128作品目

Rinora

01話.[過ごしちゃうよ]

「ごめん、遅れた」

「気にしなくていいわ」


 もう冬で暗いから約束をしていた相手が来てくれたというだけで十分だった。

 歩き出すと自然と付いてきたため、いちいち言わなくていいのも大きい。


茉希まき、コンビニに寄ってもいい? ちょっとお腹が空いちゃって」

「ん? ああ、別にいいけど」


 笹子晴菜ささごはるな、彼女は私にとっての妹みたいな存在だった、小中高とずっと一緒で離れることが想像しにくい相手でもある。

 ただ、さすがに高校を卒業しても一緒にいられるとは考えてはいなかった。


「はいこれ、待たせちゃったから受け取ってほしい」

「別にいいのに、でも、貰っておくわ」


 さあ帰ろうか、もうこれ以上外にいてもデメリットしかないからそうしよう。

 というか、本当ならこんな中途半端な場所で集合する必要なんかなかった。

 小中高と一緒にいられているのだから当然で、ただ、今回は彼女が中途半端な時間から他市に行っていたので仕方がない。


「お邪魔します」


 お腹が空いたと言っていたのもあってすぐに食べるみたいだったから飲み物なんかを用意した。

 終わったら座って足を伸ばす、それなりの時間立って待っていたからこれがまた気持ちが良かった。


「んー、あっちに住んだときのことを想像してみたんだけど違和感しかなかったよ」

「まあ、これまでずっとこっちで過ごしてきたわけだからね。でも、どうせ向こうに行って一ヶ月とかが経過すれば変わるわよ」


 そう、彼女は大学を志望するつもりでこの県から離れるためこの先一緒にいられるとは考えられないのだ。

 いまは意識しなくても会える距離だからこそいられているだけ、少しでも離れると上手くいかないというのは後輩との件で分かっている。

 中にはそんなことはないと言う人もいるだろうが残念ながら他者の意見より自分が経験したことの方がよっぽど分かりやすいというやつだった。


「まだ二年生だから色々と探していくよ」

「はは、まだ四月になっていないから一年生よ」

「細かいなあ」


 一年生の間、特になにかがあったわけではなかった、だから四月からもそう変わらない時間になるのではないかと想像しているがどうなるだろうか。

 トラブルに巻き込まれたり無自覚に問題行動をしてしまったりしなければ正直、特になにかがなくても不満というのはない。


「茉希も同じ大学に行こうよ」

「私はやめておくわ」

「えぇ、茉希といられないと嫌だよ」

「無茶言わないの、無料で通えるというわけじゃないんだから」


 彼女はつまらなさそうな顔のまま「そうだけどさ、ここまできて離れ離れとか嫌だよ」と。

 でも、どうしようもないことだ、そもそも志望するつもりもない人間が友達に合わせて受験をしたところで落ちて時間を無駄にするだけだろう。

 それに離れたら多分本当のところが分かってすぐに変わると思う。

 ……直接なにかを言われて去られるよりは自然消滅してくれた方がマシというやつだった。


「茉希が酷いからいっぱい食べないとやっていられないよ」

「あんたが多く食べるのはいつものことでしょ」

「はは、そうだけどさ」


 今日はこのまま泊まるから送らなくていいのはいいが、どうしようか……って、さっさとお風呂に入らせてゆっくりすればいいか。


「ちょ、今日はやたらと積極的じゃん」

「違うわよ、体が冷えたから早く入ってほしいだけ」

「はーい、ご飯も食べられたからお風呂に行ってきます!」


 元気でいいわねと呟いて今度は寝転んだ。

 家というだけで布団を掛けていなくても暖かい感じがする。

 こっちもご飯はもう食べてあるから入浴を終えたら眠たくなるかもしれない。

 まあ、ここで無理をして喋らなくても学校でお喋りできるから問題はない。

