02話.[嫌な予感がする]
「……少し眠いわね」
あれから結局泊まることになって二時ぐらいまで付き合わされたからかなり影響を受けていた。
普段は二十二時には寝て六時ぐらいには起きる人間だからなおさら影響を受けた形となる。
「ぶ――急になに?」
「おいお前、俺はまだ許していないからな」
「ああ、君か」
文句があるとしても急に目の前に現れるのはやめてほしかった、あとなにがおかしいかと言うとこちらが倒れたりしないように掴んできたことだ。
もうこの時点で優しさが滲み出てしまっている、だからいくら「お前」などと言って重ねたところで意味がないというやつだった。
「あの子は家でどんな感じなの?」
「姉貴か? 別に学校とそう変わらないぞ」
「家だと甘々とかじゃないんだ」
「ないぞ、失敗をしないように家でも貫いているんだ」
彼はこちらから手を離すと「疲れるだけだから家でぐらいはやめろよと言っても聞いてくれないんだ」と更に教えてくれた。
「って、俺はなんで普通に話しているんだ……」
「まあまあ、どうせ出会ったからには仲良くやろうよ」
「な、流されないぞ!」
ああ、行ってしまった。
一応柔らかい話し方、晴菜の真似をして相手をしてみたけど効果はなかった。
まあ、変な私を見ることになって気持ちが悪いとかそういうことはないけど、あまりしない方がいいのは確かなことだった。
ああして逃げられてしまった時点で表の部分しか真似をすることができないと分かってしまったから……って、これまでもこんなことを考えつつ失敗をしてきていたからというのが一番の理由である。
「本房先輩、おはようございます」
「おはよ、さっきまで弟君がいたんだけどもう行ってしまったの、残念だったわね」
「いえ、学校ではできるだけ他の人と関わるべきですから」
あらら、これをこのまま卒業までやるとしたらあの子はああして逃げることが増えそうだ。
あとこの子もこの子で疲れてしまいそうな生き方をしている、無理をしていないのであればいいけど高校生になったからと無理をしているようなら早い段階で駄目になってしまいそうだった。
とはいえ、この子が昔からこうして生きてきたということなら上手くやってきているだろうし、結局は私の妄想とか想像の域を出ずに終わりそうでもある。
「本房先輩も嫌であればはっきり言ってくださいね」
「嫌ではないからその機会がくることはないわね」
「そうですか」
あ、駄目だ、この子とは無理そう。
しっかりしているからだ、緩々な私は一緒にいるだけで疲れてしまう。
まあ、元々私が後輩や先輩と上手くやろうと考える方がおかしいというやつなのだ、だからこそ弟君は逃げてしまったのだと思う。
これが私ではなく晴菜だったら間違いなく上手くやるんだろうけど、晴菜ではないからね。
「本房先輩?」
「あ、そろそろ行くわ」
「はい、また後でよろしくお願いします」
お? あ、なんか興味を持たれて……はいないか。
近づいてきている理由はぶつかられて倒れることになったからなにかをさせたい、というところかな?
