6話 お詫びイベント
「私も一緒に行く」
出かけようとした僕の腕を掴んできたイリス。
「え? どこに?」
「ダンジョンでしょ。他の冒険者達みたいに、新ダンジョンで一獲千金を狙うんでしょ」
「え~っと……僕はお金には困ってないよ」
「うっ。わ、私が困ってるのよ。行くわよ」
「無理だよ。魔森には魔大猿が群れで出るんだよ。最低でもレベル50以上ないと」
「それなら大丈夫よ。ダンジョンツアーに参加すればいいんだから」
「ツアー? 魔森に入れるのはC級冒険者以上でダンジョンに入れるのはD級冒険者以上だよね?」
「冒険者ギルドのツアーなんだから大丈夫なのよ。もちろん、等級によって降りられる階層が決まってるんだけどね」
「そうなんだ。でも……沢山の冒険者が来てるんだからメリットあるのかな?」
「あるわよ。確かに宝箱は厳しいでしょうけど、魔鉱石や魔法石は取り放題よ。誰でも稼ぐことが出来るのが新ダンジョンなんだから」
「E級冒険者のイリスが降りれるのは何階層まで?」
「9階層よ。ギルド職員が10階層へ降りる階段の前でギルドカードを確認するみたいよ」
「9階層までならF級の魔鉱石や魔法石しかないと思うよ。それに重いから、そんなに持てないよね」
「え? アルスは収納の指輪があるでしょ。それに新しい収納の指輪も手に入れたって」
そうか。僕と一緒にってことだったのか。イリスと一緒にか。デートみたいで楽しいかも?
「楽しいかもね」
僕が笑顔で言うとイリスは呆れた顔に。
「アルスは何も分かってないんだから。魔物が出る場所で、魔鉱石と魔法石を拾うのよ。稼げるけど、危険なんだからね」
危険な魔物が9階層までに出ることはないのだが……よくよく考えられると、弱い魔物にも苦戦する沢山の冒険者達が重い魔鉱石や魔法石を運ぶとなると……。
確かに他の冒険者達が真剣に頑張ってる横で、デート気分で浮かれてるのはよくないかな?
ダンジョンツアーに参加するために、イリスと一緒に冒険者ギルドに行くと大行列が出来ていた。
「さすがに多すぎじゃない?」
イリスはそう言いながら首を傾げた。
街の近くでは稼げないような弱い冒険者達が集まり過ぎたのだろうか?
僕達の前に並んでいる冒険者達が話しているのを聞いていると、その理由が分かった。
イリスはその話を聞いて、驚いた表情で言う。
「S級冒険者のオグマがヒュドラ討伐に失敗するなんて。パーティメンバーが全員行方不明だなんて……食べられちゃったのかな?」
僕は理由を知っているのだが、どうして知っているのか聞かれても困るので何も言えないでいた。
6つ頭のヒュドラを討伐するために、大規模な討伐隊が結成されるようなのだが、しばらく時間がかかるために、ダンジョンツアーは中止になりそうなのだと。
大行列は諦めた冒険者達が抜けて行き、短くなっていく。
「イリス。まだ並んでいるの? 無駄じゃない?」
「ふっふっふ~。これだから素人は~ダメよね。このイリス様に従えば大丈夫なんだから」
よく分からないが自信満々なイリス。既に僕達の前には8人しか並んでいないのだが……。
まあ、話好きのイリスがずっと笑顔で話しかけてくれているので、僕は楽しいからいいのだが。
「今日からのダンジョンツアーの中止が決定しました。大変申し訳ありません。しかし、このまま解散というのは余りにも申し訳ないので、行列に並んで頂いている冒険者の中で、希望者には北にあるダンジョンでの講習を無料で参加頂けるように手配します。参加希望の方はいますか?」
「お詫びイベント、キタ~っ。やっぱり今回もあったわね」
イリスは笑顔でそう言うと手を上げた。イリス以外の冒険者達は突然の話でかなり迷っているようだ。
「イリス。大丈夫なの? 誰も手を上げてないけど」
「お詫びイベントはどれもお得なのよ。今回はその中でもお得なダンジョン講習。通常なら金貨1枚以上。もし等級の高い冒険者がリーダーをしてくれるなら、金貨10枚以上するんだからね」
「よく分からないけど、ダンジョンはD級冒険者以上でないと命を落とす確率が高いんだよ」
「だから、お得なのよ。お詫びイベントに参加した冒険者が命を落としたら、冒険者ギルドの面子が丸潰れでしょ。きっと等級の高い冒険者がリーダーをしてくれるはずよ」
そうなのか? 僕が新人の頃はダンジョンツアーもダンジョン講習もなかったからな~。
結局、ダンジョン講習に参加するのは僕とイリスだけだった。お金を稼ぎにダンジョンツアーに参加予定だったのに、お金にならないダンジョン講習っていきなり言われてもね。
「私はレイラ。よろしく」
「レイラさん、私はイリスで、こっちが、アルス」
「アルスです」
「私はB級冒険者。レベルは68。2人は?」
「F級冒険者でレベルは5です」
「僕はE級冒険者で……レベルは秘密です。イリスよりは強いので、講習はイリスのレベルに合わせて下さい」
「へぇ~。秘密なんだ。それにしてもアルスくんはお金持ちなのね。貴族様なの?」
貴族? 見た目は普通だと思うんだけど?