 春休みももすぐ終わる、学校が始まったらまたいつもの生活に戻るだけだ。


「ただいま、あっ、ここに抱きまくらがある!」

「お風呂に入ってくるわ」

「わっ、抱きまくらが動いたっ」


 急ぐ必要もないからゆっくり入っていたら躊躇なく扉を開けられて寒くなった。


「もう、すぐに戻ってこないから心配になるじゃん」

「いや、どの季節でも五分で出られるあんたが変なのよ」


 同性に見られたい趣味なんかはないから閉めてもらって出ることにした。

 お風呂に入っているのに冷えていたら意味がないからこうしておいた方がいい。


「さあ一緒に寝よう」

「ま、ここにしかベッドはないしね」


 この子はなにかと距離が近いけど温かいから嫌な時間ではなかった。

 抱きついたりはしないけど、嫌いではないからこその距離だろうし、これから先もこうやって甘えてきてほしいと思う。


「そういえば言っていなかったんだけど」

「ん?」

「あのね、そのね」

「どうしたのよ」


 ずばっとなんでも言う子なのに珍しいこともあったものだ。

 急かすのは違うけど気になってしまうからついつい早く言いなさいよと口にしてしまった。

 さあなにを言われるのか。


「好きな人ができたのっ」

「へえ、誰?」


 色々な相手といるからあのか! とはならない。


「と、年上の人」

「年上ねえ、あんたって関わっていたっけ」

「実は前々から関わりがあってね、春休みも遊んでいたんだけどそれで……」


 って、そんなに最近の話だったのかと驚く。

 とにかく頑張ってと応援しておいた。




「新入生が可愛かったっ、あとなによりも若いんだよっ」

「落ち着きなさい」

「だって本当のことだもんっ」


 どうやらまだまだ落ち着けないようで「友達になりたいなあ」とテンションが高めの晴菜、私はなにかしらの強制力がなければ年下や年上と関わることなんてないからこうやって動けるのはすごいな、と。

 まあ、同級生が相手でもそこまで上手くはできないからそれぐらいでいいんだけどね。


「晴菜ちゃん」

「えっ、な、なんでここに……」

「いきなり来てごめんね、ただ、話したくなっちゃって」


 この人が彼女の好きな人だとすぐに彼女の反応で分かった。

 一応空気が読めるつもりの人間だからまたねと言って別れる。

 それにしても同性だったのか、男の子とだって関わっていたからてっきり男の先輩にやられてしまったと思っていたのに全然違かった。


「あぅ」

「あ、ごめん、大丈夫?」


 考え事をしながら歩いていたら一年生の女の子とぶつかってしまった。

 とりあえず手を差し出して立ってもらったけど、大丈夫だろうか。


「だ、大丈夫……です」

「あ、それならよかったわ、本当にごめんね」


 いつもの癖で頭を撫でそうになってしまったものの、なんとか抑えて歩き出す。

 うーん、今年も晴菜と同じクラスになってしまったけど気をつけて行動しなければならなさそうだ。

 好きな人がいるのだから触れる回数も減らす……のではなく、なくす勢いでやらなければならない。

 自分から触れることなんて滅多にないとしても、先程みたいに急に出てしまう可能性があるからね。


「おーい!」

「なんで空気を読んで離れたのに来たのよ」

「お友達に呼ばれちゃったんだよ、あれは多分、好きなんだろうね」

「なんでもそういう目線で見ない、そもそもあんたが好きな人なんでしょうが」

「あの人じゃないよ? あの人はお友達のお姉さんだから」


 なんだ、せっかく見られたと思ったのに違かったみた――待て、「えっ、な、なんでここに」と慌てていたのにそんなことはありえるのか……? ただの友達の姉ということなら「○○先輩っ」という反応になるはずだろう。