「おふぁよう」
「はぁ、なんで朝から食べているの?」
「それがゆっくりしていたらお腹が空いてきちゃってね」
泊まっていたのもあってちゃんと朝ご飯を作って食べさせたのにまだ足りなかったらしい。
「ちなみにそれはどこで買ったの?」
「ん? それはあのコンビニでだけど」
「え、一緒に登校していたのにいつ……」
ま、まあいい、細かいことを気にすると疲れてしまうだけだから見なかったふりをしておこう。
私は散歩で疲れた足を休ませるために椅子に座る、で、座っている内に時間が経過してSHRの時間がやってきた。
それもそれで時間が長いわけではないから終了、でも、休み時間に突入してしまえばすぐに授業の開始とどんどんと前に進んでいく。
いつもと違かったのは昼休みになった途端に名嘉姉弟がやって来たことだった。
姉の方には晴菜が興味を示したことによってすぐに近づいてくることはなかったものの、弟君の方が真っ直ぐにやってきてこちらの腕を掴む。
「弁当袋を出すからちょっと待って」
「……いや、まずこれにツッコめよ」
「別に一緒に過ごすことになっても問題はないからね」
ついでに晴菜の腕も掴んで連れて行ってしまうことにした。
「購買に行ってくるっ」
「あ、行ってらっしゃい」
私だってこういうときのために春休みとは違って帰った方がいいと言っておいたのだけど、残念ながら届くことはなかったという形になる。
だから普段と違って彼女が購買に行くことになったとしても申し訳無さを感じる必要はないだろう。
あと律儀に待つ人間でもないから弁当箱を広げてむしゃむしゃと食べ始めた。
「ま、待たなくていいのかよ」
「いいの、二人も早く食べた方がいいよ」
い、いや、やっぱり私がこの喋り方を続けるのは無理だ、現実的ではない。
はぁ、ただまあこうしてすぐに直視することができる環境であることに感謝をするしかないな。
「なあ、一年生のこの頃はどうやって過ごしていたんだ?」
「ずっと前から一緒にいるあの子がいてくれたからあくまで中学生のときと同じね」
特に緊張することなんかもなく平和な時間だった――あ、意外と部活がないことについて二週間ぐらいは違和感があったりもしたけど、それぐらいだ。
全てはいまも言ったように晴菜がいてくれたのが大きい、もし一人だったらどうなっていたのかは完全に一人になったことがないから分からない。
「そうか、じゃあ姉貴がいてくれるのは大きいってことだよな」
「それはそうでしょうよ、知っている人間、話せる人間がいるというだけで全く変わるわよ」
食べ終えたから片付けてのんびりとすることにする。
……ちゃんと噛んでいるつもりだけど結構早い気がするからもう少し気をつけなければならない。
昔、調べ物をしていたときに早食いは太るだかなんだかという情報を目にしたことがあるのと、例えば誰かと食べに行ったときに悪い結果になりそうだからだ。
「ただいま――あっ、また先に食べちゃってる」
「まあまあ、早く食べなさい」
「そりゃ、食べるけどさあ……」
それより黙ったままで立っている姉の方が気になっていた、どうしたものかと考えている間に「碧ちゃんも航輔君も食べようよっ」と彼女が進めてくれて助かった。
「え、碧ちゃんはそれだけで足りるの?」
「はい」
少し小さいものの、そこまで異常な少なさというわけではない。
というかね、ご飯を食べた後にお腹が空いてしまう彼女が異常なのだ。
無理やり流し込んでいても食べることが嫌になるだけでいい方には働かない気がするけどどうすればそんなことになるのだろうか。
「でも、航輔君のお弁当箱はこんなに大きいよ?」
「こうちゃんは多く食べるので、あと、多く食べてほしいんです」
うーん、あとこちらは彼に対する優しさというやつが出まくってしまっていた。
「毎回もっと食べた方がいいと言っても聞かないんですよ」
うんうん、彼の方も分かりやすいと言える。
そりゃまあ私と違って魅力的だからちゃんとして気に入られたいというのは分かるからなにかを言ったりはしない。
なんで私にだけ敬語じゃないのなどと言ったところで「そんなのお前だからだろ」と返されて終わるだけだ。
「ダイエット……とかではないよね?」
「はい、そもそもそういうことを気にしたことがないです」
「うっ、な、なんなんだこの子はっ」
「最近入学したばかりの高校一年生です」
怖い、すぐに上手くやれてしまうこの子達がね。
