中力的にそこらあたりが限界だったからだ。
「帰るか」
スーパーに行く必要があるから荷物をまとめて教室をあとにする。
それで靴に履き替えて外に出たタイミングで「本房先輩」と話しかけられて足を止めた。
「まだ学校にいたのね」
「はい、先程は近づけなかったのでここで待っていたんです」
「ああ、別に気に入られようと動いているわけではないのよ?」
「分かっています」
あら、分かっているらしい、ということは最初から見ていたということか。
付き合ってもらうのも違うけどわざわざ別行動をする必要はないから別れる場所までは一緒に帰ることにした。
「笹子先輩のことを振り向かせたいみたいですね」
「そうね、少し心配だったけどこれで安心して応援できるわ」
「いいんですか?」
「友達としては好きだというだけだからね、当たり前よ」
あの子が元気でいてくれるのであればそれで十分だと言える。
一人なら一人で上手くやれるから足を引っ張ることはなかった、ただまあ、あの子が来てくれるとついつい甘えたくなってしまうけどね。
「じゃ、私はスーパーに行くから」
「私も行きます」
「あ、そう? じゃあ行きましょうか」
買い溜めをするわけではないからそう時間はかからなかった。
お会計を済ませて外で待っていると「先に帰ってしまったのかと思いました」と言われて謝罪をする。
いやだってやたらと真剣な顔でお菓子を選んでいたから邪魔をする気にはなれなかったのだ。
それならと先程の彼女みたいに出入り口の近くで待っていたというわけで、こうして合流できたのであれば問題はないだろう。
「あ、こうちゃん」
「一人みたいね、荷物を持ってもらったらどう?」
「これは私が食べたくて買った物なので自分で持ちます」
真面目ね、自分の弟ぐらいには甘えたっていいのにこの子ときたら。
「こうちゃん、なんで一人で歩いているの?」
「笹子先輩と話し合いをしていたんだ、んで、解散になったから適当に歩いていただけだな」
ああ、テスト勉強のために集まったとはいってもその後になにがあったのかは容易に想像することができる。
あの子の友達にはほとんどと言ってもいいほど彼氏がいるから恋バナをして盛り上がったのだろう。
で、そうとなれば会いたくなる……と思うし、割とすぐに解散になったという……ところだろうか。
意外なのは先輩にではなくそこで彼となったというところだった。
「そうなんだ、でも、そういうことって協力してもらうべきなの?」
「そりゃまあ自分だけで無理そうだったら頼むべきなんじゃないか?」
「私だったら一人でやる、だって誰かに協力してもらわないと一緒にいられない存在ならお付き合いができる可能性は低いから」
「みんながみんな姉貴みたいにできるわけじゃないんだよ、なあ?」
「そうね、そりゃもちろん自分でなんとかできるのならそれが一番だけどね」
食材の関係でそこそこのところで別れた。
勝手な偏見、押し付けみたいなものだけどなんにも怖いことがなさそうで羨ましかった。
「はぁ」
手を止めたり動かしたり止めたりの連続だった。
別になにかがあったというわけではない、単純に私の集中力が残念なだけだ。
それでも効率が悪いから息抜きをするために自動販売機のところまで少し歩いてきた。
学校でなにかを買うというのはこれが初めてのことになる、だから少し引っかかりながらも結局甘い飲み物を求めてしまった。
ストローをさしてちびちびと飲んでいると「よう」と弟君が話しかけてきたので手を上げる。
「いつもすぐに帰る君がなにをしているの?」
「家だと集中できないから学校でやっているんだ、まあ、この通り結局集中できていないんだがな」
一年生ならそれでも問題ないけど二年生の私が同じようなままでは不味い。
ただね、意識をすることで集中力が高まるのであればこうはなっていないのだと開き直っていた。
「はは、あ、奢ってあげるわ」
「いいよ、自分のぐらい自分で買う」
姉弟でよく似ていていいけど、たまには付き合ってくれてもとわがままな自分が出てきてしまう。