僕の服はイリスと一緒に街の一般的な店で買った物なのだが。
「確かにアルスはお金持ちだけど、どうして分かったの?」
「ふふふっ。指輪よ。認識阻害の指輪に収納の指輪。それも私が見たことがない魔石が使われてるからね。恐らく、S級でしょ」
指輪に使われてる魔石で判断したのか。これは130階層で手に入れたSSS級の収納の指輪なんだけど、さすがに言わない方がいいよね。
「冒険者をしていた父の形見で等級は分かりません。物心がつく前に亡くなったので父のことは覚えてませんが、母からは凄い冒険者だったと聞いてます」
「へぇ~。凄い冒険者ね。S級冒険者なら、数が限られてるからすぐに分かりそうだけど、あまり詮索するのは良くないわね」
「アルスの父親は凄い冒険者だったんだ。それで、お金持ちだったのね」
適当に言ってしまったけど……この設定でいいよね。忘れないようにしないと。
街の北にあるダンジョンには徒歩で向かっている。ダンジョンは平原にあり、スライムくらいしか遭遇することはないそうなので徒歩で2時間でも大したことはないだろう。
「やった~。また宝箱よ」
喜ぶイリスの横で、僕を怪しげに見るレイラ。
「アルスくんの特殊スキルのせいかな? 5回連続宝箱が出るなんて……。それも弱い弱いスライムの宝箱が下級ポーションなんて、ありえないんだけど」
確かにありえないか。この先もしばらく一緒なんだから、隠しても無駄だよね。
僕はダンジョン100階層のボス部屋のドラゴンを倒した時に出た宝箱の中身の指輪を装備している。
8大秘宝の1つで名前は【ラッキースター】 魔物を倒した際の宝箱出現率を大幅に上げ、更にレアアイテムが出やすくなる指輪。
この指輪のおかげで、面倒な程、宝箱が出るんだよね。
僕はレイラとイリスに装備している指輪を見せる。
「父の形見の指輪のおかげですよ」
レイラは僕を疑いの眼差しで見つめながら言う。
「宝箱の出現率アップに、レア度アップの指輪なんて聞いたことないわよ。本当に? 何ていう指輪なの?」
まあ、8大秘宝は伝説のアイテムだからね。
「名前は知りません。鑑定したことないので」
SSS級の鑑定の指輪も持っているのだが、言わないでおこう。
ダンジョンには予定通り、2時間くらいで到着。
「あれ? ダンジョンは?」
ダンジョンに初めて来たイリスは首を傾げている。僕も初めて来たという設定なので、解説はレイラに任せることにする。
「ふふふっ。あの砦の中にあるのよ。盗賊やD級未満の冒険者が入り込まないようにする目的と、ダンジョンに出入りする人達の休憩所にもなってるの。冒険者ギルドが運営する店もあるのよ」
「こっそり入れないんだね」
「ふふふっ。この方が安全なのよ。魔物との戦闘中に盗賊に襲われる心配ないし、弱い冒険者を助ける手前もなくなるんだからね」
「弱い冒険者かぁ~」
「ふふふっ。私が鍛えてあげるから、安心しなさい。このダンジョン講習の教官である私に認められたら、いきなりD級冒険者になることも出来るんだからね」
「ほんと! 私が一流冒険者になれるなんて」
誰も成れるとは言ってないのだが、嬉しそうにはしゃぐイリス。異性の人と付き合うのはE級冒険者以上だって言ってたし、上昇志向が高いのかな。
レイラも収納の指輪を持っているということで、僕達は砦の中に入るとすぐにダンジョンへと入ることに。