 こうなると私には知られたくないということか、別にその人を見る度にからかったりしないのにな。

 単純に恥ずかしいだけの可能性があるから直接口にしたりはしないけど、もしそういうことをする人間だと判断されているのであれば悲しいことだった。


「それよりさっきの子との関係を詳しくっ」

「ぶつかってしまっただけよ」

「怪我をしていなければいいけど、だってあの子、言えなさそうだし」

「だ、大丈夫よ」


 こちらが不安になるようなことは言わないでほしい、今回のは完全にこちらが悪いから怖くなってくるではないかと内で叫ぶ。


「可愛かったね、お人形さんみたいだった」

「お人形ねえ、私は不気味で嫌いよ」


 特にそれ関連で嫌なことがあったとかそういうことではないものの、なんか嫌な対象だった。

 作っている人や好きな人には申し訳ないけど、これから先も変わることはない。

 あれだ、心霊番組で必ず人形関連の映像があるからだろう。


「あ、私だって日本人形とかは苦手だよ? 夜とかに目が合ったらひぇってなって走り出す自信しかないよ」

「はは、あんたは暗いところも苦手よね」

「うん、昨日も茉希と合流できるまでは酷かったよ」


 早い時間から行っておきなさいと言っておいたのにお昼頃までだらだらしていたのが彼女だ、だからその点については自業自得だと言えてしまうことだった。


「あ、来た」

「ぎゃっ――」


 駄目だ、がちんごちんに固まってしまっている。

 先程までにこにこしていたのにやばい顔のままだから早く解凍してあげてほしい。

 そうしないとせっかくの可愛い顔が台無しだ、好きな相手にだって見られたくはないだろう。


「この子、借りていくね」

「どうぞ」


 待ち伏せしていたその人は固まった彼女が好都合だったのかお姫様抱っこをして歩いて行った。

 明日、答えてくれるようなら色々と聞こうと決める。

 ただ、別に教えてもらえなくてもやはり構わなかった。




「私、あの人に弱みを握られているんだ」

「へえ……え、大丈夫なの?」

「あ、付き合わないとこしょこしょされるんだよ」


 いやまああの人も同性だったから別にいい……のか? 少なくとも彼女が嫌そうな顔はしていないから私が動く必要はなさそうだった。


「ちなみになにを見られたの?」

「……放課後の教室で踊っているところを見られて、言うことを聞かないと茉希ちゃんに言うって言われて」

「えっと、それならいま解決したじゃない」

「あ、本当だ……って、嘘なんだけどさ」


 万引きしたところを見られたとかイケないことをしてしまっているところを見られたとかでもないだろう。

 でも、これからもこの感じだと変わらなさそうだ、向こうがと言うより彼女が続けそうなという点でだ。


「あ、変なことをさせられているとかそういうことじゃないよ? だから心配しないでね」

「うーん、フラグにしか聞こえないわ」


 そっち系のゲームだったら学校が終わった後に私からすれば酷いことになっている、というところか。

 元気で明るいこの子が乱れているところを想像するのはちょっとやめたい。


「実際はお喋りとかなにかを食べに行ったりとかしかしないんだよ、というかあの人が……うん」

「なるほどね、好きな人だから言うことを聞きたくなるのね」

「そうなんだ、ちなみに踊っているところを見られたのは本当なんだよ……」

 

 テンションが上がったときには普段からは考えられないような行動をしてしまうこともあるのが人間だから気にする必要はない。

 悪いことをしていたわけではないのだ、寧ろ向こう的にも彼女の楽しそうなところを見られてよかったのではないだろうか……って、私がなんでもそういう目線で見てしまっているな。