これはあれだ、なんだかんだあれからも一緒にいられてしまっているから早くも甘えようとしている自分がいるということだ。
もちろんいいことではないから頑張って抑えるつもりだけど、いつまでできるかは私にも分からない。
「私はてっきり航輔君が晴菜のことを好きになっ――」
「ぶふっ、な、なにを言ってんだよ!」
「だって露骨だったからさ、でも、協力するためだったんでしょ?」
そういう反応もね、オーバーリアクションなところは晴菜とよく似ていていい――なんてね、いい結果にはならないからここいらでやめておこう。
「はぁ、そうだよ、頼まれたから行っているだけだ」
「友達としてじゃないの?」
「違うよ」
友達ではないのに協力なんてできるものだろうか、私なら勝手にやっていればいいと片付けて自分のしたいことに集中をするところだけど。
「先輩はどうなんだよ、なんのために姉貴といるんだ?」
「え、なんのためと言われても……」
「適当に近づいているだけならやめてやってくれ」
「適当……、私は相手をさせてもらっているだけだけど」
難しいことを言う、これならまだ最初みたいに離れてくれと言われた方がマシだった。
器用ではないから上手くはできない、それが悪い方向に影響して悪い雰囲気になる可能性もゼロではない。
でも、私は自分に甘々だからそういうときには他の誰かがいてくれないと困るわけだ。
誰でもいいわけではない、私のこともその相手のこともちゃんと分かってくれている存在でなければ駄目で。
「それなら君が見極めてよ、私だけだと調子に乗ったり、失敗をしてしまうかもしれないからさ」
この喋り方だって何故か彼らが相手だと自然と出てしまっているし、現時点で失敗をしてしまっているようなものだ。
相手を振り回したくないけど自分だけではどうにもならないから協力を頼むしかない、晴菜の手伝いもしている彼だから大変だろうけど、うん。
「いや悪かった、別に先輩に悪いところなんてなにもなかったわ」
「ちょ、まだ分からないからっ、だから一番碧の近くにいる君がちゃんと見てくれれば――」
「それより一緒にやらないか? 誰かがいてくれれば多少は変わると思うんだ」
「い、いいけど」
こ、この場合なら碧にいてほしいし、碧とふたりきりでいるときは彼にいてほしいという……。
まあ、とにかく短い時間でもいいから彼と一緒にやっていこう。
こういうときは意外と晴菜とはできないから誰かが付き合ってくれるということならこちらとしてもありがたい。
「なんか不安になるんだ、テストだけじゃなくて高校生活に対するよく分からない不安がな」
「友達はどうなの?」
「二人ぐらいは話せる人間はいるが、遊びに行けるほどではないな」
「ならいいじゃない、私なんて最近になるまで晴菜としか話せなかったのよ?」
そりゃ係の仕事とか委員会系で会話をすることはあったものの、それはそれこれはこれというやつで意味がない。
「家族より他と関わった方がいいと考えて動いているが、現実はそう上手くいかないんだよ」
「ん? 友達ができていないから安心できないの?」
「まあ、そういうのもあるんじゃないか」
いやまあ実際そういう存在がいてくれるのといてくれないのでは全く変わってくるからおかしなこととは言えないことだった。
でも、もしそこからきているのだとしたら勝手に悪く考えているだけにしか見えなくなってしまう。
「じゃあ私と一緒にいられているんだから問題ないんじゃない? あっ、いやほらっ、家族以外でちょっと長くいられている相手がいるなら、えっと……」
「確かに先輩とはこうして話したりできているな」
駄目だ、なんか後輩の男の子に必死に気に入られようとしているみたいでやばい。
結局話してばかりになっているし、年上として悪いところばかりを見られてしまっている。
それでもなんとか抑えて逃げるようなことはしなかった。
構ってちゃんにだけはなりたくなかったのだ。
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