08話.[本当に助かるよ]
「……そうか」
ベッドで寝なかったということで体の痛みによってここが自宅じゃないことを思い出した。
体を起こして確認をしてみても茉希が起きている感じはしないが、だからといって入っていくわけにもいかないから大人しくしておくことにした。
しかし、こうして泊まらせてくれた割にはなにもなかったなと内で呟く。
泊まる云々の話の前は嫉妬的なことをしてくれていたように見えたのに風呂に入ったらすぐだったんだ。
「おはよ……」
「ああ」
「顔を洗ってくる」
俺もそうしたいから付いて行くと「よく寝られた?」と聞かれたので頷いた。
ベッドの方がいいのは確かだが、割とどこでも寝られるそれは悪くないと思う。
「洗濯物を干したらご飯を作るからそれまでゆっくりしていて」
「俺が作ろうか?」
「あ、いいね、ならよろしくね」
顔を洗い歯を磨いてから飯作りを始めた俺だが、すぐにそうじゃないだろと手を止めた。
でも、受け入れてしまったからにはやるしかないから無理やり動かしていると茉希が隣にやって来た。
なにも言ってこないからついつい見てしまう俺、ただ、それでもなにも言ってこないという徹底したところを見せてくれている。
「なんか君がこうして家にいても違和感を感じなくなってきたよ」
「違和感を感じなくなったのはいいが、もう少しぐらいなにかがあってくれないと……」
「なにかはあったでしょ、こうして泊めている時点でこれまでとは違うじゃん」
違う……ようには思えないが、俺からしたら面倒くさいからとりあえず受け入れておこうとかそういう風に見えてしまう。
「まあそう焦らないでよ、これでも私なりに頑張っているんだからさ」
「確かに最初に比べたらそうだな」
「うん、というかもうこの時点で――あ、もう焼けているから食べよう」
こうなったらさっさと食べて行くか。
今日も学校はあるからまずはそれを終えてからじゃないと駄目だ。
彼女もそっちに意識を割いているからこういうことになる、となれば、延々平行線的なことになってもなんらおかしくはない。
「ごちそうさまでした、美味しかった」
「ああ」
焦ったらなにもかもが駄目になる、だから大丈夫だ。
そうやって思い込んで洗い物をしている彼女を見ていたわけだが、すぐに後悔することとなった。
どうして昨日の俺は歯ブラシなんかは持ってきたのに鞄などは持ってこなかったのか、ということについて頭を抱えた。
ただ、結局無自覚に出して迷惑をかけそうだったからよかったのかもしれなかいと片付けて移動したのだった。
「碧ー? あ、ここにいたのか」
教室からそう離れていない中途半端なところに碧がいた。
なにをしていたのかと聞いてみるといい天気だったから窓の外を見ていただけだったらしい。
「どうしたの?」
「いや、航輔君が探していたから手伝っていたんだよ、結局この前のあれと同じで案外近いところにいるんだよね」
すぐに見つかってよかった、すれ違いになっていたら残念感が強くなるからね。
「はぁ、なんだ……」
「ま、待って待って、今日はまだ顔を見られていなかったから見たかったのもあるんだよ?」
「茉希ちゃんってよく二股をかけていそうな発言をしているよね」
いやそんなことは全くない、適当のように見えるかもしれないけどそうではない。
一日に最低でも一回は顔を見たいと思っている、彼女だって友達なのだから当然だろう。
だからこれは彼女が勝手に悪く考えてしまっているだけだ、そもそもこれにしたって別に頼まれたから動いているわけではないのだから。
「行っちゃ駄目、まだ全然甘えられていないよ」
「だ、だからって腕を抱くのは違うんじゃない?」
「多分これが一番いいと思う。茉希ちゃんって強気に対応できないからこうしていればずっといてもらえる。そうしたら学校生活がもっと楽しくなるよね」
これが所謂ヤンデレ……なのだろうか、それともヤンデレはもっと怖いのかな。
分からないけど動いたら腕をやられてしまいそうな感じがしたので大人しくしていたら「なんか捕まっているな」と航輔君がやって来た。
そこまでではないから助けてとも言えないし、なにを笑っているのと責めることもできない、そのため同じような時間が続いていく。
「こうちゃん、学校のときのまきちゃんは私のだから取らないでね」
「そうだな、俺は放課後まで我慢するよ」
「「え、珍しい」」
これまでそうしてくれなかったからこそ私は困っていたというのに急にどうしたのだろうか。
大人しければそれはそれで気になってしまう、もしかしてなにもなかったから飽きてしまった……とかだろうか。
まあ、自由にしてくれればいいけどちゃんと言葉にしてほしかった、私が相手なのに察してもらおうとするのは間違っている。
「焦ったって時間を無駄にするだけだからな、泊まった日に考え直したんだよ」
「茉希ちゃんどうしよう、多分これは本調子じゃないよ」
「そうだね、一応まだ元気そうだけど保健室に連れて行っておこうか」
少し離れているけど放課後まで頑張らせるのはあれだから動ける内に動いておいた方がいい。
「はぁ、酷いやつらだな……」
「大丈夫なの?」
「大丈夫だから気にしなくていい、俺なりに一応考えて動いているということだ」
じっと見ていたら「そんな顔をしてくれるなよ」と言われてやめた。
正直、なにも考えずにぐいぐいきてくれる方がありがたいということも知った。
「好きだぞ」
「待った、ぐいぐいきてくれる方がありがたいとは言ったけど一気に飛ばしてそれなの?」
「ああ、もう待ちきれないんだよ」
正直、もう拒み続けてもあまり意味はないかなという考え方にはなってきているけどここで受け入れてしまっていいのだろうか。
結局、待ちきれないだなんだと言っていても乱暴を働いてくるとかそういうこともないためまだまだ続けても問題はない気がする。