「おいお前」

「ん? 私?」


 うわでかあ、冗談抜きで上を向かないと顔が見えないぐらいには大きい。

 そして顔を見てみると分かりやすく怒っていますという顔をしていた。


「お前、昨日俺の姉貴にぶつかっただろ」

「そうね」

「来い、もう一度謝れ」


 ち、力も強い、なんでこの子はこんなに大きいのにあの子は小さいのだろうか。

 姉のために動いている以上、ご飯を奪っているとかでもないだろうから謎だ。


「姉貴、連れてきたぞ」


 人違いとかそういうことでもなく確かに昨日ぶつかってしまった子がいた。

 というか双子なんてこれまでで初めて見た、小中学生時代にだっていなかったから新鮮でついつい見てしまう。

 そうしたら一瞬目が合ったものの、すぐにさっと逸らされてしまった。

 まあそりゃぶつかってこられて転ぶ原因になった人間なわけだから仕方がない、けど、普通に残念だったと言える。


「ばか」

「な、なんでだよっ」

「私は連れてきてなんて頼んでいない、それなのに変なことをするこうちゃんは知らない」


 ああ、いいことをしたはずなのにこの結果となると絶対に、


「お、お前のせいだぞっ、どうしてくれるっ」


 そう、こうなるに決まっている。

 とりあえず自己紹介をすることで名嘉航輔なかこうすけ及び名嘉あおという名前であることは分かった。


「こうちゃん、それ以上本房先輩に迷惑をかけるようなら今日のおかずはなくすからね」


 あらら、どうやら彼女がご飯を作っているらしい、だから管理というか彼女の機嫌次第で分かりやすく結果が変わってしまうというわけだ。

 ただね、この子からはブラコンという感じがびんびんと伝わってくるわけでね、結局甘くなって必要以上におかずとかをあげていそうだった。


「それはずるいだろっ」

「そもそも変なことをするこうちゃんが悪い、静かにして」

「も、もう動いてやらないからな!」

「私ももう高校生、自分のことはなるべく自分でなんとかする」

「馬鹿野郎!」


 学校では素直になれないだけというのもねえ。

 可哀想なのかそうではないのかよく分からなくなってあの子が去った方を見ていると「すみません」と謝られた。

 気にしなくていいということと、怪我はないのかを再度確認した結果、特にそういうのはないようで安心する。


「家ではとても優しいんですけどいつもあんな感じなんです」

「もうちょっと受け入れてあげたらどう?」

「駄目です、特に今回みたいに他の人に迷惑をかけているのであれば絶対に駄目なんです」


 まあいいか、他はともかく今回のことで厳しくする必要はないということを言って離れる。

 教室に戻ったら昨日の一人目の人と楽しそうに話している晴菜がいておおという反応になった、結構なんでも上手くやれてしまうから私にはできないともね。


「おかえりー」

「うん」


 無限にいられるというわけではないから終わった後にこうして来てくれるのはいいけど、これが彼女にとっていいことなのかどうかは分からない。


「さっきの子とはどうなったの?」

「どうにもならなかったわね、あの子の姉と話してきただけよ」

「それって昨日の子?」

「そうね」


 どうやら結構気に入っているようで「直接話してみたい!」と彼女はハイテンションだった。

 ただ、今回の件はあの男の子に連れて行かれたからで自分の目的で行ったというわけではないため、連れて行くつもりはなかった。

 あの子だってぶつかってきた相手が何回も来るのは微妙だろう。


「何組かだけ教えてくれないかな?」

「あ、三組よ」

「ありがとうっ」


 いやまあそりゃそうか、彼女であれば一人で行こうとするか。

 これは馬鹿だった、そりゃ彼女的には話せれば十分なのだからこれだけで十分ということになる。

 で、とにかく行動派の存在だから休み時間になる度に教室から消えていた、いつもであれば他の友達か私とご飯を食べるお昼休みも同じようにはならなかった。


「忙しい子ね」


 放課後は本命と過ごすなんてね。

 あれだ、いまの内に遊んでおこうということか、というか、なにをしようが犯罪行為以外は自由だ。


「本房先輩」

「弟君はどうしたの?」

「拗ねているみたいなので一人で帰らせました」


 厳しいように感じるけどどうせ家に帰れば仲直りできるだろうから気にしなくていいか。


「あ、それでどうしたの?」

「こうちゃんが迷惑をかけてごめんなさい、これが言いたくて声をかけさせてもらったんです」

「いいってそんなの、それじゃあね」


 寄り道をせずに家まで歩いて、着いたらベッドに寝転んだ。

 でも、一応制服のことが気になって適当に脱いで、喉が乾いていたことにも気づいて飲み物を飲む。

 この冷たさと甘さがなければ私はいままで生きてこられなかった、この飲み物だけがどんなときでも側にいてくれた、なんてね。


「はいはい」

「開けてー」

「あんたって忘れる前に来るわよね」


 本命といられていたのだからもっとゆっくり一緒にいればいいのになにをしているのか。

 しかもこうして何回も来るから彼女の荷物はそれなりにこの家に置いてある。

 さすがに本命と付き合い始めたら持って帰るのだろうか?


「聞いてよ茉希っ、私が好きな人はあの人と特に仲がいいんだよっ」

「え、それは複雑ね」

「でしょっ? だから今日はここで過ごしちゃうよっ」


 だからの意味は分からないけど自由にさせておけばいいか。

 彼女のことが好きで苦しくなるとかそういうこともないし、単純に誰かといられるということがいいことだからなにも言わなかった。

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