「3階層まではスライムとコボルトしか出ないから、イリスちゃんとアルスくんだけで戦ってね。大丈夫そうなら、4階層に進むからね」
「コボルト! 犬頭の魔物なのよね。アルスは戦ったことある?」
「あるよ。僕は大丈夫だから、イリスがメインで戦うといいよ」
僕がそう言うとレイラが首を横に振る。
「ダメよ、アルスくん。戦わないなら、昇格させないわよ」
「僕はE級冒険者のままで、いいですよ」
「そうなの?」
「ダメよ、アルス。2人でD級冒険者になって、2人でダンジョンに行くんだからね」
「リーダーのイリスがD級冒険者になれば、パーティメンバーの僕がE級冒険者でも大丈夫だから」
「も~どうして、そんなにヤル気ないのよ~」
「僕は全力でイリスを応援するから」
「ふふふっ。私はアルスくんの戦いも見てみたいな。戦いたくなったら、いつでも言ってね」
1階層ではスライムしか出て来なかったので、僕達はすぐに2階層へと降りた。
「イリスちゃん、来たわよ」
前方から5匹のコボルトが向かって来るのが見える……のだが……レイラはイリスの後ろで待機している。
初めてで5匹は厳しいと思うんだけど……わざとかな?
冒険者の厳しさを教えるためなのか……それとも僕も戦うようにってことなのか?
イリスが怪我するのは見たくないので、僕はイリスの前に出た。
僕は収納の指輪から最低ランクのF級の剣を取出し、向かって来たコボルト目掛け、地面の砂埃を巻き上げるように剣を振り上げた。
砂埃が目に入り、視界を奪われた5匹のコボルトは目を擦りながらフラフラと歩いている。
「イリス。チャンスだよ」
「う、うん。ありがとう、アルス」
緊張しているのかイリスの動きがぎこちない。
「力を抜いて。いつも通りに剣を振れば倒せるから」
「分かってる。でも、ありがとう、アルス」
イリスは上段に剣を構えて、前に出た。そして視界が回復していないコボルト目掛けて剣を振り下ろす。コボルトは倒れ、宝箱が出現する。
「さすが、イリス。残り4匹だよ」
僕はそういうと、もう一度剣を振り、地面の砂埃を巻き上げた。
イリスはコボルトを倒したことで緊張が解けたのか、自信がついたのか、2匹目のコボルトを瞬殺。3匹目のコボルトも瞬殺する。
「もう大丈夫。任せて」
僕の援護なしでも大丈夫だと更に前に出るイリス。4匹目も5匹目も瞬殺し、ほっとした表情で僕に抱きついて来た。
「イリスちゃんは合格ね。アルスくんって、いつもそんな戦いしてるの? 目潰しは有効だと思うけど、あれだと剣がすぐに傷んじゃうよ」
「この剣は使い捨てに出来るF級だから大丈夫ですよ」
「使い捨てね~。イリスちゃんの剣もF級でしょ」
「私はアルスと違って、普通だから」
「だよね。私の金銭感覚が可怪しくなったかと思ったわ」
「金銭感覚って? F級の剣は小金貨5枚で買えますよ?」
「お金持ちのアルスは知らないかも知れないけど、小金貨5枚は一般の人の半月分の収入よ」
「それは知ってるけど、ほら」
僕は宝箱の中から剣を取り出した。
それを見たイリスとレイラはため息を。
F級の剣を使い捨てにしても、D級の剣が手に入れば、お得だからね。
8大秘宝の1つである【ラッキースター】を装備する僕と行動する内に、イリスとレイラの金銭感覚が麻痺していくことになるのだった。
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