でも、そういうところを見て楽しみたいなんてクソな人間性ではないからこうなったらもう受け入れてしまった方が……。
「どうだ?」
「……い、いいけど、一気に距離感を縮めたりしないでね」
無茶なことを要求してこないのであればそう変わるわけではないからよかった。
急に変わると物理及び精神的に疲れてしまうから避けたい、そうすれば前にも言ったようになにかがなくても楽しめるというものだ。
私はそうやって生きてきた、問題という問題も起きなかったから続けたいという気持ちが大きい。
「え、もうこの時点でしているわけだからそれは無理じゃないか?」
「が、学校で抱きしめたりしたら駄目だから」
「しないよ、俺だって場所ぐらいはちゃんと考える」
よし、彼の姉に報告をしに行こう。
それでまだ残ってくれていた碧に言ったら「おめでとう」と言ってくれた。
自分がなにかをしたわけでもないのに何故かいい気分になって調子に乗っていると「こうちゃんばかり優先したら許さないから」と彼女が現実に戻してくれた。
安心してくれればいい、こうして関係が落ち着いてさえしまえば碧の方を優先することができる。
まあ、放課後なんかは彼を優先するかもしれないけどそこは弟のためということで許してくれることだろう。
「もっと茉希ちゃんに触れていたいのにどうして二年生なの?」
「うーん、だけど同じ学年だったらまた違った結果になっていたのかもしれないよ?」
「そうかな、同じ学年だったらもっとやりやすいと思うけど」
「まあそうわがままを言うなって」
「こうちゃんのせいなんだけど、ねえ、こうちゃんがよくそんなことを言えたね?」
梅雨ももう終わる、そうなれば暑くて汗をかく生活が始まるけど雨に濡れて風邪を引いてしまうよりはいいはずだ。
……なんて現実逃避的なことをしていないと碧が怖かった、どうしてもこういうときは怖くなってしまうから無理やり抑えようとしても意味がない。
だけどこうしてちゃんと吐かせておけば一気に大爆発なんてこともないだろうし、彼がいるときはそうしようと決めた。
「かき氷でも食べるか、いや急に出てきたんだが季節的にぴったりだろ?」
「「こうちゃんの奢りで?」」
「それで二人が喜んでくれるなら別にいいぞ」
「「よくあんなことを真顔で言えるよね……」」
相手に喜んでもらいたくて行動をすることはあってもそれを口にすることはできない自分としてはかなりすごいことだと言えた。
仮に吐けたとしてもその場に留まることはできないと思う、そもそもそうなった時点で通常運転ではいられていないということだから当たり前なのかもしれないけど。
ただ、さすがに年上として奢ってもらうわけにはいかなかったから自分でちゃんと払った、碧は意外にもそのまま払ってもらっていた。
彼に嫉妬ではなく私が彼を独占するから嫉妬しているのだとよく分かる。
「美味いな、金を払うだけの価値がある」
「冷たっ、歯が……」
「おいおい、その歳でそれは不味いだろ。それとな、もっとこうがっつりと――あ、頭が痛えっ」
なーにをしているのか、分かっているのに敢えて大量に食べてそういう反応をするのはおかしい。
いまのでほとんどなくなってしまっているし、味わって食べなければもったいないだろう。
「はい、あーん」
「え?」
「あ、反対は口をつけていないから大丈夫だよ」
「え、あ、食べろって? じゃあ貰うけどさ」
味も違うから新鮮さは依然としてあるはずだ。
「茉希ちゃん、こっちの味も美味しいよ」
「貰うね、あむ――はは、確かどれも全部同じらしいのになんで違う味に感じるんだろうね」
「色……かな、思い込みの力が強いんだよ」
「なんだかんだ言ってちゃんと味が違うようになっているんじゃないか?」
どれであっても面白いことには変わらないから細かいことはいいか。
あともう少しで終わってしまうからもっと味わって食べようとすくったときのことだった、横からぱくりと食べられてしまったのは。
二人は正面にいるから該当しない、また、鳥というわけではないこともすぐに分かった。
ゆっくりと横を向いてみるとそこにいたのは「ふふんっ、美味しいねっ」と言って満足気な晴菜さん……。
「お、かき氷か、晴菜、私達も買おうか」
「はいっ、買いましょうっ」
「あ、茉希ちゃん達は帰らないで待っていてね、食べ終えたらみんなで帰ろうよ」
うーん、あくまで普段通りで付き合い始めたのかどうかは分からないな。
晴菜は意外と喋ってくれないし、先輩と過ごしたときは大体晴菜の話になるけどこちらも細かいことを教えてはくれないから似たようなものだ。
「航輔君、碧、あれはもう付き合っていると思う?」
「付き合っていないと思う、なんというかこうちゃんと茉希ちゃんみたいな甘々な感じが伝わってこないんだよ」
甘々とか分かりづらいことは置いておくとして、実際に普段と変わらなさすぎて付き合っていると判断するのが難しかった。
両片思い状態だから変に言うのも危険だ、だからこれからもこの微妙な時間が続くということか。
「そうか? 同性同士だからこそのいつも通りさだと思うぞ、家に帰ったらそれはもうすごいことをするだろうな」
「そういえば二人はどこまでしたの?」
「頭を撫でる、手を繋ぐ程度だな」
「そうなんだ、こうちゃんはヘタレなんだね」
ぶ、ブラコンのくせに容赦ない言葉を吐いて弟君を涙目にさせていた。
「「ただいまー」」
「二人がいてくれると助かるよ」
「「そう? じゃあ頼まれなくてもいちゃうよっ」」
本当に助かるよ。
でも、ちゃんと教えてくれればもっとよかったと言えたのだった。
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