5話 憧れの英雄











アルス

年齢5

レベル51

職業→剣士









10日間レベル上げに専念した僕は再び50階層のボス部屋の中へと入る。


中にいたのは4匹のオーガ。


先手必勝~。


前回と同じく、近くにいたオーガの元へと走る。


僕が振り下ろした剣をオーガが太い右手で受ける。


前回と同じパターンなのだが、結果は違う。


オーガの右手を斬り落とし、オーガの身体も斬り裂くことが出来た。


オーガはそれでも怯むことなく左手の拳で僕の顔を狙って来たのだが、僕は低い態勢で回避すると同時に、オーガの横を通り抜けながら、剣でオーガの足を斬りつけた。


オーガの後ろに回った僕は止めを刺すために剣を振り上げた。


他の3匹のオーガが向かって来ていたのだが、気にせずに剣を振り回し、止めを。


まずは1匹。とりあえず距離を。


僕は向かって来たオーガに剣を投げつけ、全力で走って3匹のオーガから距離をとる。


レベルが上がって、素早さも上がった僕は3匹のオーガに囲まれることなく、ボス部屋の中を走り回る。


そして、オーガが孤立したタイミングで攻撃に移る。


オーガも僕を追いかけ続けたことで呼吸が乱れている。


僕は立ち止まり、剣を下段に構えた。


オーガが僕の2メートル手前まで走って来たタイミングで僕は剣を斬り上げた。狙いはオーガの顔。攻撃のタイミングか分かりやすい上からの振り下ろしと違って、見えにくい下からの振り上げにまったく対応出来ないオーガ。僕の振り上げた剣はオーガの顎へと。僕の剣はオーガの顎を切り裂き、オーガの顔を切り裂いた。


僕の方へと倒れかかってきたオーガを避け、僕は再び全力で走る。


残り2匹のオーガ。


2匹のオーガが一直線上に並んだタイミングで僕は仕掛けることにした。


僕は剣を上段に構え、攻撃のタイミングを計る。


一撃で倒すために、魔力を剣先に集める。


僕は魔法が使えないのだが、魔力は誰にでもある。


魔力は操作可能。


魔力は力。


僕の魔力を付与した剣は黒い光を放つ。


僕が振り下ろした魔力を纏った剣をオーガは太い右手で防ごうとしたのだが、それは意味をなさない。僕の剣は速度を変えずにオーガの太い右手を斬り落とし、オーガの身体も深く深く斬り裂く。


オーガを一撃で倒した僕は剣先に集めた魔力を無駄にせずに、最後のオーガに向かって剣を振り、魔力を飛ばす。


奥義の魔力刃である。オーガの防御力では鋭いエネルギーの塊である魔力刃は防げない。冒険者ならS級冒険者しか使えないと言われている最高難度の技なのである。


勝ったけど、無駄に魔力を使ってしまったか。まあ、この小さな身体でも使えると実証出来たから、よしとしようかと。








僕はレベル上げを優先しながら、ダンジョンをゆっくり進んでいった。

















「子供? 擬態か? ナーナ、鑑定を」


「え? どう見ても子供でしょ?」


「ナーナ」


「分かったわよ。【鑑定】」


「どう?」


「名前はアルス。人族に間違いないよ」


「こんな場所で迷子か?」


「なわけないだろ。このガキは強いぞ。そうだろ、ナーナ」


「分からないわ。等級の高い認識阻害の指輪を装備してるみたい。それでも名前と種族だけは誤魔化せないよ」


僕と遭遇した6人の冒険者達が僕を警戒しながら、そんな話を。


ここはダンジョンの8階層。



アルス

年齢5

レベル75

職業→剣士



小さな子供が1人で来れる場所ではないのだ。


よかった。この指輪のおかげで年齢やレベルは見えないんだね。


僕は街では15歳で行動しているので、強いアルス=5歳の子供という噂は流れてほしくない。


面倒くさがらずに名前も変更しておけばと後悔しつつも、僕は冒険者達に話しかけることにした。


「はじめまして、アルスです」


僕が挨拶すると30歳くらいの男性が口を開く。


「俺の名前はオグマ。スターブルのリーダーだ」


「え? オグマ?」


僕は知っている名前だったので驚いてしまった。もう20年以上経っているだろうか……。


「ん? 俺を知っているのか?」


オグマが僕をジッと見てきた。


「あの時の子供……」


「そうか。俺が助けた子供だったのか。覚えてなくて悪かったな」


僕の言葉に勘違いしたオグマがそんなことを。助けたのは僕なのにね。


仲間の女性も勘違いして、口を開く。


「しょうがないじゃない。私達はS級冒険者。助けた人の数は半端じゃないんだからね。まあ、感謝している人からまったく覚えられてなかったことは、ショクだろうけどね」


S級冒険者? あの時助けた子供が……。あっ、そうだ。


「オグマさん。ヒュドラがいませんでしたか? ダンジョン入口に」


「ああ。いたよ。でも安心してくれ。あの3つ頭なら俺達が倒したよ」


「3つ頭?」


「まあ、そこそこ強かったが、俺達の敵じゃない。まあ、驚くのも無理はないがな」


6つ頭のヒュドラじゃない? 


