7話 レイドボス







「や~~~。次。えぃ」


向かって来たオーク2匹を瞬殺したイリス。


それを見てレイラはため息を。


「これはダメ。こんなんじゃないのよ。そもそもイリスちゃんは魔法使いでしょ」


イリス1人で危なげなくオークを倒しているのにレイラは不満そうな表情で、そんな言葉を口にした。


そんなレイラとは対照的に満面の笑みのイリス。


「これで私もE級冒険者になれたのね」


イリスがそう言うとなぜか頭を抱えるレイラ。


「こんなんじゃないのに……」


レイラからオークを1人で10匹倒せばE級冒険者にしてやると言われたイリスがそれを実行しただけなのだが。


「この装備なら10匹と言わずに何十匹でも倒せそうね」


1人でオークと戦うというイリスが心配だったので、SSS級のフル装備をイリスに貸したのがよかったのだろう。


「約束だからイリスちゃんをE級冒険者にするけど、その装備は何よ。イリスちゃんの能力が上がり過ぎでしょ。A級の装備では……。やっぱり剣に盾に鎧に7つの指輪も全てS級装備なのよね」


僕をジト目で見つめてくるレイラ。


「父の形見なので」


僕はこの言葉で全てを誤魔化す。


「聞いたことないわよ。こんなに凄い装備を持った冒険者がいたなんて。S級のアイテムは国宝級なのよ。それが、10。ありえないわよ」


「アルスの装備もなんでしょ」


「等級は分からないけど、僕の装備は別にあるよ」


「まだあるの! 意味分かんない。本当にアルスくんって何者なのよ」


「普通の冒険者ですよ。父が凄かっただけのね」


「もしかして……私に貸し出す装備もあったりする?」


「ありますよ」


















「イリスちゃん。私の横を抜けたオーガをお願い」


向かって来た5匹のオーガに向かってレイラが走っていく。素早いレイラの動きを5匹のオーガは捕えることが出来ない。通り過ぎざまにオーガの首を飛ばし、首を飛ばし、腕を飛ばし、首を飛ばし、腕を飛ばした。


「任せて、レイラさん」


生き残った2匹のオーガに向かっていくイリス。2匹のオーガは腕を失い、混乱しているのか、接近したイリスを見ていない。


「や~~~」


オーガがイリスの気合の入った掛け声に反応した時にはイリスの振り下ろした剣がオーガの身体をバッサリと斬り裂いた。


「次っ。や~~~」


危なげなく2匹目のオーガを倒したイリス。


「ふぅ~。やっぱりチート装備は違うわね」


「私達の実力ですよ」


「過信しちゃダメよ、イリスちゃん。本来ならオーガはC級冒険者が6人で1匹と戦うような強い魔物なのよ」


「本当ですか! 2匹倒した私はC級冒険者並み。いや、以上の実力ってことですよね」


レイラは戒めるためにイリスに忠告したのだが、イリスはガッツポーズを決めて喜んでいる。


「まったく、も~。って、私もどうかしてしまいそうだわ」


宝箱を開けたレイラはなぜかため息を吐いた。











当初は最大でも40階層までしか降りないと言っていたレイラだが、ここは既に57階層。戻る気などサラサラないといった感じで、レイラはどんどん進んで行く。












ずっと楽しそうに戦っていたレイラの表情が急に強張った。


「油断してたつもりはなかったのに……ごめんなさい」


急に僕達に謝ったレイラ。


「レイラさん? 何かあったの?」


レイラが謝った意味が分からなかったイリスが聞いた。僕も意味が分からなかったので、僕も視線をレイラに向ける。


「はぁ~。も~。ピンチでしょうが~。のんびりしないの。アルスくんとイリスちゃんは逃げ回るのよ。決して戦おうなんて思っちゃダメだからね」


このボス部屋の中には100匹くらいの魔黒大蜂がいるだけなのだが?


「沢山いるんだから、私も前に出て戦ってもいいよね」


「だめに決まってるでしょ。魔黒大蜂なんだよ」


レイラとイリスの2人なら、問題なく倒せる魔物なのだが、のほほんとしているイリスを睨むように厳しい口調で言ったレイラ。


「え~」


納得出来ないイリスのブーイングを呆れた表情で聞き流し、レイラは前に出た。


「文句は生き残ってからよ。私が特殊スキルを使えば、あるいは……」


ピンチだと思い込み、自分に酔っているようなレイラは走って前に出た。


そして叫ぶ。


「目覚めよ、我が力。全ての敵を打ち倒す力を。特殊スキル、【一騎当千】」


レイラのスピードが大幅に上がった。いや、スピードだけでなく力も。2本の剣を振り回し、向かって来た魔黒大蜂の攻撃を全て回避しながら、次々と倒していくレイラ。


「ずるい~。私も戦いたいのに」


頬を膨らませるイリス。


魔黒大蜂は仲間が倒されると、仲間を倒した相手を攻撃するという特徴があるので、レイラだけを狙い、僕とイリスのいる場所まで1匹も来ない。


正直に言って、暇だ。戦いたいと言うイリスの気持ちが分かる。


だが、レイラは焦っているよう見える。危なげなく魔黒大蜂を倒しているのだが……。100匹くらいいた魔黒大蜂の数は残り5匹。


「私が魔黒大蜂を全滅させたら、扉が開くようになるから、逃げるのよ。扉を開けて、全力で」


レイラが僕達にそう叫んだのだが、意味が分からない。


全滅させたのに逃げる? 