だからまあ、やっぱり自分から近づくのはなしにしたかった。
「これを全部抜くのか?」
「一気にってわけじゃないけどそうね」
暇つぶしのために敷地内の草をよく抜いている、放っておくとすぐに生えてきて草ぼうぼうになるからやれるときにやっておかなければならないことでもあった。
「俺もやるよ、どうせ暇だしな」
「いいわよ」
あ、前々から付き合いがある友達とかではなく弟君が来ているというだけのことだった。
何故知っているのかは分からない、けど、これも特に損をすることがあるというわけではないから気にしなくていいだろう。
「それよりお姉ちゃんは?」
「まだ寝ているんだ」
「え、もう九時よ?」
なんならなにかがなくてもこの子を早い時間に起こしていそうだったのに全然違うみたい。
ちょっと関わっただけで分かるなら苦労はしないということか、……寝癖とかすごい状態で出てきたら可愛いだろうな。
「休日は結構長めに寝るんだ、多分それで調節しているんだと思う」
「へえ、ふふ、まあいつでも完璧にはできないわよね」
「だな」
一人で黙々とやるよりも遥かにモチベーションとなって普段より早いペースで草を抜くことができた、いいと言っていたのに手伝ってくれたのもあってゴミ袋の小山が出来上がっている。
さすがにこうなるとありがとうだけで終わらせることはできないから上がってもらうことにした。
「はい飲み物、あとお昼になったらご飯を作るから食べていってちょうだい」
お、お金がないからこういうことでなんとかするしかないというのは残念だけど、それでもなにもしないよりはマシと片付けるしかない。
というか、自分から近づくことをなしにしているのにどうしてこんなに一緒にいることになっているのだろうかという話だった。
「それだったら姉貴も連れてきていいか? 先輩に興味を持ったみたいでよく話しているんだよ」
「いいけど、君的にはいいの? 許さないって言ってきていたけど」
「まあ、本人があんな感じだからもう言っても仕方がないしな」
なんか自然と解決、終わってしまっているのもよく分からないところだと言える。
あれかな? 姉が、弟が近くにいる状態だと普段通りにはできないというだけなのかもしれない。
許さない云々はそれでたまたま出てしまっただけというか、引けなくなってしまったから無理やり貫こうとしたのかもしれない。
ただ、いつまでもそうはできないし、一人になったときなどに冷静になってしまった結果がここに繋がっているのかもしれなかった。
「つか、一人暮らしなのか?」
「一人暮らし……のようなものね」
「それなら男を上げたら駄目だろ、笹子先輩が『ちょっと心配になるんだ』と言っていた気持ちが分かったぜ」
えぇ、晴菜に心配されるのはなんだか微妙だ、勢いだけで行動をするときもあるからあの子の方がよっぽど心配になるというやつだった。
「帰る、姉貴を呼んでくるわ」
「別に気にしなくていいのに」
「俺が気になるから無理だ」
ちゃんと親は毎日帰ってくる、けど、ほとんど一人だから一人暮らしのようなものだと言わせてもらっただけだったんだけど……。
ま、私の言い方が悪かったと諦めるしかないか、草抜きで少し疲れていた足を休めるために寝転んだ。
それからすぐにどうせならと晴菜を呼ぼうとしたものの、今日は本命の人ではない人と遊んでいるみたいで無理だった。
「本命の人と遊びなさいよもう」
まだまだあるようで本当のところはない、向こうにとっては最終年なのだから一生懸命になった頃にはもう遅いなんてことになりそうだ。
「鍵を閉めておけよ」
「急に帰った君が悪い」
あと鍵が開いていたからってインターホンも鳴らさずに躊躇なく開けるこの子がおかしいだけだ。
さすがに私でもちょっとぶるっとなった、もし違う人間だったらどうなっていたのかは分からない。
そのため、そういうのを誤魔化すために寝癖はないのねと無理やり変えることしかできなかった。
「いや、慌てて直しただけだぞ」
「叩かれているわよ?」
「本当のことだから気にならないぞ」
とりあえず飲み物を出すために動いたけど、じっとするとやる気がなくなるからご飯を作ることにする。
このままだらだらとしていると結局お礼をできずに解散に、なんてことになりそうだからこれでいい。
「こうちゃんが本当にすみません」
「いや、この子は手伝ってくれたのよ、だからそんなことを言わないであげてちょうだい」