「ふふふっ。ヒュドラを倒せるのは私達くらいだからね~。それより、ボクは1人で街まで帰れるの? レベル60以上ないと魔森を抜けるのは厳しいと思うわよ? ねぇ、オグマ」


「まあ、仕方ないな。送っていこう」


「え? だ、大丈夫です」


僕は断ったのだが……。


「子供が遠慮するな。少しくらい強くても、魔大猿の群れに見つかれば逃げることは出来ないんだからな」


「でも、オグマさん達はダンジョンを降りて行くんじゃ」


「まあ、階層ボスを一番に倒せば、良いアイテムが手に入るだろうが、俺達はS級冒険者。他のパーティがたどり着けない下層の階層ボスを倒せるから問題ないのさ」


「下層……」


「遠慮するなって。帰るぞ」


優しい笑顔で僕の手を引いてくれるオグマ。


僕は助けた子供がこんなにも立派な大人になって、凄く誇らしかった。















「待て。何か変だと思わないか?」


目の前にある階段を上れば地上なのだが、突然オグマがそんなことを言った。


「どうしたのよ、オグマ?」


「新ダンジョンがある可能性は冒険者ギルドが既に公表してるんだぞ。それなのにだ。誰にもすれ違っていない。誰でも新ダンジョンがお得なことを知っているにも関わらずにだ」


「そう言われると……。何かいるのね。ダンジョンに誰も近づけない何かが。強い魔物が」


「ふっ。それは運がいい。冒険者ギルドから依頼されたヒュドラなら倒した。このボウズを街まで送ってから、その魔物を倒せばワシ達が一番乗りだな」


「はぁ~。ガルバよ。強い魔物を放置するのはよ~」


「ふふふっ。私はいいと思うわよ。このダンジョンにはまだ大量の魔那が流れ込んでるんだから、魔物がこの周辺から移動しないでしょ」


「まあ、そうだが……。見てから俺が判断するよ」


オグマはそう言うと剣を構えたまま、地上への階段を上って行った。







「馬鹿な。ヒュドラ。それも……」


「え? ヒュドラ?」


「ヤバイぞい。頭が6つとは予想外じゃぞ」


「もしかして依頼のヒュドラって……」


「ああ。コイツだろうな。A級パーティのクラルテが倒せなかったのはコイツだろう」


S級のオグマ達なら勝てるかな? 危なくなれば……。


僕は走った。ヒュドラはオグマを警戒して僕を見ていない。僕はオグマ達からも、ヒュドラからも見えない場所まで全力で走り抜けた。















オグマ達は逃げずに戦っていた。


苦戦しつつも、2つの頭を斬り落とす。


さすがS級冒険者といったところか。


「チッ。生えやがったぞ」


「化け物め」


「オグマ。引いた方が。一旦引いて、他のパーティ達と共闘した方が」


頭を斬り落としたヒュドラの首から、恐ろしいことに頭が生えたのだ。


ん? マズイ。


僕がそう思った次の瞬間、オグマが叫ぶ。


「ブレスが来るぞ~。防御に徹するんだ」


オグマの言う通り、ヒュドラがブレスを。それも6つの口から一斉に。





アルス

年齢5

レベル75

職業→剣士


オルス

年齢70

レベル140

職業→剣士





僕は走ってヒュドラに接近。


「こっちだ。僕が相手だ」


僕はヒュドラに向かって叫んだ。オグマ達はブレスを受けきれずに倒れている。命に別状は無さそうだが、追撃されれば。


僕を剣に魔力を。


魔力を纏った僕の剣はあっさりとヒュドラの首を落とす。


2本目も。


3本目も。


「誰だ? 強すぎる」


「君達は下がって傷の手当てを」


「え? その声は……。そんなはずは……。彼は……死んだって……」


声? まさか20年以上前に会った僕の声を覚えていたのか? 仮面を被ってるからバレないと思っていたんだけど。おっと。今はヒュドラに集中しないと。


僕は斬り落としたヒュドラの3つの頭を再生させないために、魔力刃を放つ。ヒュドラの胴体に向けて。


「何をしておるのだ。頭を狙え。頭を」


大盾使いの男性が叫んだ。


確かに6つの頭を斬り落とせばヒュドラを倒すことが出来るのだが、頭を狙えば、ヒュドラは頭の再生に集中するだろう。しかし胴体に大ダメージを与えれば、どうだろうか。胴体は1つしかないのだ。まあ、普通なら硬い鱗で守られている胴体を傷付けることは容易ではないのだが、僕の魔力刃でヒュドラの胴体には深い深い傷が出来ている。