「レイラさん? 何かいるの?」


僕と同じく意味が分からなかったイリスが首をかしげながらレイラに質問を。


「レイドボスよ。ボス部屋の魔物を100匹以上倒した時に出現するの。出現するのはS級に指定されてる魔黒大女王蜂なのよ」


「S級? レイラさん1人じゃ」


「私なら大丈夫。死ぬつもりはないから」


「でも……」


「だから、死ぬつもりはないの。【一騎当千】が発動している間なら、足手まといさえいなければ逃げ切れるんだからね」


それはレイラの強がりだろう。レイラの話が本当で魔黒大女王蜂が出現したなら、逃げることなど。


仕方ないか。イリスはもちろんだけど、レイラにも死んで欲しくないからね。


「私に任せて。私の特殊スキルなら逃げ切れるから」


僕が言おうとしていたことをイリスが言った。


イリスの特殊スキル? そういえば聞いてなかったか。


「イリスちゃん、無理だよ。F級の冒険者が戦える魔物じゃないの」


B級の冒険者でもね。


レイラは最後の一匹を残して回避を続けている。倒したらレイドボスが出現するので、説得が終わってから倒すつもりなのだろう。


「イリス。レイラと一緒に逃げるんだ。殿は僕がするから」


「え? でも……」


「アルスくんでも無理よ。実力を隠してたのは分かってるけど、S級の魔物は災害なのよ。誰も倒せないの」


「大丈夫ですよ。僕にも特殊スキルがあるし、父から受け継いだS級の魔道具が沢山ありますからね」


「死ぬつもりなんでしょ」


「アルス……」


「いいえ。レイラとイリスは扉の外で待っていて下さい。僕が負ければ2人も襲われますが、その心配はないのでご安心を」


「アルスなら勝てるのね」


「勝てないかも知れないけど、死なないし、負けない。僕が1人で戦えば3人共、助かるんだよ」


「分かったわ。扉の外で待ってる。レイラさん、行きましょ」


「無理よ、そんなの」


「レイラさんが戦ってもいいですけど、その時も私とアルスは扉の外で待ちますよ」


「……S級の魔物なのよ」


「アルスを信じて、レイラさん。アルスが私やレイラさんを危険な目に合わせるはずがないわ」


「……アルスくん、大丈夫なのね?」


心配そうなレイラさんとは裏腹に僕は笑顔で答える。


「はい。楽勝ですよ」


「アルスくん、待ってるわよ」


「アルス。負けたら許さないんだからね」


「僕が負ける? 本当にイリスは思ってるの?」


僕がおどけた感じで言うと、イリスは微笑んだ。


「ふふふっ、全然。レイラさん、外で休んでましょ」


「うん……」


笑顔のイリスと不安そうなレイラが扉の前に。


僕は前に出た。最後の魔黒大蜂を倒すために。


僕はイリスとレイラの不安を拭うために実力の一部を見せることに。


剣に魔力を纏わせる。


そして、放つ。


「え? 今のは……魔力刃?」


「さすがアルス。一撃ね」


驚くレイラと、凄さがいまいち伝わらなかったイリス。


「じゃあ、また後で」


「レイラさん、出ましょ」


「えっ。う、うん」


イリスとレイラは扉を開け、ボス部屋の外へ。


さあ、どこに出現するのかな? って、やっぱり、あれからかな?


ボス部屋の隅にはデカい蜂の巣がある。飾り的な物だと思っていたのだが、女王蜂がいるとしたらね。


って思っていたら、ボス部屋の中央付近の床から黒い光が。


こっち? そういえば、レイドボスは黒い魔法陣から出現するとか言ってたか。


ステータス変更


オルス

年齢70

レベル140

職業→剣士


レイドボスの場合はボス部屋の扉が開くそうなので、念の為に、いつもの仮面を装備。


まあ、僕しかいないので、戦っている姿が見られてしまうと正体が一発でバレるんだけどね。



おっ。おでましか。


黒い光を放つ魔法陣から魔黒大女王蜂が現れた。


S級の魔物は災害級にしていされていて、S級冒険者の6人パーティでも単独では勝てない。国と冒険者ギルドが協力し、精鋭による討伐隊を結成しても倒せるかどうか分からない程の強さなのだ。