「それは聞きました、でも、依然として敬語を使えていませんし、勝手に家の場所を笹子先輩に聞いたりしていましたから……」
って、そりゃそうか、どうして知ったのかなんてそこからしかありえない。
とにかく、なんにも悪いことではないから気にし過ぎだと無理やり終わらせた。
ご飯作りもそう時間がかかるわけではないからすぐに終わって、二人に食べてもらえて安心する。
「美味いな」
「よかった」
「でも、一人だと飯が美味く作れても寂しくなりそうだな」
「んー、そうでもないわよ? そりゃまあ誰かと食べられた方がいいけど、一人なら一人用の考え方になるから」
なにも問題がなくやれてきたのは前にも言ったように晴菜のおかげでもあるし、私のこういう緩さも影響している、一人でいるのが嫌で嫌で仕方がない人間だったらこうして生きられてはいなかったと思う。
「私は最低でもこうちゃんがいてくれないと嫌です」
「まあ、人によって違うことだから、みんなに共通する正解なんてないのよ」
自分に合わせて○○ではないなんておかしいなどと言うつもりはないから安心してほしい。
「うおっ、だ、誰だっ?」
「ああ、ちょっと出てくるわ」
「待て、危ないから俺が出る」
「はは、お姉ちゃんか他の女の子に優しくしなさいよ」
「うるさいうるさい、いいから待っていろ」
で、彼が扉を開けると「茉希!」と結局想像通りの人間が入ってきた、なんなら弟君を抱きしめていた。
少ししてから「あ、航輔君だった」と実際のところが分かって離れていたけど、弟君の方はそのまま固まってしまっていた。
年上の魅力的な異性から抱きしめられればどうなるのか、それをいま正に証明している気がする。
「来たよー」
「一応聞いておくけど、あの人と遊びに行っていたんじゃなかったの?」
「元々二時間か三時間ぐらいしか無理だったからね、大人しく家で休んでいるというのも寂しいからそれなら茉希のお家に行こう! ってなってさっ」
なんか嫌な予感がする、できれば想像通りになってほしくはないけど……どうなるのかな。
この子の笑顔が曇るようなことにならなければなんて考えたところでそれが逆にフラグになるだけか。
大体、一方通行のままで終わるなんてことはたくさんあるから友達贔屓すぎるのも危険だ。
「はは、そ、ゆっくりしていきなさい」
「うんっ」
意外だったのは彼に積極的に話しかけているというところだった。
にこにことしているわけではないけど姉の方はそんな二人を見ているだけ、あの内側が気になってしまう。
「あ、碧……ちゃん」
「呼び捨てで大丈夫ですよ」
「あ、そう? えっと、ちょっと飲み物でも買いに行かない? この子、飲み物も遠慮なくたくさん飲むから満足させるためには量が必要なの」
「分かりました」
たくさん食べる、飲む、寝る、自宅だろうが私の家だろうが常に同じだから嘘ではなかった。
どんな理由でもいい、黙っているだけのこの子を見なくて済むのであればそれで。
「えぇ、なんかその言い方だと私が悪いみたいじゃん」
「いいから待っていなさい」
うんでも、家から連れ出してすぐのところで一人で来ればよかったと後悔した。
積極的に喋る子ではないからコンビニまで無言だったし、なんなら買ってからも同じだった。
それでも家に入る前にごめんと謝罪をしておく、彼女は「大丈夫ですよ」と返してくれたけど……。
「おかえりー――ん? どうしたの?」
「ただいま、いや、結構重かったというだけよ」
「はは、買ってきてくれてありがとう」
これは自分のためにしたことで失敗をしたことなのだからありがとうなんて言わないでほしい。
動くと失敗をするからそれからは静かに黙っておくことにした。
もちろん話しかけられたら反応はしたけど、自分から喋りかけることは今回は徹底してしなかった。
「航輔君と碧ちゃんって似ていないね」
「そうですか? あ、身長差で判断していませんか?」
「うーん、身長差は女の子と男の子ということで離れてしまうものでしょ? 私が言いたいのは……あれ、どう言えばいいんだろう……」
「好きな食べ物とかも似ていますよ? 双子……だからではないと思いますが」
「そうなんだ、じゃあ私が知らないだけかあ」
草抜きがまだ全部終わっていないということが救いだった。
明日は大人しく一人で引っこ抜こうと決めたのだった。
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