僕の狙い通りにヒュドラは胴体の回復に専念する。再生されていく胴体の傷口。


僕は再び剣先に魔力を集め、前に出る。


胴体の傷が回復するまで待つつもりはないのだ。


ジッと動かないヒュドラの身体。


3つの首が動いているが、胴体と連動していない単調な動きで次の動きが読みやすい。


更に頭だけではブレスは吐けない。


そして僕から逃げることが出来ない。


ヒュドラは2つの頭で僕に噛み付こうとして来たが、遅い。僕は右へと軽く飛んで回避し……。


本命はこっちか。


ヒュドラは3つ目の首を振り回ていた。直線的な2つの頭は囮で、3つ目の頭が勢いよく横から向かって来ていた。


それって意味ないよね。


僕は横から向かってくるヒュドラの頭を気にせずに更に前へ出る。そして横から向かって来る頭の動かない首の根元から剣で素早く斬り落とす。胴体から離れた頭は僕とは関係ない場所へと飛んでいった。


残りの頭は2つなのだが、僕は他の頭を再生させないために、魔力を付与した剣で胴体を攻撃。僕の魔力剣は硬い硬いヒュドラの鱗を物ともせずに斬り裂いていく。頭での攻撃をかわし、斬る。斬る。斬る。かわして斬る。そして、ヒュドラの心臓目掛け、魔力刃を叩き込んだ。


よし。これで頭の再生をする余裕はないな。


って思ったのだが……。


ヒュドラの2つの頭がふらりと。ふらりと揺れ、地面へと激突。


どうやらヒュドラの頭を全て斬り落とすことなく倒してしまったようだ。


僕は宝箱を開け、中身を収納の指輪の中へ。


「オルス様ですよね。俺はオルス様に助けて頂いたオグマです。22年も前の話ですが、オルス様のおかげで俺はS級冒険者になることが出来ました。この国で最強だと言われるまでに……。ははは。オルス様の足元にも及ばないですが」


鑑定されれば名前がバレるので、僕は誤魔化さないことにした。


「覚えてるよ。無能な僕を英雄だと呼んでくれたことを。無能な僕でも人の役に立つのだと教えてくれた、あの時の子供だね。君のおかげで無能だった僕でもS級冒険者になれたんだ」


「無能? オルス様が? 俺はオルス様以上の冒険者にも兵士にも出会ったことはありません。6つ頭のヒュドラを1人で倒せるオルス様が無能なはずが」


「まあ、特殊スキルが開花したんだけど……。オグマ、僕と会ったことは秘密にしてくれないかな? 僕は死んだことになってると思うからね」


「何か、特別な任務でも? いえ、詮索するつもりはありません。俺達はオルス様とは会っていない。俺達の口から漏れることは絶対にありません」


「ありがとう、オグマ。じゃあ、僕は行くよ」


「助けて頂き、ありがとうございました」


オグマは僕に向かって深々とおじぎを。


「ちょっと、待って下さい。ダンジョンに入られたのですよね。何階層まで?」


立ち去る僕に、オグマの仲間の女性が聞いてきた。


僕の存在を隠してくれるようなので、僕は正直に答えることにした。


「無理せずに戦えた130階層までだよ。じゃあ」


「130階層? あっ。このヒュドラは?」


「君達にあげるよ。君達の手柄に……。君達が謎の助っ人と一緒に倒したことにすればいいよ。過大報告すると、後々大変なことになる可能性があるから、ほどほどにね」


僕はそう言い残し、街へと帰る。

















「アルス~~~」


街にたどり着くとイリスが僕の名前を叫びながら走って来た。


「ただいま、イリス」


「バカ~~~」


イリスはそう言いながら僕にギュッと抱きついて来た。


「バカ、バカ、バカ。どれだけ心配したと思ってんのよ。黙って2ヶ月もいなくなるなんて」


イリスは泣いていた。


「ゴメン」


「バカっ」


「ゴメンね、イリス」


「バカっ」


イリスは涙を流しながら微笑んでいた。












  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る