魔黒大女王蜂は僕に気づくと一撃で決めるとばかりに上空へと舞い上がり、僕の方へと下降。お尻にある鋭く尖った針を僕に向けて、突っ込んでくる。


僕はそれを剣に魔力を纏わせて、受け流す。


魔黒大女王蜂の攻撃で僕の剣が傷つかないように魔力を纏わせたのだが……傷ついたのは魔黒大女王蜂の尖った針の方だった。


ポトリと落ちた魔黒大女王蜂の針。


斬り落とされたことにも気付かずに、再び向かって来た魔黒大女王蜂。


僕はそんな魔黒大女王蜂に驚異を微塵も感じることがなかった。


この程度の魔物がS級なのか。ちょっと、がっかりだよ。


僕は迎え撃つ。


針のないお尻で突っ込んで来る魔黒大女王蜂。


僕は上段に構えた魔力を纏わせた剣を魔黒大女王蜂に向かって振り下ろす。


スパッと斬れた魔黒大女王蜂。


一撃だった。


たったの一撃でS級の魔物を僕1人で……。


S級の魔黒大女王蜂が弱かった……のではないとすると、僕が強くなった?


S級冒険者として活躍した現役時代の僕のレベルは97。装備は最強と言われていたS級のフル装備。


今の僕のレベルは140で、装備はSSS級のフル装備。


更に特殊スキルなしで最高等級のS級冒険者に登り詰めた経験が合わされば……。


「だれ? アルスは……どこ?」


「あなたは? アルスくんが、若い男性がいたと思うのですが?」


やばっ。もう中に。


僕は無言で冒険者ギルドのプレートをイリスとレイラに見せる。


「S級!! じゃあ、魔黒大女王蜂はあなたが倒してくれたのね。アルスは無事なのね」


僕はイリスの問いにコクリと頷き、空間収納の中からアイテムを取り出した。


イリスは何のアイテムなのか知らなかったようだが、レイラはすぐに気づいたようだ。


「ダンジョン脱出アイテムね。アルスくんも持っていた……もしくはあなたがアルスくんに」


「え? そんな便利なアイテムがあるの?」


「レア中のレアなアイテムよ。買うとしたら、いくらするのか」


「そんなアイテムがあるなら、一緒に使ってくれたらよかったのに」


「1人用なのよ。アルスくんは私達のいない次の階層に逃げてから、使うつもりだったと思うわよ」


「言ってくれても」


「素早い魔黒大女王蜂から次の階層まで逃げ延びること。私達の方へと行かないようにすること。成功確率は低かった。だから言えなかったんでしょ。言われてたら私が代わりに……」


「ふん。アルスが無事なのは間違いないのよね。だったら、私達も脱出しましょ」


「そうね……。名前を聞いてもよろしいでしょうか?」


僕は無言で冒険者ギルドのプレートをレイラに投げた。


受け取ったレイラが驚いた表情に。


「オルス!! 精励のオルス」


「レイラさん、知ってるの?」


「当然でしょ。誰もが尊敬する最高の冒険者よ」


誰もが尊敬? 僕は尊敬なんて、されてなかったんだけど?


「へぇ~凄い冒険者なんだ。勇者様みたいに凄い特殊スキルなのね」


「特殊スキルがない冒険者だったのよ」


「え? ない? ないなんて……そんなことあるの? あれ? だったら凄くないんじゃ?」


イリスが首を傾げるとレイラが興奮したように声を荒らげる。


「だから、凄いのよ。特殊スキルなしで、上り詰めたのよ。誰にでも最高等級まで上り詰めることが出来ると示してくれた冒険者なのよ」


そんな風に思ってくれている人がいたなんて。


僕は嬉しくも、少しテ照れくさくなり、その場を離れることにした。


魔黒大女王蜂の死骸を空間収納の中に入れ、宝箱を開ける。


なんだ、S級なのか。


風魔剣という風を操れる魔剣が入っていたのだが、S級だったので、今の僕にはハズレに思えてしまった。





僕は正体がバレる前に階段を降りて行く。







そして。





アルス

年齢5

レベル75

職業→剣士




年齢を下げ、レベルを上げながらダンジョンを進んで行く。


イリスとレイラがダンジョン60階層から脱出するまでには時間がかなりかかるだろう。


その間の時間だけ。


時間だけ。





僕は魔物を倒しながら、どんどん進んで行く。






イリスとレイラと一緒だと楽しい。


……


楽しいのに。


……


今は昔のようにガムシャラに戦う必要がないのに。


……



戦う必要がない?


……



僕がガムシャラに戦っていたのは? 


……


仲間達に迷惑をかけないため?


……


S級冒険者になってからも戦い続けたのは?


……


僕は名声などに興味がないのに。


……


……


……









そうか。


僕は向かって来たグリフォンを一撃で斬り倒す。


魔力刃を放ち、向かって来たグリフォンを一撃で倒す。


倒す。


倒す。


倒す。







がむしゃらだったあの頃、僕は戦いを楽しんでいたんだ。


そして、今も


……


命がけの戦いであっても


……





僕の脳内に仲間達の姿が


…… 


仲間達を頼り、仲間達から頼られ


……


一緒に戦っていたから楽しかったのか?


……


今の僕には


……


イリスの戦っている姿が目に浮かぶ


……


レイラの戦っている姿が目に浮かぶ


……


仲間


……


仲間と一緒に


……







僕は満たされない何かを求めてダンジョンを進んでいく











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